月待てば
金の猫足がついたバスタブの横で、美玻璃はシャワーを浴びている。
ほっそりした痩身に無数の水滴が当たって滑り、汚れを落とす。
緑と金色の短髪を掻き上げ、口を大きく開ければ湯の恵みが口内に飛び込んでくる。
ごく、ごくん、と美玻璃はそれらを飲み下した。
(塩辛くないな…)
当たり前だが海水とは違う。
美玻璃は時々、無性に海水の味が恋しくなる。
海を恋うるのと同じように。
万智人の危惧は、的外れではないのだ。
進んで海に攫われかねない自分だから―――――――。
腕の肘より上の部分。
脚のふくらはぎの部分には、それぞれ金色の細かな鱗模様が光り、その輝きは水滴を纏うとより一層強まる。
新開家の令嬢は人魚の末裔。
そう口々に言う人たちは、正しい。
美玻璃は美しいものを好み、愛でるが、自分のことはその範疇外だ。
客観的な美意識が追い遣られ、鱗めいた肌を忌まわしく思う。
蛇口を捻ってシャワーの湯を止める。
ぴちゃん、ぴちゃん、と髪から滴り落ちる雫たち。
美玻璃は桜色の唇を動かした。
熱田津に
船乗りせむと
月待てば
潮もかなひぬ
今は漕ぎ出でな
透き通った声が浴室に反響する。
古の女流歌人・額田王が、白村江の戦いに赴く軍を鼓舞したと伝わる歌だ。
美玻璃は今、自分をこそ鼓舞したかった。
早く舟を漕ぎ出して、万智人に並びたいと思った。
「飽きてくれるなよ…。万智人」