#1-5
「ついに我が不承の弟にも花も恥じらう花粉の季節到来か」
「夢現姉。花が花粉恥らったら子孫残せなくなるぞ」
「……子孫だとぅ!? まさか二人がそんな関係になっていたとは。そうか。だけどな、まだゴムはっ」
「いいから出てけ」
マサトはユンの背中を両手で力強く押し部屋から押し出す。そんな様子をアキは呆気にとられながら見ていた。
「え、ちょまっ。我が弟、マジちょっと待って」
「うるさい! 出ていけ! 二度と入るな!」
「なんだマサト。お前は離婚を切り出したのは自分のくせして急に開き直ったと思ったら言葉で攻め立てるモラハラ夫か何かか」
「ヤメロ。その妙にリアルな例えだけはヤメロ」
そんな賀上姉弟の漫才のような言い争いを見てアキは思わず、ふふっ、と笑ってしまう。
「……」
「……」
「…あ、ごめんなさい。どうぞ続けて」
アキは、ささっ、と両手を前にだしまるで上司をおだてるような中年サラリーマンのごとく素早い動きをする。
「…我が弟にモラハラ夫になる可能性があるのなら」
「え!? 何!? 続ける気」
そしてそこでアキはかまわず一人で大笑いをしてしまう。流石にユンも続けられなくなったのかただ単にアキをいじりたくなったのかもうほとんどマサトに押し出されたその体をまた部屋へと戻しアキの目の前まで行くとそのままドッカと女子力のかけらもないあぐらになりながら座る。
「……え、えとー」
これにはさすがのアキも困惑し挙動不審気にキョロキョロと周りを見る。これもユンと目を合わせたくない一心で。
「ちょっと空気読みなさいよ我が弟。これから私とこの子がガールズトークに花咲かせ甘い蜜を創りだすって時にぃ~」
「夢現姉よ。ここは僕の部屋なのだが」
「…あ、そっか。じゃ、私の部屋にいこっか。えーっと」
「…あ、日比埜明喜です」
つい反射的に自分の名前を言ってしまうアキ。
今、目の前で起こっているこの急展開になぜかついていけている自分に驚きつつユンの行動がいまいち読めないのが心に妙な恐怖心を抱かせるが、今アキの右肩に置いてあるユンの手から物凄い力を物理的に感じているのでアキは心からこの人には逆らわないでおこうと素直に思えた。
「ちょっと待つんだ。いろいろ待ってくれ」
「え、なに? 本当にモラハラきちゃうの?」
「ヤメロ! 日比埜が若干指数僕に向けての目線がイタい奴を見る目になったではないか」
「……。さ、行きましょう」
「はい、ユンさん」
アキは心の底から思う。
(ごめんカガミ。今私が目の前のユンさんに逆らったらきっとあんなことやこんなことをされちゃうから従うしかないの)
きっとアキの心の中では二昔前の少女マンガの涙を流すヒロインのイラストが描かれていてそれを自分としているのだろう。
「じゃー、ちゃんと返すからさー」
「おい、日比埜は物ではないぞ」
「物じゃないけど者ではあるよね」
ユンが盛大に鼻息をフンとたてつつドヤ顔をきめる。
「上手くない! 断じてうまくなどないからな」
「はいはい。妬みや嫉妬は買わない主義なんですよ私―」
なぜかマサトがキーっと姑ばりにしているのを見て日比埜は、クスッと誰にもばれないように笑う。
「さ、今度こそ」
「はい」
ユンとアキは何事もなかったようにマサトの部屋からしらーっと出ていく。そしてそのまま同じ階にあるユンの部屋へと入る。部屋は近く二十歩も歩けばすぐに着く距離感だった。この距離感だけはアキも知っているいわゆる一般家庭の家と同じだ。
「どうぞ―。狭い部屋ですけど」
「あ、お邪魔します」
相も変わらずマサトと同じぐらいの部屋の広さがあるのに狭いとは。それにしても部屋の色合いはマサトの部屋とは全然違いモノトーンで統一された大人感がそこら中からあふれ出てくる部屋の色だ。しかも置いてある家具がいちいちシャレていて小物置きやタンスと言っては申し訳ないように感じてしまう。仕舞いにはアロマキャンドルらしきものを焚いているしだいだった。
「凄いオシャレ」
「そうかなー。子供の時からずっとこのままだからな」
「…マジですか」
「マジも何も小学校の時にもうこれで良いやって。あ、そこのソファー座っていいよ」
「あ、すみません」
