第111話 召喚
「――ぅ、らあっ!」
僕が変形した剣を手にしたレーネが、飛びかかってきた『グラシャラボラス』を、肩口から一気に両断する。
レベルの差、あるいは種族としての攻撃能力の差ゆえか、この前までとは違って、僕単体の方がレーネとこうして協力するよりも強力な攻撃を放つことができる。この、『機人モード』でも。
ただ、こうすると戦闘でレーネに行く経験値が上がるので、こうしている。
そして、他の皆は、『グラシャラボラス』が召喚した眷属たちを相手にしていた。
必要に応じて、何か間違いが起きないように、フォルテとリィラが見てる掩護する感じだ。
味方によっては、敵の牙城の目の前で何をしてんだって話になるだろう。こんな、舐めプにしか見えないことしてないで、さっさと倒せばいいんじゃないかって。
確かにそう思わなくもないけど、それでも……ここは経験値を皆に入れておきたい。
これまで戦った魔物たちの中でも『魔将』を倒した時に得られる経験値は……『魔将・バルバトス』の時を鑑みても、特に膨大だった。あの戦い1回で、僕ら3体、まとめてレベル50にカンストしたわけだから……実際はどのくらいの経験値だったのかは分かんないし。
だったら、同じ『魔将』であるこいつの場合も、それだけの経験値は期待できる。それをレーネ達に……特に、今進化を控えている、フェルとピュアーノに、少しでも多く振り分けたい。
だから僕らは、極力手出しをしないようにしてるのだ。
ただ、やはり『魔将』の名は伊達じゃなく、グラシャラボラスも相当なものだ。
今しがた、肩口から左右に両断したばかりの奴が……その直後、その間に筋繊維みたいなものが伸びてくっつき、徐々に元に戻っていっている。
「……何度見ても、ちょっとアレ生物として色々間違ってる光景よね」
「見た目は動物でも悪魔なんだし、そりゃ仕方ないんじゃない?」
あんだけの大傷……いや、あの半分、もしくは3分の1くらいの傷でも、普通の動物なら文句なしの致命傷のはずだ。ショック死してもおかしくないだろう。
が、そんな大傷をもう何度も刻み込んだにも関わらず、『グラシャラボラス』は再生して襲い掛かってくる。
「物理攻撃じゃ倒せないのかな?」
「いいえ、多分効いてはいるのよ。実際、少しずつだけど、傷の治りが遅くなってきてるもの」
……たしかに、今塞がった傷の痕みたいなのが、まだ赤くなって見える。
最初のうちは……そうだな、すぐさま再生して襲い掛かってきたっけ。
けど、何回か前から、攻撃を食らって再生してから少し時間をおいて向かってくるようになった。徐々にダメージは蓄積意思ているのか……または、再生にも限度はある、ってことか。
「このまま延々と斬ってればいつかは倒れるのかもしれないけど……」
「残念だが、そうも言ってられんようだぞ?」
と、アルベルトの声がして、視線だけそっちに向けると……ぴくぴくと耳を動かして、周囲の状況を探っていた彼の目は、城の入り口に向けられていた。
そこにきて、僕にも……その音が聞こえるようになった。
ガシャン、ガシャンと、重い鎧を着て、足踏みする音が。
あけ放たれたままの入り口から……全身を漆黒の鎧に包んだ、大柄な1人の騎士が出て来た。
無言のままこちらに近づいてくるそいつは、その途中で、背中に背負うようにしている大剣を抜き放ち、こちらに切っ先を突き付けるようにする。
この上なく明確な、敵対表明だった。まあ、そういうのだろうとは思ってたけど。
ただ、そんな風にこちらに相対しているにもかかわらず、何だろう……気配が虚というか、殺気を感じないというか。
魔法生物みたいな気配だ。魔物としての意識はあっても、野生の獣とか、生きた人間みたいな、感情や意思、知性の乗った意識を感じない。
……僕らも魔法生物だけど、まあそれは置いといて。
それで気になって、鑑定してみた結果……
★名 前:石原要一郎
種 族:ダークナイトブレイバー
レベル:118
攻撃力:1426 防御力: 822
敏捷性:1164 魔法力:3202
能 力:希少能力『超再生』
固有能力『堕ちた勇者』
固有能力『武器精製・魔剣』
固有能力『堕天剣術・歪』
特殊能力『レベル限界突破』
特殊能力『不退転の覚悟』
特殊能力『死の呪い』
備 考:隷属・自我喪失
……どういうことだ? この名前……あの、行軍途中に出会った勇者だよな?
