第105話 最強の『勇者』
さて、とうとう王国攻略戦が始まったわけだが……今のところ特筆すべきことが少ないもので、なんか単調な説明文で終わってしまいそうだ。
もともと両国ともに、戦の準備を進めていただけあって、戦自体はスムーズに始まった。
そして僕ら『ドラミューザファミリー』は、その戦には基本的にノータッチだ。
少なくとも、最初のうちから半ばくらいまでは。市街地や屋内を舞台にするようなことになったり、相手が一騎当千クラス……『勇者』とかを出してくれば別だが。
僕らは眷属を経由して、離れた場所で、アルベルトが直接指揮する戦を観戦している。
……そうなのだ。なんと、この皇帝陛下(新)、なんと自ら戦場に出てきているのである。
マジかよ……いや、アクティブなのは知ってたし、何なら個人の戦闘能力が高いのも知ってたっていうか、その強化に付き合ってたけど……即位してからもそんな感じで行くのか。
『現地で色々とすぐに判断できるようにした方がいい』らしい。
帝都の政権運営は、確かにまだ混乱は大きいが、少しくらいなら留守にしても、譜代の部下たちに任せておけば十分持つ、とのこと。
つまり……その『少しくらい』の間に、この戦争を、王国側の簡単な戦後処理まで含めて終わらせる自信があるってことだ。
ま、もともとそのつもりで僕らも動いてきたんだけどね。
さて、話を戻そう。
アルベルトが自ら率いる帝国軍は、王国側の国境付近で、帝国が少し越境した形で王国軍と接敵し、開戦に至った。その際、色々と口上を双方述べたりしたが、めんどいので割愛する。
その結果は、予想通りとはいえ、あまりにも一方的だった。
数の上では、ホーム(?)で待ち受けていたこともあって、王国軍がかなり有利だったそうだが、正規兵の錬度で言えば帝国の方が上だ。王国も正規兵だけの軍隊ならまだマシだったのかもしれないけど、そんな気の利いた組織構成に放っていなかった。
万年そうらしいが、王国は奴隷や徴兵した平民を矢面に立たせて、ある程度数が減ったら正規兵や貴族の私兵・騎士団が突撃、という戦法を好んでいるらしい。無論、今回もそれできた。
が、昔からずっと変わらないそんな戦法が、よりによってアルベルトに通じるはずもなく。
塹壕やら何やらの据え置き型トラップで足止めしている間に、別動隊として動かしていた部隊で正規軍の部隊を、王国軍の本陣ごと強襲。それで大混乱になったところを、徴兵平民の部隊を抑えつつ、残りの戦力で叩いて蹴散らした。
実際には、王国側も色々とやってきて、細かい駆け引きなんかは他にもあったらしいが……ここでさらに相手にとって地獄だったのが、戦況の変化に合わせて、帝国があまりに迅速に、的確な対応をしてきたため、ほぼほぼ効果がないままに一方的に攻め立てられたことだろう。
これは、帝国の兵の錬度のせいでもあるが……やはり活躍したのは、アルベルトだった。
奴のスキル『戦略魔法・智』。これが、ここでも火を噴いた。
というか、もともとこういう戦場でこそ猛威を振るうスキルなのだろう。
どの位置でどのくらいの時間、敵の攻撃を受け止めて時間を稼ぐ。
どのタイミングで、どこから敵に奇襲をかける。
その後どの位置に移動し、どういう陣形でどこをどう攻める。
そういう命令が、頭の中に飛び込んでくるのだ。
銅鑼やのろしのように、音や視界を使った伝達じゃないから、見逃し、聞き逃しもない。タイムラグすらなく、確実に、戦場全域の味方兵士に指示が行き届く。
おまけに、精神的な動揺を抑えたり、一部の良性の状態異常を共有する効果まであると来た。
……軍隊全部が、リアルタイムで命令通りに動く上、一律強化されたり、心に波風立たないよう保護されて襲ってくる……相手からしたら、そりゃ悪夢以外の何物でもないな。
ついでに、このスキルを駆使して見事に立ち回り、大勝利を呼び込んだアルベルトに対して、兵たちは戦後の高揚感もあって、尊敬、あるいは崇拝とすら言えるような感情を向けるようになったらしい。より一層権力基盤が盤石になったわけだ。
この人について行けば勝てる、生き残れる、と思ったんだろう。そりゃ、頼もしく思えるだろうし……僕にはわからない気持ちだけど、仕えがいのある君主だと思ったのかもしれない。
実際、こいつの頭脳とリーダーシップで、スキルを十全に生かして軍を指揮すると考えると、マジで最強の軍師だからな。
アレキサンダー大王だかナポレオンだかも、戦場で自ら兵を率いて、支持や信頼を集めたらしいから、そういうのとの相乗効果もあるかも。
なお、そのカリスマだが、王国の民にも、わずかだが波及を始めている。
