第35話 15年の間に
ベアトリーチェ・ル・ロニッシュ。
通称、ビーチェ。
かつて、王都における重鎮の一人であった『ロニッシュ伯爵家』の……妾腹ではあるものの、れっきとした令嬢の1人であり、ただ1人、今に残っている同家の血縁。
レガートの登場にひとしきり驚いた後、彼女……ビーチェは、そう自己紹介してくれた。
数年前、ロニッシュ家が他家の謀略によって取りつぶしになり、無実の罪で一族郎党が処刑されたが……彼女は偶然、急な公務で王都を離れていたために、難を逃れたのだという。
まあ当然、罪人の血縁だという理由で追っ手もかかったらしいんだけど……どうも、当時は色々と国全体が忙しい時期だったこともあり、見つからずに数か月が経ったあたりで、死んだものとして発表され、捜索は打ち切られたそうだ。
まあ、そのずさんな処理のおかげで、こうしてビーチェは今も生きてるんだけど。
この元・孤児院の教会で……カモフラージュで、孤児に紛れて逃げ延びていた。いつの日か、かたき討ちと家の復興を成し遂げるために、その時を待ちわびながら。
しかし、一向にその機会は訪れぬまま……今にいたる、ということらしい。
「そうでしたか……15年の間に、そのようなことが……」
「貴女からすれば、15年は短い期間なのかもしれないけどね……。いや、それを言ったら私だって人のことは言えないか」
そう、苦笑しながら言うビーチェ。
? 今の……どういう意味だろ?
人のこと言えない、って……それだとまるで、ビーチェが年を取るのが……いやむしろ、人間じゃないみたいな……
で、ちょっと気になって『鑑定』で見てみると……
★名 前:ベアトリーチェ・ドラミューザ
種 族:半吸血鬼
レベル:12
攻撃力:104 防御力:101
敏捷性: 73 魔法力: 63
能 力:通常能力『吸血』
希少能力『希少種』
希少能力『超再生』
希少能力『中級魔法適正』
特殊能力『契約』
契約:バート、ナーディア、ライラ
…………え、何コレ?
種族……吸血鬼!? あ、いや、『半』だけど……。
マジで? 妾腹だとは聞いてたけど……何、そのロニッシュさんって、吸血鬼が愛人にいらしたの?
しかも何か、ファミリーネームだけとはいえ、名前違うんだけど……?
そして、種族柄なのか……ステータス高ぇ!? 熟練の兵士レベル軽く超えてるよ!? 特に攻撃力に至っては、『使役』補正入ってて、レベルも4倍以上上のレーネすら超えてる!
おまけにスキルもなんか色々あるし……何者だこの子!? 色んな意味で!
そんな僕の困惑など知らずに、レガートは彼女と話を続ける。
レガートが去ってからの15年間……より正確には、数年前、ロニッシュ家が没落の憂き目にあってからの間のことを聞いているようだ。
あ、ちなみに彼女たちは、適当に長椅子をいくつか並べ、そこに適当に腰かけている。立ち話も何なので、っていう、ビーチェからの申し出で。
訪問者がレガートだと知って、一気に警戒はとけたみたいだった。それも、全員まとめて。
え、僕? 床だよ、荷物扱いで。
ちなみにフォルテも床だ。重いので。
「さっきも話したけど……国王様が代替わりしてから、全てが変わり始めたの。昔は絶対になかったような、強硬で苛烈な政策をガンガン推し進めるようになって……」
「それに伴い、国益のためと謳っての軍備の増強、軍事行動の拡大……当然のように、各貴族家にも相応の負担を強いるものだった」
「それでも、最初のうちは、確かに繁栄につながっていましたから……不満も微々たるもので、ほとんどの国民・貴族は満足していたのです。もっとも……旦那様は、その頃からこの路線変更の危険さを訴え続けていたのですが……」
ビーチェに続く形で、バート、ナーディアがそう、呟くように語る。
「どんどんその方針はエスカレートしていき、徐々に周辺国との関係もきしみ始めていく中……当初からこの政策の危険を訴えていた旦那様が、とうとう……」
「目障りに思ったのだろう……貴族たちにはめられ、謀反の疑いをかけられて……な。王も、旦那様の主張に、最後まで耳を傾けなかった」
悔しそうに語る、ナーディアとバート。
それを、色々な感情を押しとどめているような表情で見ている、ビーチェとレガート。
