#2-7
別荘に戻った時にはすでに夕日が沈みかけていた。
夏の日は長いと言うが意外と早くおちる感覚がある。
それもこれもこの胸の高鳴りのせいなのだろうと、わかってはいても中々に認められないアキは、胸の高鳴りを鎮めるのに精一杯だった。
隣に、すぐ横にマサトが居てはそうそう高鳴りが静まるわけがない。しかし、マサトから離れれば不自然に思われてしまう。だからと言ってこの胸の高鳴りを放っておく訳にもいかずにしどろもどろ、おどおど、と小一時間は別荘で一人考え込んでいた。
別にマサトが嫌いで胸の高鳴りを静かにさせたいわけではない。
胸がこうも高鳴ってしまってはアキ自身が何をしでかすかわからないから静まってほしいのだ。
「あー、ついたー」
「やっとだー」
そんなタイミングでユンとユウは別荘に帰ってきた。
「もう、冷やし中華は当分くわねぇ」
「私も同じく」
二人は冷やし中華の食べ過ぎによりあの後、お店に二時間はいた。
店主の優しさに甘えていたが、時間も時間なのでゆっくりと帰っていたらこの時間になったのだ。
因みにまだ、お腹は膨れていた。
「まだ、全部消化しきれてないんだね」
「…うん。正直言ってあの時の私とユウはおかしかったと思う」
「よかった。気付けたんだね」
「時間はかかったけどね」
ユンはマサトを、しっしっ、と座っていたソファーからどかしてそこに座る。
「あー、楽だー」
「もう、ユンったら」
この時、アキは心からユンに感謝していた。
言葉でこそ言わなかったがマサトが隣じゃなくなったこととユンが座り異常なまでの謎の安心感がアキの中で生まれた。
「ドンマイ、マサト」
「な、何がだ」
「日比埜さんの隣に座ってたのにねぇ」
「べ、別にそれはっ」
「焦り過ぎだって」
マサトは二階の部屋のベットの上で横になっていたユウの元へ行き、ベッドの端に座る。
「…なぁ、友よ」
「ん? どうした急に」
「僕は明喜のことが大好きな気がする」
「気がするは余計だろ」
「…そうかもしれんな」
「かもじゃないだろ。お前はとっくに日比埜さんのことが大好きでたまらないんだろ?」
「あぁ。大好きすぎて愛おしい」
「デートもしたし、お泊りもしたんだろ」
「あぁ。した」
「なのに付き合ってないんだよな」
「……そうなんだよー」
マサトが両手で頭をかかえて嘆く。
「彼女じゃないのなら。俺が横から茶々入れようが他の男が日比埜さんに声をかけようがお前には文句の一つも言えない立場ってことだ。もちろん、誰かと付き合い始めてもな」
「縁起でもないことを」
「なら、なんでさっさとコクらないの?」
「…いや、それはだな」
マサトの普段見せない優柔不断な姿を見てイラついたユウが勢いのままに言う。
「お前さ、もしかしてこの関係を保ちたいとかそんな少女マンガみたいなこと願ってんじゃないよね? 他人には厳しく、自分には激甘ってか。お前、人として最低のクズだぜ。自分のことを何もできないくせによ他人にはやらせるって」
「いや、それは論点がズレていないか」
「ずれてるものかよ。お前、昔にオレが好きな子に告白するか迷っている時に、すぐに言った方がいい。告白は早い方がいいって後押ししただろ? そんで、今のこの有様はなんだ? 自分で言ったことを自分で守れなくてどうするよ」
「そんな昔のこと」
「あのさ、言っちゃうけどさ。お前と日比埜さんわかりやすいほどに両想いじゃん。何を怖がる必要があるの? 何をそんなに心配する必要があるの? こんな勝ちを約束されたゲームのようなことに」
ユウは決して感情的になることはなくただ勢い任せに言う。
そんなユウの言葉を聞いて痛いところをつかれたマサトはただ、茫然と聞いているしかなかった。心の奥底では理解していた自分自身への甘さやその他を幼馴染であり親友のユウに言われようやく自覚する。
自分はただ逃げていただけなんだ、と。
結果は既にマサトにも想像がついていた。上手くいく。それも確実に。
なのにその先のことを色々と考えた挙句にマサトはその先に何が待っているかわからなくなりそれが結果的に怖くなってしまい、告白から逃げていた。
それを今、気付けたことはマサトにとってとても大きな前進。
「…そうだ。最初からうまくいくとは思っていた。そんなのは明喜の僕への態度を見ていればすぐに解った。けど、怖かった。告白して、成功して、いざ付き合い始めて今よりもいろんな所を明喜と二人で行って。…けど、その後は? デートした後は? 普段どんな感じで接すればいい? 彼女はどのくらいの距離感が大切なのか? いろんな疑問に怖くなったのだ。確かに、ユウの言う通り、他人には厳しいくせして自分自身には激甘なのだな。僕は」
「なんだ。気付いたじゃん」
「あぁ。ただし気付いたのではなく気付かされた。今まで避けてきたものにユウが一緒に立ち向かってくれたのだよ」
「は? 俺はただナイーブになってるお前にイラついたから言ったまでだ」
マサトとユウは互いに自嘲気味に笑う。
「さてと。お前自身の気持ちにも気づけたことだし、早速今日の夜とかどうだ?」
「今夜にでも告白をする。善は急げだ」
「俺からしたら、もう急ぐ必要もないんだけどね」
「そうなのか。なら高校を卒業してからでも」