王国軍により、肉の壁にされそうになっていた、徴兵された平民たち。
当然、彼らにも犠牲者は少なくない数出てしまったが、彼らについてはアルベルトは追撃等はしようとはせず、さらにはこんなことまで言った。
『今は収穫の時期……こんな所でにわか訓練の剣を振っている場合ではなかろう。支給された装備や、拠点に残っている食料などの物資はあなた達が見舞金代わりに持っていけ。逃げるならば追うことはしない、無事に帰って、家族に顔を見せてやれ』
結果、負けはしたが、死ななくてもよくなった大勢の平民たちは、戻って王国軍に合流することなく、そのまま自分達の家に帰った、というわけだ。
コレが知れ渡れば、敵前逃亡で国軍から責められるかもしれない行為だが……その頃にはもう、この国の国軍は、頭も含めて別物に変わっている頃だろう。
そんなわけで、国境周辺で王国軍を撃破した後、帝国軍はそのまま進撃続行。
途中に合った大小の軍の拠点を潰し、迎撃に来た軍を蹴散らし……一直線に王都を目指す。
中には何か所か、既に潰されている拠点もあった。
まあ、やったの僕らなんだけどね。城攻め、砦攻めは時間も労力もかかるから、とにかくスピード重視で進む今回は、時間がかかりそうなところはあらかじめ僕らが潰しておいている。
なお、報酬はそこに備蓄してあった物資から半分。
何回かそんなことがあって、何者かがこの戦争の裏……というか、王国の社会の陰で隠れて動いていることや、その者達が相当な戦力を保有していること、そして、明らかにアルベルト達帝国軍に味方していることが囁かれ始めただろうけど、そのへんも含めて作戦だから問題ない。
むしろ、そのへんをもっと露骨にするために、軍にどこからともかく補給物資を届けたり、軍が泊まり込むことができる土地や宿舎が用意されてたりした。
敵国だっていうのに、自前の輜重隊もなしに、何の苦労もなく補給や休息をとって進めるという状況に、兵たちは困惑していたものの、最終的には『アルベルト陛下やっぱすげー』で収まったようなので、問題はないだろう。
その逆に、ホームのはずの王国軍は、苦難の連続だろうけどね。
自国内だってのに、そもそもの物資不足のせいで補給はままならず、地図にあるはずの村が所々なくなっているせいで休息も満足にできない。そういうのは大体、重税に耐えかねて逃げ出したり、それを『ドラミューザ』で保護したりした結果なので、自業自得だが。
さらには、僕が掌握している王国のエリアに差し掛かるたびに、野生の魔物をけしかけて大混乱にさせてやったりしていたので、比喩表現でも何でもなく休まる暇がない。夜、寝れば夜襲が来るし、水場で補給しようとすれば、水系の魔物が現れて引きずり込む。
一度、別動隊か何かと思しき連中が、森の中を通って作戦行動をとっていた。どうやら、同じように戦闘中に帝国軍を横撃する目的で、隠れて進軍していたらしい。
多くはないが少なくもない、森の中を進める限界の数、ってとこだった。
もともと魔物が少ない森で、道が悪いのを我慢すれば安全に進める……と、思ったのかも。
で、ちょっと遊び心が出て……僕らも苦労した、あのキノコ軍団を、『ウィントロナ連合国』の領地から借りてきて差し向けてみた。
……開始10秒で兵士たちが絶望を顔に張り付けた。
気持ちはよくわかる。
目の前で、たった一体だったはずのおばけキノコが、あっという間に地を埋め尽くす大軍団に……あーちょっと思い出すと辛くなってくる部分があるな。
一応、この辺を汚染するわけには行かないので、状態異常効果のある胞子の散布はしないようにしていたものの、そんなもんは誤差の範囲だった。あっさり別動隊は全滅した。
そんな繰り返しで、ペースアップしての強行軍である以外は、極めて順調かつ快適に進んでいたわけだが……何回目かの会戦の際、ついにそいつは姿を現した。
いつも通りに帝国軍有利で進んでいたわけだが……ある時を境に、前線が混乱し始めた。
その原因を、アルベルトはスキルで素早く察知する。軍の状況もだ。
報告も合わせて、それはすぐに知れた。
どうやら、王国軍側から現れた謎の戦士たった1名が、恐ろしい強さを発揮して、単騎で戦線を引き裂き、一直線にここ本陣に向かっているという。
さらにその男が、『黒髪黒目』だという話を聞き、アルベルトは確信を持った。
そして、『戦略魔法・智』を使って指示を出す。
当然、このパターンも想定内だったからだ。
その数分後、横に複数列を組んで布陣していた戦線を、たった1人で突破したそいつは……なぜか、守られるべき皇帝本人が堂々と、わざわざ前方の軍を取っ払って待ち構えているという光景に出くわし、いささか面食らっていたようだった。
