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第16話 レーネとレガート



森の奥の奥……シャープが『森エリア』と呼んでいるエリアの、かなり奥地。


場所を知っている者でなければ、たどり着くことは難しいそこに、この森に古くから住んでいる民……エルフ達が暮らす集落があった。


森を一部切り開いて畑をこしらえ、そこで作物を作ると共に、森で狩猟や採取によって食料を得て、自給自足の生活を送っている。それが、ここのエルフ達の暮らしだった。


外部……すなわち、このダンジョン内にある他の集落との関わりは、ほぼ無いに等しい。


これは、別に珍しいことではない。ダンジョンという、多寡の程度はあれど、ところかまわず魔物が跋扈するような環境下にあるゆえに、集落というのは比較的魔物が少ない場所にできる。


そのスポットとスポットの間には、やはり魔物が多数生息している環境が形成されていて危険なわけであるからして、それを超えて行き来するだけの利がなければ、この世界において集落同士の交流というのは、積極的には持たれない。


このエルフの集落は、もともとよそ者を嫌う性質が集落全体に根付いていることもあり、また自然由来の食料や道具、素材だけで、暮らすに困るようなこともなかったため、自然とどこともかかわりを持たない集落として成立するようになったのである。


そしてそれゆえに……彼らの中に、妙なプライドのようなものが頑固に根付いてしまったのかもしれなかった。


「こんにちは……これ、持ってきました」


「何だ、森で行方不明になったと聞いていたが……生きていたのか」


ある日の昼下がり。里の中の、とある商店。

そこに訪れたのは……昨日、探索・採取中の不注意でゴブリンの群れにとらわれつつも、色々な幸運と偶然が重なり、無事に帰ることができた少女……レーネだった。


助けに来たエルフの女騎士、レガートに連れられて里に帰ってきた彼女は、一晩おいて十分に休み、落ち着いたところで……昨日のうちにやろうとしていたことを済ませることにした。


昨日、森から採取してきた、いくつかの種類の薬草。

それらを材料に、薬を作り……こうして、エルフの商店に納品する。

それが、彼女の仕事なのだ。


「……ふん、品質は問題ないようだな」


レーネが持ってきた、瓶入りになった回復薬ポーション30本。

その内の1つの栓を開け、少しだけ指先を濡らしてぺろりと舐め……商店の主人の、中年らしい男性エルフが、どこか面白くなさそうな様子でそう言う。


そして、30本すべてをカウンターの下にしまってしまうと、その代わりに別な棚から陳列されている商品をいくつか取り出し、並べていく。


主に食料品だ。堅そうだが日持ちしそうなパンやクラッカー、チーズやミルクなどの乳製品もある。さらにそこに、こちらも保存性はありそうな干し肉や、根菜類と思しき漬物など。


そして、レーネに一言『確認しろ』と告げる。


それを受けて、レーネは黙ってカウンターの上の食料品を、1つ1つ確認しつつ数えていく。


これが、毎度レーネが『仕事』の成果を納品するたびに行われることだった。


先に述べた通り、この里では基本、暮らしは自給自足である。他の都市と交流を持ち、そこから商品を買い付けたり、売りに行ったりということが、ほぼない。

ゆえに、里の内部における物のやり取りは、基本的には『物々交換』の類だった。


例えば、里の警備を担う自警団所属のエルフなら、見回りをしたり、魔物や盗賊を相手に戦ったりする日頃の働きの対価として食料などを受け取れる。

家畜などを飼育しているエルフなら、その家畜の肉や毛皮、乳などと引き換え……という形だ。皆、何かしらの『仕事』を対価として、日々の糧を他のエルフから得ている。


レーネのそれは、自分の調薬の腕を生かした『回復薬ポーション作り』なわけだが……


「用が済んだらさっさと帰りな、商売の邪魔だよ」


「ちょっと待ってよ、ピクルスが1瓶足りないわよ!?」


うっとうしそうな店主のセリフとほぼ同時に数え終わったレーネは、自分が渡した薬と釣り合わない対価では納得できないとくってかかる。

しかし店主のエルフは、見るからにまともに取り合う気はない様子で……


「仕方がないだろう、在庫がないんだ。できたら追加でよこしてやるから、今は我慢しろ」


「そう言って先月も1瓶足りなかった上に、まだその分ももらえてないじゃない!」


「うるさいぞ、何度も言わせるな小娘! そもそも、日陰カブのピクルスなんて美味くもないもの、食べるのはお前くらいだ! 売れないものをそんなに多く作ってるわけないだろう!」


