第37話 リィラ・ウェイクアップ
楽しいお食事会も終わり……今は後片付けの時間。
台拭きや火の始末は、子供たちやバートさんに任せて……レーネとビーチェの、実は姉妹でしたコンビは、皿洗いに従事することになった。
ここでは、皿洗いに使う水は、基本裏の井戸水を使っているらしく……冷たいので手がかじかんで大変らしい。人数も多いし、季節によっては、ひび割れとかもあって重労働だそうだ。
……まあ、僕が来た以上は、そんな苦労とは無縁なわけだけども。
―――かちゃ、かちゃ、かちゃ……
「はい、どんどん入れて。順番とか考えなくていいから、とりあえず全部」
「こ、こう? こんな感じ?」
―――かちゃ、かちゃ、かちゃ……
「そうそう。んで……井戸から汲んできた水を全部入れる。お皿崩さないようにね」
――とぽとぽとぽ……
「で、ふたを閉める(バタン)。よし、できた……そして、よろしくシャープ」
「はいよー」
えーと、『無限宝箱』から……さっきレーネ達が箱(僕)の中に入れた、汚れた食器各種と、井戸の水(そこそこの量)を選択して……と。
これらを、『絡繰細工』の応用で……ほいっと。
――ぴこーん!
『『きれいな食器一式』ができました』
旅の途中で何度もやってるから、最早手慣れたもんである。
使い終わって汚れた食器を、『無限宝箱』に入れて、『きれいな水』を材料にして『加工』することにより汚れを落とす。
いうなればそう……ミミック式食器洗い機。
見た目が箱なので、割と気に入っているネタ技である。
蓋を開けて、汚れどころか頑固な水垢まで取れてて、おまけにひび割れたり欠けてた部分すら直っている――サービスで修復してあげました――新品同様になった食器を取り出して、めっちゃびっくりしているビーチェ。
「こ、こんなことができるなんて……これが、ミミックの力なの……!?」
「いやー、単なる悪ふざけの産物なんだけどね」
「シャープって、なんか知らないけどこういう変な特技色々持ってるのよね。どうやってこんなの思いつくんだか……中に人間が入ってるんじゃないか、ってたまに思うわ」
入ってるんだけどね、実際。前世的な意味でなら。
片方は呆れながら、もう片方はすごく面白がりながら、僕の中から食器を取り出していく姉妹。
……うん、改めて見てみるけど……やっぱ、あんまし似てないな。
「こんなことができるって知れたら、皆がこぞってミミックをテイムしたがるんじゃないかな? 食器洗いってかなり重労働だし……旅人や冒険者が、旅の途中で使った食器とかを洗うのにだって重宝するんじゃない? それに、他にも色々応用できそう……」
「どーかしらね? や、重労働とか助かるのは確かにそうだけど……果たして、普通のミミックにこんな芸当できるのかしら? 私ゃどーも、こいつが特別な気がしてならないわ」
と、レーネ。うれしい評価である。
まあ、実際あたりなんだけどね。コレ、僕の特殊能力『悪魔のびっくり箱』由来のスキルを使ってるから……普通のミミックとかじゃ、無理だろう。
けど、考えてみれば、それ以外の技能……例えば、素材から自在に武器その他を作り出す『財宝創造』とか、食べたものを保管しておく『蓄財』なんかは、普通のミミックとかでも持ってるわけだし……それを考えれば、実はかなり有用なモンスターなんじゃないか?
実際僕、『無限宝箱』を利用して、容量無限のアイテムボックスとして、仲間の皆の荷物とか色々を保管して、重い荷物をもって歩かなくてもいいようにしてたりするし……
『財宝創造』で予備の武器とか弓矢とか色々つくって補給役になってるし、いざとなったらそれ売って路銀の足しとかにもできるし……っていうか、この町でもともとそうする予定だったんだよね。
……いやでも、待てよ?
何か前に麒麟おじいちゃんが、ダンジョンのミミックって、本来知能が低い魔物だ、って言ってた気がするな。
待ち伏せして、寄ってきた獲物を奇襲して食い殺すだけで……他には何もしない、というか考えない。考えるだけの知能がないんだって。
そして、『使役術』は、いざ使役したとしても、主の命令をこなせるかどうかは、その魔物の知能によるものであって……となると、ただのミミックをテイムしたところで、意思疎通もそもそもできないだろうし、僕の真似事は無理だろうと考えられる。
あくまで、僕のこの便利っぷりは……僕が、ミミックの能力と人間の知能を併せ持ってるからこそ可能な芸当だ、ということだ。どうだまいったか(←何がだ)。
「……あ、そういえば……」
と、レーネが何かを思い出したような仕草を見せて、僕の頭をこんこん、と叩く。え、何?
