第39話 なんかダンジョン
「そっちに出たぞ! 合流されると厄介だ、仕留めろ!」
「なら俺が……」
「スケルトンに弓は効きづらい! メイスか何かで……」
「お嬢! 明かりと目印を……」
えー……現在時刻、多分真夜中とかそこらへん。
僕は今、レーネやレガート、フォルテ、そしてビーチェと、その仲間の人たちと一緒に……とある場所に来て、『ゾンビ』や『スケルトン』などのモンスターたちと戦っている。
ただ、今のところ……戦っているのは、ビーチェと、その仲間の男衆たちだけである。
昼にはいなかった……夕飯のちょっと前に帰ってきた面々だ。バートと同じく、元・伯爵家の私兵とか使用人で、ビーチェを慕ってついてきているメンバーだ。
昼間いなかったのは、各々が日雇いの労働とかで、孤児院の生活費を稼いでいるからだそう。
しかし、そんな見上げた志の男たちが、ビーチェ共々なぜこんな夜中に、こんな屋外で怪物退治なんぞしているのかというと、だ。
話は、数時間前……子供たちを寝せる、消灯時間の間際あたりまでさかのぼる。
☆☆☆
「……お嬢、お話が」
「? 何かあったの、クラウド?」
夜も更けて、あくびをしたり舟をこいだりする子供が多くなってきた時間帯。
この世界は、照明用のマジックアイテムなんてお金持ちしか持ってないから、平民なんかは夜は寝る時間だ。暗くなって、やれることがなくなったら、さっさと寝る。
ろうそくや油皿で使う燃料だってただじゃないんだし、だったら早く寝て、翌日早く起きて働いて稼ごう……という思考になるのは、ごく自然なことだ。
そんな時間に、ライラとナーディアに子供たちを寝かしつけるのを任せて、ついでにレーネにリィラの世話(何かする必要があるのか知らんけど)を任せて、ビーチェは親衛隊(仮)と何を相談してるのかなー、と思って、聞き耳を立ててみた。
内容は思いのほか切実なそれで……生活費がピンチだと。
かわるがわる、男衆が日雇いで働いてるけど……当然、安定した収入にはならない。仕事がない日もあるし、思わぬ出費で家計の計画が狂うこともある。
つい先日、けがの治療のための薬代でかなり出費してしまい、必死で働いていたものの、このままだと数日で生活費が底をつくそうだ。
話の最中、腕に包帯のまかれている1人の男が、その腕を見ながら悔しそうにしていた。
多分、彼がけがをしたんだろう。その彼の治療のために、薬を余計に必要とした、と。
「にしても、昼間にポーションあげた子供といい、そんなにしょっちゅう怪我とかするもんなのかな? このへんってそんなに物騒なの?」
レガート……は、知識が15年前で止まっててあてにならないので、フォルテに聞いてみる。
「俺にだってこの辺の地理なんざねーがよ……まあ、スラムなんてのは多かれ少なかれ物騒なもんだ。生き残るための手段として、食い物や金の奪い合いなんぞ普通にあるしな」
「ポーションが必要なケガ人が頻繁に発生するくらい?」
「時には銀貨1枚のために強盗殺人が発生するくらい、だ」
銀貨1枚……日本円で1万円。
そりゃまた……厳しい世界だ。諭吉×1のために殺しまで起こるのか。
地球の途上国もそんなだって、テレビで前に言ってたな……とか僕が思っていると、
ビーチェ達の話が、変な方向に進み始めた。
「これは……また、あそこに行くしかない、か」
「け、けど、危険じゃ……この前だって、アルフレッドが大怪我を……下手すれば、薬代で余計に金がかかるぜ?」
「だけど、もう日雇いやゴミ拾いじゃ到底どうにもならねえよ……ダンジョンしか……」
「「ダンジョン?」」
と、フォルテと2人して声に出してしまった。
当然、話していたビーチェと男たちが『え?』って感じの視線をこっちに向ける。
「えっと……聞こえてた?」
「あー、悪ぃ、盗み聞きするつもりはなかったんだがよ」
「……いや、別にいいわよ。でも……小さい子供たちには、言わないでおいてくれる?」
ビーチェはそう言って、話をつづけた。
僕らに『部屋を出てて』とか言ってこなかったところを見ると……子供たちの耳にさえ入らなければ、別に僕らに聞かれてもどうでもいいことなのかな?
