#1-7
賀上家の夕飯。
「いただきます」
両手を合わせしっかりと礼を言ってから食べ始めるマサト。
そんな隣でユンは「いったっだっきま~す!」と言いながら箸を運ばせている。
マサトとアキの二人。この二人は対照的な二人ではあるが、実の双子のマサトとユン。この二人もまた対照的な二人だ。
「本当に私もいただいて良いんですか?」
「当たり前じゃない。うちに泊まりに来たんだから」
「そうだ。食べていいぞ」
そう言ってくれるのは賀上家の父と母。どうにもこうにもしっかりしていると言うかなんというか。何も聞かされていない急な来訪者にもこの順応たる対応。もちろんのこと父に限って言えば内心遊び心がないと言えば嘘になるが、母に限って言えば完全にただの度が過ぎたおせっかいレベルに達していることだろう。しかも息子が連れてきた初めての女子。そこまではまだあながち高校生活においてはありそうなイベントだからある程度は許容範囲だ。けれども、今回はお泊りだ。宿泊だ。マサト曰くまだ彼女でもない(らしい)女子を家に泊まらせるとは不順異性行為も甚だしい。
母はそんなことを考えつつも持ち前のおせっかいでつい自分の持てる限りのもてなし力を使い夕飯を贅沢にする。
「あ、アキ。こっちのなんか食べる?」
「じゃあ、そのサラダとサラダとサラダ」
「はいは~いっと」
縦長のテーブルのため届かない料理にはその近くの人がとると言う暗黙の了解があった。
因みにマサトの隣にアキが座りその右隣にユンが座っている。そんな三人の目の前の席に賀上家の母と父は二人仲良く座っている。
「サラダだけで本当にいいの」
「うん。大丈夫」
同じ料理だけでも調理法が違う種類のものがあったりとバリエーションに富んだ品々がテーブルの上に優雅に並べられていた。その品数。全35品。
「ねぇ。いつもこんな感じなの?」
「え? まぁ、そうだよ」
「食事はきちんとしたバランスとしっかりとした摂取が必要だからね。我が家ではいつも母さんの上手い手料理がテーブルの上に所狭しと並ぶんだ」
「んもう。褒めてもお小遣いは上がらないわよ」
マサトとユンとアキの目の前に座る賀上家の両親が急にいちゃつき始める。しかしマサトとユンの二人は黙々と気にせずに食事を続けているのを見るときっといつものことなのだろう。と、わかるアキ。
「ほら日比埜。これなんかも塩分控えめなのにしっかりとした味付きと何とも言えぬ歯ごたえがたまらなく美味いぞ。食べてみるか?」
「うん。じゃあ、一個もらうね」
そう言ってマサトがアキの受け取り皿にから揚げのようなカツのようなとにかく肉料理とわかる何かを置く。
しかしなぜだろうか。そんな謎料理でさえおいしく見えてしまい、ついマサトから渡された受け取り皿にのった肉料理をほおばるアキ。
「どうだ。美味いだろう」
「うん! 美味しい!」
そのあまりの美味しさに思わず声がデカくなってしまうアキ。
「そうだろ。我が母の作る料理は日々進化し美味くなっていくのだ」
「いいなぁ。その理論で行けば明日にはさらに美味しくなってるってことだよね」
「うむ。そうだな」
「まぁ、明日の料理は明日の朝食べられるからそれで我慢してね」
賀上家の母が優しく微笑みながら言う。
「はい!」
アキは今、まさに幸せの中にいた。
おいしい料理に仲の良い家族。まさにアキが描く理想の家族そのもの。羨ましい。そんな想いがアキの胸の奥に生まれていた。
「さ、御飯のお替りは? まだいっぱいあるわよ」
「私、おっかわりー!」
「はいはい。アンタはそんなに食べてよく太らないわね」
「そうゆう体質? まぁ、細かいことは気にせずに」
「本当に呪いたくなるわねその体質。私に分けてくれないかしら」
「いっやだよー。それよりもほら。ごっはん」
アキにサラダとって以来ずっと一人会話にも参加せずただひたすらに食べつつけたユン。おもわずそのユンの食べっぷりに呆気にとられるアキ。
「ほへ? あふぃほぉふぁふぇひゃっへ」
口にモノを含みながらもごもごとしゃべるユン。口元にわざとなのかそれとも自然発生してしまった奇跡の産物なのかはわからないが米粒が一粒だけついているのがまた、可愛らしくたまらなかった。