「ねえシャープ、『リィラ』出してくれない?」
「? リィラ……って、何?」
「ほら、私がこないだ入れたあの人形。ボロボロになってたのを直してくれた……」
「え、り、『リィラ』!?」
と、僕がその説明に『ああ』と思い出すと同時に……なぜかビーチェの方からもリアクションが飛んできた、その『リィラ』とは。
今レーネが言った通り、人形である。子供のおもちゃの。
だが、ただのおもちゃじゃなく……おそらくは、かなり高級な感じのおもちゃだ。
初めて見たのは、レーネが自分の鞄から、荷物を『無限宝箱』に移してた時かな。
逃げる時、家にあるもので、大事なものをばばっと詰め込んできたらしいレーネの荷物の1つが、それだった。
西洋人形……っていうのかな? 金髪の、かわいい女の子の人形。
フィギュアとかソフビとかじゃなく……工芸品?的な人形だ。博物館とかにおいてある感じ。
とっさに持ち出してくるくらいなんだから、大事なものなんだろうな、とは思ってた。
その時に詳しく聞いてみたところによると、お母さん……ピュアーノさんからもらったものなんだそうな。
レーネにとっては、数少ない遊び道具であると同時に、母親の形見でもあるため……大事にしていたそう。その人形の名前が『リィラ』だった。
そして、ここに来てもう1つ……その『リィラ』に関わる事実が明らかになった。
「やっぱりね……コレ、もともとは……ビーチェのだったのね」
「うん……ピュアーノが辞める時に、私の代わりにそばに置いておいてあげて……って、あげたの。まさか……まだ、持っててくれてたなんて……」
「お母さんじゃなくて、私がだけどね」
呟くように言いながら、レーネが手に持っている人形……『リィラ』を眺める2人。
本体はもちろん、着ている服も、編み込まれてる髪もくたびれていて、雑に扱ったら壊れちゃいそうなボロい見た目だけど……2人にとっては、大切な宝物。
それをレーネは、ビーチェにそっと手渡した。
まるで、赤ん坊か何かを扱うように、優しくそれを受け取るビーチェ。それを両手で丁寧に、抱えるように持って……ほほえみを浮かべ、頭をなでたりしている。
生き別れの妹が大事に持ってくれていた……15年ぶりにその姿を見る、人形。
かつて、自分がその手で『リィラ』を託したピュアーノさんのそれを含め、色々と思い出があるんだろうな……それを思い出してるのかも。
もちろん2人とも、乱暴に扱って壊さないように注意している。
普通の人間の子供とかでも、ちょっと力入れるだけで、腕とかとれちゃいそうだしね、あれ。ましてや、2人は細腕に似合わず、そのステータスがね……アレだからね……
★名 前:レーネ・セライア
種 族:ハーフエルフ
レベル:49
攻撃力:85 防御力:240
敏捷性:118 魔法力:179
能 力:希少能力『使役術』
使役:シャープ、フォルテ
希少能力『共鳴』
希少能力『悪魔特効』
★名 前:ベアトリーチェ・ドラミューザ
種 族:半吸血鬼
レベル:12
攻撃力:104 防御力:101
敏捷性: 73 魔法力: 63
能 力:通常能力『吸血』
希少能力『希少種』
希少能力『超再生』
特殊能力『契約』
契約:バート、ナーディア、ライラ、リィラ
こんな風に強………………うん?
あれ、何か……ビーチェのステータスの方に、変な記述が……?
『契約』の欄に……『リィラ』? え!?
これって確か、レーネの『使役術』と似た感じのスキルで、自分の配下とかに対して、相互に恩恵のある従属関係を構築する感じのアレだったはず……。
で、何でそこに『リィラ』って書いてあるんだ? さっきまでなかったよね確かに!?
