#1-4
そわそわそわそわ。
陽が完全に落ち外にはところどころにお情け程度の星が輝く都市の夜空。そんな空とは対照的に地上はとても明るく人工的な冷たさに包まれている今日この頃。賀上家ではある異変が起きていた。それは……。
「な、なんなのだ。この心臓の鼓動の速さは? それに気のせいか息も上がっているような」
そわそわぐるぐる。
マサトは自分の家のリビングでずっと円を描くように歩いている。その様子を遠目から見て心配になって仕方がない両親。
「母さん。正徒に一体何があったのか知っているか」
「いいえ。私はまったく」
「そうか。なら、正徒は何をあんなに騒がしくしているんだ」
「そうね。正徒がこんなに騒がしくなるのは初めてね」
「そうだな。昔にユウ君が泊まりに来た時でさえも何も準備せずに待っていた正徒がこんなにもそわそわと…」
「どうしました? 急に黙って」
「…あ、いや。なんでもない」
「? そうですか」
正徒の父は食卓の椅子に座りながら一人勘付いたようでニヤッと口角をあげる。因みに、普段はリビングのソファーに座っているのだが今はマサトが歩き回っているので両親ともに食卓へと避難している。
「やはり、ユウに的確なアドバイスを聞きつつ指南してもらうのが手っ取り早いのでは!?」
ピンポーン。
その時賀上家の家のチャイムが鳴った。そして同時にマサトには電流をくらったような緊張感が襲い掛かり、父は内心、予想通り、と心躍らせ、母は何かしら? と出ようとする。
「はーい。今出ますね」
「ちょっと待った! はは」
「おいおい。何をそんなに焦っているんだ。ま・さ・と」
「とち、父ー!?」
「どうかしましたー?」
「いや、なんでもない。出てくれ」
賀上家の家の構造は少し特殊で玄関に行くには食卓にある出入り口を通らなければならない。そのため、マサトが急いで玄関に行こうとするのを食卓にある椅子に座っていた父が面白半分で服をつかみそれを阻止していた。しかも、かなりニヤつきながら。
そんな父を見てマサトは思った。
(確信犯ではないかー!)
「たまには男同士話さないか? 今、丁度母さんがいないわけだし」
「父よ。話すのはまた今度の機会ではだめなのか!? 今じゃなきゃその話はダメなのか!?」
「うーん。そうだなー。どうなんだろうなー」
「父よ! お願いだ! 早く決断してくれ」
マサトは物凄い勢いで焦っていた。今、きっとドアの向こう側にいるのはチャイムを鳴らしたのは確実にアキだ。それか十分の一の確率でユウ。しかしそんなものはあてにはならない。そんなことはわかっていた。わかっていたからこそこんなにも焦る。
だが、時は待ってくれなかった。母がドアノブをガチャリと回す音が聞こえた。
「どなたかしら?」
「あ、えっと。その」
「あら? どちら様?」
母がドアを開けるとそこにはマサトの予想通りアキが立っていた。それも大きなバッグを両手でしっかりと前に持って。
「は、初めまして! 私、日比埜明喜と言います! 今日は賀上君に誘われて」
アキは全神経を緊張させ、普段使わない敬語を使う。その敬語にはよこしまな気持ちは何一つなくただ緊張からきているものだった。
「誘われた。……今、正徒呼んでくるから、外にいるのも難でしょ? 玄関で待っててもらえる」
「あ、はい! では、そのお邪魔します」
門を開け玄関前にある4、5段の階段を上り賀上家の玄関に入るアキ。
その頃、マサトと言えば。
「父よ。なぜ、止めたのだ。父も男ならわかってくれるはずだろう」
「いやな。ストレス発散だ。後、なんかおもしろそうだったからさ」
「実の息子をストレス発散につかわないでもらいたい!」
「いやー、スマンな。つい、な」
父はマサトの服から手を放したがもうすでに時は遅く、マサトは父にぎゃーぎゃーと言っているがそれをさらに面白がる父。そこに玄関から母が戻ってきた。
「正徒。お客様よ。何か誘われたとか言っていたのだけれども」
「わかった行こう。…母よ。父をそこで見張っていてくれ」
