#1-6
「不安だ。あの姉と一緒に、しかも二人きりなんて。……不安すぎるではないか」
自室でぶつぶつと小言を言っているマサト。まるで反抗期の娘を持ちかまってもらえず奥さんにも加齢臭が臭いとか言われ夜の営みすら断られ挙句には勤務先でも中間管理職として日々上司たちに愚痴を言われる日々を送りストレス発散場所をなくした中年サラリーマンの様だ。
「足音が聞こえたから風呂に言っているに違いない。そうだ。きっとそうに違いないのだ!」
発狂した。マサトはわかりやすく発狂した。
気を紛らわそうと勉強しようと机に居たのだが結局のところ受験勉強をしすぎてテンションのおかしくなった受験生の様だ。
「風呂になんか言ったら漫画とかのテンプレのアレになってしまうではないか! あの姉のことだ」
マサトはテンション高めにそう言いながら一人妄想寸劇を始めだした。
「ほら、ここがえぇーんか? もういやぁ、やめてくださいよぉお・ね・え・さ・まぁ~。えぇ、反応するねぇ。あぁ~ん。そ・こはらめぇ~」
エトセトラエトセトラ。今のマサトは絶対に他人に見られたら社会的に終わるソレだ。
「……私、なにも…みて、ない……よ?」
「あ、いや、その!」
後悔は急にやってくる。それも急展開過ぎるほどに。お風呂から上がっていたアキがまさかユンの部屋に行かずにそのままマサトの部屋へ来た。来てしまった。
「私はそのユンに今カガミの部屋にいったら普段では決して見ることできない面白い鏡が見れるよって言われて来ただけであって。その今、私が見たのはどっちかと言えば面白い部類の奴だけどなんか見て後悔したと言うか。きっと見なければよかったなーって、少し思っているけどでも見なければ見ないで公開するかなーって。あれ? 何言っているんだろうね私。おかしいね。あははは」
「ヤメロ! 日比埜までおかしくなるな! なんか僕自身がとてつもなく惨めになる」
「いや、見た私がいけないんであって。そのあれ?」
その空間は何とも言えない感じだった。マサトとアキ。二人は頬を赤らめ恥ずかしがっているのが実によくわかる。
「じゃ、そ、そのユンの部屋に行くね」
「お、おう。そうだな」
ドアがゆっくりと閉まる。二人は最後まで、あははと笑いあっている。
―――バタン。
そのドアの閉まる音が何とも勢いのよかったことか。そしてそのドアが閉まった瞬間にマサトは頭を抱え込見ながら後悔し始める。
「もうおかしすぎるではないか。なんなのだ。そもそもなぜ夢現姉は僕がこうなっていることを予想できたのか? 可笑しすぎではないか。…もう終わってしまった。だがしかし、湯上りの日比埜が見れた。これだけは夢現姉に感謝すべきか。いや、その代償が重すぎるから感謝なんて必要はないか」
一方廊下ではマサトの部屋からユンの部屋へと短い距離を足早に移動するアキがいた。なのですぐにユンの部屋に着く。
「ちょっと、ユン!」
「ほわっ!? ど、どったん?」
ユンの部屋のドアを勢いよく力強く開けるアキ。それにビビった部屋でソファーに座りながらボーっとしていたユンは全身をビクッとさせながらアキに尋ねた。
「どったん? じゃないよ! 私、見ちゃいけないもの見ちゃったよ。夏にやる衝撃映像百選のどれにも勝る衝撃光景を目の前で見ちゃったよ!」
「…あ、あー。見れたんだ」
アキは勢いよくドアの開いた入り口に顔を手で覆い隠しながらストンッとしゃがみこむ。
