第102話 迫る決戦の刻
「……もう一度申せ。此度の作戦……結果はどうなったと?」
トリエッタ王国王宮・玉座の間。
そこで、玉座に座る国王に向けて、ひざまずいて報告を上げている、1人の軍人がいた。
その軍人は、大規模な軍を後方で指示して動かす司令官の任に就いている者で、常日頃は恰幅のいい――少し露骨に言えば下っ腹の出ている中年太りの――体格をしていた。それでいて堂々としていて、見栄え的には高級軍人という風格はあった。
しかし、今この場でのその男は……自らが仕える王を前に、生まれたての小鹿のように、哀れなほどにがたがたと体を震わせていた。
それでも、どうにか喉の奥から声を絞り出す。
「は、はっ……こ、此度の、王国裏社会に巣くう大規模な『マフィア』なるものの征伐作戦につきまして……ほ、報告によりますれば、作戦は失敗し、軍は壊走したとの……」
―――ドン!!
途中で言葉を遮り、王は玉座のひじ掛けの部分を殴りつけた。
その顔は怒りで真っ赤に染まり、わなわなと、軍人とは別な理由で体が震えている。
「この愚か者め! 失敗したと言うのか、貴様……1個師団もの数の軍を動かし、さらには我が国の切り札である、『勇者』すら動員しておいて、敗北したと!? たかが犯罪組織ごとき、壊滅させられずに逃げかえってきたというのか!?」
「お、恐れながら陛下! お怒りはごもっともでございます……す、すでにこの作戦の失敗の原因となった者達の責任については、軍法会議を開いて処分にかけております! 今後二度とこのようなことがないよう、此度の結果を引き起こした愚か者たちを処断し、前線の責任者たちについては、ご希望とあれば公開処刑に処してご溜飲を……」
しどろもどろになりながらも、軍人は王に懸命に進言する。
その必死な姿は逆に、誰がどう見ても、『自分が責任逃れをしたいために他の者を生贄にした』としか見えなかった。
その印象は、期待を裏切られたがゆえの王の苛立ちを、より一層加速させる。
「それだけで済むと思うか!? これから先に待ち受けている帝国との決戦に割く予定だった貴重な戦力を、貴様の無能で失ったのだぞ!? 木っ端軍人の1人2人の首で余の怒りは収まらんわ!!」
「へ、陛下! 話を……話をどうかお聞きください! わ、私としても此度の敗北にはもちろん、自分にも責任の一端があるものと思っております! ついては、今後二度とこのようなことの無いよう、陛下からのご信頼を一刻も早く取り戻し、ご期待に応えるために改善を……」
「やめろ! 貴様の口だけのおべっかなど聞きたくもないわ! 軍を動員してなお、たかが犯罪組織ひとつ潰せなかったような無能に寄せる期待など最早ないと知れ! 近衛兵!」
王の号令と共に、控えていた兵士が、滝のような汗を流しているその軍人の両脇に立ち……両側から両腕を取って抑え、無理やりに立たせた。
「へ、陛下! どうか、どうか私に今一度!」
「貴様の言った通りにしてやる! せいぜい公開処刑の場でむごたらしく死ぬことで、余の怒りと失望を少しでも慰める役に立つがよい!」
『連れていけ!』という国王の怒号に、最後まで弁明と懇願、命乞いを続けていた軍人は、強制的に玉座の間を後にした。
この数日後、彼の命運は、処刑台の上で潰えることとなる。
その場に残った王は、そばに控える参謀役の男に、苛立ちを抑えようとも、隠そうともしないままに問いかける。
「ええい、忌々しい……おい、王国軍の状況はどうなっている? 再編は? 残りの勇者は? 間もなく始まると目される、帝国との戦には間に合うのか!?」
「は……それについては、大至急進めさせている最中にございます」
聞かれた男は、努めて感情を乗せない口調で返答し、さらに続けた。
「今回動員した兵力は、余剰として待機させていた者達が主になっていましたので、現行の軍事行動を継続する上で支障は発生しておりません。戦時の軍事行動における動員計画については再調整しなければなりませんが、十分に間に合うかと……ですが……」
そこで、少し言いよどんで、
「『勇者』については……少々、厄介なことになっていると言わざるを得ないかと」
「やはり死んだのか……くそっ、これで2人目か! しかも、よりによって戦争に関係のないところで。これでは、兵器の無駄遣いではないか!」
