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第55話 予想外にやばい現状



「……う……?」


「あ、気が付いた?」


その少女は、知らされた通り……教会の裏口の陰で倒れていた。

開きっぱなしになっている裏口の門の影。そこに、血を流して倒れていた。


そこまで深くはないけど、浅くもない傷が背中にあって……そこから出血していた。

多分、負傷した後に自力で止血して歩いてきたものの、力尽きてあそこで倒れ……同時に傷が開いたんじゃないか……というレガートの見立てである。


そして、その傷は……あきらかに、剣で斬られたことによる傷だった。


で、その少女は……今、教会の別棟の一室で、うつぶせに寝かせていたところなんだけど、どうやら目を覚ましたらしい。


「……!? こ、ここは……」


「見てのとおり、ただのせせこましいあばら家だよ……帝国軍人殿」


「……っ!?」


レガートのセリフにぎょっとしている女の子はおいといて。

現状確認と同時に、説明をちょっとばかし。


今さっき、裏口で拾ってきたこの女の子は……どう見ても、服装がおかしかった。

一言でいうと、完全に軍服だったのだ。それも……この国のものではないデザインの。


胸についているエンブレムのデザインから、今この国と絶賛戦争中の『帝国』の兵士であるとわかった僕らは……ひとまず彼女を、武装解除させて手当てすることにした。

可愛そうだから、とかではなく……きちんと打算込みで。


ちなみに、武装解除と着替え、傷の手当他は、きちんと女の子だけでやりました。


その少女は、レガートの弁に、自分の身元がばれていることを悟ってパニックになりかけたようだったけども……どうにか自力で落ち着きを取り戻し、問い返した。


「……あなた方は……? 王国軍の方でしょうか? 私の仲間は、いずこに?」


「このスラムに住んでいる戦災孤児の集まり……とでも言えばいい?」


返したのは、ビーチェ。


「スラム……戦災、孤児? 国軍ではないと?」


「ええ。だから、あなたを別に国軍に引き渡すとかそういうことはしないから、安心していいよ。治療代と宿代代わりに、お財布の中身は半分ほどいただいたけど」


「それと、仲間とかは知らないわね。私たちが見つけたのは、あんただけよ」


ビーチェとレーネ(耳、バンダナで隠している)にそう言われて、少しきょとんとした少女だったが……少し間をおいて、頭を抱えた。なんか、色々な感情がごちゃ混ぜになって、それらの整頓に苦労している様子。


辛そうにしているのを案じてか、レーネがコップ(ちょっと欠けてる)に入れた水を差しだすと、お礼を言ってごくごくと飲み干した。


それで少しは落ち着いたのか、ふぅ、と一息ついていた。


「お茶なんて贅沢な嗜好品は、ここじゃ手に入らないから、井戸水でごめんなさいね」


「いえ、何も気になど……私のような怪しいものを助けてくださり、感謝します」


「どういたしまして。……それで、あなたはここに、何しに来たの?」


「……すいません。軍務のため、話せません」


「あらそう。……てっきり、王都を狙った奇襲作戦のための斥候かと思った」


「!?」


図星だったらしい。少女の表情が、ぎょっとしたそれに変わる。

直後に慌ててポーカーフェイスに戻そうとするも……完全に手遅れ。


「……カマかけられて顔に出すようじゃ、軍人に向いてないと思うけど」


「…………」


少女はうつむいたまま、答えることはなく……しかしその数秒後、はっとしたように窓の外を見る。

そして、意を決したようにこちらを向いて、


「……傷の治療と、一夜の寝床に感謝します。……私の服は?」


「隣の部屋。軽く洗って干してある。たくさんいただいたから、サービスで破損は直しといたわ」


どちらも僕のスキルでね。


「それは……重ね重ね感謝を。では……勝手ながら、私はこのまま、お暇させていただきます」


そう言って、ベッドから降りて立ち上がろうとして……苦痛に顔をゆがませ、倒れこむ。

床に落ちそうだったので、レガートが支えてあげてた。


「……っ、あ……?」


「無理をするな。傷がまだふさがっていないし、血も足りまい。動くことなど無理だろう」


「……っ……そんな……!」


レガートにそう諭されるも、なおも立ち上がろうとする少女。

だが、どうやら無理っぽい。動くのは腕だけで……それも、全く力が足りず、ベッドの上で奇妙な姿勢でもがくのみとなっている。


しかも……貧血になりかけてるのか、若干ふらふらしているようにも見える。


「どうすれば……!? わ、私は、こんなところで寝ているわけにはいかないのに……」


「それ以上やると傷が開くわよ? そしたら……今度こそ死ぬかもね。出血多量で」


レーネの言葉に、悔しそうにギリ、と奥歯を噛みしめて鳴らす少女。

しかし、聞き入れはしたのか……もがくのをやめて、何事か考え始める。


「先程、諸経費として、私の財布の中身の半分を徴収した、と言いましたね? もう半分……ほしくありませんか?」


「あら、くれるの?」


「頼み事を聞いていただければ……」


頼み事、と聞いて目を細めるビーチェとレガート。

一瞬、視線を交えてアイコンタクトを取ると、手で『どうぞ』と続きを促す。


「頼み事は2つです。1つ目は……私をこのまま、ここに置いておいていただきたいのです。王国軍への密告などもなしで……」


「ふぅん……いつまで?」


「私が、最低限動けるようになるまで……もし無理なら、今日の夜中までで結構です。そして、もう1つの条件ですが……私が、夜になっても動けるようにならなかったら、ですが」