自分の部屋にソファーがあるこの何とも言えない感に小学生の時にアロマキャンドルを焚きモノトーンでシックな部屋を使っていたとは。しかもこの部屋の家具全般は小学生の時のユンが決めたと言うなんともレベルの高い小学生。
「…私には到底無理だ」
「ん? なにかあったー」
「いや、全然」
「そう。はい、どれ飲む?」
「お茶で大丈夫です」
「なに茶がいい? 緑茶、玄米茶、烏龍茶、抹茶、麦茶」
「ユンさんのおススメで」
「じゃ、抹茶かなー」
ユンがごそごそと部屋にある冷蔵庫を漁っている。そしてその後ろにあるソファーではアキがまだ慣れないようでさっきとはまた別の意味でキョロキョロとする。
「はい。お待たせ―」
「ありがとうございます」
目の前のテーブルに出された抹茶はなぜか、コレ、お茶入れるコップじゃないよね。とツッコミを入れたくなってしまうようなデザインのコップに注がれて出てきた。まるでちょっとオシャレなカフェテリアのような。
「ふぅ。それにしてもいきなりでごめんね」
「いや、全然」
「あ、私同い年だから敬語つかわなくていいよ」
「…あ、え?」
「こう見えて双子なの。性格もなにもかも違うけどね」
「……あー、設定」
「設定じゃないよ」
ユンがマジな目になる。これが結構怖い。
「…ですよねー」
「うん」
本当に双子かどうかはさておき、ここまで違ってくるとよもや本当に姉弟なのかも疑いたくなる。
「でさー、どう? あいつ」
「どうって?」
「学校。馴染めてないでしょ」
「あー、確かに。馴染めてないかも」
「あはは。やっぱそっかー」
ユンは空笑いをする。
「実はあいつね。…受験失敗してんだよ」
「そうですか」
「ありゃ? あんまり驚かないね」
「そりゃー、常にテストトップ。運動神経も頭二つぐらい抜けてるし。なんでこんな学校にきたんのかなーって思ってたし」
「うわっ。それであの性格でしょ。私だったら絶対に無理だね」
うげーとべろをワザとだし大袈裟に嫌がるユン。しかしそんな夢現とは対照的に包み込まれるような優しい笑顔になるアキ。
「でも、ちゃんと周りを見ていて誰かに常に気を使ってて。どんなに嫌われている相手にも分け隔てなく優しくできる。それに人の悲しみもちゃんとわかってくれて。そんなに悪くはないと思う」
最後にアキは太陽のように明るく妖精の様に可愛らしい笑顔で言う。
「けど、私も最近まで気付かなかったんだけどね」
「……ねぇ、アキってさ」
「うん?」
「どんだけ好きなの? アイツのこと」
「……」
「……」
しばらく沈黙がその場には続く。二人はただずっと向き合ってお茶を二、三回飲みコトンッとテーブルにコップを置いた瞬間アキの顔が典型的にもいいほどに真っ赤になる。
「いやその? え? 好きっていやー」
「…アキってさ、そのいかにも私ギャルですよーって見た目と違ってすっごい純情だよね。なんかどっかの少女マンガのヒロインみたいで可愛いね」
「か、可愛いって」
「…あー、そっち系の趣味は無いからダイジョブだよ」
アキは顔を真っ赤にして焦り、ユンは冷静にお茶を飲んでいる。
「まぁ、いっかい落ち着こうよ。ささ」
「…あ、うん」
ユンにお菓子をすっ、と前に出され一旦落ち着くアキ。
「いやぁ、まさかこんな典型的に照れるとは思わなかったよ」
「……あー、今の無しってのては」
「無理だね。見ちゃったし。記憶しちゃったし」
「鬼畜」
「……すぅー。まぁ」
息を吸い何かを叫ぼうとしたユンの口を瞬時にガバッと慌てて両手でふさぐ。
「ちょい待って! いきなりすぎる! ムリムリッ! 呼ばないで」
「うごご。ふごーうごん(わかった。いやーごめん)」
アキはユンが何を言っているのかがいまいちよくわからなかったが何となく誤っているだろうと感じ取ったのか、ホッとしてふさいでいた手を放す。
「…はぁ。まさか口をふさがれるとは」
「ごめん。なんか体が急に反応して」
「いやいや、いいって。今度から使えそうだしコレ」
「え? ちょっと何言っているのかわからないなー」
「うーん?」
「うふふ~?」
アキとユンの静かな何かが始まる。しかしそんなのはすぐに終わる。
「……くく」