「そんなっ……で、でも、月々4瓶は売ってくれる約束じゃない! こっちは注文通りに薬を作ってきてるのに……これじゃ詐欺じゃない!」


「なんだと!? 人聞きの悪いことを言うな、この『混ざりもの』が! さっさとここにある分を持って帰れ、でないと警邏を呼ぶぞ!」


取りつく島もなく、唾を飛ばして怒鳴り散らす店主。


レーネはまだ何か言いたそうにしていたが、何を言ってもこの店主は聞くつもりはなさそうであることと……棚を見るに、実際に在庫は残っていなさそうであったため、しぶしぶではあるが、引き下がることにした。


カウンターの上のパンやチーズなどを、持ってきた袋に入れて……わずかばかりの抵抗にと、店主をキッとにらみつけて、すぐに店を出る。


後ろ手に扉を閉める直前、店主がふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす音が聞こえた。


☆☆☆


「そうか、そんなことが……すまないレーネ、私がその場にいてやれれば……」


「そんな……レガートさんが気にすることじゃないですよ」


「だが、お前が悪いわけでもないだろう。生まれなんて、自分で選べるわけもないのだから」


その日の夕方。

場所は、エルフの里の中心部から大きく離れ、そのはずれ、というよりも、ほとんど森との境界間際に建てられている、小さな丸木小屋に移っていた。


その家……自宅に戻ったレーネは、訪ねてきたレガートと、同じ食卓で夕食を取っていた。


同居しているわけではない。ここに住んでいるのは、レーネだけだ。

ただ、たまにこうしてレガートが訪ねてきて、一緒に食事をしたり、家事の一部を手伝ったり、レーネの話し相手になったりしているのである。


今日もこうして、手土産にいくらかの食材を持参して家を訪ね、その一部を使ってレーネが食事を作って……という流れになっていた。


テーブルの上には、とても美味しそうではあるものの、同時に質素倹約を心がけたメニューが並んでいた。


黒パンに、豆のスープ。スープには、少な目の肉や葉野菜が具として入っている。

それに加えて、山菜やキノコの炒め物に、根菜のピクルス。デザートに果物。


年頃、育ち盛りの少女が食事として口にするには、やや少なく、栄養価的にも少々頼りないのではないか、というメニューである。

もっとも……これでも普段に比べれば、多少は豪華なほうではあるのだが。


「それにしても……もう2年か。お前がここで、1人暮らしをするようになってから……」


「はい。まあ……自立とか、全然、できてるとは言えないですけどね」


「謙遜するなレーネ。立派だよ……たった1人で、仕事もこなして、こうしてたくましく生きている……それだけで尊敬ものだ。それも……こんな、逆境の中で……」


言いながら、レガートは……悲痛そうな表情になる。

それを見てレーネは、多少無理をして顔に笑顔を張り付けながら、


「や、やだなぁ、大丈夫ですよレガートさん。もう、いいかげん慣れましたし」


「……本来は、こういう環境にお前を置いておくことからして、私の本意ではないんだ……」


茶化すようにレーネが言うも、レガートの表情は晴れない。


ふと一瞬だけ、レガートはうつむきがちになっていた視線を上げ、レーネを見る。


目に映るのは……当たり前だが、レーネだ。まだ20にもなっていない、長命のエルフ族であるがゆえに余計に未熟な子供と見えてしまう、1人の少女の姿だ。


しかし、意識すると……その脳裏に浮かんだ、ある女性が被った。

彼女の親友であった……今は亡き、レーネの母親のエルフの姿が。


(ピュアーノ……)


