第27話 小休止と忍び寄る影
結論から言えば、勝った。
豚鬼王・レフトンの兄であるらしい、豚鬼王・ライトンとの戦いは、僕らの勝利で幕を閉じた。ライトンを倒し、っていうか殺し、その配下のオークの軍勢を蹴散らすことで。
加勢はいらないってフォルテが言うから、お言葉に甘えてレガートたち防衛チームの方に加勢した。オークは数が多いし、こっちは押し返すために、ちょっと前までと同じように、クロスボウの矢をひたすら連射して、時々投網とか撃って足止めして……って感じのことを繰り返していればいいので、楽だった。
その間に、長い戦いの中で一瞬の隙、一瞬のチャンスをものにしたフォルテが勝負を決めた。
豚鬼王・ライトンが、ぐらり、と一瞬体勢を崩してふらついたその隙に、見た目に似合わない俊敏さでその背後に回り込んだ。
性格には、真後ろではなく……斜め左後ろに。真後ろよりも『狙いやすい』位置に。
その直後、わきの下と鎖骨の間あたりをめがけて放たれたフォルテの『貫手』が、ライトンの筋肉の鎧を見事に貫通して胸から飛び出した。その手に……まだ脈打つ、心臓を握って。
……何というか、ただ残虐なような、ある意味スタイリッシュなような……どう見えるかは人それぞれだろうけど、スゴい殺し方というか、決着の仕方だな。
個人的に言えば……僕的には、まあ、アリだと思うけど。ギリ、スタイリッシュの側で。
レーネとレガートはドン引きしてた。というか、エルフはほぼ全員引いてたな。
ただ、残ったオークの雑兵連中を絶望させるには、間違いなく効果は抜群だっただろう。
その直後から、連中、敗走を始めたから。戦闘員・非戦闘員問わず、エルフに見向きもせずに。
その結果、勝った……というわけだ。
……あーでも、言い直そうかな。『結果だけ見れば勝った』とでも。
うん、間違いではない。『結果』としては勝った。うん。
敵の大将を討ち取り(しかも2匹も)、敵の軍勢は敗走し、僕らは生き残っている。
うん、勝利だ。まぎれもなく。
……ただし、被害と、現状に目をつぶればだけど。
☆☆☆
「わかっているのかお前達!? 今、我々エルフがどれだけの危機的状況にあるのかを!」
「まだそのような我が儘を……レガート! 貴様それでも誇りあるエルフの戦士か!?」
「15年前、戦いに疲れ、傷ついてのこのこと戻ってきた貴様を受け入れた恩を忘れたか!?」
「我らエルフの未来のかかったこの一大事に、まだ貴様は『混ざりもの』などを……」
現在、森の中で行軍の足を止めて小休止中なんだけども……向こうの方からぎゃんぎゃん聞こえてくる老害どもの声が耳障りです。
よくもまあ、ああも絶え間なくしゃべり続けられるもんだ。逆に感心する。
言ってることが、意味もなければ実益を生むわけでもない妄言なんだから、なおさらに。
何を言ってるのかと言えば、昨日と同じような感じのことだ。
ハーフエルフ――彼らのいわくところの『まざりもの』であるレーネへの糾弾と、それを擁護するレガートへの非難。同時に、協力要請。従順な形での。
いわく、ここまでの大きな損害を受けたのはすべてレーネのせいであるとのこと。
レーネは即時追放し、レガートはこの集落の生き残った者達の、エルフという種族の身体のために、今後はわがままを言わないで粉骨砕身協力するべきである、だそうだ。
……こいつらボケが始まってんじゃないか、と一瞬疑ってしまった僕は悪くない。多分。
いやまあ、単に現状の危機感と不安感、その他もろもろの理由で精神的に追い詰められたが故の支離滅裂な罵詈雑言、ってことなんだと思うけど……こんな時でもしつこく顔を出すこいつらのハーフエルフ差別は、相当深く根付いてんだな、こいつらの頭の中に。
そんなうるさい老エルフ達を、レガートはレーネをかばいながら、汚物でも見るかのような目で見返している。もちろん、苦情そのものに対しては、何一つ取り合わずに。
その背にかばわれているレーネも、似たような感じだ。というか、嫌悪感こそその顔に浮かべていれど、恐れとか委縮とかはないっぽいな。レガートがかばう必要も、もしかしたらないのかも。彼女のメンタルなら、あの程度の中身のない暴言は普通に聞き流せるだろうし。
そして、その様子を見ているエルフ達は……さらに際立って二極化してるな。レーネを認める者と、変わらず憎々しげな視線を送る者と。
前者はその全員が、レーネの戦いを間近で見ていた先遣チームの構成員たち。後者は、レガートたちに守ってもらっていた『本隊』にいた者が主だ。
老害連中の主張によれば、レーネの存在自体が気に食わないとか災いを呼び込むとか、昨日も聞いたような理由の他に……『あんな強い魔物を従えていたなら最初から使うべきだろう』『やはりこいつは我々のために真剣に戦おうとなどしなかった』『本隊にこれだけの被害を出したのがその証拠』とか云々かんぬん。
