第109話 復讐
一挙2話更新になります。この後の110話とあわせてどうぞ。
まあ、ちょっと長くなった上にあちこち話が飛んだからメリハリつけるために分けたってだけなんですがね。では、どうぞ。
それは、戦闘を続けながら進んできた僕らが、いったん休憩を取ろうということで、ちょうどよさそうな場所を探していた時のことだった。
外縁部から、門を開けて中に入り……完全に廃都と化している王都を進んできたわけだが、どうやら新造のダンジョンのためか、魔物の数はそう多くないのが救いだった。分布もまばらで、密集している場所もあるが、逆に少ない場所にはほとんどいない。
魔物の巡回ルートから外れていそうな……具体的には、狭くて通りづらい、餌も見当たらないような場所を探す。
そこに、いつもと同じように『箱庭』を使い、休憩所を作ろうかと思っていた時。
ぴん、と、今まで何回か見たことがある感じで……アルベルトの耳が立った。
どうやら、何か聞きつけたらしい。
『月兎』に進化してからというもの、アルベルトの聴覚はすさまじいまでになっている。聴覚に限って言えば、超高性能のセンサーを備えているフォルテやリィラを上回る感知能力だ。
魔物の接近でも感知したのか、と思いきや……
「……人の声だな。これは……隠れていた生存者、といったところか?」
「「「!?」」」
その言葉に、全員が驚いた。僕も驚いた。
たまげたな……このダンジョン化した王都に、それも、門の内側である、正真正銘の『魔都』に、まだ生き残ってる住民がいたなんて……魔物や悪魔の魔の手から逃げ延びて? よっぽど悪運が強いんだな、その人らは。
聞けば、ここからそう遠くない、廃屋か何かの中に、何人かまとまって隠れているらしい。
それを聞いて、レーネは、皆を見回して尋ねた。
「どうする? 助ける?」
「……どうしよっか……いや、折角生き残ってるのに気づいたんだし、見捨てるのも寝覚めが悪い、ってのもあるんだけど……」
「今はダンジョンアタック中ですからね~……それも、私たちでも油断できないような、高レベルといっていい場所……正直に言って、足手まといを守る余裕は……」
「……戦場や作戦行動においてはよくある、任務と人道の天秤だな。……元とはいえ、本職の軍人として言わせてもらえば、ここは心を鬼にすべきところだが……」
「話の途中ですまん、ちょっといいか?」
と、さっきから耳をぴこぴこ動かして、聞こえる声を集めていたらしいアルベルトが、ちょうどレガートが話している所を遮る形で言った。
「さっきから、助ける助けないで迷っているようだが……どうも、集中して聞いてみると、その隠れている連中だが……どうも単なる生存者というだけではないようだぞ? もしかすると……迷う必要はないかもしれん」
「? どゆこと?」
☆☆☆
「い、いったいいつまでこんなところに隠れていればいいのです! 早く、早く逃げないと、また悪魔が襲ってきたらどうするのですか!」
「落ち着いてください殿下! 騒げばそれこそ悪魔に見つかってしまいます! ここはひとつ、しばしの間御辛抱を……」
「もうそれは聞き飽きました! もう丸一日もここにいるのに、いったいあとどれほど辛抱しろと!? 慈悲深い私にも我慢の限界と言うものはありますのよ!?」
廃屋の中。
王城のすぐ近くにある、兵士たちの詰め所……その、保管庫の中。
食料もなく、狭くて動きづらいために、魔物たちはここへやってこない。
ダンジョン化してすぐの頃は、どこに何があるかもわからなかったがために、訪れてくる魔物もいるにはいたが、今となっては放置されている。通りがかる魔物すらいない、王都内には珍しい、安全地帯と呼べるような場所になっていた。
そこに、ちょうど魔物たちが興味をなくしたタイミングで転がり込んだ、幸運な者達がいた。
