#1-9
(眠れない!)
(眠れん)
あれからもう1時間は経っただろうか高校生の男女が一つ屋根の下にほとんど同じベッドで寝ているこの状況。眠れないのも至極当然でありまずこの状況でイベントの一つも起こっていない不思議なくらいだ。
(どうしよう。この状況で朝までって結構つらいよ)
(さてはて。なんだかんだ言ってこの状況を冷静に見れているのは不幸中の幸い。いや幸福中の禍ともいうべきか。なにせクレバーでクールな僕が今じゃホッツなドッグなのがよくわかるのだからにゃ)
今この状況でわかること。
マサトが尋常ではないほどに動揺していることだけ。
最早、脳内でもかむとはなかなかに器用なことをしてくれる。
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ダメだ。もういっそのこと聞いてみよっかな。起きてるって。…でも寝てて起こしたらアレだし。う~ん……あ、マサトのにおいがするー)
悩みに悩んで掛布団で顔の半分をうずめると丁度鼻の穴辺りに掛布団が来てマサトの臭いと言うよりは賀上家のにおいがする。
(って、違う違う。今の声に出してないよね? 大丈夫だよね?)
(お、なにやら音がするが何かあったのか? まぁ、ただの寝返りだろうが。心配だぜい)
がさごそと掛布団の音だけが響くその部屋には少し遠くでなっている時計の針の進む音や外からの車の音などが少しも聞こえない。
今、この部屋で声を出そうものならきっとどんなに小さな声を出しても多少は響くであろう。
(なんだろう。私っていわゆる周りから見れば尻軽女的なキャラでやっていたのにふたを開けてみれば純情で乙女な夢見がち少女みたいだよね。まさか、高校に入って初彼氏・初体験の相手がマサトだなんて。……って、何言ってるんだ私! いや正確に入っていないけど。落ち着け。落ち着くんだ私)
(なぜだろうな。僕は周りから見ればただの優等生。なのにだ。今この状況になっている。これではまるで素行の悪いやややや、ヤンキーになってしまうではないか!? そうか。僕もついにユウの言っていデビャーとやらと卒業を一緒に執り行いうのだな。うむ。一体何を考えているのだ僕は)
二人の脳内は完全に場の空気にのまれていた。
何も行動はできないが頭の中の妄想が膨らんでいきありもしない未来がいとも簡単に想像できてしまう。
(よし! ここはもういっそのこと聞いた方が早いよね)
なんお前振りもなく突然に意を決したアキがマサトに聞こえる程度の小さな声で尋ねる。
「ねぇ、マサト。起きてる?」
「……起きていない」
「…そっか?」
「うむ。そうだ」
(……よし、一旦整理しよう。マサトに起きてるって私はちゃんと聞いたよね。そしたらマサトは起きていないって答えてその後も一言言ったよね。…起きてるじゃん! 完全に起きてるじゃん)
布団の中で丸くなりながら絶句するアキ。
起きていないから返事が来るはずもなくマサトは確実に完全に返事をした。それはきっと普段の性格からかそれとも焦り過ぎてのことなのか。
(うむ。我ながら冷静に返事を返せたぞ。起きているかと聞かれたから起きていないとちゃんとこた、え、て? あ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! これってあれではないか! 完全にミスっているではないか)
ようやく気付いたマサトは壁みたいになっているベッドの壁面に思いっきり頭をぶつける。
(え? なに? 何が起きてるの! 急にドンって音がして揺れたんだけど)
ベッドの上部で寝ていることになっているアキが急にした物音とそれと同時に揺れたベッドに一瞬気がそれる。
(これってまさか疑り深い私への警告も兼ねた心霊現象!?)
最早、冷静に物事が考えられなくなっているアキがなぜか自分を責めるようにしている。
(いっつー。久方ぶりに頭部打撃をした気がしなくもないような気がするような?)
