第103話 アルベルト、決起
その時が、とうとう、訪れた。
いつも通り、アルベルトが帝都にある私邸にて、自分に割り当てられた政務を処理している時、その知らせが彼の元に届いた。
飛び込んできた伝令は、簡潔に用件を述べた。
『皇帝が崩御された』
それを聞いた瞬間から、アルベルトは動き出していた。
すぐさま、自分の信頼のおける家臣たちに指示を出し、これから必要になるもの、あるいは『者』の準備をさせる。
もちろんその中には、表沙汰にできないような裏の領域における事物も含まれていたが、以前に『すぐにでもできる』とすら豪語していただけあり、迅速に事態を動かしていった。
そして自分は、事前にシャープが渡していた眷属の小箱を使って『ドラミューザ』に連絡し、作戦の開始を通知した。
「さて……始めるとするか。親父殿には悪いが……国盗りだ」
☆☆☆
帝国国内において、第二皇子ディヴォルが倒れた現在、皇位継承権を持つのは、第一皇子であるカルロスと、第三皇子であるアルベルトだけだった。
そのうち、より深く権力に絡んでいたのは、カルロスの方だ。
彼は政治にも積極的に参加し――与えられた役職につく、というだけではあるが――また、多くの貴族達とのつながりを持っていた。求められる形での。
さらに、国内の有力な、戦争賛成派である候爵家の娘を嫁に取ったことにより、その実家の意見をほぼ丸のまま聞いて政策を行おうとする……言うなれば操り人形になっていた。
その候爵家の派閥からすれば、これから先の国家運営に携わっていく上で、この上なく有意義な人材であると言えた。
それに対して、『変わり者』『放蕩皇子』などの異名で知られる第三皇子・アルベルトは、独自に様々な貴族家との付き合いこそ持っていたものの、第一皇子とは真逆で、権力や派閥の鎖に縛られるということはなく、貴族達からすれば扱いにくい存在だった。
しかしながら、その能力はまぎれもなく本物。領地経営から政策立案に至るまで、与えられた仕事は常に完璧にこなして見せた。
ただ、国政運営にそれほど大きくかかわろうとはしてこなかったため、その能力を正しく把握しているものは、彼自身の腹心や……最近できた『仲間』以外には皆無だったと言えた。
それゆえに、候爵家の者達や、その派閥の貴族達からすれば、言わば目の上のたん瘤。
制御できないにも関わらず、能力は第一皇子よりも上。
宰相や公爵の地位に立てて、国の、そして自分達のために力を尽くさせるのであればよいが、それを望めないようであれば……
皇帝がもう長くない、とわかっていた数か月前から、すでに考えられてきたプラン。
ついにそれは、実行に移されることとなる。
……ただし、準備してあったプランが、候爵派閥にだけ存在する、というはずもないのだが。
「で、では……アルベルトはこの私に反旗を翻したというのか!?」
そう聞き返すのは、アルベルトと同じく、私邸で様々な対応に追われていた、第一皇子・カルロスであった。
派閥における腹心であり、義理の父でもある候爵からもたらされたその情報に、ショックを受けたようになりながらも、続きを促す。
「はっ。先のご指示の通り、アルベルト殿下に対し、今後はカルロス殿下の指示のもとに動くようお伝えいたしました。正当なる後継者たる殿下を次代の皇帝にお迎えし、アルベルト殿下には宰相、もしくは公爵位についていただき、ともに国を支えていくことこそ使命、と……」
ですが、と候爵は続ける。
「アルベルト殿下は、その命には従えない、と。さらに、後日カルロス殿下に、今後の帝国のあり方について物申しに行くゆえ、心の準備をされたし、と……。同時に、自らが私的に保有する兵力を秘密裏に参集しているようです。おそらくは……」
「私をだまし打ちで弑し、自らが皇位につかんとするかっ! おのれアルベルト……権力に狂い、協力して祖国を立て直すべきという使命を見失った愚か者め!」
候爵の言葉を疑う素振りも全くない第一皇子は、肩を怒らせて立ち上がる。
政に携わってきただけあり、決断は早い。素早く頭の中で考えをまとめ、候爵たちに言い放つ。
「無用な騒乱を巻き起こす種が芽吹く前にそれを潰さねばならん! 直ちにアルベルトに、全ての武装を解除した上で出頭するよう通達せよ! 従わない場合は、その瞬間をもってアルベルトを謀反人とみなし、即刻捕らえて連れてくるのだ!」
ことごとく予想通りの展開に、候爵は心の中でほくそ笑んだ。
「はっ! 殿下のご英断と御覚悟に、我ら一同、一層の忠義をお誓い申し上げます」
