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第36話 母の味が示す真実



「「「おいし――――っ!!」」


廃教会の中庭に響き渡る、そんな声。


現在、ここでは……レガートとビーチェ達の再会を祝して、という名目で、ホームパーティー的なお食事会が開かれている。


普段、その日その日を食べていくのがやっと、貯蓄なんて雀の涙ほどずつしかしていけないこの孤児院。

当然、日々の食事も質素なものである。


正規の市場で買ったものの他は、この近くで時々開催されるっていう、闇市場で買う食材や、野生の獣・魔物を狩ってきて食べたり……って感じ。

あとは、子供たちが個々に物乞いをしてたりするらしい。


なんというか……途上国や紛争国の悲劇が目の前に転がってるな。前世では、テレビの向こうの出来事でしかなかったそれらが。


しかしそんな彼らも、今日はごちそうを口にしている。


色んな種類の魔物の肉を、適当に串に刺したり、適当な大きさに切って焼いた、バーベキュー。

なお、味付けは基本、塩。香辛料は貴重です。


山菜やキノコ、肉を適当に放り込んで、塩ベースで煮込んだスープ(レーネ作)。


大量に買うっつって値引きさせて買った小麦粉で作った、ちょっと硬めのパン。

なお、スープに浸して食べるとちょうどいい硬さになります。


ちなみに、小麦粉とか買ってきたもの以外の食材……肉とか山菜とかは、僕らの提供だ。

エルフであるレーネ達は、食べられる野草を採取してストックしておくのはもはや習慣だったし、魔物の狩りがてら肉は大量に蓄えてある。基本、無駄にしない主義なので。


ちなみに、大半がオークの肉で、たまに鳥系、犬系の魔物が混じってくる感じだ。

オーク、食えるんだよね。しかも、結構うまいらしい。普通に豚肉なんだそうだ。


人の形してても普通に食うんだな、って、話を聞いたときはちょっと驚いたけど……まあでも、


「うっ、ぐす……お、おいひぃ……」


「ほら、こっちもおいしいよ! いっしょに食べよ!」


「ありがとう! じゃあ私はこっちのをあげる!」


……あんな風に、涙まで流して喜んで食べてもらえているとなれば……そのへんもうどうでもいいかも、って思えてくるんだよね。

お腹いっぱいお食べ、少年少女。食べ盛りなんだから、遠慮するんじゃないよ。


……願わくば、僕もその美味しい料理を堪能したかったんだけどもね……

うぅ、魔法生物系の魔物のつらいところか……味覚、ないんだよな……。

まあ、食べる必要自体そもそもないんだけど……元人間としては、つらいものがある。


僕が、慈愛と嫉妬をごちゃまぜにした視線を送っているその先の光景を……こちらでは、彼ら・彼女らの姉貴分であるビーチェが、愛情10割って感じで、ほほえみと共に眺めている。


そして、自分も……手にしている器の淵に口をつけ、ずずず……と、スープを飲む。

少し口の中で転がして、味と温度を堪能した後……ごくりと飲み下し、ふぅ、と息をついた。


そんな彼女に、大好評でなくなりそうなスープを追加で作っているレーネが声をかけていた。


「どうかしら、お口にあった?」


「うん……超美味しい」


「そりゃよかった。元とはいえ、お貴族様にそう言ってもらえると、自信出るわね」


「もう、やめてよレーネ。今の私は、ただのビーチェなんだから」


言いながら、またずずっ、とスープを飲むビーチェ。

そして、ふぅ、とまた一息。スープで暖められた呼気は、スープから立ち上る湯気のように、白くなって吐き出され……すぐに空気に溶けて消えた。


「こんな風に、スプーンも使わずに行儀悪く飲んじゃってるしね……今思えば、テーブルマナーとかあんな堅苦しいの、よく私我慢してたなー。こっちの食べ方のがあってるかも、私」


「好きにすれば? どっちみち、こんな所じゃ注意する人もいないわけだし。私もせいぜい、旅の間にレガートさんが……って、あれ? レガートさんいなくない?」


「? ……そういえば」


おろ? 気づかなかったな……言われてみれば、レガートがいなくなっとる。


……まあ、そのうち帰ってくるだろう。どこかへ出かける、とかの話は聞かされてないし。


「あ、私スープとパン、お代わり」


「はいはい。……ビーチェ、意外とよく食べるわね……お腹だいじょぶ?」


そう言いつつ、ビーチェから受け取った器にスープを注ぎながら、レーネがそんなことを。

そう言われればそうかも。もうコレ、4杯目くらいじゃない? そこまで大きな器じゃないとはいえ……男でも結構、お腹がたぷんたぷんになってくるくらいの量だ。


加えて、バーベキューやパンも同じくらいの量食べてるし……大丈夫か?


