第29話 VS アークデーモン
口火を切ったのは、悪魔の方からだった。
レガートの号令で体勢を整えようとしたこちらに向けて、悪魔はいきなりその口から、燃え盛る炎を吐き出してきた。
まさかの火炎ブレス攻撃。しかもかなり広範囲に広がり、空気を、地面を焼きながら迫るそれを……とっさに動いたフォルテが、光の障壁を張って防御していた。
ブレス激突の瞬間、大きくきしんでこっちまで熱気が伝わってくる。
あのバリア、結構な魔力で展開されてるのを感じるんだけど……それを抜いて熱気をこっちまで届かせるブレスもまた、えらい威力だな。
「あ? へぇ、お前魔法が使えんのか、ガーゴイル? 思ったより楽しめそうだ……なっ!」
ブレスが防がれたのを見て、しかしむしろ嬉しそう+楽しそうにしている悪魔は、今度は地面を蹴って突っ込んできた。その手に持っている剣を、大きく後ろに、引き絞るように構える。
「オラぁ!!」
横一文字に振るわれる剣。
それを、前衛に飛び出したフォルテが左腕で防御した瞬間……ガギィン、という金属音と同時に、打ち込んだ部分が……爆発した!?
え!? 何だ今の!? 斬ったと思ったら爆発し……あ、スキルの『爆発魔法』って奴か!?
そして、煙が晴れると……なんと、受け止めたフォルテの腕は……半ばほどまで大きな切れ込みが入り、さらにその周囲には亀裂が入ってしまっていた。
豚鬼王の薙刀の一撃にすら軽く耐えていた、フォルテの頑強な体がだ。
やばい……あいつ、マジで強い。あんなんくらったら、エルフ程度の防御力じゃ一撃で死ぬぞ!? 剣とか盾とかで防御したって関係ない、全くの無駄だ!
その光景に、レーネもレガートも、エルフの皆さんも……絶句していた。
「はははっ、頑丈じゃねーかガーゴイル! 腕切り落とすつもりでやったんだけどな……じゃあ、今度は……こんなのはどうだ!?」
言うなり、悪魔は今度は、掌をこちらに向けたかと思うと、そこに魔力を収束させ……何発もの光弾を乱れ打ちでこちらに向けて放った。
それも、フォルテに集中してとかじゃなく……エルフ達全員に向けて、散らばるように。
「ぼさっとしてんなよエルフ共! 死ぬ気で戦わねえと……すぐ死んじまうぞ!」
それを、フォルテが口から同じような光弾を連射し、さらにエルフ達も魔法や弓矢をぶつけることで相殺ないし誘爆させていく。
しかし、その際に発生した土煙を目くらましに、悪魔は再びこっちに切り込んできていた。
狙いは……レガートか!
自分が狙われていることに気づいたレガートは、とっさに身にまとっていた外套を前に放って目くらましにし、その隙に回避・離脱しようとする。
が……その直後、目の前に放ったレガートの外套に、悪魔が小さな光弾を放って……爆発。
どうやら、アレも『爆発魔法』の一種であったらしい。その爆風によって、離脱どころか盛大に体勢を崩してしまったレガートは、背中から地面に倒れ、盛大に隙をさらしてしまう。
当然のように襲い掛かる悪魔。
そして……それを見て、こっちはこっちで反射的に体が動いてしまったのだろう。
レーネが、剣に変形していた僕を構えてレガートの前に飛び出した。そのまま、突っ込んでくる悪魔を迎え撃とうと、自分も剣を振りかぶる……って待てレーネ! 無茶だ!
「かっ……微温ぃぞ、ガキ!」
――ぎぃん!!
「きゃあっ!?」
いかに強化されたとはいえ……レーネの腕力では、『豚鬼王』以上にばかげたステータスを誇る悪魔の相手は無理だったようだ。逆袈裟に振るわれた剣の一撃で、剣(僕)はレーネの手を離れて飛んでいく……が、
――ぱしっ、びゅおん!
「うるあァ!!」
「あ? おぉっ、と!」
――ギィン!!