「……とか何とか言ってる頃だろうから、その前にぶっ潰さんとな」
一方その頃、アルベルトの邸宅。
そこにはすでに、完全武装で全ての準備を完了させたアルベルトとその配下の私兵達がいた。
そして、連絡を受けて全速力で、かつ隠れてここまで駆けつけた、シャープ達8人……『ドラミューザファミリー』の実働部隊がそろっていた。
もちろん、彼らもまた完全武装。いつでも戦いに出られる状態である。
「時間もないので簡単に確認する。これから我々は、秘密の通路を通って宮殿に攻め入り、候爵をぶっ殺して兄上にも死んでもらって皇位をかっさらう」
「また荒っぽい手で行くもんだね……皇位継承うんたらかんたらなんて言うから、ややこしい政治上の足の引っ張り合いとか、論破したされたの争いになるのかと思ってたよ」
「それもできんこともないが、時間がかかりすぎる。ちょうど皇位も空いてることだし、一番手っ取り早くて確実な方法で行くことにしただけだ」
しれっと言うアルベルト。
その手は、何かしらの書類だかメモだかに、絶え間なくペンを走らせている。
その横には、代わる代わる兵士たちが訪れて、報告と思しきことを耳元で小声でささやいていた……ウサギの獣人ゆえ、その程度の声でも十分に聞き取れている。
それらの報告を加味して、計画の修正・改良、計画書に書き込んでいる。アルベルトの反逆計画は、リアルタイムで更新されて行っていた。既に配下に通達した作戦に無理が生じない範囲で。
それが一通り済むと、アルベルトは集合している兵たちを前にして言った。
「さて、これより、事前に通達しておいた通り、部隊を8つに分ける。第2から第4部隊、帝都内部の各地に散開し、想定される混乱に対する対処を行え。第5、第6部隊は帝都の入り口を固め、逃げ出すバカな貴族が出ないようにしろ。第7部隊は時間をずらして宮殿へ。兄上が宮殿から出立させる予定の連中がいるはずだから、カチ合わないようにな。第8部隊は家に駐留して警備を行え。だが今言った部隊が来たら、どうせ留守だ、通して構わん、時間稼ぎに徹しろ。そして第1部隊……および『外部協力者』諸君、私と共に宮殿に殴り込みだ。以上、何か質問は?」
沈黙。2秒ほど待って、
「なければ結構。作戦予定時間は、移動含めて1時間だ……皆、武運を祈る。行動開始!」
☆☆☆
そこから先は、なんというかもう、スピード感あふれる展開だった。
事前にやることが全部決まってるから、それに沿って、ミスだけしないように……まるで小学校の文化祭で劇の発表やるみたいな感じで、時間が、場面が過ぎていった。
それこそ、戦闘すらも。
『以前に渡した予定表通りに進んでくれればいい』
『戦闘にかける時間は最小限だ。経験値の配分とかは考えるな、ほぼほぼ一撃で倒せるシャープやフォルテ、リィラが主体で進めてくれ。ただし宮殿は極力壊さずにな』
『懸念される事項としては、追い詰められた兄上や候爵が悪魔を召喚するかもしれん点だな』
そう、事前に聞かされていた。
そして、それを注意ないし遵守しつつ、今、地下通路を通ってたどり着いた、宮殿の中を疾走している。
人数は、20名弱。そのうち、アルベルトとその私兵たちは真ん中で、戦闘と殿は僕ら『ドラミューザ』が請け負っている。この方が早くていいので。
「なっ!? き、貴様ら何を……ぐはっ!」
「ろ、狼藉者だ! ひっ捕らえ、いや殺べほっ!」
「ちっ、あれは……やはり来たかあの放蕩王子めばっ!?」
一瞬たりとも足を止めず、見敵必殺を繰り返して突き進む。
途中の廊下とか階段とかには、当然のように兵士が立って見張っていたが――そしてその何割かが、明確にアルベルトを敵視していた、恐らくは候爵派閥の兵士だったが――時間をかけていられないので蹴散らして進む。
やっていることと言えばこのくらいなので、特筆すべきことはない。
しいて言えば、事前の注文通り、僕とフォルテ、リィラが積極的に前に出て、会う敵会う敵瞬殺しながら進んでるってことくらいか。
この作戦は、経験値稼ぎが目的でもなければ、経験を積むような、訓練的な意味合いのある戦いでもない。なので、スピード最重視、ただし宮殿はなるたけ壊さず、の二点重視で進む。
近くに敵が見えれば僕が殴り倒し、遠くに敵が見えればリィラが狙撃。大勢の敵が現れればフォルテが尻尾薙ぎ払いや電撃で倒し……そんな繰り返しで強行突破していく。
時折向こうからも反撃が飛んでくる。短弓やクロスボウを使ったり、中には剣や盾をそのまま投げつけてきたりする者もいた。
