ミステリービーズ
「海だね」
「海だ」
美玻璃と万智人は二人で海辺に来ていた。
寄せては返す波。
潮騒と、ユリカモメの声。
万智人は美玻璃の手を握っている。
その心は。
「今日は海に突進しないでね。美玻璃」
「解ってるよ」
美玻璃は海に来ると、海中に足が向かう。
引力に引き寄せられるように。
それを万智人は警戒しているのだ。
海に美玻璃を盗られる訳にはいかない。
「海の青はジャワ玉の青に似てるな」
「ああ、先日手に入れた?」
「うん。インドネシア・ジャワ島で出土する蜻蛉玉だが、製作地や制作年代に謎が多く、研究者間ではミステリー・ビーズと呼ばれているらしいよ」
「まるで美玻璃だ」
「私が?私が、なぜ」
「ミステリーだよ、君は」
繋いだ手の、指を絡ませる。
青い海。
緑と金の混じる髪を靡かせた幼馴染みには、似合い過ぎる。
「僕は陸彦さんより海を怖いと感じることがある」
「万智人。そう怯えてないで潮風を吸えよ。良い風だ」
「僕は、海は嫌いだ」
「万智人」
「美玻璃を攫うものは全て嫌いだ」
頑なな万智人の顔を美玻璃は凝視する。
「もし私が海に攫われたら、追って来てくれるかい?」
絡めた指にぐっと力が籠った。
「攫わせない。人魚の血筋なんて、関係ないよ」
一際、大きな波が来る。
飛沫を上げて砕け散る。
砕け散る、青。
青と白。
嘗て砕けた美玻璃の心。
「万智人。そうやっていてくれ、ずっと。欲しがってくれ、私を地上に繋ぎ止めて。そうすれば私は」
「美玻璃は?」
人魚の末裔たる少女は微笑む。
「万智人の隣に在り続けるから」
また寄せる波。返す波。
それは不変の理屈だけれど。
(美玻璃は返さない)
微笑む少女。
このミステリーこそを、万智人は愛していた。