で、どんな話だったかというと……どうやら彼らは、日雇いでは稼げない分の生活費を、この近くにある『ダンジョン』に潜ることでどうにか稼いでいるそうだ。
しかし、ダンジョンと言っても……洞窟とか遺跡とか、いかにもそれっぽい感じのものじゃなく……ただ、魔物がよく出る場所、ってだけなんだそうだけど。閉所ですらないらしい。
というか、場所がなんとこのスラム街の中なのだという。
……え、それ、ダンジョンって呼ぶの?
いや、それ言ったらこの世界ってそれそのものがダンジョンだけどさ。
「多分だけど、ダンジョンになりたての場所……っていうことだと思うの。魔物が湧くのは、そのへんでも普通にあるけど……あそこは、明らかに魔物の種類も行動も、異質だから」
「異質、っていうと?」
「ゾンビに、スケルトン……他に、普通の荒野とかじゃ、戦場でもない限り、滅多に出ないような魔物が普通に出る。しかもそいつら、町のある区画から先には、絶対に出てこねえ」
「以前に狩りに行った時、アンデッドたちに囲まれて、必死で撤退したことがあるんだが……そいつら、途中まで追いかけてきてたんだが、ふと振り返ると、路地を一本超えた向こうからこっちに来ようとしなくてな……多分、あそこが『境界線』だったんだろう」
境界線、っていうのは……閉所でないダンジョンと、そうでない場所との、文字通りの境界のことだ。
以前、エルフの森から外に出た時に、気温とか風向きとか、色んなものが一気に変わったことがあった。たった一歩森から外に出た程度では、ありえないレベルで。
あんな感じに……そこを一歩またいだだけで、今までいた場所とは別世界に至るラインだ。
その1本の路地とやらが、町の中にある『ダンジョン』とやらと、その外側にある普通の『町』とを分ける『境界線』なんだと、容易に推測できる。
だからゾンビたちは、それを越えて追ってくることがなかったわけだ。
そして……麒麟おじいちゃんに前に聞いた話だと、滅多にない話だけど、ダンジョンは自然発生することがあるらしい。
そもそも、ダンジョンができるパターンにはいくつかある。
何の前触れもなくどこかに突然現れる『ダンジョンコア』という秘宝によって、その周囲に異空間が形成されてダンジョンとなるパターン。
自然の魔力留まりや大量の怨念の発生などを原因に、周囲の環境が変質してダンジョンとなるパターン。
その周辺の生態系を席巻し、空間にすら影響を与えるような、強力なモンスターを中心として、その縄張り一帯がダンジョン化するパターン……などなど。
恐らく、今回のパターンは2つ目の『環境型』だと思う。
3番目の『ボス型』はないだろう。街中で強力なボスモンスターなんて出るはずもないし……出たとしても、それが知られていないなんてのは考えにくい。
1番目の『コア型』はもっとない。そりゃ、いきなり出現、って面で見れば、コアによる変容も可能性としてはありうる話だけど……『コア型』のダンジョンは、『環境型』や『ボス型』のダンジョンと違って、その周囲の環境を、時には地形ごと極端に変えるんだそうだ。
『境界線』を超えた時の感触も、かなり大きく感じられるらしい。
となると……やっぱり『環境型』だろうな。
スラムの中で餓死したり、食料や金の奪い合いで殺された死人の怨念が集まってできたりでもしたんだろうか?
「それはそうと……そのダンジョンで、ビーチェ達はお金に困った時に稼いでる、ってこと?」
「聞く限り、アンデッド系の魔物がメインで出る場所みてーだが……あの手の奴らは討伐してもろくな素材出ねーだろ? 低位のダンジョンじゃ、アイテムのドロップもねーだろうし」
豆知識。ダンジョンの中で魔物を倒すと、アイテムが出現することがある。不思議。
けど、全部のダンジョンで、全部の魔物で、そういうことが起こるわけじゃない。そこそこ強力なダンジョンで、そこそこ以上に強力な魔物を倒さないとダメ。
まあ、いろいろ例外もあるけど。
それらは時に、レアアイテムとして現れることもあり、高く売れるそうだけど……街中にいきなり現れた程度のポッと出のダンジョンでは、そんなことは起こらないだろう。
ビーチェ達はどうやって、ダンジョンの『攻略』で収入を得ているのかと思えば、
「……ゾンビやゴーストはともかく、スケルトンは、剣や槍なんかの装備品をつけて現れるから……それを回収してるの」
「質はあまりいいとはいえないが、小銭稼ぎにはなる。もちろん……危険も大きいがな」
ちら、と、ビーチェとバートの視線が、包帯を腕に巻いている男に向く。
まあ……そりゃ、危険だよね。魔物を相手にするんだし。しかも、夜に。
そのダンジョン、夜しか魔物が出ないらしいから、昼行ってもただの廃墟だ。わざわざ、ろくに視界が利かない夜に行かないといけないんだから……難易度倍増だろうな。
「で、そのダンジョンとやらにこれから行くの? 危険なのに?」
「……危険でも、行かなければ皆が飢えてしまう。他にまともな稼ぎ口もない以上、仕方ない」
バートはそう言うと同時に、傍らに置いていた剣を取ると、簡単に手入れを始めた。
他の男たちも、それぞれに戦支度を整え始め……って、あれ?
