第108話 魔都・エイルヴェル
これまでのダンジョンと違う点として、この『エイルヴェル』は……先に先人たちが挑み、そして持ち帰った情報が皆無である。
そりゃそうだ、まだ恐らく……生まれて数日もたっていないダンジョンだし。
しかし、もう普通にただの偶然なんだが、僕らの中には、この町――スラム含む――において、土地勘のある者が多数いる。
言わずもがな、もともとここで暮らしていた者達だ。
レガートは、まだここが栄えた都だった頃に、あの門の向こう側にある『王都エイルヴェル』の内部について色々知っているし、ビーチェ達の場合は、少し前まで暮らしていたスラムの地理に明るい。そのへんはアドバンテージだろう。
とはいえ、謎が多い、というか謎しかないダンジョンである。何をしたらいいのか、まずどこに言ったらいいのかわからない。
いや、どこに行ったらいいのかはなんとなくわかる。
こういうののセオリーとして、ダンジョンコア、あるいはダンジョンボスは、一番奥にいると相場が決まっている。
根拠としては、ゲームとかでだいたいそういう感じだから……なわけがない。
ちゃんと、ミューズから聞いてある。
今回のこの、恐らくは、ダンジョンボスとなるモンスターが起源となって急激に発生したダンジョンは……そのモンスターを中心、ないし起点にして広がっていく性質を持つ。
ゆえに、おそらくは深部、あるいは中心部にその魔物はいると考えられる。
もちろん、移動していればその限りではないかもしれないが……仮にそうなら、それこそ考えても仕方ないし。
そういうわけで、最終的には中心部……恐らくは『王宮』を目指すとはいえ、それまでの指標のようなものは、今のところないわけだ。
だったら、どうせなら少しでも知っている場所を巡ってみよう、という話になった。
そして、まず行ったのが……前にビーチェ達が暮らしていた、廃教会だ。
予想通りというか、もう誰も住まず、手入れもされていなかったため、中は荒れ果てていて、埃だらけだった。窓とかもほぼ壊れて敗れているし、ここにもう1度住もうとか考えたら、ちょっと考えるのも嫌になるレベルの大改造が必要になると思う。
そして案の定というべきか……ここにはすでに、魔物が出入りしていた。
住み着いているのかはわからないけど、多少なり思い入れのある場所がそうなっているというのは、やはりビーチェ達も面白くないようだった。
……が、それも問題ではあるものの……真に今、問題にしたい点は別にある。
ちょっとコレ、その魔物の中の一部のステータスなんだけども。
★種 族:ブラックガルム
レベル:39
攻撃力:243 防御力:169
敏捷性:247 魔法力:174
能 力:通常能力『暗視』
希少能力『魔法耐性』
固有能力『魔狼の咆哮』
★種 族:クレイジークリムゾンデビル
レベル:42
攻撃力:255 防御力:81
敏捷性:228 魔法力:75
能 力:希少能力『麻痺毒』
希少能力『消音』
希少能力『凶暴化』
『ブラックガルム』は、大きさが軽乗用車くらいある、黒い狼の魔物。しかし動きは非常に素早く、さらに暗がりから突然襲い掛かってきたりするので、油断できない。
牙は鋭く、噛む力は非常に強い。恐らく、金属の鎧くらいならないも同然の攻撃力だろう。
『クレイジークリムゾンデビル』は、『魔物図鑑』で調べた結果、悪魔系の魔物だった。全身に毛がなく、体の色が真っ赤な人間、って感じの見た目だが……動きが4足歩行だし、異様に素早く、壁や天井を、ゾンビ映画を思わせる気持ち悪い動き方をするので、見ていて精神的にきつい。
一応言っておく。コレ、そのへんに湧いて出るザコモンスターの能力である。
恐ろしいことになってるんだが……こんなん無理だろ。そこらの人どころか、軍隊でも一方的にやられるわ。確実に。
もちろん、こいつらよりもはるかに高い能力を持つ僕らであれば、問題なく相手できる。複数いようが、連戦になろうが問題ないだろう。