まるで捨て台詞かのようにマサトは言うとそのまま玄関へスタスタと向かう。
「…貴方。正徒に何かしたの?」
「まぁ、したのかもしれないな」
「…まったく。正徒はあの性格だから冗談が通じないことぐらいわかっているでしょう」
「まぁまぁ。大丈夫だ」
「何が大丈夫よ。…はぁ」
そんな家族ドラマのような会話をしている両親の声が後ろから少し漏れてきていたが気にせずにアキのいる玄関へ向かう。
食卓からの出入り口を右に出て少し歩き次に左に曲がるとやっと玄関になる。
「あ、カガミ」
「スマンな。日比埜よ」
アキの姿を確認するとマサトは第一声で軽く謝る。
「え? 何が」
「いや、こっちの話だ。ま、そのなんだ。まずはそのあがってくれ」
「あ、うん。お邪魔します」
「なんだ。日比埜もちゃんと言えるのだな」
「あれ、なんだろう。物凄くディスられている気がする」
アキはそう言いつつ靴の向きをそろえ、マサトの方を向く。
「よし。早速だが」
「あ、まずはカガミの両親に挨拶させて。泊まらせてもらうんだし」
しっかりしている。アキは見た目以上にしっかりした人だった。きっと、マサトには今この状況だけ見れば最悪な誤算だろう。もちろん、多少はしっかりしたやつだな。とはマサトも知っていた。それはあの日のことではっきりとしていた。しかしよもやここまでしっかりしているとは。なんでそんな見た目になったの? と、危うく聞きそうになるマサトをよそにアキはてくてくとマサトの両親のいる食卓へと向かう。
「こっちだよね」
「……そうだな」
「? どうしたのカガミ」
「いや、なんでもない」
マサトは完全に諦めた。もうきっとこのまま階段を上って上に上がろうが風呂場で両親のどっちかに鉢合わせるかもしれないし、絶対に挨拶をしないと気が済まないであろうアキはまた挨拶してくるとか言いだすだろう。なら、もう今やってしまえ。そう思うマサトはアキの後ろをついて歩く。
「ちょっと待ってろ」
食卓への出入り口付近に着くとマサトが先に入って行く。それが気になるアキはそーっとその様子を除く。
「両親よ。聞いてくれ」
「いいぞ」
「…父よ。僕はまだ何も言ってないのだが」
「そんなの解るに決まっているだろう。親なんだから。なぁ、母さん」
「えぇ。そうね」
マサトの両親はニカッと笑う。その笑顔は優しさに包まれたいいものだった。
「では、少し待っていてくれ」
トトトト。
マサトは少し軽快な足音を響かせアキのもとへと向かう。
「日比埜。いいそうだ」
「うん。めっちゃ聞こえてた」
「そ、そうか」
「じゃ、挨拶させてもらうね」
「もちろんだ」
マサトの軽快な足音に連れられてアキの足音もちょっぴり軽快な足音を響かせる。
そして、出入り口に姿を現すとそこにはアキが想像していた通りの暖かい理想的な家庭が親子があった。
「いいな」
「? 何か言ったか」
「ううん。何も」
アキは小さくつぶやいた。そして、そのままマサトの両親にあいさつをする。
「初めまして。私、日比埜明喜と言います。今日は泊めさせてもらうに当たってつまらないものですがこちらをどうぞ」
瞬間マサトは思った。
(日比埜。本当にできる奴ではないか! なぜ、本当にその見た目にはしってしまったのだ)
「狭い家だがゆっくりしていていくと言い」
「あ、はい!」
「アキちゃんよね。こんな息子だけどよろしくお願いね」
「? あ、はい」
「それにしてもよくこんな勉強ばっかりの息子と付き合おうとしたわね」
「はい?」
「は、母!?」
「か、母さん。それ違うぞ」
「え?」
その時その家には体感3時間の一瞬の間が空いた。
「え? アキちゃんとマサトは交際しているんじゃ。だから今日家に泊まりに」
「母さん。マサトがいつ付き合っていると言った?」
「でも、泊まりに」
「それで交際していることになったら世界中にカップルが溢れかえることになるぞ。確かに日本では珍しいかもしれないが」
「そ、そうなの」
「そうだ。アメリカじゃこんなの当たり前だぞ」
「そ、そうなのね」