男たちに交じって……ビーチェまで何やら身支度を始めてる?
「えっと……もしかして、ビーチェも行くの?」
大事にされてるっぽいし、てっきり留守番かと。
いやまあ、行くんならそりゃ心強い戦力になりそうな気もするけども。ステータス的に。
「え? ええ……一応、これでも戦えるからね」
「……護衛として情けない限りだが……あの場所での戦いには、どうしても、ビーチェ様のお力が必要になるのだ。恥を承知で、ご同行いただいている」
「恥だなんて、そんな、バート……皆の命の方がよっぽど大事だよ」
そう言いながら荷物をまとめるビーチェは、何か茶色いどろりとした液体の入ったガラス瓶を、いくつか鞄に詰めていっていた。割れないように、慎重に。何だアレ?
「これは燃料だよ。コレをしみこませた布を、矢に巻き付けて、火をつけて撃つの」
言いながら、ビーチェは小さ目の弓……ショートボウの手入れをしていた。弓、使うんだ?
サブ武器としてナイフも腰につけてるし……結構慣れてるのかな?
「さっきも言ったけど、夜で暗くてろくに見えないから……私はほら、種族が種族だし……夜目が利くから、敵を見つけたらコレで目印兼明かりを作るの」
「ああ、それで火矢」
彼女そういえば、種族『半吸血鬼』だっけね。
種族特性として夜も目がよく見える能力があったはずだ。そりゃ、頼りになるわ。
いざとなれば、接近戦でも通用しそうなステータスだし。攻撃力100オーバー。
そしてその流れで聞けば、どうも彼女……最初は僕らの想像通り、『危険だから』って留守番させられてたらしいんだけど……夜の狩りは、鍛えてるとはいえ男衆たちにとっても危険であり、暗闇から襲ってくる魔物にやられてしまうことが何度かあったそうだ。
死人も、少ないが出たらしい。そうか、今の男衆、当初からのフルメンバーじゃないのか。
これではいけないと考えたビーチェが男衆を説得し、後衛での弓矢による支援と、火矢による敵の位置の指示だけにとどめる条件で、夜の狩りに参加しているそうだ。
ちなみに、今彼女がちらっとほのめかすことを言っていたけども……彼女、自分が『半吸血鬼』だと、僕ら――つっても、僕、フォルテ、レーネの3人だけだけど。レガートは普通に知ってた――に普通にばらしている。
レガートが信頼しているんだし、問題ないと思ったそうだ。さすがに、仲間のエルフ全員にばらすのはアレだってことで、僕ら3人だけにとどめてたけど。
それはそれとして……ふむ。
ちょっと考える。
その『ダンジョン』とやら……どうしたもんかね、気になるな。
さっきちょうど、それっぽい内容の『クエスト』が出てたし。
それに……さっきから、視界の端にいるレガートが、今の話を聞いて、何か言いたそうにしていることだし…………よし。
「フォルテ、レガート、ちょっといい? 提案があるんだけど」
「あん?」
「……何だ?」
☆☆☆
で、僕らもそのダンジョンについてきた……ってわけだ。
といっても……僕が提案しなくても、来ることにはなってたと思うけどね。
僕らの横で、一緒に話を聞いてたレガートが……ビーチェ達をすごく心配そうにしてて、ちらちらこっち見てて……『助けたい』って言いだすのに秒読み、って感じだったから。
あのままもう3分も待っていれば、ビーチェ達が出立準備に入ったくらいのタイミングで、こっちに声がかかっただろう。
だから、先手を取ってこっちから提案したのだ。
『ビーチェ達の手伝いに行かない?』と。
もちろん、ただビーチェ達を不憫に思って、助けたくなったから、ってわけじゃない。
多分、それを理由に参加したのはレガートだけだろう。
まあ、それも全く思わないわけじゃないけど……それとは別に、僕には僕の、フォルテにはフォルテの、そして、レーネにはレーネの思惑がちゃんとあるってことだ。
フォルテはどうやら、自分――『銀悪魔像』の種族特性、および『神聖魔法』の威力の確認をしたかったらしい。
