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第32話 変わり果てた都



トリエッタ王国王都『エイルヴェル』。


小国ながらも確かな国力を持った『トリエッタ』という国の首都にふさわしく、相応の規模に発展し、にぎわっている町。

国中から人が、ものが集まり、通りには様々な店が軒を連ねる。そこで手に入るものは、武器であれ食料であれ、雑貨であれ薬であれ、この国でそろえられる最高品質のものと言っていい。


その街に生きる人々は、王のおひざ元にて、この町を、国を、より一層元気にしていくべく、今日もそれぞれの仕事に精を出しており……1人1人が輝いている、と言っても過言ではない。


人々の活気と明日への希望であふれている素晴らしい町。それが王都『エイルヴェル』だ。



……っていう話を、レガートからは聞いてたんだけども……?



「あのー……レガート、さん?」


「なんか、随分と、こう……事前に聞いてた話とは、違うような……?」


「……おい、これのどこが、『活気と希望にあふれた町』なんだ?」


「………………」


僕らからの問いに、レガートは答えない。

というか……聞こえているかどうかすらわからない。


あまりのショックに、どうも……絶句しているようだ。


や、まあ……無理もないだろうけどね。この光景を見たら。

レガートはどうやら、さっき言った『活気と(略)』に関しては本気で言っていたようだし……というか、少なくともレガートの記憶の中ではそうだったんだろう。

この『エイルヴェル』は、活気と希望に満ち溢れていたんだろう……15年前までは。


が……今、その『エイルヴェル』に到着した僕らの目の前に広がっている光景は……活気の『か』の字も感じ取れないようなものだ。


「これ……都市として機能してんの?」


「さあな……してるとしても、頭に『まともに』とはつかねーだろうぜ」


以前に見た、テレビのドキュメンタリー番組で、人口の流出なんかで過疎化し、廃れてしまった町や村の特集を思い出す光景だ。


人が出ていき、そのまま放置された空き家があちこちにあるまばらな街並み。

手入れもされていない、荒れ放題の土地があちこちにある寒村。

経営が立ちいかなくなり、次々と商店がつぶれていったシャッター通り。


それらを彷彿とさせる光景が広がっている。

繰り返すが、どこをどうひっくり返しても『活気』だの『希望』だのは出てこない光景だ。


開いてる店が全くないわけじゃないみたいだけど、それでもこれは……。


「どういうことだ……? たった15年で、あの王都がこのような……いや、そもそも……」


絞り出すような感じで、そう口にするレガート。

何かもう、精神的にもギリギリっぽく見えるな。相当ショックだったみたいだ。


15年という歳月が『たった』なのは、エルフゆえの価値観かもわからんけど……どうやらここを『古巣』と称するレガートにも、この光景の説明はつかないらしい。


すると、さっきからじっと、何か考え込むようにしていたフォルテが、


「……どうやら、昔は繁栄してた、ってのは本当みてーだが……どうも、おかしな点が多いな」


「? っていうと?」


「王都だってのに、近づいても門も城壁も見あたらなかった。都市内部に入るのにフリーパスとか、まずねーだろ。もっと奥の方に、それらしきもんはあるみてーだがな」


そういわれてよく見ると……あ、ホントだ。

無数の建物(ほとんどが廃屋同然)の奥の方に、壁みたいなのと、門みたいなのが見える。


「外縁部のこのへんはフリーパスで、内側……王様とか貴族とかが住んでるエリアに行こうとすると、あの門を通らなきゃいけない……ってこと?」


「いや、よく見ると……そうだ、あれが『エイルヴェル』の外壁と正門だ! 私の記憶の中のそれとも、色も形も一致する、間違いない!」


「え? どういうことそれ……じゃあ、ここはどこ? 門の外、ってことよね?」


と、レーネが言った。僕も気になった。


今レガートが言った通り、あの向こうに見える壁と門が『エイルヴェル』の門なら……今僕らがいるここは、まだ王都の外ってこと? じゃあ何なんだ、このシャッター通り的な場所は?