空中で僕をキャッチしたフォルテが、悪魔の脳天めがけて僕を振り下ろす。
それを悪魔は、剣で受け止めたものの……フォルテという相応の腕力を持つ使い手が、僕という相応の頑強さと鋭さを持つ剣を使って振り下ろした攻撃は、簡単に防げるものではなかった。
いくらか押し込まれ……僕の刃が、悪魔の頭にもう少しで触れるか、ってところまで行った。
「……っはぁ! なかなかやるじゃ……うぉっ!?」
そしてそこからの奇襲コンボ。
剣の柄とか鍔部分のスリットから、乱れ撃たれるクロスボウの矢。
至近距離からのそれにはさすがに防ぎきれなかったようだ。とっさに体をひねってよけた悪魔だけど……何本か、肩や胴体に突き刺さっていた。
『レフトン』の時と同様に、頑強な体に阻まれて……深く刺さってはいないようだけど。
それでも、手傷を負わせることには成功した……が、それがかえってまずかったらしい。
後ろに跳んで距離を取った悪魔は、その顔に……さっきまでの笑みではなく、憤怒の表情を浮かべていた。
「やりやがったなこの野郎……調子に乗るんじゃねえ! お前らはただ、俺に嬲られてりゃいいんだよ! くそ、痛ぇ……ただじゃすまねえぞ、くそ野郎どもが!」
「はっ……何だ、ケガした途端に随分と吠えるじゃねえか。自分が傷つくのは嫌ってか?」
『……何か、一気に小物感増したね、あいつ』
『自分が優位な間は態度がでかくて、少しでもそれは危ぶまれると癇癪を起こす……典型的な小物というか、小悪党だな』
そんな念話のやり取りが行われていることなど知らないであろう悪魔は、今度は他のエルフ達には目もくれず……一直線にフォルテ(と僕)に向かってくる。
かえって好都合だ。一対一(一対二だけど)に持ち込めれば、他への被害がなくなる。
それに多分、あいつの攻撃を受け止められるであろう武器は……僕くらいだろうし。
とりあえず、クロスボウの矢を連射して迎え撃つものの、二度同じ手は云々とでも言うように、悪魔は黒い魔力のバリアを展開してそれを防いでしまった。そのまま突っ込んでくる。
しかし、若干速度が遅くなり、わずかにだが時間を稼ぐことはできた。
そのわずかな時間を利用して……
『おい、シャープ! お前、長物にもなれるか!?』
『なれるけど? そっちの方がいい?』
『できればな。槍か、ハルバードあたり……いやでも、強度下がるなら剣のままでいい』
『強度は変えずにやれるけど……その代り、今より1.5倍くらい重くなるけど?』
『ならやれ! 俺はそっちの方が得意だ!』
『了解!』
直後、また今度は僕は、ガシャガシャガシャ……と音を立てて、変形。
斧と槍が合体したような形の武器、ハルバードに姿を変える。
それを手にして、軽くぶぉん、と振るうフォルテ。
確かにさっきより手慣れてるっていうか、使いやすそうな感じだ。
そして、さっき破損した左腕が……『自己修復』の効果だろう。直ってる。
そして、突っ込んでくる悪魔を迎え撃つ。振るわれる剣を、こちらも遠心力を乗せた斧の刃を叩きつけて……その瞬間、またしても起こる爆発。
しかし、それを予想していた僕が、急ごしらえではあるけど、刃の部分を特に頑丈に強化しておいたので、多少欠けたけど、それ以上は破損することなく耐えてみせる。
そしてやっぱりやります。クロスボウの矢。
敵もそれは予想してたんだろう。即座に離脱しつつ障壁を張って回避していた。
その直後に再び切りかかるも、再び対応するフォルテ。
なお、その頃には刃の修復は終わっている。新品同様の強度でまたお出迎えだ。絡繰細工で直すだけだから、前もって準備しとけば一瞬で済む。
振るわれる悪魔の剣を、フォルテは卓越したハルバード裁きでさばき切り、受け流し、時に反撃すらする。時折爆発すらも混じる中、一歩も引かずに切り結んでいた。
業を煮やした悪魔は、今度はいったん距離を取ると、大きく迂回するような軌道で飛んで、こっちに襲い掛かってくる。光弾を連射し、けん制と攻撃両方に使いながら。
フォルテはそれを、口から光弾を連射して相殺する。さっきと同じように。
そしてその隙に、僕らの懐に突っ込んできた悪魔が剣を突き出す……その瞬間、
――ばしゅっ!
「なぁっ!? 何だこりゃあ!?」
投網、発射。至近距離でモロにくらった悪魔は、手足や頭のみならず、翼や尻尾までそれにからみついてがんじがらめになってしまった。一瞬で。
その困惑を突いて……というか、文字通り突いた。
槍の穂先で、隙だらけの悪魔の心臓を一突きにした。
手ごたえあり。確かに、心臓をつらぬいた感触はある。
しかし……
「こ、の……くそガーゴイルが……っ!」
がしっ、と、
自分の胸に刺さっているハルバード(僕)の、柄の部分をつかむ悪魔。変形しそうなほどの握力で、しっかりとつかんで離さない。
マジかよこいつ!? 心臓貫いたのに生きてんの!?