色んなオカルト系の話で、悪魔とかゾンビ、邪悪の類に対して、『銀』が効果が抜群になる設定が結構あると思う。弾丸とか、杭とか。
この世界でも、その設定が『一部』生きているらしい。
銀なら何でもいいわけじゃないけど、一部の魔法金属とかはそういう性質があるらしい。
『銀悪魔像』の体を構成する銀は、その1つだと言われている。つまり、フォルテが繰り出すパンチやキックは、アンデッド系に対して効果が抜群らしい。
というか、触れるだけでもある程度のアンデッドなら倒せるそうだ。
それを知識として知っているフォルテが、実地で確かめたがった、ってわけ。いい機会だし。
続いてレーネだけども……彼女の動機は、半分はレガートと同じで、ビーチェの心配だ。
ただしこっちは……思わぬ形で見つかった、自分の肉親に対してのもの。
自分以上に戦いに慣れていない(動きを見たらわかったらしい。何気にすごくね?)ビーチェを、傲慢かもしれないが、いざという時は守ってあげたい、ってことで志願してきた。
あとは他に……姉妹で一緒に狩りとかしたかった部分もあるそうだけど。
そして最後に僕は……もちろん、この『ダンジョン』に来るためだ。
昨日、『クエスト一覧』で見た、例のアレとの関連を調べ……あわよくば、そのままチャレンジしてしまうために。
≪挑戦可能クエスト一覧≫
(前略)
・『ダンジョン『栄都の残骸』を攻略せよ!』
これこれ。
で、ここ来てみたら……『エルフの森エリア』を出た時と同じ、あの、よくわからん、空気の壁を通り抜けた感触がして……表示が、こう変わった。
・『ダンジョン『栄都の残骸』を攻略せよ!』……挑戦中
どうやらこの、アンデッド大量発生ゾーンが、『栄都の残骸』で間違いなさそうだ。
自然発生なのに、きっちり御大層な名前ついてんのね。
さて、これからここを攻略……つまりは、ビーチェ達に加勢していくつもりでいる。
何をもって『攻略』……つまりは『達成』になるのかはわかんないけど、ミューズに聞いてみると、『中に入れば詳細見られるようになるから大丈夫ですよー』とのこと。
『自然型』のダンジョンは、ボスもいない、コアもない代わりに……何かしら達成条件が1つないし複数設定されているらしい。
そしてそれは、ダンジョン内部に入ってしまえば、『黙示録』に記載されるそうだ。やっぱ便利。
それに、土地勘? はあるビーチェたちの案内はあるし、彼女たち曰く、町の一部が変容しただけの『ポッと出のダンジョン』らしいから、そんなに大仕事にはならないだろう――
――と、さっきまでは思ってたんだけども。
ミューズに聞いた通り、『栄都の残骸』の中に入ったところで見られるようになった、このダンジョンの『攻略』という内容の詳細が表示されるようになった。
なったんだけど……その表示されてる内容がよろしくない。
……えっと、コレ……
≪クエスト詳細情報≫
・『ダンジョン『栄都の残骸』を攻略せよ!』
期限:なし
状況:挑戦中
攻略条件:
1.夜間に挑戦せよ
2.アンデッドモンスターを150体以上倒せ
3.第4層にいる『エリートスケルトンナイト』を討伐せよ
4.最下層で『ロニッシュ家の隠し財宝』を手に入れろ
5.ダンジョンボスを討伐せよ
以上5つ全て達成でクリア
……せいぜい注意事項とか程度だと思ってたら、思いのほか盛沢山だった……というか……
(前提条件が、何もかも、違う……っ!?)
……『第4層』って何? 『最下層』って何?
地上部分がちょっと変質しただけじゃないの、このダンジョン? この表記……最低でも4層、いや『最下層』が別に表記されてるってことは、少なくとも全5層はある、と。地上含めるのか含めないのか知らんけど。
で、いんのかよボス。
こえーよネタバレブック。知りたくなかった新事実が盛りだくさんだよ。
いや、事前に知れてありがたいけどね?
……どうしよう。コレ攻略無茶苦茶難しいんじゃ……てか、このダンジョンほっといて大丈夫なのか? 明らかに、結構な大ごとだぞ?