きっと上空目線で見れば二人ともそろいもそろって布団の中でくるまっているように見えるのだが、アキは布団の中でビクビクと怖がっていて、マサトはあまりの痛さにいまだに頭部を手で押さえている。
(まさかね。…それよりも今はマサトがなんで起きているのに起きていないと言ったのかの方が気になる。って、私いつの間にかカガミからマサトって言っちゃってる!? 下の名前で言っちゃってる)
(…ふぅ。ようやく痛みが引いてきた。しかしまぁアレだな。今のはちゃんと明日の朝ちゃんと謝罪をせねばならんな。後、今さっきの返答についてもだ)
もしこれが普通に声を出しての会話だったら。そう考えてみるととてもじゃないがきいているほうがイライラするほどに噛合っていなく、あーだこーだと口出しをしてしまいそう。
(…はぁ。なんか疲れた)
(何故だろう。この疲労感は)
ようやく二人の息がそろう。そして二人とも同じことを考える。
(早く朝にならないかな)
(早く朝にならないか)
時間が経ち翌朝。
「おっはよー! どう! 子作りできた」
爽やかな朝に似合う美少女が開口一番に弟の部屋のドアを勢いよく開けて発する言葉。
神様はなんとも罪深いことをしたのだろうか。
こんな美少女をお下品な性格に生み出すなんて。
「って、アレー!? ぐっすり寝てるし、ベッドが違うー!」
「………うんにゃー」
右目をネコのように掻きながら起き上がるとそのまま伸びをする。
「おっはよー! アキ」
パジャマ姿のユンとアキ。傍から見れば結構な美少女二人組。
ユンはそんなイメージなどお構いなしにドタタと走りそのままアキに抱き着く。
「…ほあー、ユン。おはよー」
「う~ん。かわえぇのう」
アキの頬にユン自身の頬をあて、すりすりする何ともほんわかする心癒される光景。
しかしそんな光景の裏では必ずと言っていいほど何か犠牲がつきものであって今回も例外ではなく、少し視線を下にやれば腹を何度も何度も踏み蹴られ続けるマサトがいた。
「ボハッ!…グヘッ。ッッッッカッッ!?」
言葉に出せないその痛みは一体どこにやればいいのだろう。せめて声でも出せば少しでも気が休まると言うもの。マサトは今までに味わったことのないほどの目覚めと生命の危機をその日の目覚まし代わりに起きた。
この時のことをマサトは後に「ユン姉の蹴りはいいものでした。アレがなかったら……」と語っている。
「寝起きのアキ。良いね良いね! 萌え死んじゃうね」
「うー、ユン。私もうちっとねりゅ~」
「ズッキュュュュュュュン!」
上半身を起こしたままユンに寄り掛かるようにしてそのまままた寝てしまうアキ。
そんな状況におかれたユンはつい声に出して心に萌えと言う名の矢が刺さり撃ち抜かれてしまった効果音を言ってしまう。今のユンは頬を紅く染めらせ息づかいを少し荒くしているそんなヤバい変態カテゴリの人間である。
「キュン。キュン。キュン。キュンキュン…」
さらにユンはご丁寧に効果音の最後まで声に出して言ってくれた。
その頃、ふまれ続けているマサトは意気消沈。真っ白になっていた。
「ユン姉、よ……。我がい、っしょ……」
決め台詞を最後まで言えずにカクンッとノックアウトしたマサト。よくここまで耐えたものだと称賛を与えたいほどだった。
「あ、なんか踏んでると思ったけどマサトだったんだー」
時にすでに遅し。ユンが気づいたころにはすでにマサトは口から魂が出ていてもおかしくないほどに燃え尽きていた。
「あれ? 返事ないね」
それも当然のはず。しかしユンは天然なのかわざとなのか返事がない事に対してマサトが踏まれても起きないほどに熟睡していると勘違いをしてその悪魔の右足を腹からはなしある真上へと持っていく。
「さーて。多分これで起きるよね」
ユンは勢いよくその足を振り落す。
普通ならすごく痛い程度で済む威力。けど、男には死ぬほど痛くなる場所がある。そうそれが股間である。
ユンは女のためその痛みを知らない。女は出産時にこれとは比じゃないほどの痛みを伴うと聞くが、男どもがそろって主張したい。その痛みは数時間だけでしょ。こっちは一生ついて回るんだよ。と。
「これで起きるといいな」
などと呑気なことを言いながらユンの右足はマサトの股間寸前までに迫っていた。
ここでマサトは後に後悔する。
あー、なんで目覚めちゃったんだろう、と。
