第52話 真実と、これから
『謎』の正体……それは、宝をカモフラージュに宝が隠されている、というものだった。
どうやら、さっきまで『魔よけの宝珠』だと思っていたアイテムは――いや、実際に『魔よけの宝珠』でもあったんだけど――内側にとんでもないものが隠れていたのだ。
どうも、外側が何かの魔物の血液を結晶化させたものでおおわれていたらしい。だから、半分とはいえ吸血鬼であるビーチェはそれを見抜くことができて、さらに『吸血』のスキルで外側の結晶血液だけを食べてしまえたわけだ。固形化してても食えるのか。
しかし、透明な血液……そんなん持ってる魔物もいるんだな。
そして出てきたのが、なんと『ダンジョンコア』。
レア度10だって。全10ランク中の最高値だ。伝説級のアイテムをも超える価値らしい。
その名のごとく、使うと人工的にダンジョンを作ることができるそうだ。
アナウンスの通りなら、僕が持っている『黙示録』に使い方が記載されるらしいので、後で読んでみよう。
それまでは……『無限宝箱』に収納して厳重に管理することとする。
このアイテムのことは、この場にいたメンバーの間だけの秘密だ。少なくとも当分は。
いくら何でもグレードが規格外すぎる。仲間内ででも軽々しく話せない。
ロニッシュ家……こんなもんを手にしているなんて、どんな家だよ。単なる貴族じゃないんじゃないのか、ひょっとしたら。
……もし、ただの貴族じゃないとして……その内情が記されているかもしれない資料もまた、僕らの手元にある。
クエストの報酬として手に入った2つ……『ロニッシュ家の極秘文書』と、『カート・ル・ロニッシュの手記』。
こんなんクエストの報酬で出ることあるのか? またピンポイント感じのが……。クエストの報酬のためだけに、こんな資料をダンジョン、あるいは世界のシステムが作ったと?
ちょっと違和感があったので、ミューズに聞いてみると……こんな答えが。
『まあ、特殊なクエストならそういう報酬もあり得ますねー、内容・実情に合った報酬が用意されるのがダンジョンのシステムですから。ついでに言うなら、その資料はダンジョンが作ったわけじゃなく……もともと存在していたけど、風化とか経年劣化でダメになったものを、ダンジョンがシステムの力で『報酬』として復活させたものみたいですね』
そんなことも起こるのか、この世界では。
そして、そんだけお膳立てした上で、あからさまな名前の『クエスト』が出た。手元には、何なら読むだけでそのクエストのクリアに結び付きそうな資料が。
……つまり、読めってことだな。これらを。
パッと中を見て……紙の劣化なんかはその『ダンジョンのシステム』とやらによって新品同様になってたものの、文自体が達筆で逆に読みにくかったのと、人名・地名その他固有名詞がわんさかあって分かりづらかったので、解説にレガートを迎えて解読することにした。
☆☆☆
地平線の向こうから太陽が顔を出すぐらいの時間になって、ようやく解読は終わった。
不眠でも平気な僕ら無機物トリオはともかく、レーネとビーチェ、それにレガートは……暗さに加えて、文字が決して大きくはないこともあって……結構苦闘していた。
レーネとビーチェは別に寝ててくれてもよかったんだけど……2人とも、同じくらい気になることなんだろうし、意地でも寝てたまるか、って顔してたから、あえて何も言わなかった。
で、だ。解読が終わって、読み取れた内容を簡単にまとめると……次のようになる。
・ロニッシュ伯は、貴族にはめずらしく、汚職を寄せ付けない善政によって平民にも人気がある人だったが、それゆえに他の貴族家からは疎まれたりすることも多かった。
・王が代替わりして以後、過激路線の王の政治と彼の方針はそぐわないものだったため、表立って反抗することこそなかったものの、いい顔はされていなかった。
