月下少女
部屋の窓から、夜空に浮かぶ月を美玻璃は見ていた。
しばらくそうしていたが、やがて部屋に置かれた電話の受話器を取る。
「万智人?私は今から海に行ってくるよ」
それだけを告げると、相手が何か言う前に受話器を置いた。
まだ辛うじて動いている公共交通機関を乗り継いで、美玻璃は海へと向かった。
真っ黒い夜の布に、真っ白くて丸い月が浮かんでいる。
満潮だ。
美玻璃は何かを歌い上げることなく、軽くハミングしながら待っていた。
万智人が来るのを――――――――。
黒いごつごつした岩、打ち上げられた硝子片。
そんな物を見るともなしに見ていると気配を感じて振り向いた。
「万智人…」
いつも一緒にいる少年は、やや険しい顔をして佇んでいる。
「夜遊びは駄目だよ、美玻璃。僕を試したかったの?」
「うん」
素直に首肯した美玻璃に、万智人は苦笑した。
「僕は君がいつ波に攫われるか気が気じゃないと言うのに」
白いワンピースを着た美玻璃は、そのまま夜空に浮くようだった。
「この先、私がどんな選択をしても、傍にいてくれるかい?」
「いるよ」
「町を海に沈めても?」
「いるよ」
そう言って万智人は、美玻璃に手を差し伸べる。
「僕は美玻璃の見張りだ。君を想うゆえの見張りだ。君が何を今後選択しようと、僕は美玻璃の隣に在り続ける積りだ」
美玻璃は万智人の顔と手をじっと見ると、おもむろに万智人の右手に自分の右手を置いた。
「時々、呼ばれている気がするんだ」
「うん」
「でも、私に、行く気はない」
念を押すように言葉を区切って美玻璃は言う。
「うん」
「万智人はそれで良い?」
「うん。――――帰ろう――――――」
繋ぐ手にそれぞれ少しずつ力を籠めて、二人は海に背を向けた。
白い満月が少年と少女を照らしている。