第33話 孤児の懇願
「で、どうするよ?」
「どうするったって……ねえ?」
「…………」
フォルテと僕の問いに、レガートから返事……というか、答えは帰ってこない。
さっき聞いた話がよほどショックだったんだろう。うつむいたままだ。
レーネや他のエルフたちは皆、何もできずに、おろおろしてる感じ。
声をかけることすらはばかられる感じで落ち込んでいるレガート。こんな様子の彼女を見るのは……全員にとって初めてらしいのだ。
今現在僕らは、あのおじさんから言われた通り、町で宿はとらず、郊外まで出てきて、まんま野宿と言える形で寝泊まりの準備をしている。
……今日こそは、人間が普通に使う宿に泊まれると思ってたんだけどな。残念。
何気に僕、転生してからまともな宿や寝床に寝たことないからね。
まあ、魔物だから当然だけど。
それはそれとして、今僕らは、これからの予定というものを完全に見失っているわけなんだけど……さて、あらためてこれからどうしたもんかね。悩む。みんなで悩む。
そんな中で、一番に口を開いたのは……レガートだった。
「……正直に言って、完全にあてが外れた形だ。まさか、王都が……いや、この国がこんなことになっていようとは……」
僕たちは当初、ここ『エイルヴェル』で、今後の旅路に必要なものを買い揃えたり、色々と準備をする予定だったのだ。
4人で旅をする予定だった以前とは違い、大人数での旅にはいろいろと要り用になるもんだし。旅の途中の現地調達じゃ、いくらなんでも限界があるからね。
その間に、ここに定住したいと言い出して抜けるものがいれば、引留めずに送り出すつもりでいた。
もっとも今ココ、それどころじゃない治安状態になってるってことが、今さっき明らかになったわけなんだけども。
「買い物とかするつもりだったんだけどね……こんなんじゃ、まともに開いてる、品物が揃ってる店があるかどうかも疑わしいや」
「あってもぼったくられそうだし、そもそもろくなもんはそろってないだろうな。戦争ともなれば物資、特に薬や武器なんてもんは、真っ先に国が買い占めるはずだ」
「あー……なるほど、確かに。そうなると、国が欲しがらないような品質、あるいは戦争に全く関係ないようなものしか残らないわけか……嗜好品とか?」
「いや、精神的にきつい職場だからな。酒しかり、タバコしかり、国によっては『薬』しかり……軍って意外と嗜好品充実させてるぜ?」
「つまり、ないってことね」
嗜好品とは言えないようなやばいものがまじってた気がしたけど……まあいい。
さっきも思ったけど、日本でも戦時中は、金物に食糧に、全部軍が持ってったそうだ。戦争してるんなら、この国も高確率でそうだろう。
けど、それなら逆に……その軍の方になれば、品質のいい薬や武器は、のどから手が出るほど欲しいもののはずだ。
だったら……そっちに売れば、いい値がつくか?
