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陸の宝、海の宝

 実際として、美玻璃は犬より猫に近い気性だ。

 それもロシアンブルーのような犬めいた猫でなく、如何にも猫らしい猫。

 万智人が手を伸ばし、美玻璃の髪に触れようとすると、するりと身をかわして逃げる。

 その癖、飛びずさる程には逃げない。

 少し距離を置いたところから、金と緑の瞳を煌めかせて万智人の様子を窺う。

「僕を想ってくれているのなら、逃げないでくれ」

「それとこれとは別だよ、万智人」

 テーブルを迂回して迫ると、美玻璃はまた逃げようとする。

 その華奢な左手首を捕えると、美玻璃はまた、猫めいた視線で万智人を見た。


 美しく気紛れで、愛されるかどうかを測っている。


 シャツに隠れた皮膚の、鱗を恥じながら――――――――。


 する、と万智人が美玻璃のシャツを(めく)り上げる。

 抵抗を封じて細かく光弾く鱗に口づける。

「万智人――――――――」

 壁に追い詰めて美玻璃の逃げ場を無くした万智人は、次に(ひざまず)いた。

 ズボンから美玻璃の細い脚を晒し、そこに散る鱗模様にも口づける。

「やめ――――」

「やめない」


 懇願の声を上げる少女に、万智人は冷徹なまでの声で答えた。


 知らしめなければならないのだ。

 人魚の末裔であることを、恥じている少女に。

 負い目のようにさえ感じている少女に。


 その美しいことを。

 存在の妙なることを。


 ――――自分が、どれだけ彼女を愛しているかということを―――――。


 いつまでも幼馴染みと言う微温湯に甘んじる積りはない。

 ずるずる、と脱力した美玻璃が壁を背にくずおれた。

 目線の高さが、跪いていた万智人と同じになる。

 触れそうなくらい近くに見る美玻璃の双眸の美しさ。

 透き通った金に若葉のような緑が躍る。


 ああ、これでは海が取り戻したくもなるだろうと頷いてしまえる。


「美玻璃。海に帰りたい?」


 額と、耳たぶに口づけを落としながら万智人が問う。

 口づけられる度に美玻璃は、ぴくり、びくり、と身じろぎしている。


「帰りたくないよ」

「本当に?」

「本当に。だって」

「だって?」

「万智人は海にいないだろう?」

「―――――そうだね」


 今度は美玻璃のほうから万智人の首に両腕を絡ませてきた。


「解ってる?万智人」

「何をだい?」

 眼前で動く桜色。

「万智人が私を(おか)に留めているということを。陸彦兄様でもなく、種々の蜻蛉玉でもなく。万智人は、私にとって何にも替え難い陸の宝なんだよ」


 万智人は目を閉じ、美玻璃の細い身体を抱き締めた。

 それから、鱗紋様の浮き出ている肌を、ちらりとした舌の動きで舐める。


「僕にとってもそれは同じだ」


 くしゃくしゃに折り畳むぐらいの衝動で、万智人は一層、美玻璃を抱きすくめた。

 あえかな海の宝を抱く心地に幸福と微かな戦慄を覚えながら。




挿絵(By みてみん)





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