しかし、忘れちゃいけない。こいつらはザコモンスターで、そのへんを普通に闊歩している存在である。
加えて、ここはまだ『門』の中に入ってすらいない、外縁部だ。
今までの経験上、ダンジョンは奥に行くほど、ザコモンスターもエリアボスも強くなる。こいつらは言わば、このダンジョンの最低ラインなのだ。
この世界に来てまだ間もない頃、レーネと一緒に戦った『オークキング』を思い出す。あの、ネタ的な名前を持っていた双子の怪物を。
能力ごとに上下はあるものの、こいつらはアレと同じくらいの強さだろうと思う。
つまり、よそではモンスターのボス的立場になるような魔物でも、こっちでは雑兵、あるいは野良と同じような立ち位置になるわけだ……ぞっとする話である。
「……よかったわね、これ……兵士の人たち、外に置いてきて」
「そうだな。連れてきていても餌になるだけだったろう」
レーネとアルベルトの言葉通り、僕らだけでここに入ってよかった。
言い方は悪いが、十把一絡げの兵士たちでは、数をそろえようと、このダンジョンに挑戦するには、実力不足もいいところだ。何もできずに殺されて、連中のご飯になる未来しか見えない。
そりゃ、1匹、あるいは数匹程度が相手なら……何十人、何百人って数で挑めば、いずれは押しつぶすこともできるだろうけど……あまりにも被害が割に合わないだろう。
下手すると、戦ってる間に魔物たちが餌の匂いを嗅ぎつけてどんどん集まってきて、ついには処理能力を超えてあえなく全滅……うん、ありそうな話だ。
だったら、相応の力を持った少数精鋭で攻略した方がよほど都合がいい。
どの道、ここにいたであろう王国軍や王族・貴族の連中、そして……市民が無事でいるとは思えない。軍隊相手の戦闘は、ほぼ考慮しなくていいだろうし。
「しかし、我々は滅んで亡国と化した王国を手に入れたいわけではないし、そもそも国の要所にこんな得体のしれん、超高レベルなダンジョンがあるという現状はごめん被る。さっさと処理してしまわなければならん」
「それに、ミューズにも聞いたことだけど……こういう力が不安定なダンジョンは放っとくと厄介らしいしね。このまま安定して収まるかもしれないけど、稀に暴走したりもするらしいし」
「ダンジョンの暴走っつーと……『スタンピード』か」
「『スタンピード』……通常、ダンジョンの中から出てこない魔物が、何らかの原因で異常に増殖したり、『境界線』が機能不全を起こしたりして、外にあふれ出てくる現象ですね。そこらの低レベルのダンジョンの、浅い階層のザコ魔物なら、さして問題ありませんが……」
「このレベルの魔物があふれ出ると考えると……地獄絵図になるのですよ」
……冗談抜きに、王国の存亡の危機だ。
無論、僕らが影響下に置いているいくつもの都市、町村をも巻き込んで。
……いや、果たして王国だけで収まるかどうか。
何せ、『異常事態』なのだ。今までの常識で測れない、何が起こるかわからないのだ。
それこそ、その『スタンピード』が……通常は、増えすぎた個体を吐き出してダンジョン内部が元に戻ったりすれば収まる現象が、ずっとそのまま続くかもしれないのだ。
そうなったら……吐き出されるモンスター達が、延々と止まらなかったら……
最悪の場合、王国の隣国……帝国や共和国、連合国や大公国といった国にまで問題が波及し、さらにその向こうにも……
ひょっとしたら、この大陸全て、ないしは大部分がその『地獄』になってしまうかもしれない。
冗談でも何でもなく、懸念できることだ。なにせ『異常事態』なのだから。
「なら、やることは1つね」
「いや、2つだな」
と、レーネのセリフを訂正するように言うアルベルト。
それを横で聞いていたビーチェが、
「1つは、さっき決めた目的そのまま……このダンジョンを『攻略』すること。この異常事態を収束させるには、ダンジョンをシャープかアルベルトの完全に管理下に置くことで安定させるのが、一番手っ取り早くて確実だし」
