第31話 旅のお供にチート結界
僕らが草原のエリアに入って、数日が過ぎた。
レガートが持っていた地図を頼りに、彼女の古巣である王都『エイルヴェル』を目指している……わけなんだけども、中々に距離がある。
できる限り最短ルートを進んでいるとはいえ、草原がもともと広いので、どうじても踏破には時間がかかってしまうのだ。
加えて、エルフの非戦闘員たちという……言ってしまえば『足手まとい』もいる。特に鍛えていたわけでもない女性や子供には、平坦な草原でも歩き続けるのはハードなのだ。
戦闘要員のエルフ達だけだったら、もう少しハイペースで行けたかもしれないし……僕ら4人(2人と2体)だけだったらもっと早いだろう。フォルテは飛べるし、僕は『変形』でゴーカートみたいな形になって足になれるし。
いっそのこと、僕が自走する馬車……というよりはバスみたいなものに変形して、エルフ達全員乗せて走れば早いんじゃないか、って思ったんだけど……無理だった。
僕は多少なら質量や体積の保存法則を無視したり、持っている材料を使って変形が可能になるんだけども……さすがに10人以上を乗せられるバスに変形は無理だったようだ。
それにできたとしても、目立ちすぎるからやめた方がいい、ってレガートに言われた。
ごもっともだけど……いずれ、もっと僕が成長して……レベルとか上げて強くなったら、それも可能になるかもしれない。確証とか何もないけど……とりあえず頑張ろう。
それはそうと……成長、で思い出したんだけども。
ここ数日、というか、森のエリアを出てからというもの……僕らは、移動や戦闘の合間を縫って、休憩や食事以外に、やることが増えた。
勉強である。
暗喩的な何かがあるわけではなくて、本当に文字通りの勉強だ。Studyだ。
レガート先生とフォルテ先生の指導で、レーネ他のエルフ達全員、そして僕が生徒である。
というのも……エルフ達は、今まで森の中で、全く外界に触れることがないほどに閉鎖的な生活を送っていた。自給自足で、全く俗文化に触れることなく。
それは同時に、人里で生きていくための常識が欠落していることを意味する。
それを危惧したレガートが、最低限やっていけるだけの知識を、今のうちに全員に叩き込んでおくことにしたのである。
自分もお上りさん状態で都に来た際、色々苦労したんだそうだ。
それをもとに、色々な『一般常識』の勉強をしている。
例えば、お金の単位。
基本、隠れ里では物々交換でやってきたエルフ達は、金貨銀貨などの貨幣をそもそも知らない。見たことがある者自体、全体の半数もいないほどだ。
使い方等を正確に知っているのは、外の世界で暮らしたことのある変わり者――レガートもその1人である――だけだ。そういった者は、たまに来る人間その他の行商人から、色々なものを買う際に、交渉などを担当することになっている。
なので、一部の興味を持った者くらいしか、金貨や銀貨の価値を知る者がいないわけ。
自分もそうだったレガートは、『こんなこともあろうかと』とつぶやくように言いながら、もしもの時のために取っておいた自分のポケットマネー(『外』から帰ってきた時のものらしい)から、各種類の貨幣を1枚ずつ取り出して説明してくれた。
それによると、次のような感じ。
硬貨は、材質で金・銀・銅の3種類に分けられ、さらにそこからそれぞれを『普通サイズ』と『小サイズ』に分けることができる。そしてさらに、金貨だけはそこに『大』がある
つまり、7種類の貨幣があるわけだ。『小銅貨』から始まり、『銅貨』『小銀貨』『銀貨』『小金貨』『金貨』そして『大金貨』となる。
そしてこれらは、10枚で次のランクの貨幣1枚分になる。
例えば、小銅貨10枚で銅貨1枚になり、その銅貨を10枚で小銀貨1枚になる。
そしてレートとしては、小銅貨1枚で10円程度のようだ。
そうなると、順々に10倍額になっていき……最大の大金貨は、1枚1000万円か。
……コイン1つで1000万円か……すごい領域だな。
そして、その1000万円の価値がある大金貨を持ってるレガートがすごい。
え、マジでホントあなた何者だったんですか?