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッァァァァッァッッッッッッヵヵヵ」
「あれ? なんだ起きてるじゃん」
マサトのその乾いた悲鳴は誰の耳にも届くことはなく静かにマサトと共に音を消していった。
「うん? 今、起きてたよね? あれ、起きてないじゃん」
きっと天然であろう。そう信じたいほどにユンはあざとい行動言動をその後一人でとりまくっていた。
「いやー、ごめんごめんご」
そんな壮絶な事態から時は経ち賀上家朝食。
この日は会社も休みで一家全員そろって朝食を食べるのが賀上家のルール。なのでアキもそれに従い賀上家と食べている。
「僕は実の姉に目覚まし代わりに殺された。もうお婿に行けますまい」
「だからごめんべりマッチョ」
「それ。誤ってないではないか」
意気消沈。戦意喪失。マサトの今の状態を表すにはうってつけの言葉。
意気揚々。戦意満々。たいして姉のユンはこの言葉が似合うほどに明るかった。正直、被害者側からすれば何コイツ煽ってきているんだ、と余計にイラッとくる態度だった。それを証拠に謝り方に誠意もクソもない。せめてクソぐらいのちっぽけな感情をつけてほしいものだ。
「ちゃんと謝らないと駄目だ。ほら、ユン」
さすがの父も同じ男として痛みを分かち合うことができ、その痛みを今この現状で唯一理解できる身としてマサトの味方としてユンに注意する。
「誤ってるじゃん。ちゃんと言ってるって」
「べりマッチョとか言っている時点でそれはただの冷静ギャグになるんだよ」
「えー、だって。マサトに誤るとか屈辱的じゃん」
「なっ! 流石にそれは」
「…まぁ、確かにわからなくもないがな」
「父!?」
「冗談だって。…いいかユン。ちゃんと謝れないと無駄にプライドが高くて一流企業じゃないと嫌とか言って結局どこにも就職できずにフリーターに成り果ててしまう社会へと適正値ゼロの糞ゴミになるぞ! いいのかっ」
「申し訳ございませんでした」
その素晴らしきユンの掌返しは見るものを虜にすることだろう。
なんてコイツは性根が腐っているのか、と。
「よろしい。あ、ちなみにだが夢を追ってフリーターになることに関しては特に何も言わん。目標無くただ企業に属する人間より自身の夢を追ってフリーターになる。その方が有意義な生き方だと思っているからな」
「ははぁ、ありがたきお言葉」
マサトに向かって土下座をしながら賀上家父に表面上の返事をするユン。
「ほら、もういいからご飯を食べなさい。マサトもいいだろう?」
「父が言うのなら仕方がありません」
「ッしぁぁぁ! 媚び諂って正解だった」
その開き直りの速さとバカがつくほどの正直さ。ユンはきっと将来この2つ苦労させられるのだろう。
「……ところでお父さん」
「ん? なんだ」
「これなんだけど」
ユンが食べ始める前にと賀上家父にある一枚の名刺の形をした紙を見せる。
「誠に申し訳ございませんでしたっ!」
賀上家父がなんのモーションもなく地面へダイブするかのように土下座をする。
本当に賀上家はよく土下座をする家族である。この短い時間でアキはマサト、ユン、賀上家父。この3人の土下座を見た。残るはあと一人。賀上家は母だけである。
「にひひ。私の勝ちだね」
勝ち誇るかのように実の父を土下座させ憎たらしい笑い方をするユン。その姿たるやまるで悪魔の娘。
「我ながら自身の娘の血が自分と似ていることがよくわかる。何故母さんに似なかったのか。今でも不思議だよ。なぁ、そう思うだろ? 明喜ちゃん!?」
賀上家父が同意を求めようとお泊りに来ていたアキに話を振るがアキはもうこの状況に慣れてしまったため賀上家母となかよくのんびりと朝食をとっていた。
「……」
「……」
さすがにこのノリに乗っていたユン、賀上家父は黙ってしまう。そうしてお互い見詰め合う。
「…食べるか」
「だね」
「え? 何故、僕もこの状況に巻き込まれているのだ!?」
確かにマサトは1人黙々と朝食を食べていた。しかし、ユンとは双子だ。この家では双子は連帯責任と意味の解らないルールがある。つまり、双子は平等的なことを言いたいのだろう。
なので、この何とも言えないしょぼんな空気も一緒に味わえ。そう目で訴えてくるユン。
「…あんまりだ」
マサトは肩を下しながらぽつりとそう呟く。
そしてそこにはいつもの騒がしい賀上家の食卓の様子が戻ってくる。
しかし、マサトとユンの騒がしい1日は始まったばっかりだった。