そこで、少し考えて、


「私の軍服のポケットに、無地のハンカチが入っているはずです。2枚重ね縫いになっているものです。その端の部分を解して開いて、よく洗って乾かして……夜になったら、よく見えるところ――入り口かどこかに結んでおいてもらいたいのです」


「へえ……奇妙な要求ね? もしかして、その行為が…………今夜、この町に攻めてくる、あなたのお仲間たちへの、何かの合図になるのかしら?」


「はい……あのハンカチは、敵地等への潜入を行う特殊部隊のみに配られるもので……かなり頑丈な素材でできているのです。加えて、中には特殊な模様が描いてあって……それを、自分がいる場所の近くに結んでおくことで、ここにいる、という目印になります。友軍がそれを見つけて救助してくれる、という仕組みです」


「なるほど……1つ目の条件の意味は、それまで自分をここでかくまってほしい、と」


「はい。付け加えて言うならば……あなたたちも、今日の夜からしばらくの間は、外に出ず、じっとしていることをお勧めします。可能なら、町から出ることをお勧めしたいのですが……どうも昨夜から、王国軍が外周の見回りを強化、出入りを制限しているようなので、難しいかと」


「……出入りを、制限?」


「はい……理由はわかりませんが、おかげで潜入に苦労しました。私を含めて4名の部隊だったのですが……隙をついてスラム内部に入ったはいいものの、スケルトンやゾンビといった魔物の群れに遭遇しまして……」


「……それは……不運だったわね」


マジか。まさか、あのへんのダンジョン地帯に行っちゃうとは……そりゃまた、運がない。


それにしても……出入りを制限、見回りを強化……か。


「「…………」」


見ると、ビーチェとレガートがまた何か神妙な顔になっている。

……レガートの方は、旅してる間はあんまり見なかった感じの顔だな。けど、オークとの戦いの時はそこそこ見た覚えがある……気がする。


主に、作戦とか考える時に……ということは、何か気になることがある、か?


その後、ひとまず彼女は見張り付き――男衆から選抜。交代で見張る――で休ませることにして、僕らはその部屋を後にしたわけなんだけども……その、教会に戻るまでの道のりでの会話。


「……さっきさあ、ビーチェもレガートも、何か言いかけてやめてたよね?」


「! そういや、盾とか、餌とか……」


僕の言葉で思い出したらしいレーネが言うと、『ああ、それね』とビーチェ。ついでレガートが、


「……今しがたの聞き取りで、より確信が深まったよ……どうやら王政府は、ろくでもない手を考えているようだ」


「ろくでもない、手?」


こくり、とうなずく両名。

まだ『?』な僕、リィラ、レーネ。それに対して……見た目よりも頭と舌が回るこのガーゴイルくんは、『ああ』と……何かを理解したらしい。


「……ヒントは、『男を志願兵で引っ張ってる』点、『女を募集しない』点、そして『出入りを制限している』点……この3つだな?」


「加えるなら、今日の午後から、食料や生活必需品の人道支援配給をやるみたい。王都中心部で余った奴を回しただけらしいけど……あからさまでしょ?」


「そして現在、仮設とはいえ、王都の壁の外……スラム街の一部に陣営を構築している点も、その一環だろう」


「それはそれは……餌箱の作成に余念がねえな」


……あ、わかったかも。

リィラとレーネはまだみたいだけど……今のフォルテの状況整理で、多分読めた。


確かに、もしそれがあたりなら……えぐいこと考えてるな、王政府とやら。


「……餌、ね」


「お前も気づいたか?」


「うん、多分。王国軍……ここのスラムを丸ごと捨て駒にする気でしょ?」


「「!?」」


驚く2人(1人と1体)。頷く3人(2人と1体)。

フォルテが目線で『言ってみ』と促してくるので……続けて、推測するところを話す。


つまり、おそらく王国軍は……詳しい時期は知らなくとも、近いうちに帝国軍が、ここ王都に攻めてくることを予想している。あるいは、見破っている。


王国中枢たるこの王都に奇襲をかけてくるとなると、気づかれないように移動していたとはいえ、相当な手練が集まっているだろうと予想できる。それがさらに隠密性にも優れているとなれば、見つけ出して対応するのは難しい。