「……恐れながら陛下、それに加えて、もう1つ凶報をご報告せねばなりません」
「……何?」
「此度、戦場にて命を落とした『勇者』タツヤ・アンドーですが……その者と恋仲にあったと思しき『勇者』ミカ・フナイが、彼の訃報を聞いたショックで精神が不安定になっております。健康面に問題があるわけではなさそうですが、戦力としての運用はいささか……」
―――ドン! と、
再び玉座のひじ掛けを殴りつける音がそこに響いた。
国王の表情を見れば……歯を食いしばって、おそらく怒鳴り散らしたいのであろうところを必死にこらえているのが見て取れた。
「つまり……『勇者』4人中2人が既に失われた上、残る2人のうち1人も動作不良だと……兵器として期待できないと、そういうことか」
「は……そのように報告を受けております」
「ふざけるな!」
こらえた末に失敗したらしい。国王は、怒りに顔をゆがめ、唾をまき散らして怒号を響かせた。
報告した大臣は、相変わらず無表情のままだが、赤じゅうたんの周りを囲んでいる貴族達は、自分の方に八つ当たりやとばっちりが飛んでこないか不安におびえている様子である。
「どいつも、こいつも……我が国が重要な時に、なぜ結果を出すことができんのだ……!? ええい、不甲斐ない……こうなれば、あらたに『勇者』を追加で召喚する他にない! おい大臣、早急に王宮抱えの魔法使い共に通達し、儀式と『祭壇』の準備を急がせろ!」
「……恐れながら陛下、それは難しいかと」
「何っ!? どういうことだ!?」
あっさりと、自分の命令に反論を返してきた大臣に、ぎろりとにらみながら問いかける王。
「かの『祭壇』は、先の勇者召喚で力を使い果たし、その力を失っております。周期的に考えて、次に召喚の儀式を行えるのは……早くても半世紀後かと」
「バカ者! そんなに待っていられるか! 何とかしろ! 祭壇の魔力か何かが足りないのなら、奴隷でも何でも生贄にささげれば搾り取れるだろう! 敗戦国の愚民共をいくらでも使って構わんから、早急に追加の勇者を召喚するのだ!」
「危険です、陛下。『祭壇』の力は魔力とは別物……自然に貯まるのを待つほかない神秘の力です。それに、本来の用途と違う使い方をすれば、今いる勇者に不具合が生じる可能性もあります。最悪の場合、残る『勇者』フナイと『勇者』イシハラを失うようなことになりかねません」
「~~っ! この役立たずどもめが! ならどうしろというのだ!?」
淡々と告げられる、非常な宣告に、行き場のない怒りを、怒鳴り散らしてそこら中にまき散らす王。それを前にしてなお、無表情を貫く大臣。
「ならば、大至急軍の再編成案をまとめて実行に移せ! なんとしても、なんとしても帝国がこの不始末を察知して動き出すよりも早く体勢を立て直すのだ! 急げ!」
「かしこまりました。では、早急に取り掛かります……失礼いたします」
一礼し、王の命令を忠実に実行すべく、大臣はその場を後にした。
残された王は、その後すぐに玉座の間を退いたが、自室に戻った後もその怒りが収まることはなかった。同じく残された貴族達は、ある者は不安に、ある者はいらだちに、それぞれ顔をゆがませながら、自らの居室や邸宅へと戻っていった。
☆☆☆
ところ変わって、帝国は帝都。
その中、貴族区画の端に設けられた邸宅にて……アルベルト・ジョワユーズは、部下から届けられた資料各種に目を通していた。
1枚1枚、きちんと書類に目を通し、決済が必要なものについては後に回して正式に『第三皇子』の仕事として決済を済ませるようにしておく。
つい先日、王国で行われた、『ドラミューザファミリー』拠点での会議の内容、そこで微調整された点を踏まえて、出来る限りの準備を追加で行っていた。
それと並行して、空いた時間を利用してではあるが……アルベルトは、つい先日手にした新たな武器に関する調査も行っていた。
今、ちょうど仕事がひと区切りしたところで、アルベルトは虚空に手をかざし……何もない空間から1冊の本を取り出す。
それは、金色の装丁が特徴的な、1冊の分厚い本。
これまで、アルベルトの躍進を支えてきてくれた、陰の立役者とも言えるアイテム。
今まであった『銀の黙示録』が進化してできた、『金の黙示録』である。
