第56話 スラム燃ゆ、夜の始まり
その夜。
彼らはひっそりと、王都郊外のスラム街に入ってきた。
王国軍の見回りの隙をついての奇襲。それによる、敵中枢部・重要人物の討滅。
彼らは、不利な戦局を覆すべく、それによる乾坤一擲の一打を狙い、ここに来ていた。
しかし、それは……王国軍により、見抜かれていた。
それなりの数を警戒に当たらせつつも、闇夜に紛れての奇襲を厳重に警戒していた王国軍は……それを察知するなり、即座に軍事行動を開始。奇襲に打って出た帝国軍を迎撃する。
スラムもろとも……そこに住む民達の安全など、一切考えずに。
「くっ……!! 王国の連中、まさかこんな手を!」
「悪辣な! スラムとはいえ、民がいるというのに!」
「自国の民を巻き込むことを許容……いや、むしろ前提にしているのか。……こちらがそのあたりを配慮してことを運ぼうとしても、敵が利用したのでは意味がない……か」
帝国軍の前線司令部で交わされる、そんな会話。
その中心に立っているのは……軍服に身を包んだ、1人の青年だった。
遠眼鏡を手にして、戦線を観察している彼は……月明りで多少見える程度のこの戦場を把握し、戦局に応じて指示を出す……司令塔の役割を持っていた。
当初、彼らの部隊は、気づかれないよう夜の闇に紛れて進軍し、王国軍に打撃を与える予定だったところを……予想外に警戒を強めていたために王国軍に見つかったばかりか、その王国軍がスラムごと自分たちを吹き飛ばそうとして来たことで、大幅にプランがくるっていた。
「燃やせ燃やせ! 燃料をもっともってこい! 炎上網を築くのだ!」
「帝国のネズミ共め……小癪な真似を! 隠れ切れると思うなよ!」
「どの道、王都の汚点だったスラム……住んでいるのは小汚い浮浪者や孤児だけだ! 一緒に燃やしてしまえ! 王都防衛のための陣地を築くのに、ちょうど邪魔だったところだ!」
(……聞くに堪えんな。ここ最近の王国は、戯曲の悪役のような強硬姿勢が目立つが……現場では報告で聞くよりもひどいとは。しかし……)
ちらっ、と……青年は、また別な方向に意識を向ける。
そこでは……
「くそがぁ! 王国の外道どもめ! 民もろとも我が国の兵たちを滅ぼしにかかるとは! おかげで、市街地とそこの住民を盾にして一気に攻め入る作戦がパァではないか!」
「全くですな! 自国の民の命を顧みぬとは、王国の政治家共の悪辣さがにじみ出ている!」
「最近では、何か禁忌の魔法に手を出したとの情報も。全く持って度し難い外道どもです」
(こっちはこっちで……はぁ)
たまらず、といった調子で、青年の口からため息がこぼれる。
「……アレと同じ血が、半分とはいえこの身に流れているのかと思うと……色々と考えさせられるな。愛情たっぷりに私を育ててくれた母上に感謝せねば」
「ごもっともですが坊っちゃん……聞こえますよ」
「私の話など聞いておらんよ、アレは。……しかし、送り込んだ偵察部隊が1人も帰ってこなかったのは痛いな。もう少し情報があれば、また違ったかもしれんのだが」
交わされるそんな軽口。
帝国は帝国で、市街地を利用して建物と、そこに住む市民の人名を盾にして進むつもりで軍を展開していたため、当初の予想が大きく外れた形となる。
そこで犠牲になる命を少しでも救わんと、今正に潜入させ、先方を務めさせている青年の部下たちが奮戦しているが……効果は芳しくない上、しびれを切らしたその上司が本格的な戦いを始めたがっている。
遠からず、総攻撃が始まるだろう。
「こうなれば正面からだ! 敵がこちらを迎え撃つとわかっているのなら、そのつもりで攻めればいいだけだ! こちらには切り札もあるのだからな! 準備をしろ!」
「はっ、ディヴォル殿下の仰せのままに!」
「我らが完成させた秘術によって、かのいまいましい王都に大打撃を与えてやりましょうぞ!」
「おう、存分にやれ! ……おい、お前もぼさっとしてないで働いたらどうだ? 根暗」
「……その『根暗』というのは、私のことですかな?」
「他に誰がいるというのだ、この妾腹め……こうなっては隠密戦闘など無意味だ、さっさとお前の子飼い共も戦わせろ、アルベルト!」
命令を出したことで、少しばかり気が落ち着いたと思しき、『殿下』と呼ばれていたその男は……ぎろりと青年……アルベルトの方をにらむ。
対して彼は、どこ吹く風といった調子で、そのわざとらしい威圧を受け流していた。
「お言葉だがね兄上……いや殿下。私の部下たちは少数の上に隠密特化だ、乱戦に飛び込ませたところで役には立つまいよ」
「ふん、役立たずな……ではどうするというのだ? いないものと判断して見捨ててもよいぞ! 我らの切り札によって、王国軍もろともに屠ってくれよう!」
「それは勘弁してくれ……私と部下たちは、スラムの住民たちを逃がすように動くよ」
「何だと? そんな無駄なことをして何になるというのだ? 貴様さては、サボタージュか敵前逃亡でも……」
「そんな、背中から刺されること間違いなしのバカはやらんよ。私たちがスラムの民を逃がそうとする……つまり、戦争において甘いとしか言いようがない行動をとれば、敵は笑いながら、足手まといをわんさか抱えた追ってくるだろう。そこを兄上たちが突けばよい」