・ある貴族……公爵家で不祥事が発覚。謀略により、その罪を擦り付けられたロニッシュ伯は、地位を追われ、罪人として裁かれることになった。
・王はそれを冤罪だとわかっていたが、ロニッシュ伯を邪魔に思っていたため、あえてこの件をそのまま放置し、結果、ロニッシュ伯は処刑、家は取り潰しとなった。
……この辺までは、事前にあの路上の男性Aや、ビーチェ達から聞かされて大体知っている。
ただ、今回のこの2つの資料には……さっきもちらっと言ったが、固有名詞……すなわち、実際に不祥事を起こした公爵家の名や、その手口、規模その他の詳細な情報が記されていた。おそらくは、伯爵家が独自に調べたのであろう、各種の証拠と共に。
しかし、それらがあそこにあったということは……王政府に提出されていなかったということだ。
ところで、『手記』の方は、まあ簡単に言えばロニッシュ伯の日記みたいなもんだった。日常の出来事よりも、仕事とかのメモ事項・記録が多めではあるが。
その『手記』だが……途中から筆者が、件の『フェルミアーテ』さんに代わっていた。
ロニッシュ伯が冤罪で拘束されそうになった時点でコレを託されたらしく、仕事的にではあるが色々なことをきちんと日々記録してあった。
どうやら、王に証拠を提出しても無駄そうだと悟ったロニッシュ伯は、もしもの時の武器にするためにあえてそれを提出せず、信頼できる部下――フェルミアーテさんに託していたらしい。
そして彼女は、それらの証拠を、ごく一握りの忠臣たちにしか知られていない隠れ家に保管し、いざという時に備えたものの……それらを狙ったならず者に襲われて深手を負い、ここに逃げ込んだが、最早長くはない……と、書き残されていた。
そこで手記は終わっていた。おそらく、力尽きたのだろう。
その手記も、様々な極秘文書も、保存状態が悪かったためか風化してしまったわけだけど……こうして復活して僕らの手元にある。
そして、どうやらコレを見ると……彼女、フェルミアーテさんが逃げ込んだ後に、あのあたり一帯が『ダンジョン』になったらしいな。理由はわからないけど。
コアを使って自分でダンジョンを作った、ってわけじゃなさそうだし……そもそもどちらの資料にも、コアの正式名称どころか、『隠し財宝』の存在自体記されてない。
ひょっとしたら、そのフェルミアーテさんも、コアの存在は知らなかったのかも。
これこれこれを守ってくれ、いざという時に頼む、とか言われれば、忠義に熱い騎士さんなら従ってもおかしくないし。何も言わず、聞かずに。
そして、弁解だけは最後まで続けたものの……予想通りと言っては何だけど、出せる分の証拠を握り潰され、結局ロニッシュ家の歴史はそこで幕を閉じた。
彼が、私設の調査組織を使って調べ上げた、冤罪事件の調査結果――さっきも言ったが、真犯人の貴族家からその傘下で甘い汁の分け前をもらっていた貴族まで実名オンパレードのそれに加え、名前に聞き覚えのない貴族家の不祥事各種のデータがわんさかだ。
使い方を間違えれば……国が傾きかねない、危険な情報も少なくない。
…………って、レガートが言ってた。僕は見ても分かんなかったけど。
☆☆☆
「……ふぅ」
とりあえず、わかったことを簡単に整理した後、そこで今日は解散になった。
日付またいでるから、今日、って言い方もアレなんだけどね。
ちょっと色々と考えていそうでありつつも、眠気が勝ったらしいレーネは退室した。
残ったのは、ビーチェとレガート。どちらも眠そうではあるものの……やはりというか、これらの資料を読んで思うところがあるらしい。
レーネと違って、一定の期間、そのロニッシュ伯と一緒にいたわけだからね。レガートは主従として。ビーチェは……親子として。
聞いた話じゃ、ビーチェのお母さんは側室だったらしいけど、正式に認められた娘だし。
どうやら2人、目が冴えてしまったようで、今日はこのまま寝ずに明かすつもりのようだ。
疲れてんのに、大丈夫かな?