王城から、商人たちが商品の搬入搬出に使う通路を通って逃げ延び……ここに来たのは、他ならぬこの国の王女と、その側近たち。彼女を守るため――と、いう名目で城から逃げ出した者もいるが――付き従ってきた、騎士たちだった。
さらに、幾人かの貴族もいる。王女に便乗し、守られながらここまで逃げ延びていた。
安全地帯に逃げ伸びることができたはいいものの、手持ちの物資も何もない状態。
幸いと言っていいのか、武器はある。餌にもならないがために、悪魔も魔物も見向きもしていないため――さらに言えば、ここにある程度の武器を使おうとする悪魔はいない。ない方が強い――様々な付属品ごと、そのまま残っていた。
それらを使って、彼らは武装することができた。多少なり、生存率が改善した。
しかし、食料もない。彼らは丸一日、何も食べていなかった。
探そうにも、少し外に出れば、魔物たちが闊歩している。そのいずれもが、自分達ではどうにもできないほどの強さを持っている。
正面から戦えば、なすすべもなく負け、蹂躙される。
奇襲をかけようにも、それでも仕留められるかわからない。
戦闘を避け、逃げながら進もうにも、数が多い。隠密になれているメンバーでもない。
そして、ひとたび戦闘が始まれば……周囲の魔物たちが、その音を聞きつけて集まってくるだろう。エサ不足の中、腹を減らしている野獣たちが。
結果、彼女達は、いずれ助けが来ることを信じて、ここで待つことを選んだが……日ごろからぜいたくな生活に慣れ親しんだ彼らは、耐え忍ぶということを知らなかった。
望めば望んだものが、望んだ時に手に入る環境。それ以外を我慢できていなかった。
特にひどいのは王女で、やれなぜ自分がこんな目に会う、やれ早く解決しないとクビだ、と、状況がわかっていないのかと思うようなわがままを喚き散らしていた。
……実際にわかっていないのだろうが。
だがそんな中、騎士の1人が、ここ……保管庫に向かってくる、複数の足音を聞きつけた。
魔物の足音ではない。人間のそれだった。
息をひそめ、倉庫内に緊迫した空気が漂う中……外からしか鍵をかけられないようになっている、倉庫の扉が開いた。扉の前に木箱を積んで作った、間に合わせ程度のバリケードの向こうに……何人分かの人影が見えた。
「おい、誰かいるのか!」
「い、いるぞ! 誰だ、城の兵士か!?」
小声で、しかしその『誰か』に聞こえるように、騎士の1人が言う。
「いや、兵士ではないが……傭兵、のようなものだ。依頼を受けてこの都市を調べていた。あなた達は……」
「ちょっと! そこのあなた達! 今すぐ私を助けなさい!」
気を利かせて、相互に小声でやり取りをしている所に……外から来た人間である、という点だけ聞き取れれば十分だと、我慢を捨て去って王女は金切り声を上げた。
音量を絞ることもない。丸1日近く絶食していたにしては、元気なことだった。
しかし、この場においては最悪の悪手である。
魔物に気づかれるかもしれないという可能性が、完全に頭から抜けていた。
「で、殿下!」
「私はこのトリエッタ王国の第一王女・カリーナです! そこな者、どこの馬の骨かはわかりませんが、この私を助けるという栄誉を授けましょう。直ちに私をここから連れ出しなさい!」
「………………」
バリケードの向こうからは、沈黙だけが帰ってきた。
それに非難されるように、喚き立てる第一王女がうるさい。その隣で必死に彼女を抑えようとしている、貴族の男や騎士がいるが、歯牙にもかけていない様子だ。
「で、殿下、お声をどうか……魔物に聞こえ……」
「知りませんわそんなこと! もう我慢はうんざりです、何で私がこんな目に……っ! 何をしているのです、そこの者! 早く私を助けなさい! お腹もすきました、食べ物も大至急用意しなさい……この際ですから、少しくらい粗末なものでも我慢してあげます! 私を安全な場所へ避難させて、その後は直ちにこの王都から薄汚い悪魔と、あの裏切り者の勇……」
―――ド ゴ ン!!
