第34話 ビーチェ/ベアトリーチェ
行き着いた先は、教会だった。
いや、『廃』教会といった方がいいかもしれない。到底今は機能していなさそうなので。
道すがら聞いたんだけども、この世界には大小様々な宗教があり、その一つが、この国において最も広く信仰されている『エレトリア教』というものらしい。
この宗教は、よく言えば懐が広い、悪く言えば適当な感じの宗教で……要は、ユルい。
一応、教典と呼べるものや戒律なんかもあるけど、別にそれを守らなかったからってどうこうない感じ。というか、信じてるといいつつ、そのへんよく知らない人も多い。
地球の宗教でも、モノによっては、食べちゃいけないものが決まってたり、一日の生活リズムも決められてたり、祈りの時間とかまで指定されてたりして、それに背くと思い罰があったりするものがあったけど……この『エレトリア教』には、まずそんなものはない。
せいぜい、『食べ物を食べる時にはその命をくれた生き物に感謝しましょう』とか、『悪いことをするといつか自分に返ってくるでしょう』的な、小学校の道徳的な内容くらいなのだ。末端の信者にまで広まってる内容なんて。
しかし、わかりやすくてややこしくも厳しくもなく、なおかつ最低限の道徳教育に適しているようなものであるからか、かなり広く信仰されている事実がある。よその国でも、この『エレトリア教』を国教に据えたり、好意的に受け入れている国は多いそうだ。
かくいうレガートも、自分はこの信者である、と自負する1人らしい。
だからって何をどうこうするわけでもないらしいけど。
んでもって、その『エレトリア教』の協会は、どうやらこのでは、様々な理由で生きる場をなくした孤児たちを保護する、孤児院のような役割ももっているらしい。
まあ、ファンタジーではありがちな設定だ。
まだまともに機能していたころは、きちんと国からの補助金や多方面からの寄付金を受けて、堅実な運営をしていたらしいけど、王様が代替わりしてしばらく後、戦争が始まって国そのものが疲弊し始め……城壁外の町が見捨てられてからは、経営は苦しくなる一方。
現在では、善意で残ってくれている1人のシスターと、昔からいる古参?の孤児、それに、孤児院出身の善意の市民の手伝いや寄付によってどうにかやっている……という形である。
それも、今は……正規の協会だった頃の小奇麗さはどこへやら、ただ孤児や、行き場のない者たちがたむろするたまり場のような形になっているのだが。
その教会の扉を開けて中に入ると……中には、10人程度の、同じようにぼろぼろの服を着た子供たちと、それよりも年上の若い男女が3~4人いた。
教会に足を踏み入れた瞬間、そのほぼ全員の視線が集中し……その内の1人が、何かに気づいたような、はっとした表情になる。
「あなたたち、どこへ行っていたの!? もう暗くなるのに戻ってこないから、心配して……っ? その人たちは?」
礼拝堂っぽい部屋に並べられている――といっても、きちんと等間隔で並んでいるわけじゃなく、かろうじて無事な家具を、移動に邪魔にならない程度に並べている、って感じだ――長椅子の1つから立ち上がったその人は、大学生くらいの女性だった。
レーネよりは年上、レガートよりは年下、って感じ。
着ている服は、ところどころ破れたりほつれたりしているものの……いわゆる『修道服』ってやるだ。ということは、この人が善意で残ってるっていうシスターか。若いな随分。
ついでに言うと、美人である。幼さの残る顔立ちで、目も大きい。茶髪に青い瞳、色白。
そんなかわいらしい顔が、今は心配と怒りが半々、っていう感じの表情になっていた。
自分で言っていた通り、この2人を心配してのようだ。まあ、
「ご、ごめんなさい、ライラお姉ちゃん……で、でも……」
「……お薬、もらえるから」
「薬……?」
ライラ、と呼ばれたそのシスターは、その言葉に首をかしげつつ、僕らの方に目を向ける。心配していた2人の子供と一緒にやってきた、ありていに言えば、不審人物たちに。
まあ、全身を覆えるようなフード付きの外套やら何やらに身を包んだ連中だ、仕方ない。
ちなみに、フォルテは威圧感がありすぎるので外で待機。僕は鞄モードでエルフの1人が荷物持ち的に抱えているので、魔物には見えない状態である。
その状況を利用して、周りをきょろきょろと見回してみると……子供たちのうちの何人かが、ケガをしているようで、包帯や布を巻いているのが見えた。血がにじんでいる子もいる。
そしてその中に1人……結構な重症らしく、身じろぎするのもつらそうな子がいた。
多分、ポーションを必要としているのは、あの子だな。
警戒する視線は、シスターだけでなく、他の子たちや、残りの年長者たち……話に聞いていた古参?の孤児や、孤児出身の協力者であろう者たちからも向けられている。