そしてそして、僕、『クエスト』の報酬その他で銀貨ウン十枚とか金貨とかもらってたはずなんだけど……結構たまってる気がする。後で確認しよう。
「ところでさ、フォルテ。ちょっと気になってたんだけど」
「あん、どうした?」
「フォルテってこの青空教室でさ、レガートの助手みたいな感じで勉強見てくれてるけど……やっぱ、人造のガーゴイルだけあって、人里のことには結構詳しいみたいじゃん?」
「そらまあ、暮らしてたからな? それに普段は……戦いばっかりじゃなく、買い物の時の荷物持ちとかにも駆り出されてたしよ」
わあ、生活感。
そんな感じで、割と日々の暮らしの中に溶け込んだ存在だったらしいフォルテは、当然のように人里の常識というものにも通じている。
どころか、フォルテを作った魔法使いさん――魔物との戦いで死んだんだっけか?――は結構なお偉いさんでもあったらしく、それなりに上流階級の人たちとも付き合いがあり、それら関係の知識も有していた。
もっとも、フォルテ曰く『ただひたすらに相手するのが疲れる連中』だそうだけど。
「ひょっとしてさ、フォルテ作った人って、王都とかに住んでたりしたの? 結構なお偉いさんだったんだよね?」
「ん? いやそれは……ああ、その辺の説明が抜けてたな」
と、ここでフォルテは何かに気づいたような顔をして、
「俺の地元……っつっていいのかわかんねーけど……この国じゃねーからな、そもそも」
「え、そうなの?」
「おう。『トリエッタ』……この国な。その隣の、『ゲルゼリア』の辺境都市群の1つに住んでた」
さて、経済はこのへんにして……今度は地理の授業と行こうか。
今の今まで気にしてなかった……というか、気にする必要もないくらいの環境にいたから知らなかったわけだけど、ここはれっきとした、ある国の領土である。
一応、エルフの森や、僕が生まれた?洞窟も含めて。
国の名は『トリエッタ王国』。大きくはないがかなり歴史の古い国だ。
穏やかな気候と広い耕作地があり、色んな資源が取れる豊かな国である。
レガートが使えていたのは、この国の貴族の家らしい。私兵として雇われていて、一時期は部隊をいくつも持たされて率いていたこともあるんだとか。
貴族の私兵、それも幹部クラスともなれば、そりゃ高給取りにもなるか。あれだけの大金を持っていたのは、そういう経歴のせいだったんだな。
んでもって、今名前の出たもう1つの国……『ゲルゼリア帝国』。
トリエッタ王国よりは大きいけど、まあ、中堅どころと言えるのであろう規模だ。
農業とかを主にしているらしいトリエッタ王国とは違い、こっちは工業とかを主にしているらしい。領内に鉱山などの資源が取れるスポットが多くあり、それを使った加工製品が主に国内外で流通しているんだとか。
トリエッタ王国とは同盟国の間柄にあり、トリエッタから食料や生の素材を輸入し、代わりに加工品を輸出する、といった貿易関係が成立しているそうだ。
そして、僕らはこれからその『王国』の方に向かうわけだけど……今の話を聞く限りだと、割とのんびりできそうなところなのかな? 田舎っぽいというか、そんな印象を受ける。
「そう言えなくもないが……それでも、農村ばかりの国ではない。王都は特にだが、かなり発展しているぞ? 活気のある都市だから、フォルテ以外は見て驚くだろうな」
と、ちょっと得意げに言うレガート。
なんていうか、古巣……というか、ふるさと自慢をする人みたいな感じに見える。
まあ、エルフの森の自給自足集落に比べれば、人里なんだからそれは発展しているんだろう。それを鑑みれば、レーネも含めエルフ達は、見ればさぞ驚くだろうな。
除外されていたフォルテは……帝国の大都市に住んでたから、驚かないと思ったんだろう。
そして、近代都市で生まれ育った僕も、栄えているとはいえ、中世ヨーロッパレベルの都市群程度なら、そこまで驚かずに見れるだろう。……観光地的な興奮はあるかもしれないけど。
「さて、そろそろ休憩もいい時間か……」
と、レガートはおもむろに立ち上がる。
