第23話 エルフの森脱出作戦・その1
開けて翌日。
早朝から、すでに『作戦』は開始されていた。
「おい、遅れるなよ、ハーフエルフ」
「でかい荷物持ちやがって……ついてこれるのか?」
「遅れても、のろまには誰も手なんざ貸さないからな」
おーおー、朝っぱらから敵愾心丸出しだねえ……ご苦労なこった。
レガートがいないからか、皆さん容赦のないことで。
そんな心無い言葉を浴びながらも、レーネは気にした様子も見せずに走り続ける。
エルフ連中の走る速度は、小走りではあれど、言葉通りにレーネ……女の子に対する配慮なんてもんは一切ないスピードとペースだ。
しかし、にも関わらず、レーネは普通にそれについていっている。当然のように。
エルフの連中は、予想以上に本当にレーネが『使える』ことに面白くなさそうにしているものの、これ以上ペースを上げれば自分たちがきつくなるので、放っておいているようだ。
結果……悪口とにらむような視線のみにとどめている、という現状だ。
……が、しかし……そんな白眼視に込められているであろう感情のうち、9割5分ほどは、差別とかそのへん揺らいだろうから鼻で笑って心の中でざまーみろとか言えるものの……残り5分くらいに多分、無理もないであろう内容の非難も混じっていたりする。
僕は……そのレーネの手によって運ばれながら移動している。
彼女を守るために、そばにいなくちゃいけないので……彼女の『持ち物』として同行中だ。
が、担いでいるのかと聞かれればそうではなく……今、彼女は僕を手に持って運んでいる。
左手に。片手で。
取手のついた、革製で直方体をした、旅行鞄みたいな感じの見た目になっている僕を。
そして……隠密行動中だっていうのに、そんな、これから旅行にでも行くかのような大荷物を持って走っている(ように見える)レーネは……白眼視の中に込められた、『こんな時に何をそんな大荷物持ってんだ』という感情に、ちょっとだけ申し訳なさそうにしていた。
同時に、ちまちま僕に念話で文句が飛んでくる。
『……あのさ、昨日も言ったことなんだけど……守ってくれるのはありがたいんだけど……』
『うん、わかってる。でもホントごめん、これ以上はさすがに小さくなれないんだよ……』
僕は昨日の夜、『狩喰箱』から『変幻罠魔』に進化した。
その際に獲得したスキルの1つに……『変身』というものがある。
読んで字のごとく、別なものに変身する能力みたいだ。
昔話とかに出てくる狐やタヌキが、葉っぱを頭に乗っけてやるアレみたいな感じだ。
けど……どうやら今の僕では、能力の熟練度?が低いのか、はたまた僕自身のレベル的なところに難があるのか……変身できる幅は少なかった。
自分の力量を超えていると、変身が雑になったり、そもそも発動しなかったりする。
色々試してみた結果……何でか知らないが、元の僕の姿……『箱』に近い形のものに化けやすいことが分かった。
その中で、一番携行するのに都合がよさそうなのが……この『旅行鞄』だったのだ。
そのせいで……何かレーネに、隠密行動だっつーのに行楽グッズ持ってきたKYみたいなことをさせてしまっているわけで……ちょっと申し訳ない。
ただ、『使役獣』として仕事はきっちりするので許してほしい。
がんばるから。役に立つから。
ああ、他にも進化してできるようになったことは色々あるけど……まあ、また後で。
☆☆☆
そのまま数十分走り続けて……男も女も、もちろんレーネも多少なり息が上がり始めたくらいのタイミングになって、ひとまず休憩となった。
ここまで、一切手加減なしで走ってきたのに、きちんとそれについてきたレーネに対し……エルフ達は、忌々しそうにしている者もいれば、素直に感心したような様子の者もいる。
レガートの言葉は真実だった、彼女は彼女なりに、自分を高めるために努力というものを続けていたんだろう……と、理解し始めていた。
……ただ、当のレーネは……ちょっと申し訳なさそう?な表情になってるんだけどもね。
なぜかというと……
「……大半……私の力じゃないしね」
『いやいやいや何をそんな。ちゃんとしたレーネの力だよ……ただ、スキル由来だけど』
『もっと言うと、あんたたち由来よね……はあ、ものは言いよう、とでもいうのかしら』
どういうことかというと……発端は、昨日、彼女が行使した能力『使役』にある。
アレを使って、僕とフォルテは彼女と『契約』したわけだけど……その際、僕らがその恩恵として能力『共鳴』を手にしたように、彼女にも『恩恵』があった。
ステータスを見ると、それが一発でわかる。
★名 前:レーネ・セライア
種 族:ハーフエルフ
レベル:14
攻撃力:52 防御力:109
敏捷性:68 魔法力:76
能 力:希少能力『使役術』
使役:シャープ、フォルテ
希少能力『共鳴』
えー、念のためにおさらいしておくと……訓練を積んだ一般的な軍人・兵士の能力の平均値がだいたい20~30くらい。一人前・熟練レベルで50前後くらいである。
攻撃力とか防御力に関しては、装備込みの数値となる。つまり、鎧とかまできっちり装備した平均値が前述の数値……というわけだ。
……で、今のレーネは……見てわかる通り、その平均値を全能力で上回っている。
しかも、身に着けているのが、お世辞にも上等とは呼べない剣と革鎧であるにも関わらず、コレである。
すなわち、地の攻撃力と防御力がとんでもないことになっているのだ。
特に防御力……109って何だ。
機動性を完全に捨てて、鋼鉄製の重鎧と大盾で全身ガチガチにかためても、こんな数値に至ることができるかどうかは怪しいと思う。多分。
これ、僕らと同じで、レーネ……生半可な攻撃じゃ、直撃してもノーダメじゃね?