それにひるまず、レガートがフードをかぶったままで、つかつかと歩いて前に出た。
シスターのライラは、それにちょっと驚いた様子でびくっとしたけど、逃げることなくその前に立ちはだかり、堂々と正面から視線を受け止める。
その際、かばうように孤児2人を抱き寄せていた。
「どういったご用件でしょう? 見たところ、この町の方ではないようですが……」
「ああ、旅の者だ。その子たちから、薬がほしい、わけてくれ、と乞われてな」
ちらっ、と、シスターが抱き寄せている子供たちに視線をやりながら、そう言うレガート。
「そうでしたか……それは、とんだご迷惑を」
「気にする必要はない。ただで了承したわけではないのでな」
その言葉に、警戒心をあらわにするシスター。
奥の方に見える、年長の協力者3人……女性らしき2人と、用心棒みたいな風貌の男性1人もまた、警戒を向けてくる。
男性は、傍らに剣を立てかけていて、一応戦えるようだ。
女性2人は……1人は家政婦か何かのように、三角巾のようなものをかぶっている。
もう1人は、僕らと同じように、フード付きの服を着て頭をすっぽりと隠していた。
「ただではない、と……申し上げにくいのですが、ここはもう、御覧の有様で……蓄えなど、全くといっていいほどありません。薬の対価にお渡しできるようなものは……」
「安心してくれ、金銭の類ではない。これを見てくれ」
言いながらレガートは、懐に手を入れ、そこから取り出したものを、シスターに差し出した。
「その子たちから受け取ったものだ。薬と交換してほしい、と」
「これは……これと引き換えに、薬をくださるので?」
「いや、聞けば、これは……『ビーチェ』という、彼らの姉ないし孤児仲間からもらったものだと聞いた。その者と少し話がしたい」
「……っ! そ、それは……」
それを聞いて、動揺するシスター。
同時に、後ろに控えていた用心棒風の男から発せられる威圧感と警戒心が増した。
どうやら、今、レガートが口にしたことの中に、何か隠しておきたい、触れられたくない類のことがあるらしい。
おそらくその事実自体隠しておきたいらしいけど、演技が上手くはないらしいこのシスターには、それは荷が重かった様子だ。バレバレである。
そして、その数秒後、1人の女性……2人のうちの、三角巾をかぶっている方が、孤児たちの間を縫うようにして、前に出てきた。
足音に、はっとしたシスターが振り返り、こちらへ歩いてくるビーチェさん(仮)を見て、慌て始める……よりもわずかに早く、
「いいのです、ライラ……大丈夫」
そう、シスターのことも手で制しつつ、その人は、レガートの前に立った。
斜め後ろで、焦った&慌てた様子のシスターを無視し、毅然とした態度で、
「ビーチェは私です。私のような孤児上がりに、どういったご用件ですか?」
その言葉に、ぴくっ、とわずかに体を震わせるレガート。
「……コレを、この子たちに渡したのは、君か?」
「私です。でも、町で拾ったただのガラクタですよ? 色はきれいですので、子供たちが喜ぶからあげたんです……これが、どうかしたのですか?」
そう言った直後、レガートの目が細められる。
「……その答えでは、薬を渡すわけにはいかないのだが」
「なぜでしょうか? 事実なのですが……お気に召さない点でも?」
「ああ。何せこれは……」
言いながらレガートは、手に持っていた……持ち方を工夫して、シスター以外には見えないようにしていたそれを、今度は全員に見えるように持った。
それを見て、僕らをここに連れてきた2人が、驚いたように反応した。
「えっ、それ……違う……」
「っ!?」
それを聞いて驚く、自称・ビーチェ。おそらくは、全く別の他人。
それもそのはず……今、レガートが差し出していたのは、さっき孤児たちからもらった『何か』ではなく……旅の途中で拾ったガラクタだ。キラキラしてて、子供が喜びそうな。
言うまでもないが、彼女が『ビーチェ』であってもなくても、見覚えがあるはずもない。
しかし彼女は、安い引っ掛けにまんまとかかり、『コレをあげたのは自分』と言ってしまった。それすなわち、自分は『ビーチェ』ではないと自白したも同然。
レガートは懐から、今度こそ本当に、さっき孤児の1人から受け取った、『何か』を出した。
それを見て驚いた様子を見せたのは……年長の、もう1人の女性だった。
ついでに言えば、さっき、レガートが『ビーチェ』の名を出した時、孤児たちのほぼ全員の視線が集中していた方の女性だ。
なのでぶっちゃけ、この時点で『ビーチェ』はこっちだろうと、僕ら一同気づいていた。代わりに出てきたこっちの三角巾の女性は、身代わりだろう、とも。
……どうも、正体ないし存在を隠しておきたかったようだけど……それにはあまりに構えがお粗末すぎだったね。子供たちにも口裏を合わせておくべきだったよ。