具体的には、こんな感じである。
軍軍軍軍軍軍軍
軍軍 皇 軍軍
軍軍 軍軍
敵
混乱もするだろう、そりゃ。
しかし、その一瞬の隙にアルベルトは……そして、僕も、そいつを『鑑定』する。
結果は……まあ、予想通りである。
★名 前:石原要一郎
種 族:人間(勇者)
レベル:118
攻撃力:713 防御力: 411
敏捷性:582 魔法力:2023
能 力:希少能力『超再生』
固有能力『召喚されし勇者』
固有能力『精霊剣術・火』
固有能力『武器精製・魔剣』
固有能力『勇王剣術・壊』
固有能力『勇王剣術・双牙』
特殊能力『レベル限界突破』
特殊能力『不退転の覚悟』
すごいな、これは。
今までに見た勇者2人とは格が違うといってもいいくらいの能力値だ。正直、こないだの2人が合わさってもこいつに勝てるとは思えない。
しかも、レベルといい能力といい……スキルといい……
王国が『切り札』と公言している勇者の中でも、間違いなく別格。切り札の中の切り札である、と言えるんじゃないだろうか。これは。
いくつかよくわからない、しかし響きからしてやや物騒にも思えるスキルがあるが……まあ、いまさらってもんだな。
その勇者・石原は……なぜかすぐには襲い掛ってこず、値踏みするようにアルベルトを見ていた。
しばらくして、口を開く。
「……たまげたな。貴様、影武者じゃなくて皇帝本人か」
「なんだ、その心配をしとったのか。いかにも……私がこの軍の総指揮官にして、第13代ゲルゼリア帝国皇帝・アルベルトだ。そういうお前は……王国の『勇者』とやらか?」
……現代日本で『貴様』とか日常会話で使う人ってあまりいないよな、とか思いつつ、その話を聞いている僕。
「そうだ。あんたが皇帝なら話は早い……その首、もらうぞ」
それだけ言うと、勇者は地を蹴って一気にアルベルトとの距離を詰める……かと思いきや、剣を縦一閃に振るい、巨大な衝撃波を飛ばしてきた。
それを、アルベルトは逃げも隠れもせずに見ていた。自分に迫ってくるその攻撃を。
それを見て、不審げな目をする勇者だったが……その直後、アルベルトは、自分の身に届こうとしたその衝撃波を、回し蹴りで横から一撃して粉砕した。
これには勇者も驚きを隠せない。
周囲の兵士たちからは、歓声が上がる。
「危ないな。私を狙うのはまあいいが……無配慮な攻撃で後ろにまで被害を出してくれるな」
「敵に向かって配慮を求めるな。しかし驚いたな……貴様本当に皇帝本人か?」
「さっきそう言っただろう。信じとらんかったのか?」
「全力ではなかったとはいえ、仮にも『勇者』である俺の一撃を粉砕するような国家元首がいるか。この国の国王は、宮殿にある20段もない階段を上るだけで汗をかくような男だった」
「それはそれは……好きなように生きてきたようで結構。ならばいつ死んでも未練もあるまい」
アルベルトと勇者の間に軽口が飛び交うが、双方、気を抜いている様子はない。
油断なく相手を観察し、出方をうかがっている。そんな感じだ。
「しかし……兵や障壁に守らせるわけでもなければ、罠もなかったようだな」
「ああ、あのでかい衝撃波を飛ばしてきた理由はそれか。どう考えても首を持って帰る気のない一撃だったから、何事かと思ったぞ」
どうやら、地面に何か埋めているかもしれないと危惧して、それを破壊する意味も込めた攻撃だったらしい。なるほど、考えてたんだな。
たしかに……あんなん直撃したら、普通に考えて全身粉々になるしな。
「それで? 貴様が直々に俺の相手をするのか?」
「いや、さすがにそこまで無謀ではないよ。今のは、迎撃できそうだからしたにすぎん」
そう言って、アルベルトは兵士にイスを持ってこさせ、それに腰かける。
同時に、パチン、と指を鳴らした。
直後、アルベルトの真横で、頭から段ボール箱をかぶってしゃがんで全身を隠し、その上で箱ごと不可視化して隠れていた僕、フォルテ、リィラが姿を現す。
その登場の仕方を見た勇者が『ぶほっ!?』と噴き出していた。見覚えがあったんだろうか。
被っていた箱は、僕のスキルで作った箱だが、特別な機能はないただの段ボール箱である。
今の仕掛けの種は、『箱庭』を利用した認識阻害だ。範囲にもよるけど、進化した僕のスキルを使えば、保護領域自体を隠蔽することすら可能になっている。
にしても、『秘宝創造』で段ボール箱まで作れるとは……スキルにはまだまだ応用の余地が多分にあるんだな。
こんなこと考えるのは僕くらいのもんだろうけど。
さて、そろそろ始めようか。アルベルトと選手交代、ここからは僕らが相手だ。
……正直、まともな勝負にはならないと思うけど。能力値的に。