が、僕の『箱入娘』のスキルで完封している。
「思ったよりスムーズに行けてるな……天下のゲルゼリア帝国の宮殿だって言うから、もっとこう、鉄壁に守ってるもんかと思ってたけど」
「そもそも王宮の中は戦闘に向いた作りはしておらんからな。多少、敵が迷いやすいような構造にするなどの工夫はしてあるとはいえ、図面は全て頭に叩き込んである。迷いようもない。もし仮にシャープが言うような警備だったとしても……このメンバーなら楽勝だろう」
そんな感じで話しているうちに、目的地に到着。
どこかって? かの有名な『玉座の間』です。
「……って、あれ? ねえ、かんぬきか何かで鍵かかってるっぽいんだけど、この扉」
玉座の間に入るところの、重厚な金属の扉。
観音開きらしいそれが、押しても引いても開かない。もしやと思って引き戸っぽく引っ張ってもみたけど、やっぱダメだった。
「どうしよ?」
「仕方ない、ぶち破ってくれ。ああ、中にいる連中に余波が行かないように頼む」
「おう、なら……ちょっとどけシャープ」
そう言いながら、フォルテが出て来た。
そして、扉の取っ手の部分……ではなく、扉そのものをがしっとつかんで……
「――ッ、ドラァ!」
力任せに引っ張って、壁からはがしてしまった。
ちょうど、扉のあった場所をくりぬいたみたいになってる。なるほど、これなら中に余波は発生しない……せいぜいちょっと土埃が立って煙い程度だ。
……精神的な衝撃は甚大かもしれないが、そのへんは仕方あるまい。
ちなみに、今は僕もフォルテも『機人モード』である。
身長150㎝に満たない小さい子が、魔物レベルのバカ力を発揮してはがした扉を、後ろに放り投げるようにして捨てている光景は、さぞかしシュールに見えることだろう。
そのへんはまず置いといて……中に入ると、十数人の、護衛と思しき兵士たちに守られて、貴族風の身なりのが何人かいた。
中でも目を引くのは……その中心で、豪華なイスに座っている男だな。
「き、来たなアルベルト! この裏切り者め!」
「お久しぶりです、カルロス兄上。いやあ、気の早いことで……もう玉座に座っておいでですか。似合わないですね、色々な意味で」
歯をむいて威嚇するように怒鳴ってくる、あの男が第一皇子か。
なるほど……鑑定してみたけど、一般兵士程度の能力値しかないし、物珍しいスキルもないな。
アルベルトは、カルロスの暴言をさらりと受け流している。温度差酷いな。
「しかし裏切り者とは随分な言い草ですね。私は、『カルロス兄上が候爵にあることないこと吹き込まれて操り人形にされてヤバい立ち位置に立たされつつあると聞いたから、こうしてあなたを救うために急ぎ駆けつけた』という設定なのですが」
ぶっちゃけるな、アルベルト。
今後統治しやすくするためのカバーストーリーを、設定とか……いくら、ここにいる連中全員今から屍になるとはいえ……。
「ええい、黙れ黙れ黙れ! 私こそが父上の意思を受け継ぎ、義父である候爵とその家とのつなぎを務めることによって国を一丸にし、より一層の発展を約束できるのだ! それを貴様……本来ならば、この兄に協力して国のために尽くすべきところを! 貴様さえ、貴様さえ節度というものをわきまえていれば、宰相の地位に迎える用意すらしていたものを!」
「あいにく、操り人形の地位に甘んじるほど、私はもの知らずでも他力本願でもありませんので……気持ちだけ受け取っておきますとも。なので……安心して私にその椅子を譲ってください」
「たわごとを言うな! ええい……罪深き反逆者にふさわしい末路を用意してやる! 候爵!」
「はっ! 亡きディヴォル殿下より託された力を今こそ……逆賊に鉄槌を下しましょうぞ!」
すると、その隣に控えていた『候爵』が、空間に手をかざすと……玉座の前、赤じゅうたんの上に、3つの魔方陣が現れた。
「……! 下準備と生贄はすでに済ませていたか」
ぽつりとつぶやくアルベルト。
その視線の先で……魔法陣から、それぞれ違った魔物……否、『悪魔』が現れる。
大きなゴブリンのような、しかし異様に手足が長くて細い、牙が鋭い悪魔。
頭が2つついていて、2つの口からだらだらと涎をたらし、目がイってる犬のような悪魔。
ゴリラのような筋骨隆々の体に、うねった角、蝙蝠の翼を持つ悪魔。
なるほど……アレか。第二皇子も使ってた、『悪魔召喚』の技術は。
どうやら、作戦完遂前にバトルを挟む展開らしいな。さて……すこしくらい手ごたえがある相手だと、やりがいが……いや、やっぱ別にどうでもいいか。