僕らは買い物の他に、旅の途中で作った薬や武器を売ることも考えていた。
何せ、エルフたちはかなりの人数が調薬技能を持っているのに加えて、素材さえあれば『財宝創造』で僕がいくらでも武器を作れる。
量産の、十人並みな性能のものがせいぜいだけど、戦場に置いて武器はそもそも消耗品。ある程度の品質があれば、そのへんは構わない筈。
けど、なんかそういうの、死の商人みたいでアレだな……。
戦争している国に、外部から武器・物資を供給するっていうのが……いや、死の商人は戦ってる両方に供給して戦争を泥沼化させるんだっけ? 細かいとこ忘れた。
「いやあ、でも……なんか、人間の戦争のために、私たちが作った薬を売るのとか、あんましそのー……心情的にアレなんだけど……」
って、生産者も言ってるしなあ……どうしたもんか。
そう考えていた時だった。
ふと、視界の端に……こっちに走って近づいてくる影が映った。
すぐに他の皆もそれに気づき、視線をやる。
そこにいたのは、というか走ってきたのは……まだ小学生くらいの、子供だった。
人数は2人。どちらも女の子で……お世辞にも上等とは言えない身なりをしている。
ろくに洗濯もしていなそうな、薄汚れたぼろぼろの服。体も似たようなもんだな。
見た目一発、孤児――ストリートチルドレン的な感じの者達だとわかる。
スリや物取りの類か、と思わず身構える。さっきのおじさんも言ってたけど、こういう町って、そういうのが頻発してそうだし。子供でも油断はできないだろう。
生きるためなら何でもする的な、たくましい、しかし他人にしてみれば迷惑な奴が多そうだ。
その子供たちは、僕らに気づかれた、ということに気づいても構わず走ってきたことから。隙を見て云々という狙いじゃないらしいけど……とか考える。
そしてその2人は、なぜかレーネの前まで走っていって止まったかと思うと。
「あ、あのっ! く、薬を持っていらっちゃるんですか!?」
(((あ、噛んだ)))
なんか、全員の心がきれいに一致した気がした。
それに特に気づいた様子はない……というか、自分が噛んだことにすら気づいてなさそうなその子は、まっすぐな、どこか必死そうな視線をレーネに向けたままだ。
もう1人の子は……なんか、残念そうな視線を、少しの間片割れの子に向けていた。
……こっちの子は、うん、気づいたらしいな。
しかしすぐに、同じように期待のこもった視線をレーネに向ける。
「ええと……お嬢ちゃん達、何か用?」
「く、薬を、その……持っているなら、分けてもらえませんか? けが人がいるんです!」
聞いてみると、どうも……おなじ孤児の仲間だか友達だかが、ケガをしているらしい。
その子の治療のために、薬がほしい、ってことか。
『お願いします!』と、腰を90度に折って頼んでくる2人の子供。
それを受けたレーネは、僕らの方に『どうしよう?』といった感じの視線を向けてくる。
うん、どうしようね……。
いい人……具体的に言うと、熱血系主人公的な人なら、困っているなら迷いなく助けるんだろうし、この場合は薬を分けてあげるんだろうけど……実際にこういう場面に出くわしてみると、正直、ちと対応にこまるものがある。
ここにいる全員、主人公属性とはちと違うもんね……。
道徳的にはあげるのが正しい、とわかっていても、打算的、懐疑的な考え方が邪魔をする。
『どうする? あげる?』
『……おすすめはできねえ選択肢だな。合理性と信憑性にかける』
と、念話にて、レーネとフォルテのやりとり。
はて、フォルテさん。そのこころは?
『合理性は、単純に対価だ。俺らが持ってるポーションは、もともと俺らが自分で使うか、この町で売って路銀の足しにしようと思ってたもんだ。ただでやるのはどうかと思う。このガキ……見たところ、言い方は悪いが浮浪児の類だろう。正当な対価を払えるとは到底思えん』
『そりゃまあ……ね。ストリートチルドレンがまとまったお金を持ってたりはしないよね』
『それにだ。こーいうのは隙を見せると、いくらでも群がってくる奴がいる。聞いたことねーか? 『助けるなら全員助けろ、できないなら全員見捨てろ』って言葉』
ああ……途上国や紛争地帯の飢餓の村とか、そういう状況多いって聞くね、うん。
例えば、村人全員が飢えている村で、誰かに物乞いをされて、それに応じて食料をわずかに渡したりすると……それを奪い合って争いが起こる。
最悪、『もっとよこせ』『あいつにやったんだから俺にもくれ』『くれないなら奪ってでも』……とかこんな感じで、かわいそうな民はいともたやすく暴徒に早変わりする。
こうならないためには、全員に分け与える余裕があるわけでもないなら……全員等しく見捨てた方がいい、という話だ。善意が常に、いい結果、望んだ結果になるわけじゃない。
そういうことが、ここで起こるかもしれない……っていう懸念ね。もっともだ。
『で、もう1つの方の理由は? 信憑性、とか言ったっけ?』
『そんな、ケガした友達が本当にいるのかって話だ。お涙頂戴で薬を分けてもらってそれを売り払っちまえば、金に変わる。確実に高く売れるからな、少し頭の回る奴ならそうするだろう』
『おう、さすがフォルテ。汚い大人の考え方』
『黙れゴミ箱』
いいながら、ただの箱に擬態している僕の上にどかっと腰かけてくるフォルテ。
げふっ……ちょ、重い重い! お前全身銀で見た目より重量あるんだからやめい!
