第106話 暴走
勇者・石原要一郎は、予想以上に善戦してみせた。
そうじゃないかとは思ってたけど、彼の戦闘能力は、確かな、地道な修行の積み重ねによって形作られたもので、いかにも『降って湧いた力に溺れている』って感じの、前2人の勇者とは違う立ち回りを見せた。
スキルも使いこなしてたし……特に強力だったのは、固有能力『勇王剣術・壊』だった。
おそらく、レーネの『修羅の剣』や、前に別な勇者が使ってた『英雄剣術』とやらの同系統だと思うんだけども、どうやらこのスキル、僕らみたいな『魔法生物系』の魔物に特効になるスキルらしく、こちらの防御力をある程度突破して攻撃を届かせてきた。
しかし、現状をひっくり返し、大金星を勝ち取る程度ではなかった。
「届かず、か……」
「上から目線で悪いけど……大したもんだと思うよ。ここまで戦えただけでも」
『機人モード』の僕にすら勝てずに、地面に転がることとなった勇者は、そう、息も絶え絶えにつぶやいた。
剣は折れ、鎧は砕け、見るからに満身創痍だ。
ただ、『超再生』のスキルのおかげで、体の細かい傷はないため、蓄積したダメージで動けなくなっている状態だけど。
それも、時間を置けば再生し、肉体的には戦えるようになるだろうけど……すでにそんな感じのことを2回ほど繰り返している。
「生き恥をさらすつもりはない……殺せ」
カッコつけてるわけじゃなく、本心から言っているらしい言葉。
……ホントにこいつ現代日本から召喚されたのか? だとしたら生まれる時代間違ってるだろ……何だ、この戦国時代でも通用しそうな武人気質。
「って言ってるけど、どうする?」
「そうしてやれ……できれば苦しまないようにな」
そう指示が出た。
人格、実力その他評価はするものの……流石に生かしておくわけには行かないということだ。
なら仕方ない、せめて、アルベルトの言う通り、苦痛なく……と考えた瞬間、
突如、倒れている勇者の下の地面に、魔法陣が浮かび……その姿が消え去った。
「「「…………え!?」」」
☆☆☆
ところ変わって、『トリエッタ王国』の王宮。
その玉座の間、赤じゅうたんの上に、先程まで戦場の地面に伏していた勇者・石原がいた。
その目の前には……今まさに、何らかの魔法を使ったところと思しき、同郷の知人がいる。
同じ『勇者』であり……このところ、恋人を失ったショックで臥せっていたはずの少女が。
「貴様……貴様か、今のは……。俺を、呼び戻したのか……?」
「…………」
女勇者は……船井美香は答えない。
代わりに、周囲が騒がしかった。
「こ、これは……勇者・イシハラ!? なんと……や、敗れたというのか? 貴様ほどの戦士が!」
「なんということだ……! これでは、これではわが軍は……」
「ええい、見苦しい気弱なことを言うな! まだここに至るまでに、関はある。兵もいる! 我らが祖国を守るため、愛国心と裂帛の気合をもってすれば……」
「そんなもので戦況を覆せたら苦労はないわ!」
「そんなものだと!? 貴様……」
「勇者・イシハラ! 貴様も貴様だ! 我らが王の英断によって召喚されておきながら情けない! 帝国の悪しき軍隊を討つことこそが……」
「……騒がしいな。それに、耳障りだ」
小声で呟くように言った
内心、あのまま戦場で力尽きていた方がましだったかもしれない、と、石原要一郎は思った。
何もかもを出し切り、やりきった……負けはしたが、ある種の達成感が体に満ちていた。
出来るなら、もうこんな醜い貴族達の、耳障りな、責任の擦り付け合いを見たくはなかった。
そんな中、玉座に座り、ひときわ不機嫌になっている様子である男が口を開いた。
「ええい、黙れお前達! 今まさに、帝国の野蛮人共が、我が物顔で我が国の領土を闊歩しておるのだぞ! 稚愚な口喧嘩など見たくもない、早急に奴らを撃退する策を出せ!」
国王から檄が飛び、すぐに口喧嘩は収まった。
が……今度は誰も、何も言わなくなってしまう。