「そこから先は……さっき話した通り、かな。死んだと思われていた私は、ここでこうして孤児としてやり過ごしてた、ってわけ」
「左様でしたか……それは、さぞご苦労を……」
「ううん、そんなことないよ……みんなが、助けてくれたから」
無理やりどうにか、といった感じで、気丈に笑って見せるビーチェ。
こちらを気遣ってのことだろうけど……レガートは、余計につらそうにしていた。こちらも負けず劣らず、どうにか隠そうとして表情筋を酷使してたけども。
「でも、びっくりした……まさか、あなたにまた会えるなんて、思っていなかったもの……私がまだ幼いころに、家を去ってしまって……もう会えないと思っていたわ。そういえば……一緒に出て行ったピュアーノは? 一緒ではないの?」
「はい、ピュアーノは……数年前に、病で……」
「っ……そう、だったの……。ごめん、つらいことを思い出させて……」
と、気まずそうにするビーチェ。しかしレガートは、首を振って笑みを浮かべ、
「お気になさらず……もう終わったことですし、心の整理もつけております。それに……彼女からは、忘れ形見を託されているのです。うつむいてなど、いられません」
「……? 忘れ、形見……?」
その言葉に、話していたビーチェのみならず、元同僚である2人……ナーディアとバートも、きょとんとした表情になる。
そしてその直後、3人同時に、はっとしたように……レガートの隣に座っている、レーネに視線を集中させた。
「え、っと……? な、何?」
3人分の、意味ありげな視線にさらされ、ちょっとびっくりしているレーネ。
しかし3人とも、それに構わず……というか、気にしている余裕がないような様子だ。
そしてビーチェはレガートに、恐る恐る、といった感じで問いかける。
「も、もしかして……彼女が?」
「ええ……レーネ・セライア。ピュアーノの娘です」
「……! やっぱり!」
その返答に、ビーチェはぱぁっと表情を輝かせる。
驚きと同時に、喜びがあふれ出しているような笑顔になって……ビーチェは、まだ『きょとん』のままのレーネのところに、だっといきなり駆け寄って、その両手をとった。
「あなた、ピュアーノの子供なのね! どうりでどこかで見たようなっていうか、似ていると……ああ、懐かしい……ピュアーノと同じ、キレイなピンクブロンドの髪……」
「え、ええ? あ、あの……」
「あ、ちょ、お、落ち着いてください、お嬢様! びっくりしてますよ!?」
「私ほん……あっ……」
まるで芸能人に出会ったみたいにはしゃいでいたビーチェは、後ろから聞こえたんであろうナーディアの言葉に、はっとしたようになって、ぴたっと止まる。一時停止みたいに。
そして、ちょっと気まずそうな感じになって……心もち顔を赤くして、そそくさと離れた。
「ご、ごめんなさい……わ、私ったら、つい……。ピュアーノの……昔の知り合いの子供だって知って、嬉しくなっちゃって……。その、思わず……ごめんなさい」
「あ、いや……うん、いいから。気にしないで。その……えっと、無理、ないと思うし」
と、レーネ。
話を聞いているだけの空気ポジションから、いきなり話題の中心に引っ張ってこられて、びっくりしている様子である。返答も、つっかえつっかえだ。
それに加えて、話がすごい展開過ぎて、ついていくのに精いっぱい、って感じにも見える。
まあ……いきなり母親(故)の古い知り合いに会って、かわいがってくる親戚のおばちゃんみたいな反応されたら……うん、そりゃ、戸惑いもするだろう。
元人間の立場から言わせてもらうと、いきなりでなくても驚くからな、あのテンションは。親戚ゆえに容赦ないというか……一切壁を感じない感じのふれあいというか……。
そんなテンションから我に返ったビーチェは、つつつ……とレーネから離れると、椅子に座り直し、おほん、とわざとらしく咳払いをして……仕切りなおすように、改めて口を開いた。
「えっと、じゃあ、あらためて……さっき一度自己紹介したけど、私は、ベアトリーチェ。そこにいる、レガートと……あなたのお母様の、ピュアーノ・セライアからは、以前、本当にお世話になっていたの。護衛の騎士と……家庭教師として、ね。会えてうれしいわ、レーネ」