「ユン。喋るか食べるかどっちかにする!」
「ふぁーい」
賀上家母のお怒りを軽く流しながら聞きただひたすらに食べつつけるユン。その様子はさながらテレビなどでよく見かけるフードファイター。しかしそんなには食べれないが。
そんなユンとは打って変わってマサトは静かに行儀よく綺麗に食べていた。多分だが通常よりも少しゆっくり目なのだろう。物凄くマイペースだ。
「食事は自分に見合ったペースで食べるのがベストだからな。僕は別にユン姉を咎めるつもりはない。ユン姉はいつもと変わらぬ豪快な食べっぷりだからな」
「…いつもこんな感じなんだ」
「そうだな。日々美味くなっていく母の手料理と並行してユン姉の食べる速度も日々速くなっていく。だから、ユン姉の食べるスピードでその日の料理の美味さがわかったりもするのだ」
「…なんか凄いね」
アキは若干ユンの食べっぷりにひく。
「さ、アキちゃんもユンに負けないぐらい食べていいのよ」
「……あ、い、いただきます」
空笑いをしつつも絶対に断わってはいけないこの状況にアキは目線でマサトに助けを求めるが、マサトは静かにコクッとうなずく。
(え? それってまさか。黙って食べ続けるのが一番の得策だって言いたいの!? え? マジっすか)
アキは思う。食事がこんなにもおいしいものだとはとても幸せだ。そしてお腹がもう軽く三回ぐらい限界突破してて、きっと持ち前の御通じが治るんだろうな。
「お、おいしいれす!」
「あらぁ。おかわりまだあるわよ」
「い、いただきまふ」
どんなに幸せな事でもほどほどに。それを身を持って体感するアキ。
あれからどれぐらいの時が流れたのだろう。喰いつくしても狙い澄ましたかのようにまた目の前に用意される晩御飯。ひどい御通じが改善してしまうほどのアレ。同じ量かそれ以上を喰いつくしたはずなのにケロッとしているユン。
アキは今、ユンの部屋のソファーでごろんと横になっていた。
「…もうダメ…。御通じが治ったのはうれしいけど」
「ならよかったじゃん。プラマイゼロ的な?」
「プラマイゼロって、それ。何とも言えない」
アキは顔を腕で隠しつつぐったりとする。人は食事をしただけでこんなにもなれるのか。
「私。明日の朝ご飯食べれないかも」
「えー。朝御飯もおいしーよー」
つんつん。
ユンが何の悪気もなくただのおふざけでアキのその真ん丸に膨らんだお腹を突っつく。
「――ガハッ!」
「え? どったん」
「やめ、や……て」
「アキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
そのソファーの上では雰囲気だけで言えば俺の屍を超えて行け的なノリが発生されていた。しかし内容と言えばアキの限界突破プラス6状態のお腹にユンがつんつんと弱攻撃を喰らわせアキを一発ダウンさせた。これが今の一通りの流れである。決して王道バトルマンガの劇画タッチな感動的なシーンではない。
「……それ。やっていて楽しいのか?」
ユンの部屋の入り口に飽きれた様子のマサトが壁に寄り掛かるように立っていた。
「…タノシイヨ」
「楽しいのなら何故そんなにも棒読みなのだ」
「アレ。ワタシイマボウヨミダツタ」
「明らか過ぎてツッコミもできんし笑いもできんぞ」
「…………っ」
「…今の舌打ちは一生根に持ってやるから誇りに思えよ」
マサトが額に怒りマークをうかばせるがごとく血管がうかぶ。妙にリアルがあるそれが雰囲気怒りマークより当たり前だが何万倍も末恐ろしい。
「それにしても相変わらずにユン姉の部屋はシックに落ち着いているな」
「え? 急にどうしたの。気持ち悪いよ」
「…久々に落ち着いた話をしようと思ってな。…失礼するぞ」
マサトは部屋に入るとそのままユンとアキがいるソファーの近くの床にあぐらで座る。
何気だが、マサトのスルー能力がすさまじかったりする。
「勝手に入ってきて部屋覗いて。双子の弟がこんなに変態だとは」
「ユン姉が血のつながりのない幼馴染だったらそのセリフもきっとフラグであっただろうに。…ま、ユン姉のような奴とフラグをたてるのは御免こうむりたいな。きっと世界中の人間の目の前で土下座をしろと言われても軽々とやって見せるだろう」
