第107話 変わり果てた都、再び
さて、僕たちはつい数か月前まで、この国の王都『エイルヴェル』にいた。
もっとも、あんまりいい思い出はないが。
そりゃ、ビーチェ達と知り合えたことや、初めてダンジョンを攻略したことなんかは、どっちかって言えばいい思い出かもしれないけど……それ以上に厄介ごと、多かったからなあ。
帝国軍が攻めてきたり、王国軍がスラムを捨て石に使ったり、調子乗ってる系の勇者に襲われたり、洒落にならないくらい強い(ただし当時基準)悪魔に教われたり。
挙句の果てに、それらの騒乱から逃れるために王都を脱出しなきゃいけなくなって。
結論から言って、あまりいい思い出のない場所だ。
それでも、ビーチェやレガート、ピュアーノやフェルにとっては、思い出も多い大切な場所なんだろう。たとえ今は、見るも無残なくらいに荒れ果てて、スラムが広がっているとしても。
だからこそ、レガートは王都の変わり果てた姿を前にして、あそこまでショックを受けてたんだろうし……今回、王都に向かうにあたって、単なる攻略対象だと認識しつつも、どこか皆、懐かしげな表情を浮かべたりしてたんだろう。
……しかし、各々思いを抱きながら到着した、王都・エイルヴェルは……変わり果てていた。
おそらく、レガートが以前、15年前との違いに唖然としてた見ていた、あの時以上に。
というか……何だ、ここ? 一体、何が起こってこんなことになってんだ?
いや、実は予想はしていた。
数日前、まだ行軍中だったところに……僕とアルベルトの『黙示録』に、不穏な文章が次々と浮かび上がり……明らかに、この『エイルヴェル』で異常な事態が起こっていると知らせて来た。
その文面を信じるなら……今、この都市に起こっている異変。その大本の原因というか、現象の正体だけは、推察できる。
(だからって……いったい何で、いきなり大都市がまるごとダンジョンになってるんだよ!?)
☆☆☆
「と、いうわけで作戦会議です。皆、よろしく」
「うむ……さすがにアレを見て、予定通り王都に進軍する気にはなれんからな」
とまあ、ビーチェとアルベルトの音頭で始まりました緊急会議。
アルベルトの言う通り、このまま『予定通り』に進む選択肢はないからね。いくら順調に来てるからって、王国軍の抵抗らしい抵抗がないからって、明らかに異変が起こってるこの都市内に軍隊で整列して入るわけには行かないからね。作戦の練り直しだ。
ちなみに、アルベルトは2時間後に帝国軍全体での軍議も行うらしい。
そういうのって直ちにやるもんじゃないのか、2時間も間空けていいのか、ってちょっと心配に思ったんだけど、曰く『有識者からの意見を聞いてから行う』って言ってわざと時間作ったんだとか。僕らで話し合うために。
「有識者、ね……まあ、嘘はついてないか」
「一応、ダンジョンなら結構な数攻略してきてるからな」
「……あの、本当に『王都』や、その周辺のスラムがダンジョン化しているのでしょうか?」
と、フェルがおずおずと聞いてくる。
まあ、信じられないっていうか、耳を違うだろうな、そりゃ。普通に考えて。
しかし、事実だ。『黙示録』にそう書いてあるし……何より、異常事態は僕ら全員この目で、目視して確認している。
簡単に説明しよう。
といっても、町の外周……それも、本来の『王都』の外に広がっているスラム部分を見ただけなのだが、明らかにそこは、人が住めるような環境にはなかった。
いや、スラムなんて元々酷い環境だし、そう考えれば人が住める云々は例えの表現としては微妙かもしれないが……それを念頭に置いてなお、今の王都外周は異質だったのだ。
まるで空気に毒でも含まれているかのように、空気がよどんでいて、どこか薄暗い。真昼間のはずなのにだ。
まだ日は高く、雲はそこまで厚くもない。なのに、なぜか途中で日光が遮られ、地表を照らす光の量が大幅に少なくなっている感じなのだ。
加えて、生物の気配がない。
土はカラカラに乾いていて、道には雑草の一本すら生えておらず、井戸は枯れていた。
建物はどれも……元からボロボロだったことを差し引いても、何十年も前にうち捨てられたかのような酷い荒れ方をしていた。
そして何より、あちこちに……明らかに、魔物が暴れた痕跡がある。
この辺りは、以前は魔物は来なかったはずなのに。
そして、それにも関連するさらなる違和感……それは、なぜか、外に行くほど、その魔物の痕跡が軽くなっていること。逆に、見える範囲でも……王都の城門近くは、明らかに外よりひどい荒れようだった。
仮に、魔物の縄張りの変動で、外から来た奴らに襲われたのだとすれば……逆じゃないか?