そんなことを考えていると……ふと、視界の端に、ふらりと誰かが寄ってきたのが見えた。


浮浪者風の身なりの男だった。

ちょっと見た目がアレなので、油断なく警戒しつつ様子をうかがっていると……幸いと言っていいのか、男は襲い掛かってくるようなことはなく、普通に話しかけてきた。


「姉ちゃんたち、見ねえ顔だな? ぞろぞろお仲間を引き連れているみてえだが……さてはあんたたちも、稼ぎ口を探してきた傭兵か?」


「? いや、我々はただの、まあ、旅人のようなものだが……今の話はどういう意味だ? 今この町で、何か、傭兵にとって稼ぎ口になるようなことが起こっているのか?」


「何だ……立派そうな武器持ってる上に、強そうな魔物まで連れてるから……てっきり、戦争で一旗揚げに来たのかと思っちまったぜ」


「……戦争、だと?」


☆☆☆


ふたを開けてみれば、簡単な話だった。


この国は今、戦争しているのだそうだ。他国と。

しかも、その状態がもう何年も続いているのだという。


と言っても、第二次世界大戦の時の日本みたいに、国家総動員的な全力での戦い、って感じじゃなく……もっぱら国境付近で小国とかを相手にちまちま戦っては、領土を切り取ったり切り取られたり、色々と奪ったり奪われたり、を繰り返しているそう。


規模を考えると、紛争、に近いのかな? いやまあ、国同士の戦いだから、やっぱり戦争、っていうべきなのかもしれないけど。


しかしそれでも、戦争は戦争。

国内に、あるいは国民に与える影響については、決して小さいものとは言えず……その結果が、この光景というわけだ。


「嫌になるぜ、全くよぉ……いつ終わるかもわからねえ戦争、終わったと思ったらまた戦争……それが続いてこんな風になっちまったんだ」


心底疲れたような声音で、そうつぶやくように漏らす男。

それに続く形で、ため息交じりに語られたこの国の内情は……レガートがいた頃の『トリエッタ』とは、まったく異なる、もはや影も形もないものだった。


レガートがこの国を去った後、数年して、王が代替わりした。

前の国王が病気により急死し、その後をついで今の国王――王子が即位したらしい。


で、その頃から、何だか国がおかしくなり始めた。


まずその王子は、即位前から野心家というか強気な態度で知られており、『我が国はもっと強大になれる』と常日頃から漏らしていた。

父である王に、もっと強気に外交を進めるように進言したりもしていたそうだ。


このトリエッタ王国は、規模・国力共に決して強いとはいえない

しかし、弱い……とも言えない。小国にしては強い方だ。分野を限定すれば、大国の端くれ部分に届くくらいには。


小国の枠組みの中で考えれば、かなり上の部類に入るだろう。現に、このトリエッタ以外の小国に対しては、外交などで優位に立っていたし、大国の中でもこの国に一目置く国は多い。