そして周りを見回し、あらかた片付けなんかが済んでいることを確認すると、声を張った。
「10分後に出発する! 全員、それまでに全ての準備を済ませろ! また、戦闘要員は全員、戦闘準備の上5分早く集合! 『解除』と同時に包囲網を突破し、進軍を再開する!」
そして今度は、僕の方に視線をちらっと向けて、
「そういうわけなので……『箱庭』の制御、よろしく頼む、シャープ」
「はいよー」
言いながら、僕は……さっきまで努めて視界に入れないようにしていた方向を見る。
そこには……この草原に入ってから出るようになった、いくつもの種類の魔物たちが集まり、よだれを垂らしてうなりながら、こちらに向けて襲い掛かろうとしてきていた。
しかし彼らはいずれも、ある一定のラインよりこちらに入ってくることはできない。
半透明……よりももっと透き通った光の壁。
それによって、僕らが休憩していたスペースは直方体に覆われている。
露骨なまでに内部を保護する形で展開されているこの『箱』こそ……僕がゲットした新たな能力によって使えるようになった結界である。
その名も『箱庭』。
また箱がらみの単語なのは……まあ、いいか。使える能力なのはそうだし。
この能力は見たまんま、箱型の結界を作り出し、内部を保護するというものだ。
しかもこのバリア、結構な強度がある上に……ただ内部を守るだけじゃない。
旅の途中で時間はたっぷりあるので、色々試してみたところ……どうもこのバリア、内部を限りなく快適な環境に保つ効果があるらしい。
一度、夜の間の用心のために、このバリアを一晩中発動させていたことがある。
そしたら……その夜、途中から天気が崩れ出して、雨は降るわ風は吹くわでえらいことになったんだけど……何と、バリアの中は何ともなかったのだ。
雨は、降ってきても屋根がある家の中みたいに、きっちり防いで一滴も入ってこない。
風が外で轟々吹いていても、バリアの中にはそよ風すら吹かない。
大雨で地面が濡れてびしゃびしゃのぐちゃぐちゃになってたけど、バリアの中は地面の質に全く変化はなく、外側から水が流れ込んできたりすることもなかった。
相当肌寒くなってるであろう気温すら遮断し、内部は快適な温度を保っていた。
しかも、設定次第で外から聞こえる雑音まで遮断できた。雨音とか、獣の鳴き声とか。
おまけに、危惧していた酸欠なんかも起こっている気配はなかった。
密閉しているという状態だとしたら、起こりうると思っていたけど……杞憂だった。
結局そこは一晩、思わず野宿ということを忘れてしまいそうな快適空間だったのだ。
あれはもう、床が地面だということ以外は普通に屋根も壁もある室内と同じだ――とは、寝ずの番で起きていた間中、その性能を目の当たりにして愕然としていたレガートの弁である。
これはいい能力が手に入った……ミューズには感謝だな。
お礼もかねて、このエリアとこれから行く先の王都では、積極的にクエストをこなすことにしよう……街中に入ってクエストなんてものが発生するのかは知らんけど。
さて、それじゃあぼちぼち出発ってことで……
「用意はいいな、お前達!」
「「「応!」」」
「よし! シャープ、頼む」
「了解……『箱庭』、解除!」
そう、わざとエルフ達――今のわずかな時間で完全武装&弓矢発射用意完了済――に聞こえるように言うと同時に、魔物たちの侵入を防いでいたバリアを消す。
いきなり壁が消えて、前につんのめる形になる魔物たち。
そこに襲い掛かる、エルフの兵士たちの弓矢や魔法の雨あられ。
あっという間に駆逐されていく魔物たち。
しかし、何匹かはそれをうまいことかいくぐって、または傷を負いながらも強引に前に進んでこっちに突貫してくる。
が、一瞬で再度張りなおされた僕のバリアに激突して阻まれる。
そうして怯んだ奴に、殺到する弓矢&魔法の集中攻撃。南無。
このバリア、こういう場面でも大活躍だな。展開と解除が自在だから。
弾幕にフォルテまで参加しはじめたことにより、一層なすすべもなく駆逐されていく魔物たちを見ながら、僕はそんなことを考えていた。