外は攻撃にさらされて酷く損壊し、内側は、王都の兵士とかが必死で守って戦うだろうから、壊れ具合もマシになるんじゃないか?
「よどんだ空気、光が減衰なんてするありえない環境、魔物の暴れた跡があり、しかも中に行くほどひどい……これらから導き出されるものは?」
「これらからっていうか、モロ答え出てるじゃん」
「ダンジョン、ですね……間違いなく」
リィラの言う通り、それくらいしか考えられないだろう。
『黙示録』でもそう示されているし、事実として認めるべきだ。
どうやら、何が起こったのかはわからないが、今の『エイルヴェル』はダンジョン化してしまっているらしい。しかも……恐らくは、王都を中心に、その周囲のスラムまでもが範囲として含まれてしまうほどに広大な『エリア型』ダンジョンだ。
「ダンジョンというのは、確か、外界とは異質な空間になるために、魔力の質や濃度が変化することも多いらしいな。境界部などでは、それをよりはっきりと感じられるとも聞いたが……レーネやレガートは、そのあたり感じ取れなかったのか?」
と、アルベルトが、魔力関係に鋭敏な感覚を持っているエルフ系種族の2人に聞く。
「特段……気づかなかったな。いや、徐々に何か、空気がよどんできているような感触は、あるにはあったが……」
「今までみたいに、ダンジョンに入った! ってはっきりわかるような変化は感じなかったわね」
とのこと。
「ふむ……ということは、どこまで下がれば安全圏、というめどは立たないか」
「つか、安全圏なんてあんのかよ? だいぶ離れてここに陣取ってるけど、未だに……何だ、こう、空気がよどんでる感じは続いてるんだが」
「そうか? 私はそこまで感じん、というか、気にならんが……」
フォルテの苦言に、アルベルトが不思議そうに言った。
ちょっと今のやり取りに気になって見回してみると、どうも個々人で感じ方が違うようだ。
レーネやレガートは、嫌な空気を感じる。僕とリィラも、ちょっとだけど感じている。
フェルとピュアーノは感じないようだ。ビーチェは、感じるか感じないか微妙、らしい。
「……これは……ダンジョンだとしたら、逆に不自然だな? 『境界線』の前後で、明らかに環境が変わるのがダンジョンの特徴ではなかったか?」
「ああ……『ウィントロナ』のオータムエリアとか、まさにそんな感じだったよね。一歩線を越えたら、そこがもう秋でさ」
「あれだけ見た目にもわかるくらいの差も珍しいだろうけど……実際、ここにあった『栄都の残骸』みたいに……夜目が利いても、注意してないとわからないようなのもあるし」
「困ったわね~……この状況がよくわからないんじゃ、これからどう進むかの対策も立てられないわよ? いっそのこと、斥候か何かを放って情報を探ってみる?」
「軍としてはすでに出している。町の異変を、先遣隊が確認した段階でだ。が……8人放って、戻ってきたのは2人だけだった。それも、どちらも浅い領域だけを担当して探索した者達だったために、情報はろくに手に入らなかった」
「……明らかに何かあるってことね。このダンジョンには」
「ダンジョンなんだから、それは何かはあるですよ……しかし、さきほど外周から町を見た感じ、何も魔物のようなものはいなかったようでしたが……」
「……町の奥の方に隠れてしまったのかもしれません。何せ、この大所帯で近づきましたからね」
「野生の獣と同じように考えれば……獣にせよ人にせよ、数の多い群れが近づいてきているとなれば、逃げるなり、様子を見るなりするために、距離を取って奥に引っ込むのは自然な反応だ」
「で、少数で縄張りにのこのこ入ってきた連中は餌食になったわけか……まずいな、何が潜んでるかは知らねえが、仮に肉食の獣で、人の味を覚えちまったとなると……外に出て襲ってくる可能性も考えなきゃいけねえぞ?」
「……いや、でもフォルテ、それはいくらなんでもないんじゃない? ダンジョンの中の魔物が外に出るなんて……ああ、そもそもどこまでがダンジョンなのかわかってないんだっけ」
その後もしばらく『有識者会議(仮)』は続くが……一向に、状況打開につながるような展開にはならず、1時間近くが過ぎようとしていた。
……このまま続けていても堂々巡りだな。2時間後の――あ、もう1時間後か――軍全体での会議で、アルベルトが提案できることが出てこないまま終わる、なんてことは避けたい。
こうなったら、ピュアーノの言う通り、僕らの中から、あるいは眷属を作って斥候として放って様子を見れば…………待てよ?