しかも、まだ各部門に余力を残していた。本気になれば、まだ上に行けるほどに。


それを知っていた王子は、自らが王になると、その余力をつぎ込んで国力の増進を推し進めた。今よりもより豊かで、より強い国を作るために。


まるで、今までのこの国とは、今までの王とは違うのだと、周囲に喧伝しているようだった。

市井に生きる民たちにまで、それが伝わってきたそうだ。


それで実際、各種産業は発展し、国は豊かになっていった。

その頃はまだ、民たちも普通に喜んでいたそうだ。


しかし、それだけで終わればそりゃよかったんだろうけど……そうはいかなかった。

周囲の国から、この国が目をつけられだしたのである。


まあ、そりゃあ……小さな国が、急に大きな力をつけだしたら、周りは『何事!?』って思うよね。警戒するよね。

ただ豊かになるだけならいいけど……戦争のための国力・軍備の拡張かもしれない、って疑うかもしれないね。というか、可能性としては確実に疑うと思う。


それだけじゃなく、豊かになったこの国を『獲物』として認識し始める国も出始めた。


制圧・併呑すれば、広大な耕作地とそこからとれる食糧、さらにはその他の資源が、自国のものになる。それは自国で消費してもいいし、他国に売りつけてもいい。

食料自給率が全体で100%を軽く超えているらしいこの国だ、それも十分可能だろう。


挙句の果てに……自分たちとそう違わない立場だったはずの小国からもにらまれ始めた。

その理由は、軍拡の警戒でもなければ、時刻の利益のための併呑でもなく……自国の産業にかかる危機感だった。


要するに……『棲み分け』だ。


ある国は漁業を、ある国は酪農を、ある国は紡糸を、その国の主力産業にしていて……その分野には、他国は可能な限り立ち入らないのが、暗黙の了解だったのだ。

全くとは言わないまでも、他国の既得権益を害さない程度にとどめていた。


しかし、トリエッタはそこに踏み入ってしまった。広大な国土と資源生産力を武器に。

結果、その産業を主として推し進めていた国は、その市場において苦戦するようになり……必然的に、トリエッタは恨まれるようになった。表だってではないにせよ。


また、自国の産業には影響なかった他の小国も、油断はできない、明日は我が身か、と警戒するようになった。

疑心暗鬼が小国家群の中に蔓延し、大国に対抗するための結束に、亀裂が入り始めていた。


挙句の果てに、他国から来た密使に対して、王(元王子)があろうことか『我が国の力によって実現できる範囲にある、当然の権利である』などと突っぱね続けた結果……数年の後に、どうしようもない動乱の時代が訪れてしまいましたとさ。


で、その頃から頻繁に、国境付近での小競り合いその他が起こるようになったり、小国同士の戦いで併呑したりされたりといった状態になったらしい。この国も含めて。


そして、戦争は金と物資、そして人を消費する。


大幅に増えて重くのしかかる税、優先的に軍や政府にまわされる物資、そのしわ寄せを受けるばかりか、彼ら自身も兵力として招集されて使い捨てにされていく人民たち。


それでも、そうしなければ国が亡ぶと、一時の苦難だと、民たちは耐え続けたそうだ。

……それがもう、10年近く続いているそうだけど。


「王様や王族の皆様方はまだ、この国はまだやれる、大きくなれるって信じてるとよ。今は、国が大きくなる過程の一時の苦しみなんだと……この国にそんな力が残されてるのかね」


はぁ、と、何度目かのため息をつく男。

察するに、彼もまた……続く戦争や、そのしわ寄せによって、色々な苦労を味わったんだろう。そして、終わりの見えないそれに疲れてしまった。


「……幸い、っつっていいのかね。3年前、徴兵されて駆り出された戦いで、足をやられてね……普通に暮らす分には問題ねえが、兵士としてはもう戦えないってんで、兵役を解かれたんだ。俺はもう戦争に行かなくていい……人生、何がどう転んでどうなるかわかんねえな」


「そうか……それからは、この町で別な仕事を」


「ああ。日雇いの仕事でその日暮らしさ……この町にいる奴の5人に1人はそんな感じだぜ。定職についてるやつなんざ限られてるし、そもそも人が少ない。今まで手に入ってたもんが手に入らなくなり、手に入っても高くなった。何の不自由も無く暮らせてるのはお貴族様ぐらいよ……そいつらも、最近は飯の量や種類が減っただのなんだのとうるさいらしいがな」


……どこの世界でも、戦争ってのはそこに暮らす民を追い詰めるもんなんだな。


こちとら平成生まれのゆとり育ち。ゆえに、教科書で読んだり、テレビのドラマやドキュメンタリーで見た程度の知識だけど……戦前の日本も、そりゃまあひどかったらしい。


食料その他生活必需品は配給制になり、定期的に配られる配給切符と交換。


戦車やら何やらの武器を作るため、鉄製品は供出という形で集められていった。


赤紙――正式名称は『召集令状』だっけか――1枚で兵隊にとりたてられ、戦地に連れて行かれ……運が良ければ復員、運が悪ければ死んだり、敵国の捕虜になったり。


国全体がぴりぴりしていて、戦争に否定的な雰囲気を漂わせようものなら村八分。国家全体が総力をあげて、命を惜しまず戦勝にまい進すべき、という世論がはびこっていた。


で、何が残ったかと言えば……戦争には負けるわ、主要都市は軒並み焼野原になるわ、原爆落とされるわ……もう滅茶苦茶だもんな。


幸いその後、色々あって経済大国にまで返り咲いたわけだけども……どうもこの国は、まだ当分そういう未来はやってこなさそうで、国民はお先真っ暗の国情に絶望していると。


今もやる気満々の王様や、彼によりそって一緒に夢を見るばかりの王族たち、その近くで甘い汁をすすっている貴族たちには、こういう光景は見えていない訳だ。


「この町、ボロい割にやけに広いだろう? 勢いづいてた頃に調子に乗って、町をここまで広げたんだよ……だが戦争するようになってからは、ここまで整備の手なんて到底行き届かなくなって、このざまだけどな。今じゃ薄汚い浮浪者や孤児がうろつくスラム扱いさ」