そして悪魔は、自分の周囲に無数の光弾を発生させた。
恐らくは全部、爆発の魔法を込めたものだろう。1秒後には、フォルテを爆砕すべく、集中砲火で放たれるに違いない。そのつもりのはずだ。
が、そこで……完全に悪魔の眼中になかった角度からの横やりが入る。
「撃てぇ―――っ!!」
「!?」
下から突如聞こえてきた、そんな声。
見るとレガートが、生き残っているエルフの兵士たち全員をまとめて……魔法や弓矢の一斉掃射を行っていた。無論、自身やレーネもそれに加わっている。
狙いは、悪魔……ではなく、その周囲の光弾だった。
攻撃力はあっても、防御力なんてものとは無縁なそれらは、弓矢や攻撃魔法の弾幕の前に、誘爆という形で散っていく。
そしてその直前、巻き込まれないようにフォルテは離脱している。僕を、悪魔の胸に刺さったままにして……手放して。
その状態で、誘爆。僕と悪魔が、爆炎に包まれる。
僕は防御力高いから問題ないけど……悪魔は……。
「こ、の……くそエルフどもがぁ―――っ!!」
脳の血管が数本切れてるんじゃないかってくらいに、すさまじい怒気をまき散らしている。
さすがにこの数の魔法の誘爆を受けては、相応の痛手になったらしい。体毛に覆われた悪魔の体は、所々すすけたり、焼けただれたりしていた。
しかし、そんなことを気にした様子はなく、悪魔は今度は口腔内に魔力を充填しはじめ……さっきの火炎ブレスを吐き出そうとする。
もちろん、眼下に群がっているエルフ達に向けて。彼らを皆殺しにするために。
が、この状況下でそれは……あまりに愚かな選択だった。
なぜなら……胸元に僕が刺さってる状態で、他に意識を向けるなんて、自殺行為だからだ。
――ばつんっ!!
「……な……!?」
次の瞬間……ハルバード形態で突き刺さっていた僕は、本来の姿である宝箱に変形し――単なる噛みつきなら、このモードが一番力が出るので――悪魔の喉元にかみついた。
……うん、やっぱミミックの真骨頂って、油断してる奴への奇襲だよ。うん。
「武器じゃなく、魔物……? ミミック、だった……だと……!?」
ただ、奇襲のタイミングとしてはばっちりだったと思うんだけど……変形する一瞬に気取られてしまったようだ。とっさに体をひねったらしい悪魔は、僕の攻撃をわずかに急所からそらすことに成功していた。
それでも僕の牙は、左肩から胸にかけての大部分を食いちぎっている。人間だったら、ほぼ間違いなく即死しているレベルだ。付け根の部分を巻き込む形で食いちぎったから、左腕も落ちてるし、翼も片方もげたし……てか、心臓も食いちぎれたんじゃないか?
この、傷、というのもどうかと思うような大規模欠損で、何で生きてられるんだよこいつ……?
まあ、別にいいけどね、もう。
今から……きちんととどめさすから。
落下していく悪魔を見下ろしながら、僕は再度『変形』を発動。
元々、どちらかと言えば横長の形をしていた僕は、ガシャガシャガシャ……という擬音と共に、さらに横長の形状に変化していく。加えて、大きさ自体も変化していく。
悪魔は……さすがにあの大傷では、ダメージが大きすぎて何もできないみたいだ。目の前で変形していく僕を、何もせず、何もできずにただ見ている。
最終的には、人1人がすっぽり入れそうな大きさの直方体の金属製の箱に……なんていうか、棺桶みたいな形になった。その側面には、鞄のそれのような取っ手がついている。
そして、その箱の両端には……それぞれ物騒なものが装着されている。
片方には、円錐形の太くて鋭い突起に、二重螺旋の溝が彫り込まれた……削岩機。
そしてもう片方には、炎を噴き出して推進力に変えるための、噴射口。
昨日のうちに洒落で作っといた武器(?)だけど、まさか使うことになるとはね!
そして、噴射口で使う燃料は、火属性の魔法を想定しているんだけども……残念ながら、僕は魔法は使えない。
しかし問題ない。この場には、僕以外に……魔法を使える奴が、ちゃんといる。
直後、上空から飛来してきたフォルテが、ロケットドリルモード(仮)の僕の側面についた取っ手をつかみ……スキルにある『上級魔法適正』で強化された火の魔法を使用。
ロケットエンジン(っぽいもの)に点火、僕は急加速して飛び始める。
同時に、こっちは僕が自力でだけど……ドリルを高速回転させる。
推進力と貫通力を得た僕の照準を、手に持っているフォルテが微調整し……その切っ先が、正確に悪魔の顔面に向いた。
おまけに、その回転する部分に神聖魔法をまとわせる大サービスだ。威力、さらにUP。
その光景に……悪魔は、この後自分に何が起こるかを悟り、蒼白になる。
しかし、もう、遅い。
「や、やめ―――」
「地獄に……」
「落ちろォ―――っ!!」
直後……ドリルの切っ先が、悪魔の頭部を正確にとらえ……高速回転とロケットの推進力、そして僕とフォルテ自身の重量の乗った一撃で、跡形もなく爆散させた。
しかもその余波で、悪魔の胸くらいまで一緒に粉々になったばかりか……着弾した地点の地面を盛大に爆ぜさせてしまい、土砂を噴き上げ、クレーターまで作ってしまった。
あー……万が一にも討ち漏らしちゃいけないと思って、僕もフォルテも全力全回でぶちかましたんだけど……さすがにオーバーキルだったかね。ちょっと反省。