その前にもう1つ、打てそうな手があったな。思い出した。
ちょっと皆に断って、会議を中断してもらい……僕は、『無限宝箱』から『黙示録』を取り出した。
すでに、これを読み込んで得られる情報は、アルベルトと協力して全部拾っているが……読んでだめなら、『聞けば』いい。
☆☆☆
「にゃるほど。そーれーで、私に会いに来たわけですか」
と、机に肘をついて目の前で手を組んで、どこぞの司令官みたいなポーズのミューズが言う。ぶっちゃけ似合ってない。
「ていうか久しぶりだねミューズ。ごめんね、何か長いこと放っといて」
「いーえいえお気になさらず。まあ、確かにちょっとくらい構ってほしかったかなー、なんて思わなくもないですけど、本の中から見てるだけで皆さんじゅーぶん面白かったっすからねー。マフィア作って皇子様と手を組んで国家転覆狙うとか、ははっ、壮大な映画見てる気分でしたよ」
何か随分と楽しんでくれてたようで何よりである。
相変わらずフリーダムだな、このチュートリアル担当。
砕けた態度になった瞬間に、目の前にあったはずの机がどっかに消え去って、僕たちは畳の部屋で座布団に座っていた。
この空間も相変わらずわけがわからん……いや、単にミューズの自由自在ってだけなんだろうけど。
「それでさ……まあ、見てたんならわかると思うけど、今ちょっと中々にわけのわからない状況になっててね? ダンジョンにしてもこれまでにない状態で、そもそもミューズに聞いたダンジョンの定義にも当てはまらないんだけど……何か知らない?」
それを聞いてミューズは「うーん……」と腕を組んでしばらく唸っていたが、やがて答えがまとまったのか、
「正直、私にもはっきりと『コレ!』って感じでわかるとは言えないですね……ただ、もしかしたら、っていうレベルでよければ、心当たりはあります」
「ホント!? お願い、それ教えて!」
僕らだけじゃ、現状とっかかりもつかめてないからね。『もしかしたら』でも嬉しい。
「わかりました。シャープさんたちが直面している、ダンジョンっぽい何か、ですが……もしかしたら、ダンジョンとしての力がまだ不安定なのかもしれません」
……? 力が、不安定?
聞いたことない感じの話だな、早速。不安定なダンジョン、って何だ?
「たまにあるんですよ。特にそう……何らかの要因でいきなり、あるいは無理やりそこに発生したダンジョンには、比較的こういうことになるケースが多いですね。そうだなー……ダンジョンが発生する主な3つの要因、覚えてます?」
「えっと、確か……ダンジョンのタイプ別にもそのまま分けられる感じで……『ダンジョンコア』によって周囲をダンジョン化して発生するタイプ。長い時間をかけて魔力のたまり場なんかが自然にダンジョンに変わるタイプ。それから……強力なボス級モンスターの影響を受けて、周囲の環境が変質してしまってダンジョン扱いになるタイプ、だったかな?」
「はい、よくできました。で、今言ったのの最後の1つ……ボスモンスターが強すぎて、その影響で周囲がダンジョンになる、っていうのがね、ちょっと曲者なんですよ」
ほう、曲者。
「よそから来た、あるいは進化によって、突然その場所に現れた魔物の影響で、周囲の環境が変質してダンジョンになる場合……その負荷が強すぎて、キレイにダンジョンにならないことがあるんです。具体的には、『境界線』があやふやだったり、ダンジョンの外にまで、ダンジョン特有のよどんだ魔力が漏れだしたり、周囲の……ダンジョン内外の魔物が影響を受けたりします。通常の生態では考えにくい行動をとったり、ダンジョン内の魔物が外に出たり、って感じですね」
「……どれも、外の状況に当てはまるな……」
わかりにくい『境界線』、広い範囲に流れ出ている魔力、そして魔物の行動……
思えば、仮にあのあたりがダンジョンだとして……ダンジョン内の魔物は、基本的に相手がどれだけ強かろうと、逃げずに向かってくる。なのに、大人数だからって隠れる……か。
野生の魔物として考えれば不思議じゃないけど、ダンジョンの魔物としては確かに『違う』。
