#1-3
学校帰りの放課後。
様々な学生がそれぞれの青春を謳歌する時間帯。
ある者は毎日のように遊ぶにふける。ある者は将来のためと勉強にいそしむ。ある者は高校生だからとバイトに励む。そんな時間帯。
その日も何ら変わりなく学生たちは夕日を背に街を歩く。毎日毎日まるで台本に書かれているかのように同じ毎日を送る学生たち。
「じゃ、俺はこれで」
「ま、待つんだ! ここでユウが居なくなったら僕は心ここにあらずになってしまう」
「そ、そうよ。私もそう」
「おい。ヤメロ! こんな人が大勢いるところでヤメロ!」
マサトとアキはあれから二人で帰ろうとした。だが、やはり。その場の空気感と言うものがあって普段焦りを一つ見せないマサトさえ女子と二人きりで帰ると言う未知の体験には怖気ついてしまい一度は一緒に帰れないと言ったユウに「一緒に帰ってくれ!」と、マサトが必死に懇願したのでユウは仕方なく了承しマサトとアキの一歩後ろを歩いて帰っていた。しかし、ユウはその場の状況を重視したい部類らしく自分は邪魔者と思い帰ろうとした瞬間にこの街のメインストリートと呼ぶに相応しい通りで両腕を右をマサトに左をアキに掴まれている状況に陥ってしまった。
「やめてくれ! マジでやめてくれ! 通行人がひそひそと話し始めているじゃないか! マジで勘弁してくれ!」
「なら、せめて後10分は一緒にいてくれ! お願いだ」
「私も同意見」
「あー、もう! わーったから離してくれ! お願いだ。やめてくれぇぇぇ」
ユウが半ば強引に心を折られマサトとアキの願いを了承してしまう。確かにこんな状況になったのはユウのその場の状況重視の性格だったせいであり自業自得と言えなくもないが、最終的にユウの心が折れた理由はマサトとアキの必死過ぎる懇願と通行人からの好奇の目と少し離れたところに見えたこっちへ向かってくる警察の姿をとらえてしまったからだった。もし、こんな状況を警察に見られでもすれば明らかにユウの立場は完全なる加害者だ。懇願する二人を目の前に煙たがるそこら辺にいる兄ちゃんのような。とにかくこの状況を警察に見られるわけにはいかなかったので了承してしまったのだった。
「ほら、10分しか一緒にいないからな。わーったら、行くんだろ? 目的地」
「お、おう。そうだったな」
マサトが普段の冷静さを取り戻しメガネをくいっとあげながら答える。
「ねぇ。その目的地っていったいどこなの? 私、何も聞かされていないんだけど」
「マサトおま、言ってないのかよ」
「当たり前だ。その事前に知ってしまうと先入観が生まれてしまうからな」
「あー。確かにあの場所はそうかもしれねぇな」
マサトとユウがうんうんと頷く。そんな二人を見ながらアキは「ねぇ、どこなの」と聞くが「教えられん」とマサトに一蹴されてしまう。
この三人を見ているとさっきのアレがウソのような青春を最大に謳歌している高校生に見える。まるで、その姿は中学生や小学生が憧れてしまうほどの何かがあった。格段に華やかさがあるわけでもない。しかし、マサトとアキとユウのその姿はまるでずっと一緒に過ごしてきたかのようなそんな感じがあった。
そんな三人が歩いて、しばらくするととある公園の入り口に着いた。
「おぉ。ちょうど10分でしかも、目的地に着くとは」
「計算通りだ」
「何だろう。この敗北感は」
ユウがげんなりと肩をため息をつきながら落とす。
「……えっと。目的地って」
「ここだ」
「じゃ、今度こそ俺は帰るからな」
「おう。本当にすまなかったな」
「すまないと思うのなら、さっきのはマジでやめてくれよ」
マサトのそんな言葉にユウは苦労性のそれと同じような反応を示した。きっと将来は奥さんの尻に敷かれるタイプだろう。そんな将来になりかけていることなどつゆ知らずユウは一人帰って行く。
ユウが帰りその場にはマサトとアキの二人きりとなった。ユウが居なくなると一気にその場に緊張感と言うべきかあの互いに意識していることがわかってしまっている状態なのになぜか付き合っていないぐたりの独特な空気感が流れ始める。
「その、行くか」
「だ、だね」
マサトとアキが同じタイミングで右足を前にだし少し早まるその鼓動とともに歩きも早くなり目的地へ存外早く着いてしまう。普段は見れるはずなのに今回に限っては見れない公園の自然や生物たち。そして、公園にいるはずのマサトとアキ以外の人や物の音が一切耳に入ってこない。まるで公園には二人だけしかいないように感じられる。それがまた二人の歩くペースと鼓動を早めてしまった。歩いている途中は会話一つもなく互いをちらっと見ることすらできない。視界に移っているのは普段よりも眩しく感じる夕日と風に揺れる木々のみ。そして次に言葉を交わしたのは目的地に着いた時だった。
「あれだ。その」