そのことを、教会内の年長者一同悟ったんだろう。
少しして、観念したように……おそらくは本物の『ビーチェ』が、すたすたと歩いてこっちに向かってきた。
孤児の子たちよりはマシだけど、それでもやっぱりぼろいと言わざるをえない服。しかし、見た感じ、顔つきはシスター同様整っている。童顔で、かなり美人だ。
フードで覆っていて、髪色はわからないけど……目は黒だ。
しかしその髪色も、直後に彼女がフードを取ったことによって、黒だと知れた。
「っ……い、いけません! お下がりください!」
歩いてくるビーチェ(多分本物)に、慌てて止まるように言う偽ビーチェ。
その向こうでは、何かを覚悟したような表情で、傍らにある剣を手にして、用心棒風の男が動き出そうとしていたが……その両方が、ビーチェ(多分本物)によって制される。
「もういいの、ナーディア……バートも」
「ですがっ!」
と、男の方……バートとか言ったっけ。
……なんか、前世のアニメの声優の声によく似たイケボだった。ちょっとびっくり。
そして、本物さんは……シスターと偽物を押しのける形で、レガートの眼前に立つ。
「私が本当のビーチェです。私に……何か、ご用ですか?」
毅然とした態度でそう言い放ちつつも……本心は少し怖いみたいで、手がわずかに震えている。
それを、後ろから不安そうに見守るシスターと偽者。
そして、油断なく様子をうかがっている、用心棒。
全員の視線が集中する中、レガートは、ビーチェ(本物)の顔をしばしじっと見て……
「……ベアトリーチェ」
「っ!?」
と、レガートが言った瞬間、ビーチェ(本物)とビーチェ(偽物)、シスター、そして用心棒の顔が驚きにゆがみ……直後に用心棒が立ち上がり、最大級の警戒をこっちに向けてきた。
それ以上動くことはなかったものの、何かあれば即座に飛び出してきそうな雰囲気だ。
ビーチェ(本物)は、しばし驚きと戸惑いで無言になっていたものの、数秒置いて再びこちらを真っ直ぐ見据えてきた。
それを真っ向から受け止めつつ、レガートは続ける。
ただし今度は……近くにいる彼女にしか聞こえないような音量で。
「ロニッシュ伯爵家第2子、ベアトリーチェ・ル・ロニッシュ……あなたの本名ですね?」
「……私に、何のご用ですか? 言っておきますが、今の私は、その名を使っていたころの私ではない……何もかも失い、ここでつつましやかに暮らしている、ただの『ビーチェ』ですよ。お金も、地位も……何も持っていませんよ。命の他は……」
「……そう、ですか……」
そう、絞り出すように言った直後……レガートは、突如として膝から崩れ落ちた。
それに驚いた様子の、ビーチェ(本物)……もとい、ベアトリーチェ・ル・ロニッシュという名らしい彼女と、以下、教会にいる他の面々。
ただし、事前に……道すがら念話で『事情』を聴かされていた僕らは除く。
「よかった……本当に、ご無事で……。あなただけでも……生きていていただけて……!」
レガートはそう、とぎれとぎれに言いながら……フードを外した。
あらわになる、レガートの金髪と、長い耳。
安堵からだろう……涙を流している。
まあ、それも無理ないだろう。
全員死んだと思っていた、自分の知り合いが……1人とはいえ、生きてたんだから。
あらわになったレガートの素顔を見て、驚きの表情を浮かべるビーチェ。
しかしその表情は……一瞬間をおいて、さらに驚いたものに変わった。
「……あなた、まさか……れ、レガート! レガートね!?」
「えっ、うそ!?」
「何、レガート!?」
「え? え!?」
ビーチェに続き、ナーディア、バート、そしてシスター・ライラまでもが、ビーチェのその言葉を聞いて仰天した表情になった。
それを見て、レガートは……少しおかしそうに笑みを浮かべると、
「……やはりな……ナーディア・アルヴェート殿に、バート・ロベルトか。君たちが、お嬢様を守っていたのか……」
「私たちを、知っている……やはり、あなたは……」
「レガート・ディミニー団長……ですか……!?」
実に、15年ぶり。
かつて、皆、今とはまるで違う立場、違う場所で、ひと時ともに過ごしていた、仲間……というか、同僚というか、主従というか。
元・ロニッシュ伯爵家令嬢、ベアトリーチェ・ル・ロニッシュ。
元・ロニッシュ家行儀見習いにして、男爵家令嬢、ナーディア・アルヴェート。
元・ロニッシュ家私兵……近衛騎士、バート・ロベルト。
そして……元・ロニッシュ家私兵全体統括・近衛騎士団長、レガート・ディミニー。
4人は……15年ぶりに、この廃教会で、顔を合わせたのだった。
(それはそれとして、今回、僕らここまで完全に空気な件)
((今回とかいうなし))
じ、次回は、出番あるよね?