あんな戦力があるのに、これだけの被害が出たのは、レーネがフォルテという戦力を出し惜しみしていたからで、その結果としてエルフは大打撃を受けた。これは裏切りに他ならない。やっぱりこいつは味方をするつもりなんかなかったんだ、追い出せ……こんなとこか。
一見筋が通ってそうな糾弾ではあるものの……これも、落ち着いて見ればやはり暴論だ。
まず、最初からフォルテをここにいさせて戦わせてれば、被害は今より少なかったかもしれない……というわけではない。
というのも、フォルテはあの落石の後、何もせずぼーっとしてたわけじゃないのだ。
実はあの時点で、森の中にはオークたちの伏兵が結構な数潜んでいた。それも、明らかにエルフの本体じゃ太刀打ちも対処もできないであろう数が、複数個所に散らばって。
幸い、距離はまだあったので、そいつらが『豚鬼王』率いる大群と横撃ないし挟撃に移るより前に、こいつは各個撃破して回っていたのである。合計して100に迫る数の大群を、単騎で。
加えて、エルフの軍勢に大きな被害が出始めたのは、『豚鬼王』のライトンが戦線に姿を見せ、エルフが士気ガタ落ち&オークたちの戦意が高揚した後のことだ。しかしその際、こいつは速やかに戦場に帰還し、最も厄介であろうライトンを一手に引き受けていた。
ライトンを野放しにしてたら、エルフ達は短時間で簡単に壊滅していたであろうことは言うまでもなく……フォルテの行動はあの場では最善だった。
加えて、レフトンを始末した僕らもまた、全速力でそこに駆けつけた。さらに、僕とレーネにいくらか遅れて、他の先行メンバーも到着。直ちに敵の排除を開始した。
その合間、向かってくるオークたちへの対処は、そりゃエルフ達の仕事だ。
そこまで僕らに全部やれってのは、土台無理な話なんだから。
つか、何もかもこっちに押し付けすぎに聞こえるのは気のせいなんだろうか? 邪魔だとか去れとか言ってるくせに、真面目に戦えとか戦力を出せとか。都合よすぎね?
……結局のところ、あの連中は自分たちに都合のいいようにしか考えられないんだな。
いや、最早それすらもできてないのか。この状況下で、フォルテ(と僕)を擁している……すなわち『豚鬼王』にすら勝てる最大戦力であるレーネを追放するとか、狂気の沙汰だぞ。
『……自分は出て行って、俺とお前……まあ、お前は強力な武器としての認識だろうけど、それらは置いてけ、とか言い出すんじゃねーの?』
『うげ、ありうる……いやでも、さすがにそこまで無謀&恥知らずじゃないと思いたい』
「ええい、さっさと出ていけハーフエルフ! これ以上エルフの里を汚すことは許さん!」
「そうだ、薄汚い『混ざりもの』め! 本来ならこの場で処断するところだが、あの魔物と、貴様が使っていたという武器を差し出すならば、命だけは助けてやるぞ?」
「『混ざりもの』風情に分不相応なものを持たせているからこんなことになるのだ! われらエルフの、選ばれた戦士が使えばこそ、その真価は発揮されよう!」
『…………無謀で恥知らずだったな』
『……だね』
……もう、あっちは放っとこう。言うだけ言わせとけばいい。こっちに実害はない。
もし暴力とか、直接的な手段に訴えてきたら、その時改めて対処……いや、いらないな。レガートもいるし……そもそも、僕らとの『契約』でステータスが爆上がりしてるレーネなら、あの連中くらいなら素手ででも相手にできるだろうし。
うん、あっちは放っといていい。
こっちの……この作業というか、確認に集中しよう。
えーと、頭の中で念じて呼び出して、と。
≪挑戦可能クエスト一覧≫
・『エルフの森を脱出せよ』
・『豚鬼の部隊を殲滅せよ』
・『豚鬼頭領を討伐せよ』……CLEAR!
報酬:銀貨5枚 鋼の戦斧
・『エルフ達を無事に森から脱出させよ』
・『囚われのエルフ達を救出せよ』
・『運命の子と忠義の騎士を守り抜け』
・『豚鬼を100体以上討伐せよ』……CLEAR!
報酬:銀貨30枚
・『豚鬼王を討伐せよ』……CLEAR!
報酬:銀貨50枚 鋼の鋳塊×15
・『双子の豚鬼王を討伐せよ』……CLEAR!
報酬:金貨1枚 参戦メンバーの成長限界上昇(該当者:シャープ、フォルテ、レーネ)
お、何か表示変わってる。
条件を満たしたクエストのところに、クリアの表記と達成報酬が出てる。
ますますゲームみたいだ……しかし、自動更新なんだな。便利でいい。
しかし、報酬ってどうなるんだろ? 能力とかならともかく、アイテムとか武器とか、普通に書かれてるけど……?