ちなみに今、僕は今言った通り、ただの箱――ただの旅の荷物の1つにしか見えないように擬態している。
何かあった時は、わかりやすい戦力であるエルフの戦士たちや、ガーゴイルのフォルテに目を向けさせて、僕は毎度おなじみ奇襲……っていうコンボを可能にするための備えだ。
スキルの行使やアイテムの出し入れだったら、擬態したままでも可能だしね。
しかし、そういうさりげない感じでのフォルテの僕へのいやがらせは、孤児×2にとっては別な意味合いの行動に見えたらしい。
旅の荷物その他……おそらくは薬もそこに入っているであろう、大きめの箱。
そこに、見るからにごつい――こないだ僕の整形手術で幾分スタイリッシュになったとはいえ――フォルテが座った光景は、『この中のものはわたさない』という意思表示と、盗みを警戒した威圧行動に見えてしまったようなのだ。
少したじろぐような様子を見せた後、口を開く孤児たち。
「あ、あの……お代は必ず払います! だから、その……」
「? お金、あるの?」
「え、えっと……あ、あとで……いつか……」
あ、だめだなコレは。
払う気ない……かどうかは分かんないけど、少なくとも金はない。あてもない。
すると、劣勢を悟ったもう1人の方の子が、ここにきて初めて口を開いた。
「……お金は、ないけど……」
言いながら、自分の服のポケットをごそごそとあさり、中に入っていたらしいものを無造作につかみだして、こっちに突き出して見せてきた。
「……交換、してほしい」
レーネの前に突き出された、その手に乗ってるのは……まあ、なんというか……子供が『宝物』と呼んで、空き箱か何かにしまっておくようなものが多数。だった。
ぶっちゃけて言うと、見た感じ……ガラクタの類である。
あー、わかるわかる。思い出すわ。
お菓子のおまけのシールとか、河原で拾ったきれいな石とか、不思議な形の石とか……そういうの集めたりするよね、子供って。
うん、まあ、ほほえましくはあるけど……そういった宝物が本当に価値があるケースは、残念なことにほとんどないんだけども……とか思っていた、その時。
「……っ!?」
横からそれをのぞき込んでいたレガートが、何かに気づいたように目を見開いた。
そして……女の子が手に持っていたもののうちの1つ……何かの金属のパーツみたいに見えるそれを、つまむようにして手に取ると、
「……君、これを……どこで?」
「……? ビーチェお姉ちゃんにもらった。それと薬、交換してくれるの?」
それを聞いて、レガートは息をのみ、さらに驚いたような様子になる。
そして、質問に答えないまま、しばし考えると……
『……皆、話がある』
念話で、僕らに語り掛けてきた。
そして、あることを僕らに提案、というか、頼んできた。
僕らは、ちょっと驚きつつも……それを受け入れた。
そしてレガートは、答えを待っている少女たちに、
「……条件がある。もしそれを聞いてくれれば……薬をわけてあげよう」
「本当ですかっ!?」
「……条件、って?」
「簡単なことだ……君にこれをくれた、その『ビーチェお姉ちゃん』とやらに合わせてほしい。その子から、少し、話を聞かせてほしいんだ」
なんかこっちの話はさくさく書ける。字数が少ないのもあるかもですけど……
けど、移転した『魔拳』の方がどうもスランプ……がんばります。