「者をきゃあああぁぁぁあ!?」
「なっ、何だ!?」
「バリケードが……い、いったい何が!?」
話している途中で、突如として積み上げられていたバリケードが、はじけ飛ぶように崩れた。
いくつかの木箱や、その砕けた木片が飛んできて、騎士たちの鎧に当たって音を立てる。
一歩間違えば王女や貴族達に当たっていたかもしれないそれを前に、王女は驚いて言葉も出ず……その間に、バリケードを破壊した張本人たちが、部屋の中に入ってきた。
「……ごめん、何かあまりに聞くに堪えなかったもんで」
「短絡的ではあるが気持ちはわかる」
入ってきたのは……驚くべきことに、小さな子供だった。
どう見てもまだ成人に至っていない、小さな背丈の男児が2人。
その後ろから、数人の女性が入ってくる。そのうちの何人かは、まだ少女と言ってもよさそうな会見だが……人間にあらざる、長くとがった耳を持っている者が数人いた。
これが本当に傭兵なのか、と困惑している者が多い中、意外にも、もっとも早く再起動したのは、第一王女・カリーナだった。
「な、何をするのですかこの無礼者! 私に当たったらどうするつもりだったのです! ケガの一つでもしようものなら、一族郎党を処刑しても償いきれない大罪となって……」
「ねー、何この……王女様? 今の状況わかってんの?」
「さあ……わかってないんじゃないかな? それか、わかるだけの頭がないか」
「緊張感や不安感に耐えかねてヒステリックになっているのではないか? さすがに一国の王女の素の人格がコレとか、信じたくないんだが……」
「どちらにせよ、この場における対応・態度としては0点ですね。英才教育は右から左へ聞き流していたんでしょうか」
こちらはこちらで、王女の言葉を気にもせずに好き放題に言っていた。
さすがにこれは見逃せなかったのか、1人の騎士が声を荒げた。……心持ち、小声でだが。
「おい、貴様ら何を殿下を無視している! 無礼であろう!」
「……なるほど、状況が見えていないのは王女だけではなかったか」
と、エルフの1人が言うと……その女エルフに注目した、貴族の男の1人が、はっとして何かに気づいたような様子を見せた。
「お、お前は……見覚えがあるぞ! たしか、ロニッシュの家の騎士だな!?」」
「ロニッシュですって!? あの、王家に従わず、国のために保有する宝剣を使おうとも捧げようともしなかった不忠者だという、あのロニッシュですか!」
王女の言葉に、その場にいた数人の眉間にしわが寄った。
しかし、それに気づかぬまま……
「はっ、間違いありません。奴の家の私兵の騎士の頭がエルフだったはずです……それに、そこの黒髪の娘! 貴様の容姿にも見覚えが、面影があるぞ! 貴様、行方不明になっていたロニッシュ家の跡取り娘だな! 生きていたのか!」
「何ですって! そうか……道理で礼儀と言うものを知らない振る舞いをしますのね。貴族としての務めや、王家への忠義を解せぬ不届き者!」
「………………」
先程から、沈黙と共に少女たちが放つ冷たい視線。
その意味に、王女や貴族達は、残念なほどに鈍感だった。
騎士たちが、剣呑な雰囲気に身をこわばらせる中、いっそ幸運と言っていいほどに鈍感でいる王女たちは、そのままの調子で続ける。
「ですが喜びなさい、今この場では、それについては不問にしてあげましょう。さあ、かつて貴女の父親が示せなかった王家への忠誠を今、貴方が示しなさい! 私を助けるのです! さすれば、貴方の家の罪をわずかばかりでも『ドン!』許……ひっ!?」
言い終わる前に、黒髪の少女……ビーチェの隣に立っていた、エルフ耳のピンクブロンドの少女……レーネが投げた剣が、王女の顔のすぐ横の壁に突き刺さった。
「ごめんビーチェ、ちょっと我慢できないわコレは」
「ん。私も……あと3秒聞いてたら、レーネと同じことしてたと思う」
「な、何をするのです! この無礼者! この上まだ罪を重ね……」
「あー、お取込み中すまんね。そろそろいいか?」
と、今まで会話に加わってこなかった……というか、後ろにいたために視界にも入ってきていなかった1人の男が、唐突に姿を現した。
王女達が怪訝な表情になる中、向けられる視線を気にした様子もなく、男……アルベルトは話す。
「そこの道化娘の芸は、一周回って見ていて面白くなってきたところではあるが、何ぶん時間もないし、こうも騒いでは魔物もよってくる。そしてどうやら予想通り……助けるか否かがすぐに判断でき、というか考えるまでもない相手だった。ゆえに……さっさと済ませようかと思うのだが?」
淡々と並べられるその言葉に……レーネとビーチェは、はぁ、とそろってため息をついて、
「そうね……確かに腹立つし、もともと仕返ししてやるつもりで来てたんだけど……」
「何か、わざわざこいつのために時間使うのもあほらしくなってきた。というか、王家も一枚噛んでたとはいえ、主犯だった貴族は別だったのよね、そもそも。なら……時間かけてもしゃあないか」
「……? 何をわけのわからないことを言っているのです。どこまで無能なのですかあなたは! これ以上私を失望させたくなければ、無駄口をたたく前に私を早くひゅえ?」
言い切る前に、ビーチェが王女の頭を両手でつかみ……ごきん、と、嫌な音を響かせて、180度後ろに回転させた。
真後ろにいる貴族や騎士たちの、驚愕の表情を見たのを最後に……王女・カリーナの意識は、永遠に失われた。
その1分後、倉庫の中に生きた人間は誰もいなくなっていた。
騎士の死体はそのまま残され、貴族と王女の死体はなくなっていた。