『銀』から『金』に進化したことで、様々な機能が追加で解禁され、アルベルトはそれの変化の内容を確かめ、把握して使いこなすために、日夜調査・研究を行っているのだった。
その結果判明した、新たな機能の1つ。
アルベルトはぱらぱらと本をめくり、その機能のページを導き出す。
その見開きのページには、王国や帝国を含め、この大陸全体が描かれた地図が乗っていた。
そこからアルベルトは、まず『帝国』を選択し……すると、帝国の部分が拡大されて表示される。まるで、ページそのものがタブレット端末の画面になっているかのように。
それに加えて、ページの端の方に、箇条書きで、次のような表示が浮き出て来た。
【ゲルゼリア帝国 ダンジョン一覧/攻略状況】
・旧帝都ガルバゼリア/攻略完了
・アンカルト山脈/攻略中(一旦退出)
・ニガナデル湿地帯
・東端の名もなき廃都/攻略完了
・北限の銀鉱山/攻略中
(以下略)
見ている間に、『銀鉱山』の横の表示が『攻略中』から『攻略完了』に変化する。
それに気づいたアルベルトは、『ほぅ』と感心したような声を上げた。
「順調そのもののようだな……そこに私自身がいられないのは、寂しいが。まあ、この新たな機能のおかげで、進捗状況をリアルタイムで知ることができるのでよしとしようか」
『金の黙示録』に進化したことで、シャープとアルベルトが新たに手にした恩恵。
その1つが、この『攻略ダンジョンリスト』である。
国内の地図と連動させて表示することができるこのリストは、現存するダンジョンの一覧だけでなく、その位置、状態までも知ることができる。さながら、ゲームの攻略本のような網羅度だ。
しかも、『黙示録』の持ち主、あるいは同盟関係にある者がそのダンジョンを攻略した、あるいはしている場合『攻略中』または『攻略完了』といった表示でそれを知ることができる。
アルベルトはその機能を利用して、一旦は中断していた、帝国領内のダンジョンの攻略の状況をリアルタイムで把握しているのだ。
そして、それを実行しているのは……つい先日まで、他ならぬアルベルトも同行して共に戦っていた、『ドラミューザ』の精鋭部隊である。
会議の後、今後の準備のため、いざという事態が起こった際に出遅れないため、アルベルトは帝都に戻って待機を開始した。その間に、『ドラミューザファミリー』は今まで通り動いて帝国のエリアおよびダンジョンの掌握を進めているのだ。
そのスピードは今までの比ではない。『第五位階』に歩みを進めたシャープ、フォルテ、リィラの最高幹部3体の戦闘能力は、エリアボスだろうが階層ボスだろうがダンジョンボスだろうが、鎧袖一触で粉砕できるまでに強くなっていた。
そして、移動速度も隠密性も、シャープの『居住空間構築』からの移動のおかげで跳ね上がっていた。そのため、気づかれずに東西南北を大きく移動することが可能だった。
そして、作戦実行が近いため、効率最重視、全速力で攻略を進めている。
結果、1日あたり1~2つのダンジョンを攻略するというありえないペースでの攻略を可能にしていた。
役割分担としてそれを納得しつつも、唯一、アルベルトのみならずシャープも残念に思った点は……黙示録2つがそろわない状態で攻略することになるため、『増幅2倍』でない通常の『増幅』のみの経験値しか入らないところだった。
(ま、その辺は仕方あるまい、必要なことだ……しかし、『銀鉱山』を攻略したか。たしか、鉱山系のダンジョンは、採掘状況が復活するパターンもあったんじゃなかったか……どれ)
アルベルトは、今しがた表示が変わった『北限の銀鉱山』のところの表示を選択する。
すると、そのさらに詳細な情報が様々表示される。その中にアルベルトは、目当ての、そして期待通りの記述を発見し、にやりと笑った。
備考:黙示録所持者・シャープ(同盟相手)によって攻略されているため、『天啓試練』の報酬として採掘権が復活しています。
(……これは、一部復興計画の見直しが必要だな)
嬉しい誤算からの新たな仕事が発生したことに、アルベルトは、『やれやれ』という態度を取りつつも、内心喜んでその対応のための準備を進めるのだった。
その『準備』が有効活用される刻は、もう間近に迫ってきていた。