「見れたもなにもないよ。絶対にアレ今この関係性の時に見るもんじゃないよ。だってまだまともに話し始めて一日や二日だよ。急展開に押されここまで来たけど周りから見たら立派なヤリマンとヤリチンだよ? 幼馴染なんて特性もないただのクラスメイトだよ? まだ付き合ってもいない高校生男女だよ? ちょっと夢見がちなところがあるよとか言われても仕方がないほどの運命を感じちゃってここまで来ちゃったんだよ? 何、援交でもしてんの? とか言われても仕方のないこの状況だよ? それでいきなりこの状況だよ? 彼氏でもないクラスメイトの男子の家に泊まりに来て湯上り姿見せちゃってさ。もう終わったよ! もう何もかも終わったよ」
「わーったわーった。だから、一回落ち着こう。ね? はい、深呼吸して」
アキの若干早口の入った演説ともいえそうな言葉はユンさえも引かせた。見た目は立派なギャル子ちゃん。きっと中身も図太いのだろうと思っていたそんな彼女。そりゃ、さっき話を聞いたら夢見るファンシーでピュアピュアなギャル子ちゃんだとゆうことは多かれ少なかれわかっていた。しかしここまでピュアッピュアなギャル子ちゃんだったとは。そんなアキを前にして若干の罪悪感が生まれるユン。
「あー、えっとー。そのー。…なんかごめん」
ユンはアキに謝る。だが謝ると同時に思ってしまう。
(あれ? なんで私謝ってるんだろう?)
「ほら、顔あげて。夕飯食べよう」
「…う、うん」
しゃがんだ状態からユンを見上げるアキ。目が涙で潤っていてきゅるるるんと効果音が付きそうなほどにそのアキは女性のユンにもわかるほど、可愛かった。
「ちゃんとね。お母さんとお父さんが用意してくれているから」
「ありがと」
「いや~、でも本当に簡単なものだと思うから」
苦笑いしつつアキに手を差しのばすユン。
「それでもうれしい」
「まぁ、客人に料理を出すのは基本中の基本なんだけどね」
「いいの。出してもらえることが何よりもうれしいから」
「本当にその見た目に似合わずに健気でピュアな心の持ち主だね」
「何その偏見」
二人はその場でクスッと笑い、アキがユンの手を取り立ち上がるとそのまま部屋を出て食卓へと向かった。
「おーい。夕飯だよー」
ユンは廊下でついでにマサトを呼ぶ。
「……あぁ」
マサトからとてつもない無気力な返事が返ってくる。
「あちゃー。こりゃ、マサも見られたこと相当に響いているな」
「その言葉には似合わないほどに笑ってるね」
若干アキが引く程度にニタニタとそれも悪戯を思いついた子供の様にニタニタと笑うユン。
「え? そうかな~。でももし笑っているのだとしたらそれはきっと何かいいことが起きることを予言しているんだろうね。私が私自身に起きる何かがね?…なんちて。あはは」
「……なんでだろう。まだユンとは会って数時間だけど本気の殺意と言う名のイラつきが生じたんだけど。コレは気のせい?」
「きっのせいじゃな~い」
「あ、気のせいじゃないや。うん」
アキはコレ以上ユンのそばにいるとアレだ。自分の制御がしきれなくなる。そう感じ階段を若干数段を開ける。
「…あれ? なんか離れた?」
「気のせいじゃない?」
「だよね~」
ユンはアキに階段を下りながら聞いた。
それにしても長い階段だ。流石と言わざるを得ないだろうか。お金持ちの家はたいてい階段が長いのか。もおう二回ほど上り下りをしているが慣れない。
「本当にお金持ちだよね」
「え、そうかな~? いたって普通で一般的な家庭だと思うけど。違うの?」
「普通で一般的な家庭はね。二階建てなの。…きっとだけど」
「へ~。二階建てかぁ。なんか小さくない?」
「小さいぐらいが丁度良いいの。それに一般家庭はそんな大量に物とか買わないから庭とかにちょっとした物置でも作ってそこに物を詰め込んでとかやれば、普通に収まるから。あと、部屋もあんなに広くないし。私の部屋なんてベッドも置けない広さだからね。畳六畳分ぐらいかな大体」