父は母をこれまた一瞬で周りから見たら物凄く強引に納得させる。しかし、こんな理由で納得するも母も母だが。こんな嘘八百な理由を即思いつく父もまた父だ。流石は賀上家と言わざるを得ない。
そんなこともあり両親のあいさつが済んだアキはマサトに案内されて二階へと上がる。
「なんかスマンな」
「え? 何が」
「さっきのことだ」
「さっきのって? カガミの親の」
「あぁ。それだ。なんか迷惑かけたと思ってな」
「別に全然迷惑してないよ」
「そうかならいいんだ」
マサトは心底ほっとする。階段を上ると同時に脈が速くなるほどに謝らなければと思いつつも最終的には登りきる直前で言えた。
ちなみに、賀上家は三階建てで結構裕福な家に暮らしていた。
「三階まである家に初めて入ったよ」
「そうなのか。僕にとってはこれが普通なのだがな」
「いいなー」
階段を登り切り部屋へと向かうべく廊下を談笑しつつ歩くマサトとアキ。廊下の窓からは綺麗な星空を見ることができる。そんな物語にでてくるのような廊下を歩くこと三十秒。やはり、現実はそう甘くはなくお城のように長く廊下が続くわけでもなくすぐに部屋の前に着く。
「どうした? 何かあったか」
「ないからこそ。…かな」
「ま、何かあったかは知らんがここが僕の部屋だ」
そう言ってマサトは遠慮なくドアを開ける。
「さ、入れ」
「あ、失礼しまーす」
マサトが先に入りアキがその後に続くように入るとその部屋はマサトからは想像もできないほどに明るいカラーリングでまるでどこかの女子のような部屋だった。もちろん部屋に置いてあるものだけを見ればマサトの部屋だと納得は行く。
「なんだろう。この部屋のカラーリングと絶望的にミスマッチな感じは」
「そうか? 結構気に入っているんだがな」
まず、マサトの部屋に入ってすぐに目に入るのはその膨大過ぎる書籍とCDだった。無駄に奥行きがあるその部屋にはなぜか机が二つにベッドが出入り口付近に置いてある。部屋の広さから言えば質素な感じだった。これが普通の学生の部屋だったらきっと者が多すぎてあふれかえっていた事だろう。そう思えばちょうど良い広さなのかもしれない。
「あ、荷物おきたいんだけど。どこに置けばいい?」
「適当にその辺で構わんぞ。好きなところにおいてくれ」
「わかったー」
アキは一晩泊まるだけなのに結構な荷物を持ってきていたため、置いた時に、ふぅ~。と、つい言ってしまう。
「なぜ、一晩泊まるだけなのにそんな荷物が必要なんだ」
「女子には必要なんだよ。マストアイテム」
「いや、絶対に無駄があるだろう」
「ないんだな。それが。それにこの量は女子にしてみれば少ない方だよきっと」
「そうか。そうやって資源を無駄に使っていくのだな」
「え? なんでそんな大事に」
その場に座りマサトとアキは談笑する。しかし、この二人すっかり忘れている。今この部屋には年頃の男女二人きりでドアも締まっておりマサトの両親は一階にいる。つまり、今この状況は何があってもおかしくはない状況なのだ。それなのに二人はもはや緊張すらせずに修学旅行気分で談笑している。
「それにしても広い部屋だよね」
「そうか? 僕はそんなに広いとは感じないが」
「充分に広いよ」
「そうなのか。でもアレだぞ。ユウの部屋の方が広いぞ」
「え? なに。金持ちなの」
「金持ちだなあそこの家は」
ドダダダダッ。
それは突然にやってくる。走るように階段を上ってくるその足音。マサトとアキは談笑に夢中になり全く気付いてはいない。しかし、着実にその足音は二人のいる部屋へと近づいてきていた。
「ユウの家は本当の金持ちの家だ。あそこはいちど」
マサトが言い終わろうとした瞬間ドアが勢いよく激しくドーンっと開いた。
「やぁ。お母さんとお父さんから話は聞いたぜ!」
「か、カガミ。誰」
「なっ!? 夢現姉」
「我が弟、マサトよ! あの勉強馬鹿な弟が女連れとあっちゃー姉は黙ってられないね」
マサトの姉はなぜか大袈裟なモーションとともに二人の前へ現れたのだった。