そう考えた王国軍は、確実にそいつらを……帝国の首狩り部隊を迎撃すべく、このスラムを利用することにした。

ここを戦場兼緩衝地帯として、ここで帝国軍を迎え撃つつもりだ。王都中枢に入れないために。


スラムに住む住民たちの都合だのなんだの、一切考慮することなく。

必要なら、もろとも焼き払うだろう。ためらいなく。


隠密性の高い部隊を、ゲリラ戦もやりやすい市街地でやるのは難しいけど、好きに破壊してよく、市民を巻き込むのを怖がらなくていいなら、その難易度は各段に低くなる。

最低でも、逃げ惑う市民や、火を放ったりすればそれが邪魔で、帝国軍の動きは鈍るだろうし……良心の呵責で、市民が『人間の盾』として機能すればなおよし。とか考えているかも。


そのために、まず王国軍の連中は……使えそうな兵力を、好条件で募集して、1人でも多く回収……巻き込む前提の今後の戦いで、貴重な資源を喪失しないようにした。


加えて、女性を募集しなかったことと、食料等の配給品を事前に配る大盤振る舞いをしたのは……このスラムに『餌』としての価値を持たせるため。


敵の部隊の規模にもよる話だ。少数精鋭での隠密行動ならほとんど意味はないけど……もし、相応の数で攻め込むのなら……さっき言った通り、この世界の戦争では、往々にして『略奪』とかが起こる。


その場合……女や食料、消耗品の類は……ちょうどいい『餌』になる。帝国軍を、その欲によって少しでも足止めするのに役立つ……と、王国軍は思ってるわけだ。


そして極めつけに、『餌』が逃げないように、出入りを制限、見張りを強化してる……と。

同じように、女性たちに対し、『まだ』募集しないといったのも……いずれは募集があると希望を持たせて、この近辺に踏みとどまらせるための方便、か。


全部のピースがきれいにつながったな。爽快感なんてものはないけど。

なんてゲスい小細工。


わかってなかった2人も唖然としている。


……思ったより事態は深刻だな。加えて、時間もないと来た。

『黙示録』の通りなら、ここは戦場になる。それも、乾坤一擲を決める覚悟を持った帝国軍と、それを予測して迎え撃つ気満々の王国軍の、主戦場になる。


……どーしたもんかね、本当に。


逃げる? どこに? どうやって?


僕ら戦闘要員はともかく……そのほかの、エルフや孤児たち非戦闘要員は、完全にお荷物だし……加えて、今までより人数が多くなる。イコール、目立つ。見つかりやすくなる。

出入りを制限して見回りを強化してる今のタイミング……マジでありがたくない。


しかも、準備する時間がマジでない。この人数で逃げるんなら、それこそ、相応の食料とか水とか用意しないといけないし……そんなの、この今のスラムでどうやって用意できる?

用意さえできれば、まあ……『無限宝箱インベントリ』で運べなくもないけど。


しかし、戦うのはもっとだめだ。

そもそも、誰と戦う? この戦……僕らに味方は実質いないぞ?


王国に住んでる者として、侵略者たる帝国と戦う? そりゃ無理だ。

危険すぎる。王国の軍を相手に戦う気満々の連中だ。相応の戦力がそろってるだろうし……そもそも、戦ってる最中に王国軍からもろとも焼き払われない保証がない。あいつら、完全にスラムを捨て駒にする気だしね? 配慮とかありえないだろうしね?


なら、王国軍と戦う? それも無理だ。

ここは国の中枢。防衛のために相応の戦力を残してるだろう。戦えるとは思えない。加えて、帝国軍がこっちを味方とみなしてくれる保証もないし……必死さゆえに気にしない可能性大。

あ、結局どっちについても、もろともに殺られる可能性大だわ。


ホント……どーしたもんか。


逃げるには……物資がない、時間がない、目立つ、足が遅い。

戦うには……勝算がない、味方がいない、足手まといが多い。


なら……これ以外で、僕らが取れる方策……。

逃げるのもダメ。戦うのもだめ……となると……



「…………いっそ、ぶち抜くか?」



ぼそっ、と……フォルテが言った。




おまけ



「ところでさ、さっきの帝国軍のあの子……名前聞くの忘れちゃったけど、随分と素直、っていうか饒舌にしゃべってくれたね?」


「ああ、作戦内容をぺらぺらと……軍人にしてはちと口が軽すぎやしねーか?」


「ひょっとして……ブラフの情報が混じっている可能性を考慮すべきでしょうか?」


「いや、それは多分大丈夫よ」


「? レーネ、なぜそう言える……」


そこまで言って、レガートは……レーネの手に、透明な何かの液体が入っている小瓶が持たれているのを見て、唖然としていた。

他のメンバーも同様である。僕含め。


「……レーネ……?」


「うん? 何、ビーチェ?」


「……その、瓶の中身は?」


「ちょっとの間だけ、頭が少しユルくなってくれるお薬。無味無臭とまではいかなくて、わずかに塩辛い味がするんだけど……雑味と考えれば、『井戸水』ってことで許容できるレベルよ?」


「……まさか、あのコップの水に……」


……自白剤かよ、怖いな、おい。いや、ファインプレーなんだろうけど。


なんか、スケルトンドラゴンの時も思ったけど……レーネがだんだん、危険な薬物担当見たくなってきてるな……エルフの里で生き残るための努力が、思わぬ形で発揮されつつある……。





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