恐らくはこれが、『恩恵』の内容なのだろうと、簡単に想像できる。
使役系の『契約』によって主人の側が受け取る『恩恵』は、契約した魔物の種類や能力に応じたものになるらしい。防御面がやたら高くなっているのは、僕やフォルテの影響だろう。
僕ら、2人とも体硬いからね。材質的に。
加えて、防御力ほどじゃないけど攻撃力も上がっている。
そして、防御力と攻撃力……爆上がりしたこの2つに引っ張られる形で、おそらくはレーネの基礎体力的な部分も逆算的に上昇しているんだと思う。
ほら、攻撃力は筋力と、防御力は持久力とか体の頑丈さと関わりがあるわけだし。
そして、この2つほどじゃないけど上がっている敏捷性も、おそらく一役買っているだろう。
その結果が……普段から訓練している自警団の兵士をも上回る身体能力を生んだ、ってわけ。
レーネはそのことにちょっとだけ思うところのある様子だけども――気分的には、チートコード使って強くなったみたいな感じなんだろうか?――まあ、文句を言える立場にないというか、状況を考えればむしろ歓迎すべき状態であるので、努めて受け入れていた。
ただ、それに甘んじてばかりいるつもりはなく……いつかは自力で獲得した力で今以上になる、っていうのが、目下の目標になったそうだ。
若いのにえらいなー……前世を無気力に生きてたお兄さんにはまぶしいよ。
それはともかく、レーネは休憩中の今、スタミナ回復の効果のある魔法薬を、一緒に来ているエルフ達に配っている。
エルフ達の反応は、これまた様々だ。鼻で笑って受け取らない者、受け取りはするものの忌々しそうな者、特に何の感情も読み取れないもの、素直に感謝している者……etc。
レーネにしてみれば、別に反応はどうでもいいらしいけど。
立場的に敵に塩を送る的な感じなのは承知であるし……一応、これからのミッションを考えると、戦力的にはきちんと戦ってもらった方が好都合、ってだけの理由なので。
ただ、今までの数時間でわかったんだけど……エルフの中にも、比較的マシなのはいるようだ。
レーネのことをきちんと見直すというか、実力者ではあるんだと認めることができたり……ハーフエルフだって理由で、立場も状況もわきまえずに敵視したり、他に理由もなく見下したりっていうことを、一時的にでもやめることができる連中。
今のポーション配布で、より顕著にそれが現れた気もする。
まあ、だからと言って……このミッションが終わればお別れなのはかわらないので、ホントに参考程度の知識になりそうだけどもね。
……そうそう、ミッションで思い出した。
別な方のミッション、というか『クエスト』も消化しなきゃだっけ。
「まあでも、正直言ってちょうどいいわ……ちょうど今私、かつてないくらいに村に居づらかったところだったから、コレが終わったら出ていっておさらばできる、ってのは」
『? そりゃまたなして?』
「……いや、少し前にね……ちょっとした事件があってさ」
事件、とな? あの村で?
何だろう、殺人事件でも起こったのかな? そしてその容疑者にされたとか?
「惜しい」
『え、惜しいの?』
今ので? 半分冗談で言ったんだけど。
「うん、殺人じゃなくて窃盗。村の祠に祀られてた宝物が、外から来た人間の盗人に盗まれてさ……それを手引きした共犯だろう、っていいがかりつけられてたのよ」
うわー、こんなところでもハーフいじめですかい。どうしようもねーな。
しかも聞けば、その犯行当日に見張り番だった連中が率先してそういう話をしてたとか……責任転嫁する気満々だわ。ゲスい。
「ただ、その時私、運よくちょうどレガートさんと一緒にいたから、証言してもらえてなんとかなったんだけどね……。盗まれた品物が品物だったから、皆殺気立っててさ、正直怖かった」
『へー……ちなみに、盗まれたものって何?』
「うん、詳しくは私も知らない……っていうか、聞いても詳しいこと教えてもらえなかったんだけど、祠に祀られてた、古文書みたいな感じの本、みたいよ」
…………うん?
