ウェディングケーキ
藤の花も終わり。
新しい蜻蛉玉を二人して四阿で鑑賞していた時、「今日は陸彦兄様が来る」と美玻璃が言ったのを聴いて、万智人は不機嫌になった。
陸彦兄様とは美玻璃の従兄弟の大学生だ。
昔から美玻璃はよく懐いていて、そして、それだから万智人は彼を好かなかった。
美玻璃はそんな万智人の様子も知らぬげに、氷をカラコロ鳴らしながらレモネードを飲んでいる。
今日の戦利品がお気に召したというのも、彼女が万智人と違い上機嫌な理由の一つである。
購入したのはヴェネチアンファンシービーズの代表格で、通称「ウェディングケーキ」と呼ばれる蜻蛉玉だ。愛らしく、ウェディングケーキのデコレーションを想起させることからついた通称ではないかと言われている。
直径一センチ程の円筒形はミルクブルーで、青いラインが大きな波を描き、同じくらいに青い勿忘草と、ピンクの薔薇が象られている。
今日はセーラーカラーのシャツを着た美玻璃が持つに相応しい愛らしさであり、いつもなら万智人はそれだけで満足するのだが。
「姫はご機嫌麗しいかな?」
「陸彦兄様!もう来てたのか」
突然、降って湧いた声に美玻璃が喜色を浮かべる。
美玻璃の従兄弟・新開陸彦が彼女の背後に立っていた。
万智人は無表情になる。
何時の間に四阿に近づいていたのか。
知っていたなら美玻璃と別の場所に移動したのにと思う。
線の細い万智人と異なり、陸彦は骨格のしっかりした美丈夫だった。
骨格に相応しく居合術を嗜み、大学でも居合術部に籍を置いている。
「良いウェディングケーキが手に入ったんだ、ほら」
「そうか。良かったな」
陸彦が美術骨董に詳しく、美玻璃の尊敬を受けているのも、万智人には面白くない。
ウェディングケーキ、と聞いてすぐに何のことだか解るのだ。
あまつさえ、万智人をちらりと横目で見て、緑と金が入り交じる美玻璃の頭を撫でながらこんな発言までする。
「そう言えば美玻璃は、大きくなったら俺のお嫁さんになるって、昔、言っていたな」
「そうだね。憶えてるよ」
「今でも変わらない?」
「それは―――――――」
美玻璃が万智人をちらりと見る。
今度は陸彦が面白くない顔をする番だった。
万智人は少し溜飲を下げた。
「美玻璃は将来、誰とウェディングケーキの前に立つかな」
陸彦が万智人を注視しながら言う。
風が吹いて、テーブルの上に置かれたティーカップの中の紅茶に立つ湯気を揺らめかした。