昏迷
緑さんざめくように、蝉がけたたましく鳴き喚く。
新しい蜻蛉玉を応接間で二人で鑑賞している時、万智人が額に手を置いた。
よく見ると額に細かな汗が浮いている。
「どうした?万智人」
「いや…。美玻璃。今日は寒くないか?」
「何を言ってるんだ。暑いから冷房を入れてるんじゃないか。大丈夫か。夏風邪か?」
「いや――――――」
そう言ったきり、万智人が前のめりに椅子から倒れた。
どさっと鈍い音。
「万智人!!」
美玻璃が悲鳴を上げた。
その日から万智人は高熱に喘ぎ、病院に隔離された。
新種のウィルスによる病状の可能性があるということで、医師以外は誰も彼に近寄れない。
その状況を誰より歯痒く思っていたのは美玻璃だった。
最悪の結果に至るかも、とさえ示唆されたのだ。
降って湧いたようなこの悪夢を、美玻璃は断固として許す積りがなかった。
けれど実際、美玻璃には邸でまんじりともせず時を過ごすしかない。
「美玻璃。落ち着いて、君は君の日常を過ごすんだ。万智人だってそれを望んでいる筈だよ」
「陸彦兄様…」
虚ろな眼差しの少女に、陸彦は眉をしかめ胸を痛めた。
「今の医学の進歩を莫迦にしてはいけない。きっと何等かの手段が講じられるよ」
そう言って緩く美玻璃の肩を抱く。
「昔も、こんなことがあった…」
「美玻璃」
「木登りをしていて、万智人が私を庇って落ちたんだ。頭を強く打って救急車で運ばれた。あの時は脳震盪で済んだけど」
「今回も結果的には大過なく済むよ」
「…………」
けれどどう優しく宥めらようと言い包められようと、美玻璃の心は荒れ狂う夜の海のようだった。
どく、どく、どく、どく、と胸が早鐘を打っている。