「あ、えっと……うん。こちらこそ。私……レーネ・セライア。レガートさんにはその、ずっとお世話になってて……今は、色々あって里が滅んじゃったから、旅の途中、かな」
「ほ、滅ん……だ?」
と、とりあえず自己紹介がてら、という感じで軽~く告げられた、しかし聞き逃せないほどにヘビーな単語に……今度は、ビーチェがびっくりする番だった。
後ろにいる従者2人……ナーディアとバートも、似たような感じである。
そしてビーチェは、困惑した表情のまま、レーネとレガートを交互に何度も見て、
「そういえば、会えたことにはしゃいでて聞いてなかったけど……レガートもレーネも、どうしてここに? 故郷に帰ってゆっくり暮らす、って聞いていたけど……」
「ええ、実は……」
そして、レガートがそれに答える形で説明を始めた。1つ1つ、順序良く。
その中には、僕らにもまだ未説明だったことも、所々含まれていたので……僕らに聞かせる意図も、もしかしたらあったのかもしれない。
レーネの母……ピュアーノが一身上の都合で職を辞すことになり、それに続いてレガートも騎士団長の職を返上し、惜しまれつつも2人でこの町を去ったところから、話は始まった。
まっすぐ故郷へ帰ったわけではなく、療養もかねてあちこちを転々としていたこと。
その道中で、ピュアーノに子・レーネが誕生したこと。
レーネも一緒に、故郷であるエルフの里に戻って、静かに暮らしていたこと。
その数年後……流行り病で、ピュアーノが死んだこと。
残されたレーネは、ハーフエルフであることを理由に差別されたりして、少しつらい環境の中で生きていたこと。
そして……オークの軍団に攻め込まれ、エルフの隠れ里が滅び、こうして自分たちは旅に出ることになったこと。
「ここには、物資の補充等……本格的な旅の準備のために伺ったのです。斯様なことになっているとは……思いもしませんでしたが」
「そっか……。もう一度ロニッシュに仕官するつもりで、とかだったらうれしかったんだけどね……って、そのロニッシュ家ももうなくなっちゃってるんだけど」
たはは、と笑いながら、反応に困る自虐ネタをぶっこんでくるビーチェ。やめて、突っ込むに突っ込めないから。
あ、ちなみに、僕とフォルテの自己紹介はすでに済んでいる。レガートが、隠れ里であった一件を説明する段階で、上手いこと話した。
もちろん、ビーチェ以下全員びっくりしてたけど……すぐに慣れていた。
そのへんには、元貴族のお嬢様(と、その関係者)らしい理由があったりする。
在りし日の『ロニッシュ家』がかつて抱えていた私兵には、レーネと同じように『使役術』を使うものもいたらしい。それが原因で、使役状態の魔物には割と理解があるわけだ。
驚きつつも、レーネがきちんと制御できていることを知って、普通に納得してた。
ただ、使役獣としてはあまり見ない類の魔物だから、物珍しそうにはしてるけどね、今も。
何せ、ミミックだもんね。罠以外で見ることなんてない魔物だよね、普通に考えて。
ビーチェも子供たちもそろって、ぱかぱかと口を開けたり閉じたりする、そしてそのたびに、何もない箱になったり、牙がずらっと並んだミミック口になったりする僕を見つつ、面白そうにしている。肝っ玉が据わってるというか……こりゃ大物になる予感だな。
そんな中、ビーチェはふと気が付いたように、
「ねえレガート? ここの実情を知らないで来たってことは……宿とかも決まっていないんじゃない? よかったら、ここに泊まっていかない?」
「ここに……? よろしいので?」
「もちろん! あなたたちには、ポーションのお礼もしなきゃいけないし……それに、折角またこうして会えたんだもの、もっといろいろお話とかしたいし」
それを聞くと……レガートはなぜか、少し言葉に詰まるように……口を真一文字に結んで、ほんのわずか目を伏せた。
そして、『どう?』という感じの視線を向けてくるビーチェを、
次いで、自分の横にいるレーネを見て……
「……そう、ですね。まだ、色々とお話しすべきこともありますし……」
こうして……特に仲間たちから反対意見も出なかったので、僕らは今日一晩……と言わず、ここ王都にいる間は、この廃教会を宿代わりに使っていいことになった。