そんな僕らの心配をよそに、セルフサービスになっているパンを自分でとってきたビーチェは、レーネからスープを受け取るや否や、パンをそこにダイブさせていた。

数秒立ってスープをたっぷり吸ったそれを、美味しそうに頬張る。


「平気だよ? 私結構大食いだし……それに……この味付け、好きなんだ」


「味付け?」


「……このスープの味付け、さ……ピュアーノ譲りでしょ?」


ビーチェ曰く、たまにだけど、ピュアーノ……レーネのお母さんの手料理を食べてたらしい。


勉強の合間の息抜きにおやつを作ってくれたり、時々開かれるお茶会で腕を振るったり。

料理が得意だった上に、エルフらしく素材の味を引き出した料理法にたけていたため、屋敷のメイドや料理人に手ほどきをすることすらあったそうだ。


その味付けが好きだったビーチェは、レーネの料理の中に……ピュアーノの面影を見たらしい。


レーネいわく、彼女の料理は、ピュアーノから直接手ほどきされたものも確かにあるものの、多くは彼女が記憶を頼りに再現したり、ピュアーノとの死別後にそのレシピ本?みたいなものを見つけてそこから習得したそうだけど……素質はもともとあったのかもね。

彼女の母の味を良く知ってるビーチェが、太鼓判を押すくらいなんだから。


こうなると、親友としてそれ以上に味を知ってると思われるレガートの評価が気になるところだけど……まだ戻ってこないな。


なんてことを考えてた、そんな時だった。

美味しそうにスープを食べるビーチェを見て、気をよくしたらしいレーネの発言から……2人の会話が、変な方向に転がっていきはじめたのは。


「そう喜んでもらえると、食べすぎを心配しつつももっと作ってあげたくなるわね……お母さんもそんな感じだったのかな、お父さんに料理作ってあげてた時」


「お父さん? って……レーネのよね? ピュアーノの旦那さん」


「そうだけど。まあ、私もあったことないんだけどね……名前すら知らないんだ。お母さんに聞いても、何でか教えてくれなかったから。レガートさんに聞いてもだめだったし」


「そっか……何で秘密なのかはわかんないけど、どんな人だったんだろうね?」


「さあ……でも、食いしん坊だったのは確かみたいよ? お母さんの話だと」


「あ、料理を喜んでくれたとか、そういう思い出話?」


「ええ。なんかそのお父さんだけど……肉があんまり好きじゃない人だったんだって。だから、山菜やキノコなんかの味を引き出すのが得意で、肉を使った料理も肉なしで美味しく作れちゃうお母さんの料理、すっごく喜んでくれたんだってさ。特に……何てったっけかな。ガレット、とかいう料理が好きだった、って……」



「……えっ?」



ふと聞こえた、そんな声。

僕とレーネが、声がした方を見ると……食事の手を止め、口をぽかんと開けて……ビーチェがこちらに、きょとんとした視線を送ってきた。


☆☆☆


時は少しさかのぼり……数分前。


ところ変わって、ここは……教会の中。2階。

誰もない、暗い部屋。明かりもつけず……レガートは1人で、座って休んでいた。


何をするでもなく……ただ、ぼーっとして……何か、考え事をしているようにも見える。


ふと思い出したように、レガートは窓から下を……中庭を見降ろす。

そこには、美味な食事に舌鼓を撃つ何人もの子供たちと……その中に混じって、レーネとビーチェがいた。2人とも、このささやかなホームパーティーを楽しんでいるようで、笑顔で何事か語り合いながら、ごちそうを堪能している。


笑顔で語り合う2人の美少女を見て……レガートは、なぜか余計に思い悩むような表情になり……眉間にしわを寄せて、はぁ、とため息をついた。


(……考えていても、仕方がないか……戻ろう)


そして、座っていた壊れかけの椅子から立ち上がり……階段を下りて、自らも中庭に向かった。

その道中……今まで、部屋で1人で行っていたのと同じ……自分の頭の中の、答えの出ない問題について考えを巡らせた。


「……どう、言ったものかな……。本来なら、様子を見て、言う必要があれば告げるつもりだったのだが……まさか、伝える相手が、ビーチェ様以外、いなくなっていたとは……しかし、ある意味では彼女とレーネが、一番の当時者だからな……」


