ロシアンブルー
その日は朝から暑い一日だった。
美玻璃と万智人は四阿から早々に引き揚げ、空調の効いた応接間に避難した。
美玻璃が出入り業者から買った蜻蛉玉は冷たく涼しげな青で、こんな日には目にするだけで快い逸品だ。
「1800年代中期の物だ。このカット技術が、スワロフスキー社を一躍、有名にせしめた」
「綺麗な青だね」
「そうだろう。ロシアンブルーと呼ばれている」
「………」
美玻璃の台詞に万智人は何か言おうと唇を動かしかけ、中途でやめた。
「猫のロシアンブルーとは別物だぞ?」
美玻璃が万智人の躊躇いを見越したように言う。
「ロシアンブルーの名前は、これがアラスカ先住民にもたらされたことに由来する。1700年代、アラスカはロシアの植民地だったからな」
淡々と説明する美玻璃のシャツは今日も五分袖で、ズボンもいつも通りにきっちり長い。
万智人はそれを確認して胸中で溜息を吐いた。
美玻璃が〝人魚の証〟を隠したがっていることは明らかだ。
「猫のロシアンブルーは、非常に犬的な性格だそうだね」
「そうなのか?」
「うん。だから美玻璃とは、ちょっと違うな」
美玻璃がむくれる。
「どういう意味だよ」
「美玻璃は猫そのものな性格じゃないか。悠然として、気紛れ」
「………私だってそればかりじゃないさ」
「へえ?」
万智人が興味深げにソファから美玻璃のほうに身を乗り出す。
「誰かをずっと、想い続けたりだってするんだ」
「――――――誰を?」
「知らない」
ぷい、と美玻璃は万智人から顔を背けた。
石膏のような頬が、やや紅潮している。
緑と金の髪が柔らかそうな耳にかかる。
美玻璃が申告通りの少女なら、やはり彼女はロシアンブルーに似ているということになるだろう。