かつて……とある人間の青年との間に、レーネという愛の結晶を授かり……しかし、それは許されざる愛であったがゆえに、引き離されることとなった……自分の親友。


夫――レーネの父親の元を出た彼女は、しかし、夫を恨まなかった。


『こうなることも覚悟のうえで選んだ愛だから』『あの人に迷惑をかけるわけにはいかないから』と……気丈に笑っていた。


故郷であるこの村に戻り、孤独に耐えながら、ハーフエルフである娘を懸命に育てた。

周囲から、差別のこもった視線や言動に耐え、必死に娘をかばいながら。時に、騎士である友・レガートの手も借りながら。


そんな母親も、2年前に病でこの世を去り……後には、ハーフエルフの娘だけが残された。

それが、レーネ。庇護者をなくした、天涯孤独の混血児。


彼女は今、常に白眼視され、後ろ指をさされる生活を送っている。


里の掟ゆえに、追い出されたり、直接的に危害を加えられたりするようなことこそないものの……母親の縁でよくしてくれるレガート以外、味方がいないと言っていいここでの暮らしは、若い娘が1人で生きていくには、あまりにも過酷な環境と言えた。


幸いと言っていいのか、生きているうちに、その家に伝わる調薬の技能を受け継ぐことができていたため、回復薬ポーション作りという仕事はできた。

それにより、物々交換で食料や生活必需品を得ることが可能だった。


後は……それで足りない部分は、節約してきりつめ、時に空腹に耐え、時に疲労を押して仕事をこなしながら、レーネはこの2年間、今までやってきた。


そんな彼女に、同じように頑張り屋だった母親の……自らの親友の面影を見ながら、レガートは影から助けつつ、今まで彼女を見守ってきた。それくらいしかできることがなく、その生まれを理由に彼女が冷遇されていることは、忸怩たる思いであった。


求められれば、レガートはレーネを助けるつもりだった。自分が養女として引き取ることすら考えたし、実際に1度、そう提案してもいた。レーネの母親が、この世を去った直後に。

その時は、自分で生きていきます、と力強く言い切ったレーネの意思を尊重したのだが……今でもレガートは、果たしてそれで本当によかったのかどうか、答えの出ない問いに悩んでいる。


(本当に……強情なところまで、母親にそっくりだ。出奔する時に、私も一緒に軍を抜けてついていく……と言っても、最後まであいつは首を縦に振らなかったから、事後承諾同然で無理やりついてきたのだったな。後悔などないが)


そんな昔のことを思い出し、ふっ、と小さく笑うレガート。


「……何度もしつこいのは承知で言うが、困ったことがあったら何でも言ってくれ、レーネ。私でよければ、力になるから」


「はい……いつもありがとうございます、レガートさん。いや、でも……今でも十分、私、レガートさんのお世話になりっぱなしですよ? 今日とかほら、食べ物までもらって……」


「気にすることはないさ、私がやりたくてやっていることだ……ただ、最近はどうも忙しくて、こうして家に来られるような日も減ってきてしまっているがな」


と、レガート。

それを聞いて、レーネも『そういえば』と思う。以前に比べて、ここ最近はレガートと、こうしてゆっくり話す機会なども、なかなかなかった気がするな、と。


しかし同時に、『なぜ』という疑問も出てくる。


今の時期は、狩猟や採集が忙しくなる時期とは違う。むしろ、もう少ししてからであれば、森に獣が増えて、それを間引くのもかねて狩りの時期だ。


にもかかわらず、このところ、レガートの所属する、里の自警団などがあわただしくしている……それはレーネも知っていたが、理由までは知らなかった。


「理由はまだよくわからんのだが……このところ、森が騒々しい、とでも言うべきか……どうも、魔物たちの気が立っているようでな。警戒中なのだ」


「気が立っている……ですか?」


「ああ。縄張りに入るや否や見つかって威嚇され、見回りのための移動もままならん。すでに何度か、我々自警団との間で戦闘も起きていて、怪我人も出ている。レーネ、今後しばらく外出は控えた方がいい」


