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第21話 傲慢・拒絶・落とし所



豚鬼オークとは、豚の頭にでっぷりと太った体が特徴の、獣のような鬼である。

ゴブリンやスライムなどと並び、よく名を知られている魔物と言っていいだろう。


彼らは多少の知能を持っているものの、基本的に頭は決してよくはない。ほとんど、本能のままに生きていると言っていい存在だ。

食べたい時に食べ、寝たいときに寝る。


そして、彼らは基本的には雑食。草も食べるし、肉も食べる。

狩りをして獲物を取ったりもする。近くにある人間の集落を襲うこともある。人間そのものも、彼らがため込んでいる食料も、どちらも腹に収めるために。


そして、オークの特性で最もよく知られているものが……『他種族の雌を襲って孕ませる』という点だ。人間だろうが、エルフだろうが、ほとんど全ての人間型の種族に、自らの子を産ませることが可能なのだ。


ゆえに、オークの軍団によって陥落させられた集落ないし町、村の末路は、総じて悲惨である。


男は殺され、彼らの腹に収まることとなる。新鮮な食料として。


女は、戦いの中で殺されることもあるが、それはまだ幸運な、楽な方だ。

生きたままとらえられてしまえば……ひたすらに犯され、孕まされ、子を産まされ……死ぬまでそれが繰り返されるだけの、家畜同然の存在となり果てる。


捕虜として丁寧に扱う、という発想がそもそもないこの魔物たちに敗れるということは、肉体的な死か、あるいは尊厳の死か……その2つの末路しか残されていないことを意味する。


今まさにこうして蹂躙されている、森の中の小さなエルフの集落も……その、敗者の定めに従うことを余儀なくされた者達の1つだった。


里の中で、生きている男はいない。

女も、半分近くはもう死んでいた。ある者は戦いの中で。ある者は……敗者にもたらされる屈辱の中、それに耐えきれずに力尽きた。

残る生きている女のエルフも、無事とはいいがたいが……どうやら、これから巣に連れ帰られる結末の方に流れていくようだ。


ただし、それはまだ先のことのようだった。


というのも、このけだものたちは、巣穴から出てきて略奪のために襲来した、というわけではなく、ある目的をもってこのエルフの里を攻め落とさんとして来ていたからだ。


いうなれば、本能や食欲に従った狩りではなく……軍事行動だったのである。


そして、エルフの里を攻め落とす、というところまでは達成されたわけだが……彼らの目的はまだあった。

そしてそれが達成されていない以上、軍事行動は続く。その限り、一応、捕虜として捕獲されているエルフ達は、連れていかれることになる。


その間中、気が向けばオークの慰み者にされる日々が続くのであろうし、そんな日々が続いた果てに、果たして無事に肉体と精神を保っていられるかと問われれば……。


「ふん……哀れなものよ。おとなしく我らに従っていれば、また違う道もあっただろうに。いらぬ意地など貫くからそうなる」


同族が数匹がかりで、乱暴にエルフの女をむさぼっている様子を見ながら……とある1匹のオークは、そう吐き捨てるように言った。


そのオークは……姿こそ同じように、豚頭の巨躯、というものだったが……他のオークたちとは、それ以外の何もかもが違っていた。


肉体、知性、そして力、さらには種族に至るまで違う……このオークの存在こそが、この今回のオークたちの軍事行動という恐るべきものを引き起こした理由だ。


そのオークは、今……村の中を回って、あるものを探していたところだった。

しかし、こうして村の全ての建物を回ってみても、ついぞそれは見つからず……それゆえにだろう、不機嫌さが顔ににじみ出ている。


苛立つあまり、何かに当たってしまいたいその衝動をどうにかこらえたそのオークは、天に向かって咆哮を一発。

すぐさま、他のオークたちが集まってくる。


「支度をしろ、出発するぞ! 森の中に向かう! 残りのエルフ共をとらえるのだ!」


その指示に従い、支度を始めるオークたち。

逆らうものはいない。そんな馬鹿なことを、考えるものなど、1匹も出ない。


オークたちは、本能に忠実である。しかしだからこそ、わかるのだ。

この存在に、逆らってはいけないと。逆らえば、必ず殺されると。


今、自分たちを引っ張っているのは……ただの、少し強いだけの豚鬼オークなどではない。その頂点『豚鬼王オークキング』なのだから。

自分たちは、ただ伏して従い、その上で思うがままに生きるべきなのだと、わかっているのだ。


☆☆☆


「この『混ざりもの』が! 貴様よくも、のこのこと我らの前に顔を出せたな!」


「そうよ! 里が大変なこんな時に……何であんたがここに来るのよ!」


「こんな時にまで何をくだらないことを言っているのだ! お前達こそ、今がどういう状況なのかわかっているのか!?」


よいこのみんなー! 元気かなー?

ミミックのお兄さん達は元気だぞー!