「……今、ミューズに教えてもらったパターンの可能性が高い。けど……」
「お、気づきましたね? この仮説の問題点に」
そう。もしもこれが、このダンジョンの不自然さの真相だったとした場合……問題視しなければならない点が1つある。
というか、根っこ、ド基本の部分なんだけど。
ミューズの仮説が当たっていたとすれば、『エイルヴェル』は今、突如現れた何かによって急にダンジョンに変えられてしまった可能性が高い。
それはつまり……このだだっ広い範囲をダンジョン化してしまうほどの力をもった『何か』が、王都の中にいる、ある可能性が高い、ってことだ。
超強力なモンスターか、あるいは……アイテムの類か。
「参考までに言っておきますと、『ダンジョンコア』の可能性は低いですね。あれは、ダンジョン作成専用のアイテムなので、その機能も最適化されてます。周囲環境への影響も、不安定になるなんてことはほぼないです」
「つまり、魔物の可能性が濃厚ってことね……そんなん、どこから来たんだか?」
「そればっかりはわかりかねますね……」
☆☆☆
で、ミューズにお礼を言ってから、現実世界に戻ってきて、今見聞きしてきたことを、会議室で待っていた皆に伝える。
前回と同じく、『幻想空間』に行っていた時間はほんのわずか、1秒にも満たないくらいだった。時間がない現状、助かる仕様だ。
「強力なモンスターの突然の出現……それによる急激なダンジョン化の副作用、か」
「ミューズ曰く、この現象自体は、時間が経てば収まって、普通のダンジョンと同じように、はっきり『境界線』がわかるようになるんだって。だから、このダンジョンはできて間もないみたい」
「時間……は、あまり関係ねーな。問題は、そのモンスターが一体何なのか……だ」
フォルテはそう言うが……それこそ、調べないとわからないよな。
「なら……やることは1つね」
と、レーネが言った。
ほとんどの視線がレーネに集まる中……同じようにして、ビーチェも口を開く。何かを決意したような表情と共に。
「アルベルト。もし、このまま私たちが、王都をどうにもせずに撤退した場合、問題はある?」
「それはまあ、あるな。いくら王都の現状が、想定とは違っていたとはいえ、敵の本拠地を前に撤退するというのは、外聞のいい話じゃない。時間が立てば、ここが『ダンジョン化』したっていう話も広まって、我々の行動にも正当性は見出されるだろうが……な」
「なら、これから私達が、予定通りこの王都を占領した方が、戦争の終結、帝国の勝利を喧伝する上では好都合ってことね?」
「それはもちろんだな。戦争勝利はもちろん、これほど巨大な『ダンジョン』が近くに、自国内にできたとすれば、王国民はさぞ不安がるだろう。それを安心させれば、民心の掌握に有効だ。だがさっきも話に上ったように、今まで想定していた作戦ではまず無理だぞ? いくら頭数をそろえて突入したところで、『ダンジョン』には罠もあるし魔物も出る。一定レベル以上の魔物が相手では、兵士など数をそろえても無駄だ。無駄死にを出すわけには行かん」
「でしょうね。けど……これからのことを考えると、そのメリットは捨てがたいでしょ。何より……私たちとしても、ここまで来て帰りたくないのよね」
「確かに……私たちの目的の『半分』だもんね。もしかしたら……討つつもりだった『仇』が死んでるかもしれないけど……その時はその時だし」
それを聞いて、僕らは……2人が、レーネとビーチェが言いたいことを理解した。
アルベルトもまた、よく考えて……そして、頷いた。
「……わかった、確かに、できるのならばそれが最善手だ。もちろん、無理だと、難しいと思ったら下がる他ないがな。突入準備をしている兵を全員、陣地防衛と警戒に回そう。その代わりに……皆、準備を始めてくれ」
こちらのボスであるビーチェと、右腕レーネの決定。
そこにさらに、軍としての責任者であるアルベルトの言葉をもって方針は決定した。
やることは1つ。『今まで』と同じようにするだけである。
すなわち……ダンジョンアタックだ。
僕ら9人で……『魔都エイルヴェル』を『攻略』する。