たしか、さっき尋問した貴族の話だと、女勇者が魔法で呼び戻して……あ、そこから先どうなったか聞いてないわ。その後すぐ、やばいことになった話にいったから。
ただまあ……ろくなことが起こった結果じゃないだろうな、ってのは、見てわかるな。
能力は大幅に上がってるし、いくつかスキルも変わってる。
何より、ステータスの最後の所に載ってる、『隷属・自我喪失』っていう部分……字面からしてヤバそうだ。
あと、その手前の『死の呪い』って奴も。命に係わる気配しかしない。
何があったんだホントに……しかし、自我がないんじゃ聞き出せそうにもないな。
「というか、何気にまずいな……このレベルを2体同時か。余裕なくなってきたな」
「加えて、グラシャラボラスの眷属もいるしな……どうする、俺たちでやっちまうか?」
「それもいいかもしれませんね。経験値稼ぎは、またの機会にするのです。今までの戦闘で、そこそこ皆さんの貢献度もたまっていますし、ここからそうしても、相当量は入るでしょう」
そういうわけで……経験値云々言ったばっかりでアレだけど、安全策で行くことにした。
すなわち、僕ら3トップの、メイン戦力としての介入である。皆に行く経験値が少なくなるけど、もうそこは仕方ないと割り切ろう。皆の安全には変えられない。
なお、その『安全』ってのは、死なない程度の苦労かそれを超えてるかの線引きになりますので。
そして、戦いは終わった。
……丸々カットして申し訳ないが、僕らが本気出したら出したで、速攻終わるんだよね……
『グラシャラボラス』とその眷属たちは、僕が『機人モード』をちょっとだけ解除して対応した。
どういうことかというと、再度飛びかかってきた連中を相手に、僕は……右腕を、『禁宝魔城』としての体の一部である、巨大な塔に変形させて、一気に叩き潰した。
巨大な武器、を通り越して建造物に押しつぶされた結果、当然のように連中は全滅した。
ただ、そんな状態でも『グラシャラボラス』は徐々に復活しようとしていたので、そこに皆で魔法攻撃を集中させることでとどめを刺した。
これなら、もうちょっと経験値多く入るだろう。
ちなみに、その余波で王城の庭と城壁が一部崩れてしまったけど、仕方ないよね。
……前々から思ってたけど、進化してからと言うもの、僕、『機人モード』じゃなきゃむしろ戦える場面少なくなってるよな。特に、市街地とか屋内では。
元の姿=巨大建造物だから、無駄に攻撃範囲広くて、周囲を巻き込む。
大砲とかだけ使うこともできるけど、それだと、人間の兵士とか、眷属級悪魔ならともかく……『魔将』レベルの敵には威力不足だしな。繰り返すけど、もう仕方ない。
そして、登場したばかりの『ダークナイトブレイバー』は……フォルテがこれまた腕だけを『戦機龍王』のそれに戻して全力でぶん殴った結果、爆散した。
ぶっ飛ぶでも、貫くでもなく、体の中で爆弾でも爆発したのかって感じで、はじけ飛んで木っ端微塵になったのである。
そして、その際に飛び散った血や肉片は紫色で、骨は黒だった。人の体色じゃない。
ただ、かろうじて胸から上の部分だけは残っていた。鎧だけでなく、体自体の強度が高くなってたからだろうけど……どう見ても致命傷である。
『グラシャラボラス』みたいに、再生する気配もないし。
……が、その直後、
「……本気を出すと、これほどとはな……わかってはいたが、全く、俺には……勝ち目など、なかったようだ」
「……! おい、こいつ意識が……」
さっきまで、鎧の向こうは空なんじゃないか、ってくらいに、何も感じられなかった、虚ろだった意識が、気配が、今ははっきりと感じられる。
同時に、確かにステータスに表示されていた『自我喪失』の文字も消えていて……姿こそそのままではあるが、彼……元勇者・石原要一郎が、意識を取り戻したのである。
未だに異形の姿のままである彼は、首をわずかに動かして、自分の姿を見て、
「……なるほど、あの黒い宝石が、心臓ごと消し飛ばされたゆえに、意識が戻ったか……。感謝する、お前達……最後に、意識だけでも、人間に戻ることができたようだ」
「…………色々と気になるっつーか、言いたいことはあるんだが……一応『何があった』とか聞いてもいいか?」
「ああ……時間はあまりなさそうだがな、最期の過ごし方としては……悪くない」
☆☆☆
発端は、石原要一郎が帝国軍に敗北して戻ってきたことで、王国軍が追い詰められているという現状が浮き彫りになったこと……ではない。
引き金にはなったかもしれないが、そもそもの根源はもっと別だった。
それよりももっと前の、2つの出来事だった。
1つは、女勇者・船井美香の恋人……安藤達也が死んだこと。
もう1つは、帝国から逃げ延びて投降してきた、候爵家の娘が、持ち出していた『悪魔召喚の宝珠』を差し出しており、それが船井美香の手にわたっていたこと。
なお、その娘は、その『宝珠』を提出してすぐに、当然のように王家によって殺されていた。
敵国の者を生かしておくはずがあるか、とばかりに。