こくり、とうなずくアルベルト。隣でレーネもうなずいてるから、さっきレーネが思いついた『やること』っていうのはコレなんだろう。
それに続く形で、アルベルトが口を開いた。
「もう1つは……原因をさぐることだ。自然発生のダンジョンではありえないこの現象……見立てでは、強大なボスモンスターか、それに類する何かが出現したことによる、というものだったな? その原因を解明しなければ、真にこの事態が解決した、ということはできん」
「なるほど……ダンジョンを攻略しても、その原因を取り除いておかないことには、いつまた再発、あるいは別などこかで似たようなことが起こらないとも言えないだろうな」
「それなら、『黙示録』が役に立つかもね。何かイベントがあれば、勝手にリストアップして、知りたいことも知りたくないことも関係なしに教えてくれるし」
「お前お得意のフラグ建築能力とやらも、今回は歓迎だな。面倒ごとなら力ずくでねじ伏せてやるから、ジャンジャン立てて手がかりでも何でもかき集めろや」
「あ、でも死亡フラグだけは勘弁なのですよ」
フォルテとリィラが軽口でそう言ってくるが……直後に、その2人にアルベルトも加えた、感知能力最強の3人が何かに反応した。
それを悟って、すぐさま僕ら全員警戒態勢に移行する。
数秒ほど、3人は周囲の気配を探って……
「……外だな」
「ええ……出ましょう。でないと、この建物壊してこっちに襲い掛かって来かねないのです」
その言葉に従い、僕らは十分警戒しながら、廃教会から外に出て……そしてすぐに、フォルテ達が感じ取った気配の主と対面した。
おそらくは、僕らが出てくるのを待っていたんであろう、そいつは……屋根の上から奇襲目的で飛びかかってきたので、『箱庭』の結界でそれを防いでやる。
結果、半透明の直方体の壁の向こうに、その姿をよく見て取ることができた。
……ってか、こいつ……!
「……おい、気のせいか? なんか見覚えある奴なんだが……」
「いえ、私も見覚えあるのです」
「僕も。っていうか、全員見覚えあるよね……こないだ戦ったし」
そこにいたのは……骨の龍だった。
肉も皮も一切ついていないにもかかわらず、大きな威圧感を放ち、ガラガラガラ……と、どこから聞こえてきてるんだかわからない鳴き声を響かせながら、翼を広げて威嚇してくる。
しかし、そのまま障壁を無視してこっちに突っ込んでこようとし続けているあたり、あまり知能は高くないことが伺える。
『スケルトンドラゴン』……この近くにあるはずのダンジョン『栄都の残骸』の最下層にて、ダンジョンボスとして君臨していた魔物。
当然、そこを攻略する際に、僕らも戦った。当時はまだ僕らも第三位階だったし、結構苦労したのを覚えている。
さらに最近、帝国のダンジョンでも戦った。
仮にもダンジョンのボスになっているだけあり、決して弱いとは言えないレベルの能力を持つ。それこそ、さっき戦った魔物たちとさえ、一線を画すであろうレベルの存在だ。
しかし、それが……
「おそらくは、エリアボスというわけでもなかろう……ザコモンスターというわけでもないようだから、言うなれば……特定の縄張りや出現領域を持たない、徘徊する小ボス、というところか?」
「こいつがかよ……」
「あるいは、こちらもダンジョンの『異常事態』で、『栄都の残骸』から外に出て来た……あそこのダンジョンボスそのもの、とか?」
「もしそうだったら、そっちの方が怖いわね……何にしてもこのダンジョン、というか、今回のダンジョンアタック……」
「わかっちゃいたけど、一筋縄じゃ行かなそうね」
この数十秒後、『スケルトンドラゴン』は無事に僕らが討伐したものの……小ボス、しかも、まだ外縁部であるこのへんに出てくる奴でこれだけの強さという事実に、僕らは今一度、気を引き締めて歩いていくことにした。