「……やはり、あそこに見える壁は、以前の王都の城壁だったか……町を囲う城壁が無かったのはそのためだな? 作る前に町ごと捨てられたということか」


「その通りだが……よくわかるな、あんた。ひょっとして、前にここに来たことがあるのか?」


「ああ。15年ほど前にな。割と長いこと暮らしていたぞ」


「15年? 暮らしていた? おいおい、それにしちゃ若……」


その瞬間、男は、何を見たのか、驚いたように目を見開いた。


その視線の先を追うと……非戦闘員のエルフの子どもの1人が、うっとうしそうに自分がかぶっていた外套のフードを脱いでいた。

その母親と思しきエルフがあわててかぶりなおさせていたけど、まあ、うん、遅いだろう。


「……ひょっとして、あんたも含めて全員か? ……どうりで若い訳だな」


「ああ。……すまない、口外はしないでくれるとありがたい」


言いながら、レガートは手に持っていた銀貨を一枚、男の手に握らせる。

男は黙って、それを懐にしまった。


「ありがとよ……。そうか、あんた……あの、平和だったころのここを知ってるんだな」


「ああ……ついでになるのだが、もう1つ聞きたい。その当時、ここにはロニッシュ家という貴族家があったはずだ。家格は伯爵。今、どうなっているか知らないか?」


「……ロニッシュ様なら、死んだよ。というか、お家自体が取り潰された」


「……っ!?」


それを聞いて、衝撃に目を見開くレガート。


「……数少ない、俺たち平民のことを考えて、目を向けてくれる方だった……だがそれゆえに、新しい王の急進政策の危険さを説いて、煙たがられて……風の噂じゃ、それをちょうどいいと見た他の貴族連中の奸計にはめられて無実の罪で……って話だ」


「何という……ッ!! カート様が……まさか、ご婦人やお子も!」


「……その名前、伯爵様の……あんた、あのお方の私兵か何かかい? まあいい……ああ、その通りだ。反逆罪は一族郎党処刑だからな、誰も残らなかったよ……」


「……そう、か……」


レガートの様子からは、その事実が相当にショックだったことが見て取れた。


……たぶんだけど、その『ロニッシュ家』とかいうのは、レガートが前に勤めていた、というか、仕えていた貴族家なんだろう。

しかも、単に性に合ってるとか、給料が良いから勤めていた、ってわけでもなさそうだ。


今回の旅で、その家に頼る、あるいは関わるつもりがあったかどうかはわからないが……どうやらこの家の全員が処刑されているということが、よほどショックだったようだ。ぎり、と音を立てて歯を食いしばり、拳は握りすぎて、爪が食い込んで血がにじんでいる。


その様子を黙って見ていた男は……少しして、レガートの様子が幾分和らいでから、


「……悪いことは言わねえ。あんたら、この町を出な。見てのとおり、今のこの町……特に城壁外のスラムは荒れ放題だ。あんたらみたいなのは特に、攫って売ろうとする奴がどれだけ出るか……そうでなくても、一歩裏路地に入れば、襲って身ぐるみ剥ごうとする奴だらけさ」


と、忠告してきた。

なるほどね、やっぱりそういうレベルの無法地帯なんだ。


それに、ファンタジーでのテンプレだし、レガートもそれとなく言ってたけど……エルフってやっぱり奴隷として人気あるらしいな。ばれると危ない。


まあ、それを事前にレガートからも聞いてたからこそ、エルフ全員、頭(というか耳)を隠せるフード付きの該当や帽子を身につけてるわけだけど。


「既に闇奴隷や、それを扱う闇商人が横行するような治安状態か。カート様がご存命であったならば、そのようなことはなかっただろうに……」


「そんな風に、あの方を慕ってくれるような奴が、この町に来たばっかりに損な目を見るのは面白くねえ……日も傾き始めてるが、旅慣れてるなら野宿の方が安全だ。間違っても町で宿を取ろうなんて思うなよ。まともな宿屋なんぞ、外町には4割あるかないかだからな」


「……城壁の中に入れればどうだ? 聞く限りでは、一応安全ではあるようだが……」


「やめときな。戦争中で行き来が厳しく制限されてる。出入りできるのはお偉いさんか、貴族御用達の商人くらいさ。それに入れても、欲の皮の突っ張った連中が絶対に絡んでくる」


「そうか……わかった。忠告、感謝する」


「ああ……達者でな、姉ちゃんたち」


男はそう言い残すと、通りの向こうへ歩いて行った。


僕らはしばしの間、その後ろ姿を眺めていたけど……その後、レガートの指示で、町の外へ向けて歩きだした。




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