「わかりました……気を付けます。幸い、ポーションの材料の薬草ならまだありますし」


「ああ……それがいい。この間の『盗人』のこともあるからな……まあでも、別に心配する必要はないぞ? いずれも我々自警団で、十分に対処できる範囲のことだからな」


「はい、ありがとうございます、レガートさん」


そう答えつつも……レーネは、心の中に引っかかって残るような不安を、なぜか消しきれずにいた。


レガートの強さは、彼女も知っている。

女でありながら、その強さは自警団でも1、2を争う腕前。森の魔物相手にも全く問題にならないどころか、一度に複数を相手にしても勝ってみせる実力者。


必然的に、里での人気も高い。幾人もの男のエルフからプロポーズされていると聞いているし、村長の息子との縁談を持ち掛けられている、との噂もある。

もっとも……レガートにその気はなく、すべて断っているのだが。


そのレガートがにらみを利かせているせいで、レーネを疎ましく思う村の者達も、あまり直接的に手を出せないでいる……とも言える。

彼女母親の縁からレーネに目をかけているのは、周知の事実なのだ。


そうやってレガートに守られている現状が、なんだか申し訳なく思えることが多々あるということも手伝って、レーネは調合の腕を磨いたり、ゆくゆくは自分でも戦えるように、暇を見つけて剣の訓練をしたりしていた。


(まあ、レガートさんが大丈夫だって言ってるんだし、ホントに大したことはないんだと思う……けど……やっぱり気になるわね。何で今の時期、魔物が凶暴に……?)


考えられるとすれば、縄張り争いや繁殖期などだが……時期はやはり違うし、縄張りを脅かすような新手の魔物がよそから現れたという話も特には聞かない……と、思ったところで、


(……まてよ? もしかして……)


そこでレーネは、最近知り合った?2体の魔物を思い出す。

ここらではまず見覚えのない、しかし、ゴブリンの群れをあっという間に全滅させられるほどには強い2体を。


しかし、すぐにそれは否定した。


(いや、多分違うわよね……いくらなんでも、たった2匹で他の魔物の縄張りをどうとか……)


群れとしての規模を持っていない彼らが原因ということはないだろう。森は広くはないが、狭くもない。魔物の縄張りそのものを脅かすようなら……もっと規模のある群れか何かが存在する、と考えるのが自然であった。


加えて、つい先ほどレーネは、レガートから『あの洞窟にはもう何もいなくなっていた』という報告を聞かされていた。


レガートたち自警団は今日になって、狩人らが普段使っているあの洞窟が、一時とはいえゴブリンに占拠されていたということもあり、再度様子を見に行っていた。

しかし、その結果……ゴブリンが戻ってきたような形跡はなかった。


結局、ここは引き払われた、と結論付けられた。


なお、レーネはゴブリンにさらわれた後、レガートに助け出されるまでのプロセスを……一部黙っている。シャープとフォルテのことは、話さずに。


本当はあの時、洞窟の中で彼らのことを紹介しなければ、と思っていたのだが……レガートが味方であるとわかっても、2体が擬態を解かなかったこと、そして、レーネが振り向いた一瞬に、ガーゴイルのフォルテ(グ○コのポーズ)が、一瞬だけ、人差し指を立てた手を口の前にやって『しーっ』のジェスチャーをしていたため、黙っていたのだ。


考えてみれば、彼ら2体は敵対こそしなかったとはいえ、たしかに魔物である。自警団であり、魔物から里を守る役目を帯びているレガートに見つかれば、厄介なことにしかならないだろう……と、少し考えてレーネも思い至った。


ゆえに、黙っていることにしたのだった。


(……なら、問題ないわね、多分。仮に他の魔物でも……レガートさんなら大丈夫だろうし)


そう結論付けて……レーネは、レガートとのひと時の団欒に戻ったのだった。




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