その『宝珠』を、勇者個人個人の力を活かす、という判断のもとに、船井美香に渡してしまったことこそが、今回の一件を引き起こした最大の原因だった。
公には明らかになっていないが、召喚された勇者は、異世界で生きていくための『才能』、あるいは、俗に言って『チート能力』とでも言うべき能力補正を授かる傾向にある。
今回召喚された4人にも、それぞれその能力がついていた。
最初にシャープ達に出会って、戦いの中で悪魔に殺されることとなった勇者『長谷川裕』には、一時的に能力をブーストさせ、限界以上に戦闘能力を高める力があった。
船井美香の恋人であり、攻城戦でシャープ達に敗れ去った勇者『安藤達也』には、テイマーとして強力な魔物を使役する才能があった。
帝国軍の前に立ちはだかった後、『ダークナイトブレイバー』にその身を変えて再度相まみえた勇者『石原要一郎』には、剣を使った戦闘における戦闘能力とその成長速度の補正があった。
そして、最後の1人……女勇者『船井美香』にも、能力があった。
それは……アイテムを自由自在に、本来の性能を超えた力を引き出して使う、というものだった。
普段は、せいぜいポーションの効き目を増幅したり、魔法の武器をより強力にして、他の勇者のサポートをしたり、という、後方支援中心の使い方をされていた。
しかし、今回、その力が……極めて非道かつ凶悪な方向に使われた。
使う者が使えば、『バルバトス』や『グラシャラボラス』といった、非常に強力な悪魔をも召喚できる『悪魔召喚の宝珠』。彼女は、その力を強化して使用、いや、暴走させた。
さらに、製作者すら想定していなかった使用用途にまで使い、凶悪な結果を引き出した。
まず、玉座の間で『グラシャラボラス』をはじめとした大量の悪魔を召喚し、その場にいた貴族達を、いや、王宮にいた者達を皆殺しにした。貴族から、使用人、地下牢につながれている罪人たちまでも、残らず。
その隙をついて逃げ出した王女達もいたが。
次に、その光景にパニックになって喚き散らす国王を殴って黙らせ、その胸を剣で切り裂いて、まだ動いている心臓を露出させ……そこに『宝珠』を埋め込んだ。
床に倒れて動けないまま、事態を見守ることしかできなかった石原要一郎も、同じようにした。
2人はそれぞれ、心臓に悪魔召喚の宝珠を埋め込まれ、暴走したその力に充てられて、その身を魔物に変えた。そして、船井美香の下僕となった。
国王は、アンデッド『ロイヤルエルダーリッチ』に。
勇者は、黒鎧の騎士『ダークナイトブレイバー』に。
そして今、船井美香は、王城の最深部の、ある部屋に来ていた。
そこは『召喚の間』。
船井美香を含む、勇者4人がこの世界に招かれた場所。
中央に巨大な魔法陣がある他には、床も壁も天井も全て金属でできているだけの、殺風景な部屋。
その中心に、今は……すさまじく禍々しい魔力を放つ、『宝珠』が安置されていた。
「さすがに、呼び出すものが強すぎると、時間がかかるんだ……私たち『勇者』が召喚された時も、丸1日かかったって言ってたけど……これはもう1週間かかってる」
魔法陣の周囲には、いくつかの台座がある。
本来は、魔法使いがこの上に乗って、魔力を供給し、魔法陣をコントロールすることで、召喚の魔法を発動するわけだが……そこには今は、船井美香が召喚して使役している悪魔が座し、魔法使いの代わりの役目を担っていた。
一部の悪魔は疲労することがないがゆえに、丸1週間もの間、不眠不休で魔法を発動させていることが可能だった。
そして、それに必要な魔力は……勇者召喚と同じく、生贄によって賄われている。
城の中の人間を虐殺したのは、それが目的だった。死んだ者達の血肉と魔力、そして魂は、魔法陣に吸収され……今、七日七晩もの儀式の末に、彼女が望むものを召喚しようとしている。
勇者ではない、何かを。
(勇者召喚の魔法陣……こんなものがなければ、私たちは呼ばれなかった。日本で、幸せに暮らしていけたはずなのに……こんなものがあるから、私達は不幸になった。コレが、私達をこの国に、この世界に呼んで……なら、私はこれを使って……この国に、世界に、復讐する)
「魔法陣も、マジックアイテムには変わりない。私なら使いこなせる。この魔法陣と、悪魔を召喚する宝珠……そして大量の生贄……あわせて使えば……私の能力の限界を超えるほどに凶悪な悪魔を召喚することも、できるはず……! もっとも、召喚だけでできても、私じゃそいつをコントロールすることはできないだろうけど……そのへんは気にしなくていいし」
そして少女は、ポケットから、1本のナイフを取り出した。
鞘から抜き取り、その鋭い刃を、首に押し当てる。
「最後の生贄。これで、完成する……達也、今、私もそっちに行くね……」
そして、勢いよくそれを引き……柔らかい肌を、その向こうにある頸動脈に届くまでに、深く切り裂いた。
首から勢いよく血が噴き出す。
たちまちできた血だまりに、少女は倒れ込む。
大量の出血で、すぐに意識が遠くなっていく中で……船井美香は、口元に耳を近づけても聞こえないようなか細い声で……最後に、言い捨てた。
――みんな、死ね。