「……ふふ」
「あっははは! やっぱ面白いわアキ」
「ふふふふっ! ユンも面白いね」
しばし二人の笑い声が部屋中に響き渡る。
「ごっめん。笑い止まんないわ」
「大丈夫。私もだから」
それからさらに笑い続けて、数分が経った。
「…ふぅー。なんか汗かいちゃったね」
「そうだねー」
「アキってお風呂まだ入ってないでしょ? 一緒に入らない」
「いや、いいよ。一人で入る」
「いいじゃん。たまにはさー」
「いやいや、今日初めて会ったばっかでしょ」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないのー。ほら行くよ」
アキはユンに流されるがままに浴室へ向かう。
浴室は一階にあり階段を下り右へ曲がる。そしてさらに左に曲がるとそこに洗面がありその横にお風呂がある。
「え-っと。室内温度はーっと」
「何やってんの?」
「え? 室内温度とか湿度とか設定してるんだよ」
「…なにその無駄機能」
「まぁ、シャワーとか浴びちゃえば温度も湿度どもないんだけどね」
設定が終わるとせっせと脱ぎ始めるユン。その隣ではいまだに恥ずかしがりながら脱ぐアキ。きっとこの差は心の中の女子力の差だろう。
「あっれ? アキ脱ぐの遅いね」
「いやいや。同じ女子だからと言っていきなり今日初めてであった人の間で服を脱ぐってのはそのー。抵抗あるって言うか」
「なにその乙女。そんな見た目で心乙女とか。…アキってどこのエロゲキャラ?」
「え? エロゲ」
ユンの目が急に曇る。その目に謎の悪寒を感じビクッとなるアキ。
「そうエロゲ! きっとあれなんでしょ? 脱いだらぱいおつとか凄いんでございましょ? ささ、早ぐお脱ぎに」
「え? 何? 怖いんだけど」
「いいからいいから。……さっさと脱げ―!」
それはマンガなどではテンプレと言っていいほどのアレ。女子が女子の衣服を無理矢理脱がすアレ。ベタにして王道。マンガやラノベには決して読者サービスと称したアレだ。きっとやられている本人はとんでもなく嫌だろう。
「……なっ!? アキってマジでどこの虹キャラ」
「なんでユウに別次元の人間にされなきゃならないの!」
胸を両腕で隠し頬を少し赤らめちょっと涙目になっているアキ。ユンがアキのことを虹キャラと言いたくなる気持ちがわからなくもないほどだった。
「程よいふくらみのぱいおつ! 健康的なその太もも! そして何より自称ギャルのくせにきめ細かい肌と艶がある髪の毛! 同じ女子の私でも思わず道を踏み外してしまいそうになってしまうよ。なによ自称ギャルのくせに」
「…私、今褒められてるの? ディスられてるの?」
「その両方よ!」
「……なんでそんな堂々と言えるの」
「だって。だって。私なんて普通なのか小さいのか微妙な大きさのこのぱいおつになんか中途半端なこの足に特にきめ細かいわけでもない肌と何とも言えない髪の毛! 何この差は」
「そう言われても私とくに何もしてないし」
その言葉にグイッと顔を近づかせ喰いつくユン。いくらなんでも必死過ぎるのが目に見える。
「ウソでしょ? 絶対何かやってるでしょ」
「本当に何もやってないって。普通にシャワー浴びてお風呂に入って上がって体拭いて髪乾かすだけだって」
「うっそだー。よし、もう気になってきたし早速入ろう。それにこんな格好でずっとここにいるのなんか恥ずかしいし」
「……ユンがそれを言わないでよ」
はぁー。と呆れつつユンと一緒に浴室に入って行くアキ。
「……はい。なにこの広さ」
「…うん? どうした」
「えっとー、広くないこの浴室」
「そうかな? 普通だと思うけど」
シャワーが三つ設備されていてお風呂はどうやら三種類ある。しかも足音や声が反響している。広さ的には銭湯にはもちろん劣るが一般家庭の浴室十室分は確実にあるだろう。
「突っ立ってないで、シャワー浴びちゃいなよ」
ユンはもちろん子供のころからこの広さが当たり前だったのでペタペタと足音を響かせシャワー前に行きザーッとシャワーを早速浴び始める。
「……私、大丈夫かな?」
「えっ? なにシャワーで聞こえないよ」
アキは、あははとその場で自嘲気味に苦笑いをした。