僕はとっさに、ビーチェの手の中の人形を『鑑定』した……まさにその時だった。
「でも、よくわかったねレーネ、これが……私がピュアーノにあげたものだって」
「だってさ……前から、不思議に思ってはいたのよ。明らかにこのコ、私よりつくりが丁寧な、高級な感じの服着てるもん。多分、本体も含めて、すごく高級なおもちゃなんじゃないか……って。で、何でお母さんがそんなの持ってたんだろうな……ってさ」
「あ、あはは……そうなんだ。ま、まあ……一応、私の誕生日のプレゼントにお父様がくれたやつだから、そりゃあ……うん、高級品かもね」
「ちょ……え!? た、誕生日にって……よ、よかったの!? そんな大事なもの……」
「いいよいいよ、だって……ピュアーノにはそれくらい感謝してたもの。それに、こうしてレーネがここまで連れてきてくれたしね……。そのレーネの……妹の心の支えになっててくれたっていうんなら、やっぱりそれでよかったんだ、って思うし。ねー、リィラ?」
『ネー』
「あははは、もう何ビーチェってば、そんな子供みたいなお人形遊びして……」
「何言ってんのーレーネ、リィラだってほらこう言って……」
「「………………えっ?」」
揃う、2人の声。
一拍の間をおいて、2人そろって……ビーチェの手の中の、『リィラ』を見る。
見る。
見る。
こてん、と、
……2人がそろって、首をかしげる。
こてん、と、
『リィラ』が、首をかしげる。
「「…………………………!?」」
数秒後、
『……レー、ネ? ……ビー、チェ?』
「「わきゃあああぁあああああ!?」」
ぶぉん!! ← 驚きのあまり、全力で人形を投げ飛ばすビーチェ
ぎゅん!! ← 攻撃力104の腕力で投げられ、剛速球ばりに飛んでいく人形
ひゅん、ばくんっ!! ← 間一髪、壁に激突する前に僕が口でキャッチ
危っっぶっ!! 危なぁっ!!
無事か!? 無事だな!?
確認! インベントリ……よし、『壊れた人形』とかは入ってない!
口から出して確認……おそるおそる……
『……ヒ、ド、イ……』
んべっ、と舌で押し出すようにすると……力ない、ちょっと落ち込んだ感じのそんな声が。
よかった、生きてた! セーフ!
「し、ししししししシャープっ!? そ、そそそそれ、いいい今しゃしゃしゃ喋っ……」
「に、ににに人形がっ! リィラがっ! う、動いて、しゃべって……っ!?」
と、部屋の反対側には……予想外にもほどがある出来事に直面したせいで、盛大にびびってパニクってる、ハーフエルフと半吸血鬼の姉妹が。
抱き合って震えとる。何度目か思うが、仲いいなおい。ホントに今日初対面か?
そんな2人の目の前で……再び動き出す、『リィラ』。
僕が床にことん、と置くと……ゆっくりとした動作で、手と足を動かし……立ち上がった。
そして、歩きはじめの子供のようにおぼつかない足取りで、2人に近づいていく。
……が、いかんせん、姉妹の方が事態を飲み込めていないので、ガクブル悪化。
『……レー、ネー。……ビー、チェー』
「ひぃぃぃいいっ!? な、何なにナニぃっ!? 何コレ、何コレ!?」
「し、シャープ!? こ、コレどういうこと!? 何がどうなってるかわかる!?」
「……あー、説明するから、落ち着いて聞いて、2人とも。何も別に、怖いことないから……不思議なこととか、突拍子もないことはあるけど」
仕方ないので、きちんと説明してあげることにした。
このままじゃ……せっかく動けるようになった『リィラ』が、ちとかわいそうだ。めでたく、ビーチェと『契約』までできたんだしね……契約主に自覚がないけど。
事実を正しく認識して……まずは受け入れて、理解してもらおう。
幽霊じゃないんだから、何も怖いことはない。ただ、リィラは……
「あのね、2人とも。この人形……魔物化したっぽい」
「「…………はぁ!?」」
★名 前:リィラ
種 族:妖魔人形
レベル:1
攻撃力:6 防御力:8
敏捷性:1 魔法力:8
能 力:???(未覚醒)
いやー……何がどうしてこんなことになってんのかはわかんないけど、とりあえず危なかった。
レベル1だもん……ビーチェの腕力で投げられたりしたら、死ぬよ、間違いなく。