お兄さん達は今、どうにかしてエルフの生き残りの皆と合流したところなんだけど、その合流したエルフの連中がね、頭おかしいんじゃねーのかコレってくらいにとち狂った暴言をやめだやめ、この話し方なんか疲れるわ。

思い付きで教育番組ちっくに話してみたけど、普通にいこう、やっぱし。それが一番だ。


あー、今の状況だけども……さっき言った通り、あの後僕らは、夜明けと共に動き出し……他のルートで逃げ延びていたエルフ達と合流することに成功していた。


ただし、出ていっているのはレーネとレガートのみ。

僕らは、少し離れた場所から、とある方法でそれを覗き見ている。


で、集まった先の洞窟基地で……面倒なことが現在進行形で起こっている。


(……こんな時まで何でこんな、選民意識? バリバリの思考ができんのかね?)


(知らん。現実を直視したくないとか、どうせそのへんだろ)


ああ、ありうるわ。じゃなきゃ、この局面でこんなバカなやりとりないだろうし。


何だって今……迫りくる危機に対して、ただでさえ戦力が足りないようなこの状況で、やってもどうしようもないような、レーネに対するハーフエルフいじめが始まるのか。


そういうのがあるってのは、ちらほら聞いてすでに知ってたけど……実際に目にしてみると、予想以上に醜く、そしてそれ以上にわけがわからない。


「こいつが悪いんだ! 『混ざりもの』のけがれた血の癖に、我々エルフの村に住み着いたりするから、災いを呼び込んだ!」


「そうだ! 本当なら、俺たちエルフが、あんな下等な豚鬼オークなんて連中に負けるはずがないのに……きっとお前のせいだ! お前のせいで村がなくなった! どうしてくれる!」


「何でけがれた血のあんたが生き残って、私の旦那が死んだのよ! おかしいじゃない!」


……こんだけ支離滅裂な言い分も、無理やりな敵対の仕方も初めてだよ、見たの。


何ていうか、ここまでくると、『ハーフエルフをいじめる』っていうこと自体がもう目的になっちゃってるような印象すら覚えるね。

そんなことしたって何の得にも、解決にもならないだろうに。


そんな罵声をガンガン浴びせつつも……1人も、直接的に暴力をふるったりはしない。

もし、彼女だけがここにいて、彼女だけが相手なら、それは違っただろう。ただ怒りといらだちのままに、彼女を理不尽な暴力で袋叩きにしていたかもしれない。罵声も、今より何倍も酷かったかもしれない。


しかし、その前に立って彼女をかばっているレガートが、それを許さない。

時折現れる、直接的な暴力に訴えようと衝動的に動こうとするような奴を、一歩でも近づいた時点でぎろりとにらみ、視線だけで制し、押し戻す。


そのレガートにも、『何でそいつをかばうんだ』『何で邪魔をするんだ』という非難の目が向けられるものの……それ以上に食って掛かるものはいない。


彼女の実力はよく知られているんだろう。襲い掛かれば、タダじゃすまないのは自分だと解っているのか……はたまた、彼女ほどの戦力を無駄に疲弊させるのは愚策だと思っているのか……。


そんな中、エルフ達の方に動きがあった。


にらんでいたエルフ達が、何かに気づいたようにすっと左右に割れて道を開け……その奥から、やせた体型に壮年のエルフが歩み出てきたのである。

その左右には、護衛と思しきエルフが2人、ついていた。


その姿を認めると、レガートはにらむような視線をひっこめて、一礼した。

一拍遅れて、しぶしぶ、といった感じで、レーネもそれに倣う。


「……無事であったこと、まずは喜ぼう、レガート」


「はい、村長……そちらも、ご無事で何よりです」


と、レガート。なるほど、こいつがエルフのボスか。


エルフって長生きな種族らしいけど、その中にあってなお老けている、とわかる見た目。

それなりの時を生きているんだろう、とわかる。ステータスで年齢も見れればよかったのに。



★名 前:ギンベル・アドフリフ

 種 族:エルフ

 レベル:34

 攻撃力:32  防御力:21

 敏捷性:21  魔法力:54

 能 力:通常能力『風魔法適正』



特に何がすごいってこともなく……ぱっとしないステータスだな。


エルフの村長になるくらいだから、並外れて魔力が高いとか、スキルがすごいとか想像してたんだけど……そういうんじゃなかったみたいだ。単に世襲か何かか?


まあ、普通の人間やら兵士に比べりゃ、さすがに魔力は優秀みたいだが……先にレガート他を見ちゃってるせいで、薄れるな、どうしても。


「さて……レガートよ。今の状況はわかっているな? 今我らは、かつてない危機に瀕しておる……里は燃え、多くの同胞が戦火に散った……生き残った者達の中に、戦える者は少ない。そして、物資も限られておる。これからどう動くにせよ、余裕はない」