「ほう、なるほど……貴様にしては殊勝ないい手だな。よし、やるがいい」
「わかった……ああ、実際に逃がしてしまえたスラムの連中はもらって構わんか?」
「好きにしろ。さすがに薄汚い浮浪者相手では、女がいても食指なぞ動かんからな」
どんな病気を持っているか分かったものではない、と吐き捨てる兄に、一礼してその場から退く青年――アルベルト。
「……よし、これで『スラムの民を逃がす』という方策の元で動く大義名分はできたな。部隊の連中に、外縁部に向けて後退しつつ、位置が分かりやすいようになるべく派手な魔法で応戦するよう伝えろ。そうすれば王国軍は追いかけてくるだろう」
スラムの中で動きづらいのは、帝国軍も王国軍も同じである。
徐々にその外縁部に沿うように動けば、王国軍はそれを追って偏った配置になるだろう。その近辺のスラムには被害が集中するが、他の大部分のスラムは助かる。兵もいないだろうし、民たちは逃げることも比較的容易になるだろう。
そうなれば少数精鋭の強みが生かせる。大群は市街地内では動きづらいことこの上ないし、いくらスラムを巻き込む魔法を連発するとて限度はある。逃げ切るのは難しくない。
おまけにそこに帝国軍の本隊が、ご自慢の『切り札』と共に攻めてくるのだ。少数のかく乱など、気にしている場合ではなくなるだろう。
「よろしいので? 妨害されつつも、どうにか中枢部近くまで行けたところですが?」
「気づかれて対策されている状態でそれ以上の戦果など見込めんよ……今打てる最善の方策だ。王国軍と帝国軍を派手にぶつければ……双方無視できん損害が出る。我らはそのまま撤退……私はそうだな、今回の敗北の責を取って、辺境送りといったところか」
「この戦いにおける帝国の敗北を確信しているかのようなお言葉ですね」
「そんなものは火を見るよりも明らかだよ。王国のダメージも相当なもののはずだが、それでも帝国も……そうだな、あと1、2年もてばいい方じゃないか?」
「ディヴォル殿下の一派が開発したという『悪魔召喚』とやらを使ってもでしょうか?」
「ああ。何でも、詳細はわからんが……王国は王国で、ゆ…………ん?」
ふと、何かに気づいたように、アルベルトは……戦場となっているスラム街の一角をにらむ。
そこで……何かが動いたような気がした。
王国軍の別動隊か何かか、と思って目を凝らすと……見えたのは、
「……何だ、あの一団は……?」
☆☆☆
―――ガタンゴトン、ガタンゴトン……
電車じゃないよ、トロッコだよ。二両編成だよ。
もちろん、僕だよ。
なんか向こうの方、混乱度合いはひどいものの、軍隊さんの影がほとんどなくて逃げやすそうなのでそっちに走っています。
簡単に説明しよう。僕らは今、このスラム街から逃げ出すところだ。
残念ながら、昼間は色々準備しなきゃいけない上に、王国軍の『餌箱』の見張りが厳しくて動けなかった。なので、こうして夜になってからの行動になった。
夜なら、混乱は大きいけどその分逃げやすいと思ったし、強行突破もできる。
昼のうちに、闇市場での物資の買い付けなんかをがっつり済ませた僕らは、教会の孤児たちや非戦闘員のエルフ達にも準備を整えさせ、夕方までに全ての旅立ち準備を完了。
食料も水も、ある程度用意できて……『無限宝箱』に収納した。
そして、僕が二両編成のトロッコに変形し、それに全員乗せる。さらに、その各所に迎撃用の兵器をセットして……高速突破用の車両の完成だ。
コレを使って、襲撃の混乱に乗じて逃げる。
どういうわけか、スラム全体かかなり広い範囲に及ぶんじゃないかと思ってた戦火が、ごく一部に集中してるもんだから、かなり助かった。
人をひかないように注意しなきゃいけないけど、戦闘がないのはありがたい。
僕らを見て『乗せてくれ!』『乗せろ!』って言って走り寄ってくる人たちもいたけど……これ以上遅くなると危ないので、遺憾ながら無視している。
自分勝手なんて言わないでほしい。こっちだって必死なんだ。
道徳の時間で習った『蜘蛛の糸』とかでは、自分のことだけでなく他人のことも考えなきゃだめですよ、っていう教訓があるものの……そう理想的なふるまいばかりでは生き残れないのが現実の世の中なわけで。
……しかし、さっきも言ったけど、軍配置が偏ってくれてるのはホントにありがたい。
レガートの分析によると、どうも作為的にそういう状況を作り出したように見えるらしいんだけど……今、後ろの荷台に乗せてる、帝国の女兵士さんの上官の仕業だろうか?
あの後さらに聞いてみた感じ……随分と、良心的な作戦を立てる方針の人らしいけど。
ちなみに、女兵士さんは軍服でなく、一般的な普段着を着せてある。まだ動けないので、この人。
見捨てるのも後味が悪いからこうして連れて来たんだけど、もし面倒の種になるようなら……うん、その時は仕方ないだろうな、と思う。
このまま、突破できればいいもんだけど……
「前方2時方向! 武装した集団が接近中! 中隊規模! 軍服からして……帝国軍です!」
「側面9時方向からも来るのです! 装備からして……王国軍の小隊なのです!」
……これだもんな。