「どんだけ嫌なの。まぁ、私もアンタに賛成だけど」
「そうかそうか。ならやってもらおうか」
「私今何のフラグも立ててないよね」
「そうだな。だが、賛成というのなら。それ相応な対応を見せてもらおうか」
ニヤッと憎たらしく悪がきのように笑うマサト。
「ほら、どうした? やれないのか」
「…なんで、落ち着いた話をしようとやってきた双子の弟に世界中の人に土下座しろと言われてるんだろう。私」
「ほーら。どうした? できないのかぁ?」
床であぐらをかいた状態で現実的な意味で下から目線のマサトがふわふわの柔らかいソファーに座る現実的な意味で上からの目線のユンを脅している。何とも不思議なこの光景。
「…って、冗談はさておきだ。金を貸してくれ!」
「え、冗談!? え? 金を貸して?」
冗談と言った瞬間マサトは素晴らしい運動神経を生かしこの世でもっとも速いであろう土下座へと座り方を変える。そして床に額を盛大にキスさせる。もうそれは濃厚に。
「頼む! この世でたった一人しかいない双子の弟からのお願いだ! 借りた金は倍にして翌月に返す。だから三万! 貸してくれ」
「え? いや待って」
ユンは頭が混乱する。さっきまであんな憎たらしい双子の弟だった。だがコンマ一秒進んだだけで急に金を貸してくれとプライドのかけらもなくなっている。
そんなユンの膝元でソファーに寝ているアキは嫌でも耳にその会話が入ってくる。そんなアキは思ったしまう。
(この家に住んでいて三万とか。お小遣いもらえるの待ってればいいのに)
バイトをして稼ごう。などの前にこの家のいろんな桁外れの金銭感覚を見てしまったのでそう思ってしまった。しかもそもそもアキとマサトの通う高校はバイト・芸能活動禁止だ。
「頼む! 貸してくれ! 次の小遣い日までもう我慢できんのだ」
「待って。理解はできないけど私貸せないよ」
「なぜだ!」
「だって、欲しいものがあるから貯めてる最中だし」
「そこを何とか」
「て言うか、自業自得だよね」
「な、っは!?」
ユンがマサトに正論を言う。偏見になってしまうであろうが何とも違和感しかないこの状況。
「だからさ。貸せないよ」
「……さて、落ちいて双子の遠慮いらない話でもしようか」
さっ、と土下座状態から元のあぐらに座り直すマサト。口調も普段通りのあの冷静沈着なマサトに戻る。
「…はへ?」
さっきから色々変わるマサトの態度についていけないユン。情緒不安定にもほどがあるだろう。けどマサトは情緒不安定になるようなタイプの人間ではないことを知っているユンはある一つの答えを見つける。
「アンタ、私をからかって遊んでたでしょ?」
「……さぁ? なんのことだ」
明らか目線をそらすマサト。きっと嘘をつくのができないのだろう。
「ねぇ?」
「な、なんだ?」
「ちょっと、前向いて」
「こ、こうか」
素直にユンのいる真正面に顔を向け直すマサト。
「んで、そのままでいてね」
「は、はい」
ユンはそのまま立ち上がりテクテクとマサトの後ろに移動する。
「? 一体何を」
「そのままでいてね」
その醸し出される逆らったらコイツに殺される空気感に逆らえずにマサトは冷や汗を一つかきながらユンが何をしてくるかわからない恐怖感とともにスリリングを味わう。
そんなユンは両手を拳にしてゆっくりとマサトの両こめかみにペタッとあてる。
「おい、まさかそれは」
「あ、じっとしててね」
マサトは気付いてしまった。絶対に気付いてはいけないそれに。
ユンはそんなマサトを見てニターッと笑ってその拳をゆっくりと動き出す。
……グリグリと。
「ぬわー! やめっ、やめっ」
「ぬへへへ! ほらほらー」
こめかみをグリグリグリグリ。地味にイタいソレは周りには伝わらないほどに痛みがあり時々一瞬くすぐったくなる。男にとっては、股間をどすどすとやられるあの、あんま並みに恐ろしいことである。
「やめっ! 本当にやめっ!」
「やっめないよー。ぬへへ」
そのグリグリは小一時間続きマサトは心底自分のした過去のあのユンイジリを激しく、それはもう全身全霊で後悔することになった。