「はい」


「ゆえに、足手まといになる者を置いておくわけにはいかぬ……何を言いたいかわかるな?」


「………………」


ああ、こいつもかい。


つまりこう言いたいわけだ。レーネが邪魔だと。追い出せと。

そんな奴守ってる暇があったら、自分たち純粋なエルフのために戦えと。


「此度の襲撃、まだ終わったとは限らぬ。少なくと、まだこの近くには大勢のオーク共がいるだろう……我らエルフは一丸となって、この危機に立ち向かわねばならぬ」


「それゆえに、レーネを切り捨てると? お言葉ながら、その判断には従えません、村長」


「おい、レガート! 貴様、村長に口答えするのか!」


村長の脇を固める護衛エルフの1人が、村長の暗の支持に否と答えたレガートに怒鳴りつけたものの、レガートもまたひるむことなく、ぎろりとにらみ返す。


その反応に、村長を含め、多くのエルフが顔をしかめた。

まだ言うのか、何でこうも聞き分けがないんだ、とでも言わんばかりに。


「……今、言ったはずだ。足手まといはいらぬと」


「足手まといがレーネのことを指しているというのなら間違いです、村長。ひいき目は一切抜きにして、彼女はそこらの少し武技をかじった程度の男より戦えます。まだ未熟とはいえ、剣も魔法も使えるし、能力スキルもある。この森の魔物相手であれば、戦って屠れる力は十分にあります。彼女が邪魔だと、足手まといだと言うのなら、もっと他に切り捨てる対象がいることになる」


そう言って、レガートは……ちらっとだが、他のエルフに目をやる。

隅の方に集まっていた、老人や子供のエルフ達に。


それに気づいた自警団(多分)のエルフは。


「何をバカな!? お前は、弱い子供を見捨てろとでも言うのか!?」


憤慨したように、1人の男のエルフがくってかかってきた。

服装を見るに……レガートと同じ、自警団の人かな?


その少し後ろでは……ひしっと、自分の子と思しきエルフの小さい子を抱きよせながら、エルフの女性がレガートに、非難するような意思のこもった視線を向けていた。


その腕の中の子供に一瞬目をやり、男エルフは、


「彼らはまだ幼い、弱いのは当然だ! 子供が弱いのが罪なものか!」


「そうだ! 俺たち戦士が守ってやるべき存在だ! それを……」


「言ったのは村長だろう」


「そういう意味じゃない! そいつはけがれた血の……」


「ハーフエルフだから何だ? いい加減に中身のない暴言はやめてもらおうか。この場でレーネを非難し、追い立てたところで、改善する状況など1つもないのはわかっているだろう」


発言を遮り、はっきりと言うレガート。


「はっきり言ってやろう。レーネは戦力になる。放逐するよりも協力した方が絶対に得だと断言しよう。それでもなお、混血だから邪魔だなどと、現状の見えていない発言を繰り返すようなら……私にも考えがある」


「考えだと?」


「ああ……もしどうしても、お前たちがレーネを認められんと言うのであれば、その時は仕方がない。彼女をここから追放し、森に捨てるのもやむを得んだろう」


その言葉に、彼女がようやく折れた、と勘違いした何割かのエルフが、わずかに顔をほころばせたが……次のセリフで、盛大にその予想は裏切られることとなる。


「そして、私も出ていこう。私と彼女なら、協力すればどうにかこの森を抜けて逃げるくらいはできそうだしな。この後、お前たちがオークたちと戦うのか、逃げるのかは知らないが、私はそれに一切関与せん。勝手にやってくれ」


「なっ……レガート貴様、裏切ると言うのか!?」


「それでも誇りあるエルフの戦士か! 里のために戦うことを拒むだと!?」


「明らかに上策であると言える手段を感情で捨てるようなわけのわからん連中の、わけのわからん誇りなどのためにかける命など、あいにく持ち合わせていない。お互いに納得のいく方法でこの危機に立ち向かうだけだろう、何をそんなに怒ることがある?」


「お前はっ……お前は、この里の中でも1、2を争う戦士なんだぞ!? お前がいなかったら、犠牲が増えるだろうが!」


「犠牲が増えるのが嫌なのに、血管の中身を理由に貴重な戦力を放逐するのか? 理解できんな」


「……力なきものを見殺しにするのをよしとするのか、レガート」


と、ここで村長。

にらむような視線と共に、レガートに問いかける。


「お前が戦わなければ、他の戦うエルフが、あるいは戦う力を持たぬ弱き、幼きエルフが犠牲になるだろう。それをよしとするのか? このか弱き者達に、そのわがままのために……ハーフエルフ1人のために死ねと言えるのか?」


「レーネの力を認めない時点で犠牲は増えている……そうすでに言ったはずだ。にも関わらず、よくわからん理由で戦力増強に二の足を踏んでいるなど言語道断でしょう。助かるはずの力なき者達に死ねと言っているのは、私以前にあなたたちだ」


「何をッ……!」


「レーネが参戦すれば助かる命は今より増える。彼女が戦力になりうる以上、それは確かだ。それを認めようとしないような破たんした考え方のあなた方の元では、まともな戦いなどできる気がしない。私は、そんなところで戦いたくはない」


「………………」


一歩も引かずに言い返すレガート。

村長はそれを受けて、しばし沈黙。


たっぷり十数秒を黙考に費やした後、面白くなさそうな表情ではあるが……再び口を開いた。


「……よかろう、ならばこうするのはどうだ?」





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