「それってどれぐらい?」
「個人的に生活できる最低限の広さかな。寝てみると上下感覚合わせて畳一畳分余るぐらい」
「ヤバい。本気でわからない」
ユンの目が点になっていた。それはもう教科者に載せたいぐらいに綺麗な目が点状態。
「うーん。ユンの部屋の五分の一ぐらいかな?」
「え、それって犬小屋じゃん」
「……」
とっさにそう言ってしまったユンはすぐに、あ、ヤベェ。と気付く。
「あー、えっと。ほら私の家ってさーぶ、ブルジョワジャン。それってさー」
「……」
「だからさー、惜しげもなく使えるわけよ。お金を」
「……」
ユンがあわわあわわと慌てる。それはもうテンプレ中のテンプレのように慌てる。
「だからさそのえっと。私の親も同類でさ」
「…からの」
「私と金銭感覚が似ていてるんだよ」
「…それから」
「とか言ってさ実は犬かったことないんだよねー」
「…さらには」
「えっとそのー。終わり」
「…と、思いきや」
「え!? まだ続くん? えっとねー」
「…だがしかし」
「いや、うん。本当に終わり」
「…しかし」
アキは無表情でぼそっと言い続ける。
「えーっと後はー」
ユンが慌てているとマサトが上から下りてきていたようで気だるそうに言う。
「夢現姉。謝罪はないのか? 人の部屋を犬小屋って言ってはい。終わりでは人としての常識が皆無すぎるではないか」
「…からの」
「……え?」
マサトのそのかっこよすぎる助け舟を華麗に打ち砕くようにアキがぼそっと言う。
「いやいやいやいや。今の流れでそれはないだろう」
「…あー、もしかして」
ユンが何かわかったように今さっきまでの慌てようがウソかのようにケロッとしてアキに話しかける。
「アキ。多分この遊びマサトには通じないわ」
「……あ、マジで。じゃ、しょうがないか」
「…は? え? 遊び!?」
「あったりまえじゃん。私がこの家のことブルジョワとか金持ちとかそんなこと思っていると思う?」
「確かに言われてみればそうだが。だが、あのやけにリアリティののあるピリピリしたあの空気感は」
「演技だよ」
「うん。演技」
ユンとアキは見つめ合って、ねー。と言いあう。そんな光景を見てさらに頭の中が混乱するマサト。
一体何が本当で、何がウソなのか。今のマサトには判断できないだろう。
「因みにユンの目が点になるのが開始の合図だったから本当に序盤からだったんだね。カガミが盗み聞きしていたのって」
「ないわ―。犯罪者だわ―」
「なぜだ? なぜかただたまたま聞こえてその話が進まないようだったから助言をしただけのつもりだったのに。なぜなのだ」
「ま、簡単に言っちゃえば余計なお世話って感じかな」
「流石のカガミでもね」
マサトにとっては意味わからずにアキとユンに冷たい目で見られていると思うだろうが二人からすれば意味わかることで遊びを邪魔してきたマサトを冷たい目で見ようと言う一瞬のアイコンタクトで意思を交わした遊びである。そう。人のことを冷たい目で見ようと言う遊びである。その遊びにまんまとはまっているのが何を隠そうマサトなのだ。今この状況はアキとユンにとってはフェイズツーと言える状況でありマサトにとってはフェイズワンと言ったすれ違いの状態になっている。そのためマサトは混乱していた。
自分の家の階段で。
「何しているの? 御飯よー」
下から賀上家母の呼ぶ声が聞こえる。
「はーい。今、アキを連れて行くからー。 じゃ、いそごっか」
「だねー」
アキとユンは階段をトトトッと小粋の良い謎のリズム感を生み出し下りていく。
「…え? マジでなんなのだ」
階段に一人取り残されたマサトは何とも言えない焦燥感に頭が支配されていた。