何もないのだ、案など。
勇者すら敗れた今、この戦況をひっくり返せるだけの妙案など、浮かばないのだ。
国を導く立場に立っているはずの彼らは、喚くのは得意だが、役に立つことを言うことができるわけではなかった。
「どうした!? 誰か何か言わぬか! もしも発言した策が成れば、思いのままに褒美をとらすぞ!」
王はそう、褒美で釣ろうとさらに言い加えるが、声を上げる者はいない。
何を言われても、出ないものは出ない。
それに、提案して成功すればよいが、失敗した場合はどうなるのか。そう、今回のように。
貴族達がうつむいて何も言わなくなってしまい、その光景に王は顔を赤くして憤りを覚える。
しかし、自身も何も考えがあるわけでもない。このまま、罵声を飛ばしても、脅しても、何も事態が好転しないであろうことは、さすがに彼にもわかった。
……それでも、そうせずにはいられなかった。アイデアの出ない、現状が改善しないという状況が我慢ならなかった。
(こ、これではまるで、我が国が追い詰められているようではないか! 負けてしまうようではないか……! ば、バカな、そんなことがあるはずがない! あっていいはずがない!)
これまで自分達は、トリエッタ王国は、ずっと戦いに勝ってきた。
だからかはわからないが、彼らの思考もそれに準じたものになっていた。
どこと戦争するにも、勝つ、という前提で考えていた。
勝った後、何をどうする、ということしか考えていなかった。賠償金、領土割譲、奴隷徴収、略奪、支配、重税……。自分達に都合のいいことばかり考えていた。
……負けた時にどうするか、自分達がどうなるか、そんなことは全く考えていなかった。
しかし、考えざるを得なくなった。
嫌でも、頭をよぎってしまうようになった。
その結果思い出されたのは、自分達が敗者に対して何をしてきたか。
今、その『勝者』と『敗者』が逆転しようとしている。
(ふざけるな! 嫌だ! 余が……我が国が……そんな立場になるなど、認められるかぁ!)
……そんな中、沈黙を破ったのは……この場において、最初から、誰よりも長く沈黙し続けていた、1人の少女だった。
「……ご意見を、いいですか? 王様」
「むっ! 勇者・フナイか、申してみよ!」
「私に1つ、案があります。成功すれば、攻めてくる帝国軍を蹴散らし……追い返すなどとけちくさいことは言わず、皆殺しにしてしまえるでしょう」
その言葉に、王も、貴族達も驚きを隠せない。
同時に、期待や希望……そして、それ以上の疑念も顔に浮かぶ。
本当にそんなことができるのか、と。
勇者の中で最強だった、石原すら敗北した。なのに、力で劣る彼女にそれが可能なのかと。
「難しい作戦です。でも、皆さまに、何より王様に協力してもらえるなら、不可能ではないでしょう……ご協力いただけますか?」
「無論だ! この国の未来のため、人々の幸せのために、喜んで余は協力しようとも! して、どのような策であるのか? さあ、早く聞かせよ!」
王は玉座から身を乗り出し、せっつくように言う。
それを聞いて、船井美香は……
「わかりました。ご説明いたします。私の作戦、それは……
この王都の全てを生贄にすることです」
光の消えた目で……嗤って、そう言った。
そして、その数時間後。
―――ぴこーん!
『付近にダンジョンが新しく発生しました』
『クエストが追加されました』
『クエスト環境に変化が生じました。既存のクエストの内容が一部変更されます』
【挑戦可能クエスト一覧】(抜粋)
・閉ざされた魔都の門を開け!
・指定エリア内の悪魔を15体以上討伐せよ!
・ダンジョン『魔都エイルヴェル』を攻略せよ!
・エリアボス『魔将・グラシャラボラス』を討伐せよ!
・エリアボス『ダークナイトブレイバー』を討伐せよ!
・エリアボス『ロイヤルエルダーリッチ』を討伐せよ!
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