マサトが珍しくたじろっている姿がアキには可笑しく。そして、なぜかかっこよく見えてしまった。
右手で頭を掻くその姿。恥ずかしいのか頬を赤らめている姿。その全てがアキには不思議とかっこよく見えてしまった。
「はは」
「……やった。やっと見れた」
アキがつい笑ってしまうとマサトが優しくアキを見て微笑む。
「やっと笑った表情を見れた。よかった」
「なっ……」
人は面と向かってそんなことを言われてしまったら強度に意識してしまい笑ったり恥ずかしくて出来なくなってしまう。
「もう、笑わないのか? せっかくその、アレだ。可愛いのに」
「あー! 何も聞こえませーん! 私なにも聞いてませーん」
「なら、もう少しでかい声で言うか」
「あー、やっぱり聞こえるー? 聞こえている―?」
「ほう。聞こえているのか」
「うん。めっちゃ聞こえる! クッソ聞こえるわ」
二人は互いを見やって盛大に笑った。その場所さえ忘れてしまうほどに笑ってしまう。公園を散歩する人や帰り道として利用する学生たちはそんな二人をじろじろと見てしまう。
それもそのはずだった。たどり着いた目的地は公園内にある小さな池だった。その池は丁度この夕方の時間帯に月と消えかける夕日が池に写り目の前では夕日が見れる。実に風情のある場所だった。
「そうだな。あのベンチにでも座るか。このまま立って見ているのもいいが座ってみてるのもなかなかだ」
「うん」
マサトが提案したことに二つ返事で返すアキ。
「おっし。なんかアレだな。今日は僕のわがままに突き合わせてしまったな」
「わがままって。特にわがままってない気がするけど」
「言っているだろ。日比埜の行きたいところ聞かずにここまで来てしまったのだから」
「別に行きたいところなんてなかったから。そんなこと考えられるほど余裕もなかったし」
「…そうか」
マサトとアキの間には妙な空気感が生まれる。それはどこかすがすがしいような。それはどこか温かいような。それはどこか優しいような。それはどこか夢見ているような。そんな感じ。そしてそんな二人の目の前にはこの世のすべてを包み込むような暖かな光を放ちつつ夕日が消えていき、段々と空が薄暗くなってきている。
「うわ。こんなところでこんなのが見れるとは」
「どうだ。意外とすごいだろう。僕が見つけたこの街での唯一の美点だ」
マサトとアキの表情には自然と笑みがこぼれてしまう。それほど目の前の夕日は温かく美しかった。しかし、もう夕日は完全に消えてしまった。その夕日の最大の美しさは消える前の一瞬のみ。その美しさをマサトとアキは記憶に焼き付けた。その日の夕日は特に。二人にとっては特別なものだろう。
「……ふぅ。つい見いっちゃった」
「僕もだ。何度見ても夕日の消える瞬間は綺麗だ」
「こんなのをいつも見てんの?」
「時間があればな。この光景は好きなんだ」
アキから見た少し上にあるマサトの横顔は教室では見せない子供の様な無邪気な笑顔だった。
「そっか。ア…カガミも高校生らしい一面あんじゃん」
「? 当たり前だ。僕は現役の高校生だからな」
「うん。そう言う意味で言ったわけじゃないんだけどな」
「では、どういう意味だ」
「うーん。言葉には表せないような理由?」
「なぜ、疑問を疑問で返す」
「さぁ?」
「だからなぜ疑問なんだ!?」
まだ少し明るい薄暗い空の下でベンチで座りながらくだらないことを談笑するマサトとアキ。
「ははは。こうやって話してみると面白い奴だなカガミは」
「日比埜も気が合うかもしれんな。こんなに話しやすい相手はユウ以外に日比埜が初めてだ」
だがそんな二人はまるで何かを避けているように話の話題を次々とだす。
「そ、そうだ。賀上はテストの学年順位とかどうなの」
「1位だが」
「マジで」
「マジも何も1位以外とったことがない」
「ここにいたよ。天才が」
話は空が暗くなっても絶えずに続いた。普段休日に何をしているのか? どんなテレビを見ているのか? 中々、あの話をし始めない。
すると、空気を読んだかのように二人の携帯が同時になった。
「親からだ」
「日比埜もか」
「ってことはもしかしたら内容も同じ?」
「早く帰ってこい。だそうだ」
「あー、同じだ」
携帯で時間を確認してみると時間は8時を回っていた。気付けば空は完全に暗く星が輝き始めていた。
「そろそろ帰るか」
「そ、そうだね」
二人は携帯をしまい同時に立ち上がる。
「……なぁ、日比埜」
それを切り出したのはマサトだった。
「は、はひ!?」
「学校で行った、うちに泊まらないかってことなのだが」
「う、うん」
「そのなんだ。まだ、返事を聞いていなかったのだが」
マサトは今自分の持てるすべての力を振り絞りアキに問う。アキもそれにこたえるかのように今ある勇気を絞り出し答える。
「……べ、別に大丈夫、だとは思う」