「……この時、私がいれば……あるいは」
とか考えてたら、ぽつりとレガートが言った。
「そんなこと言わないで、レガート……こう言っちゃなんだけど、あなたがいても、事態が好転することはなかったと思うし」
「……確かに、私が権力分野でできることはなかったでしょう。しかし、フェルを死なせることなく助け、その後あなたをお守りしつつ、これらの資料を武器に復権をうかがうことくらいはできたかもしれません……。フェル……少し奔放だが、義に厚い、いい騎士だった」
「そうだね……でも、やっぱり無理よレガート。国王様からもにらまれてた、というか、事実上見捨てられてたみたいだし……もし私が復権したとしても、お飾り以上にはなれなかったと思うわ。いいとこ、そのまま政略結婚の道具ね」
そのまま両者、黙ってしまう。
否定しないところを見ると……レガートもそうだと思ってるんだろう。
それに、レガートはその15年もの間、あのエルフの隠れ里でレーネを守っていたんだから、もうコレはしかたないとしか。
あそこに、保護者なしの状態でハーフエルフのレーネを置いておくなんて、それこそどうなってたかわからない。それもあって、レガートは一緒にいたんだろうし。
「……ビーチェ様は」
「あのさあレガート、ダンジョンでも思ってたんだけど……いい加減敬語つかわなくていいよ? 最初の最初に言った通り、私はもうただの『ビーチェ』なんだし」
「それは失礼しました……では……ビーチェは、これからどうするつもりだ?」
ちょっとしゃべりづらそうにしてたものの、口調を普通の、レーネに対するそれの感じにして問いかけるレガート。
「少し前に話したと思うが、私たちは今、一応……旅をしている。いささか、予定より長くここに滞在しているがな。ダンジョンの攻略も終えたし……遠からず発つことになるだろう」
「そっか……それで、私に……一緒に来ないか、ってこと?」
「無論、明日レーネを交えて、改めて話はするつもりだが……率直に言って、ここはあまり環境がいいとは言えないと思う。治安は悪いし、食べるものも手に入りづらいし、品質も良くない。井戸水も最近、出づらくなっているのだろう? 正直……もう長くは住んでいられないと思う」
淡々と述べるレガート。それを、黙って聞いているビーチェ。
……何か、空気重いな。いや、わかってたけど。
「何より、その王様が軍国主義のようだな……それでは、この王都もいつ戦火にさらされるかわかったものではない……そうなれば、この教会も危ないだろうし……」
「そうかもね……」
「ならいっそ、私たちと……」
「でも、それはできないよ、レガート」
と、ビーチェはきっぱり言った。
「レガートさあ……今の時点で、もうすでに……こう言っちゃなんだけど、お荷物になってる人がいっぱいいるでしょ? 人じゃないけど」
「………………」
「まあ、それも……きちんと役割をこなしてるから、荷物にはなってないけどね。でも……そこに私たちみたいなのまで加われば、それこそ破たんするかもしれない」
「そんなことは……ビーチェも、元騎士たちも戦えるだろう? 荷物になど……」
「それを逆方向に補って余りあるメンツが大勢いるじゃん。力も学もない、ただその日暮らしが精一杯の子供たち……。盛大に足引っ張るよ。それこそ、こういうきちんとした拠点みたいなところを構えて、雑用とかさせるならまだ可能性あるけど……そろいもそろって、旅慣れてなんかぜんぜんない子ばっかりだし」
「…………」
「……そんな子たちに、きっちり情が湧いちゃってる私が言うことでもないと思うんだけどね」
「……怒られる言い方かもしれないが……ビーチェや、その元騎士たちや元侍従たちだけで出る、という選択肢はないんだな」
「ないよ。そんなことしたら……お世話になったシスターたちに申し訳ないもん」
「……今は、ライラ殿しかいないようだが……昔は」
「うん。後何人か……みんな、いなくなっちゃったけどね。移動になったり、つらくてやめたり……死んじゃった人もいるよ」
ちょっと声のトーンが落ちるビーチェ。思い出してるのかも。
「……だからさ……最低でも、どこかに移れるようなめどが立つとか、そのくらいになるまでは……私、ここにいると思う。結構、たくましくなったからさ、これでも、ここ何年かで」
「……そうか……」
「もしいつか、ここを出るようなことになって……もしも、レガートやレーネにまた会えたら……その時は、またどこかのダンジョンでも攻略しようよ?」
それを最後に、2人も寝所に戻っていった。
後には、僕とフォルテ、そしてリィラだけが残されていた。
「……今回も……アレだ、お前の言うところの……空気、だっけか?」
「そだね。でも……今回は逆によかったかも。あの話に割り込んでく度胸は、僕にはないよ」
「……私は……どうすれば……(ぼそっ)」
別れの時は、近い……のかもしれない。
『特殊クエスト『明かされるロニッシュの真実』を達成しました』
おなじみのアナウンスも……今日だけは、ちょっと耳障りだった。