「何てったかしら? レガートさんが確か……目次とか、目録とか……あー、忘れたかも。とにかく……なんかすごく古くて貴重な、エルフ族の秘宝? みたいな位置づけの本だったらしくてね、村の大人たち……特に年寄りが、一時期森の中を血眼になって探してたのよ」
………………
「その結果、盗人の死体らしきものは見つかったんだけど、獣に食べられた後で、持ち物は盗品を含めて全てなくなってたそうよ。これ以上は探せないからって、さすがにあきらめたそうだけど……あんな血眼になって探したり、わざわざ人間が盗みに来たり……何だったのかしら? ちょっと気になるわね、今更だけど。って、こんなこと話してもしょうがないわよね」
……オゥ、なんてこった。
滅茶苦茶心当たりあるんですけど……その本。
目次+目録って……それ完全に『黙示録』じゃないですかやだー。
獣にかじられた盗人の死体って……あの日のアレじゃないですかやだー。僕それ補食シーンまで含めて1から10まで全部見てたよ。
何なら当事者として参加してたよ。
てゆーか……やばい、その盗品思いっきり今僕持ってる。
しかも残念なことに、所有者登録までしちゃってる。どうしようマジで。
わざとじゃなかった……というか、そもそも僕が盗んだわけじゃない。
けど、だとしても、その盗品を持っている上、返却できない状態にしてしまったのは確か。
正直に言い出……せるわけがないな、この状況下で。
せっかくいい方向に一部とはいえ向いてきたレーネにも迷惑がかかるし、そもそももうどうしようもないからね。今言ったように、僕もうアレの『正当な所有者』として登録までされちゃってるからね。本の精霊が直々に言ってきたからね、そうやって。
……知らぬが仏、ってことわざもある。ここは、悪いけど黙っとこう。
黙っておきつつ……『銅の黙示録』の閲覧は、『無限宝箱』に入れたままでもできるので……ここらで『天啓試練』の確認。
これからの戦いで、クリアできそうなものを見ておく。
お、昨日見た時より増えてら。えーと、何々……
≪挑戦可能クエスト一覧≫
・『エルフの森を脱出せよ』
・『豚鬼の部隊を殲滅せよ』
・『豚鬼頭領を討伐せよ』
・『エルフ達を無事に森から脱出させよ』
・『囚われのエルフ達を救出せよ』
・『運命の子と忠義の騎士を守り抜け』
・『豚鬼を100体以上討伐せよ』
・『豚鬼王を討伐せよ』
・『●●●●●』
……多っ。この森脱出、VS豚鬼軍団の一件だけでこんなにあんのかい。
つか、何個か気になるタイトルのがあるんだけど……
タイトルに『豚鬼頭領』だの『豚鬼王』だのって出てんだけど……え、何、こいつらが出るってこと? この先?
いるの? この、なんかこう……いかにも強そうな、豚鬼の上位種っぽい連中。
……この『黙示録』、なんかこうしてみると……予言というか、未来予知というか……もしかして盛大なネタバレ要素ふくんでませんか? やばいな、神の書物。
とりあえず、後でそれとなく……『豚鬼王』あたりについては、レーネと、フォルテ経由でレガートにも流しておこう。
……それと、ネタバレとは別の意味でよくわからないクエスト名が……2つあるな。
・『運命の子と忠義の騎士を守り抜け』
・『●●●●●』
1つ目は……これってもしかして、レーネとレガートのことかな?
たしか前にも、2人を助けたときに、キークエストをクリアしただの何だのってアナウンスが流れて、その時のタイトルが『運命の子云々』だった気がする。
で、もう1つは……隠しクエスト、ってこと? 情報全秘匿?
……これに関しては考えても仕方ないな。何もわからないんだから、対処しようがない。
何にせよ確かなのは、この戦い……楽には終わりそうにないな、ってことだ。
もとから不安の多い戦いだった上に、今見たクエスト一覧から察するに、色々と面倒な存在もいるようだし……油断はできないと見て間違いあるまい。
……上等じゃないの。
相手してやるよ……こっちにも、進化して手に入れた、新しい力でがわんさかある。
それを試せる相手がいくらでもいるってんだから、むしろいい機会だ……試金石になってもらおうじゃないか。
って言ってる間に……そろそろ休憩も終わりだな。
いよいよ戦闘だ。気合い入れて行きますかね。