実のところを言えば、レガートは、これについて考えるために、宴の場を抜け出して、1人屋内の静かな部屋にこもっていたのだった。


「……果たして、どう言えば……いや、そもそも、言い出すべきなのかどうか……。想像もしないだろうからな……まさか、2人が……レーネと、ビーチェ様が……」


ひそかにレガートが胸の内に抱えていた、その問題。

それについて、結局答えが出ないまま、レガートは中庭にたどり着いた。


そして彼女は、沈んだ表情で行くわけにはいかないだろうと、多少無理をして表情を作り、入り口をくぐったところで……



「「レガート(さん)!! ひょっとしてこの人、私の妹(お姉ちゃん)だったりする!?」」


「……ほぁ!?」



あまりにも的確すぎるタイミングでの指摘?に、思わず変な声が出てしまうレガートであった。


☆☆☆


……いやー……たまげた。

まさか、こんな超展開が用意されてるとは……うん、思いもしなかったよ。


レーネと、ビーチェ。

2人が2人とも、自分は天涯孤独だと思っていた、美少女たち。


そんな2人がまさか……生き別れの姉と妹だったなんて……一体、だれが予想しただろう。


今現在……ネタばらし前にそのことに気づいた2人によって、あらかじめ事実を知っていたらしいレガートが、たじたじな感じで詰問されている。


おぉう……語気と勢いで人を壁際に追いやるってシーン、リアルで初めて見たよ。

姉妹だからかな? 息ぴったりじゃん、レーネとビーチェ。


見た目はあんま似てないんだけどなー。髪や目の色も、体型も、顔つきも、種族すら違うし。


ピンクブロンドのセミロングに青い目のレーネと、黒髪ロングに黒目のビーチェ。

はっきりと凹凸のある女性らしい体型のレーネに対して……ビーチェは全体的に華奢で、身長はさほど差はないものの、儚げである。

そして、レーネは『ハーフエルフ』であり、ビーチェは『半吸血鬼ダムピール』だ。


もし何かのきっかけがなければ、姉妹どころか親戚だと疑うことすらないだろう。

はっきり言える同じ所は……性別と、肌の色と……美少女って部分くらいか。いや、肌も……レーネが赤みがさしてる感じなのに対して、ビーチェは色白だな。


そんな2人に怒涛の如く攻め立てられながら、落ち着きも何もあったもんじゃない状況でレガートが洗いざらい話した。最初から、順序だてて。

それを整理すると……こういうことらしい。


2人の予想通り……レーネとビーチェは、腹違いの姉妹。

2人の父親は、レガートとピュアーノが昔仕えていた、ロニッシュ伯爵であり……正式に妾だったビーチェの母と違い、ピュアーノはそういった事実のないままに勢いと雰囲気で抱いてしまった。


その結果、ピュアーノは見事に妊娠。

無論、ロニッシュ伯の子であり、当時は正式に妾として迎え入れる話も持ち上がったのだが……残念なことに、そうはできなかった。


どうも、当時からロニッシュ家をよく思わない連中が暗躍を続けていたため、付け入る隙を与えるわけにはいかず……ピュアーノとは縁を切らざるを得なくなったそうだ。


ピュアーノ自身は、ロニッシュ家に迷惑がかかることをよしとしていなかったので、元々1人で育てるつもりだったとかで……文句1つ言うことはなかった。


そしてロニッシュ伯は、せめてもの償いというか、配慮として……旅先色々あるだろうと、護衛として彼女に付き添う形にするため、同時期に出されたレガートの辞職願を受理した。


無論、レガートは最初から、ピュアーノと一緒に行くつもりだったからだ。


表向きはピュアーノについては、病気により辞職した……ということになっており、ビーチェなんかには『妊娠』という真相は知らされていなかった。


それからしばらくの後、生まれたのがレーネ……というわけだ。

彼女たち2人は、お互いがお互いの存在すら知らなかった、腹違いの姉妹なのである。


そしてレガートは……場合によっては、ここ王都で、ロニッシュ伯爵に面会を求め……この事実をレーネとビーチェにも教えるつもりでいたらしい。


無論、ロニッシュ家に迷惑が掛からないように、こっそり、という前提はあるものの……彼女たちはれっきとした兄弟であり、レーネとロニッシュ伯は親子だ。もしかなうなら、引き取りはできないまでも、一目会うくらいは……とか思っていたそうだ。


もっとも、この15年の間にロニッシュ家の状態が様変わりしていたことで、結局、親子の対面はかなわなくなり……この状況では『姉妹』という事実を言い出す意味があるのかどうか、秘密にしておいた方がいいのではないか、とレガートは考えていた。


しかしところがどっこい、なんとレーネとビーチェは、自力でその真実にたどり着いた。


『肉が好きじゃない』『野菜やキノコの味を生かした料理が好き』『好物はガレット』……その他、レーネが母親から聞いていた、父親の特徴や好みから、ビーチェが自分の父親と一致することに気づいたという……なんとも運命的というか、ご都合主義的な展開と推理で。


どう説明したもんかと悩んでいたらしいレガートは、2人にせっつかれまくりながら、それらの事実の説明に全力というか、必死である。

……悩む暇もなさそうだ……よかったのやら、コレ。





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