とりあえず、『豚鬼頭領を討伐せよ』とかいうクエストの『報酬』の部分を、念じて選択してみる。
……ってか、『豚鬼頭領』とか別に倒した覚えないんだけど……知らないうちに倒してたみたいだな。オークとか一掃してた中に紛れてたとか、そんな感じかもしれない。
まあいいや、とりあえず選択。ぽちっとな。
すると……目の前に、唐突に、『報酬』の欄に書かれていたもの、その現物があらわれた。
何もない空間から、ポンと。銀貨5枚と、斧が。
……なんというか、何ともいえない絵面だな。
まさしく、ゲームの報酬的というか。
人に手渡されるでもなく、魔物からはぎ取るでもなく、どこからともなく『現れる』。
……うん、まあ、こういうもんだと思うことにしよう。
『黙示録』自体、神様とやらが作ったもんらしいし、気にしてもしゃーない。
とりあえず、もらえるようになってる報酬は、最後の『双子の(略)』以外は全部もらっておく。出てきたところを、素早く回収して僕の『無限宝箱』に放り込む。
最後のだけは……ちょっと保留だ。後でこっそりもらおう。
だって、『参戦メンバーの成長限界上昇』て……いや、そりゃ魅力的だけども。文面から察するに、今よりもっと強くなれる類の報酬みたいだし。
けど、コレ何分個人というか、人の体や能力に作用する力っぽいからさあ……発動した瞬間に体が光るとかしないとも限らないし? だったら、あんな風に衆目が集中してる今よりも、周りに人がいないタイミングとかで試した方がよさそうだよね。
まあ、何も焦ることはないだろう。『豚鬼王』は2体とも倒して、あとは……残党に注意しつつ、この森を脱出するだけだし。
他のクエストも、その過程でいくつかは達成できそうだし。
まあ、あきらめるしかなさそうなのもあるけど……それはそれで仕方ない。
とらわれのエルフとか、オークの殲滅とか……残念だけど、コレはあきらめよう。寄り道してる時間もなければ、わざわざ逃げたオークを追いかけて探し出して倒す暇もないしね。
そういえば……ちょっと、気になることが1つあったな。
さっきフォルテから聞いたんだけど……こっちの豚鬼王・ライトンは、心臓をえぐり出されて死ぬ間際、変なことを言ってたそうだ。
なんでも、途切れ途切れに……
『く、くそ……! 私が、森の王、に……オークこそが、この森の、支配者に……本、さえ……手に、入れ、ば……』
……あ、間違った。『残念』じゃなくて『無念』だった……って、そうじゃなくて。
(……『本』、ねえ……)
つまり、オークたちがエルフの里に攻めてきた目的は……その『本』とやらを狙って、だったわけだ……おそらくは、僕の持っている、この『黙示録』を。
しかし一体、何の目的でコレを探してたのか……?
僕が今実践してるように、より強くなるため? お金とか財宝を手に入れるため?
……いやでも、コレもともと、人が魔物を倒すためのアイテムじゃなかったか? 魔物も使えるのかな? ……あとで精霊にでも聞いてみよう。
しかしそれ以外だと、魔物の立場から……自分たちにとって邪魔というか、害悪になる『黙示録』を処分するために来た、とか?
ありそうだけど……それと、『森の支配者になる』っていう目的との関係性が分かんない。
ライトンの今わの際の言葉から察するに、彼らにとって、『本』を手に入れるということが、『森の支配者になる』という目的とイコールになるようだ。というかこれだと、『本』の方は手段であって、本命の目的はむしろ『森の支配者』のように聞こえる。
……だめだ、わからない。情報が足りない。
何だろう……ちょっと、嫌な予感がする。
多分だけど、僕らが知らない部分が、情報として手に入れてていない事実が多分、この疑問を解決する最も重要なピースだと思う。
願わくば、その部分が何か、致命的なものでないことを祈るばかりなんだけど……。
☆☆☆
一方その頃。
先程まで、エルフ達と豚鬼王・ライトンの軍勢が戦っていたその場所にて。
「……何だ、こりゃあ……まさかあいつら、負けたってのか?」
いつまでたっても、自分の元に上がってこない報告。
それに業を煮やしたとある存在が、空から降り立って……そこに残っていた戦闘痕を見て、いらだちを含んだ声で呟いていた。
「死体は残ってねえみてーだが……豚鬼どもが散り散りのバラバラになってるし、それは間違いねえか……。集落自体は壊滅してたから、途中までは順調だったんだろうが……くそっ、どういうこった!? エルフ共、一体全体、何をどうやってあの双子を返り討ちにできたんだ!?」
そしてそれは、悪態をつきながら再び空に舞い上がった。
自らの元に、望むものを届けるはずだった者は、失敗し、死んだ。
ならば、今度は自分が動かねばならない。そう認識して。
「逃がしゃしねえぞ、エルフ共……大人しく『本』さえ渡せば、どこへなりとも消えりゃあよかったものを……面倒を起こしやがって、後悔させてやる」