「だーかーらー」
ユウはどこか呆れ顔で言った。
「今さっき言ったばっかりだろ。そんな余裕だしてたら日比埜さんだって気持ちが他の人に言っちゃうかもしれないって」
「しかし、今ユウは急ぐ必要がないと」
「あー、もう。それは今のこの状況のままだったらの話だよ。もし仮にマサトのライバル的な存在が出てきたらどうだ? マサトともう一人の男のはざまに揺れ動く日比埜さんの気持ち。そんな日比埜さんにお前は何もすることはできない。そしてもう一人のライバルは手早く日比埜さんを」
「やるではないか。そのライバルとやら」
「お前のその感心できる余裕っぷりは本当に凄いよ。けどな。恋だの愛だのってのは一秒あれば変わっちまうんだ」
「そんなのは物理的に不可能ではないか」
「……お前。それ本気で言ってないよな?」
「…ん?」
ここまで来てのそのマサトの反応にユウは心底呆れてしまう。さっきまで自分が押しに押していた男がこうも恋愛に疎く、人の気持ちに無関心なのかがよく分かった。
そこで、ユウは言う。
「なぁ。お前にも心ってもんがあるよな」
「当たり前ではないか」
「その心は物理的に触ったり、見れたり、人間の五感で感じることは可能か?」
「何を馬鹿なことを」
「だろ? けどお前は今、物理的には不可能ではないかって言ったよな。それって恋や愛だのを物理的に解決しようってしたことだよな」
「うむ」
「だけどよ。恋ってのは心で感じるもんだ。それを物理的にとかやろうと考えた時点で、お前は大馬鹿なんだよ」
「恋とは心で起こる現象だったのか。僕は明喜を見るたびにて心臓部が締め付けられるように痛くなってしまっていたからてっきり心臓の病か何かと」
そのマサトの言葉にユウは最早何の反応もできなかった。
小学生でも理解ができる恋の病。ココアのようにほろ苦く、けれどもホワイトチョコのように甘くとろけてしまうような幸せ。好きな相手を見るたびに何故か気持ちを押さえつけるためなのか心をギューッとされたような妙な痛み。でもその痛みでさえ恋だと気付けば幸せに変わる。そしてそんな経験をして好きな相手が自分のパートナーとなったらもう成功者も同然だ。神からは祝福され周りからは羨望の眼差しで見てもらえる。この全宇宙の中でたった一人の運命の人を射止めることさえできれば次に待っているのは聖者の鐘の音。そして、最後は幸福の中で目を閉じ眠っていく。それが誰しもが望むハッピーエンドの恋の理想形だ。
そんな誰でも理解できてしまうことが、今ユウの目の前にいるマサトには理解ができていなかった。なのにこの間まで、青春を存分に謳歌していた。つまりはそこからわかることは彼がどれほどまでの天然であるかだ。
そしてマサトは極度の天然。勉強や運動ができても人間関係が破壊的にしかも恋愛特化で駄目らしい。
「…お前はガキ以下だな」
「な!? 唐突になぜそんなことを言われなければ」
「んじゃ、今から俺がお前に話すことすべて理解できたら、誤ってやんよ」
それから本気になったユウ(イケメンモテ男)による恋愛講座が開講された。
普通に生きて、学校に通っていれば授業で習わずとも理解できていく恋の感情を位置から丁寧に教えていった。
そして講座が始まって三十分。
「わかったな。なら、買告白をするために呼び出す場所とタイミングは」
「夕飯を食べ終わりひと段落ついた後。場所は海辺」
「よし、正解!」
謎のテンションに憑りつかれたユウはともかくとして、今のマサトの目には告白が確かに成功する自信とその後の幸せな学校生活しか映っていなかった。
「御飯だよー」
タイミングよく日比埜家母が上の階にいたマサトとユウを呼びに来た。
「あ、わかりました」
「今すぐ行きます」
二人は呼び出されそのまま下の階へと向かう。
今日は外でバーベキューではなく別荘の中でのカレーライスだった。
「カレーかぁ。あれ、福神漬けは? カレーのマストアイテムは」
「…私がやりました」
ユウが座り、カレーを見ると福神漬けがないので誰是かまわずその場で言ったら隣の椅子に座っていたユンがスッと覚悟を決めたように手をきれいに一直線上にあげて自白をした。
「私がすべて悪いんですぅ! わぁたしが手を滑らせなければアイツ(福神漬け)はぁぁぁぁわ」
どこかの胡散臭すぎる大根芝居を役者根性たくましく演じるユンに対して、あまりにも福神漬けを愛しすぎているユウは聞く耳持たず。
「貴様。…代償はわかっているな」
「……はい。体でも何でも好きにしてください」
「わかってんじゃねぇか。あいつ(福神漬け)の代償は高くつくからな。やすやすと複数の命を落とした代償だ」
そのユンの大根芝居になんだかんだノッテしまうのがユウである。
しかし大根芝居の内容が内容なだけに親たちがいる目の前でそれをやってしまえば。
「なにやってるの。今はちゃんと食べなさい」
「まったく。それでも親谷家の長男なの」
それぞれの母親に怒られるわけである。
「ふふ」
その光景を真正面の椅子に座っていたアキは幸せそうに笑いながら見る。
隣に座っていたマサトはそんなアキの横顔を見て心がキューッとなる。
そこで初めてユウに教えられたことの総てが理解できる。あぁ、これが恋なのだな。と。
「…なぁ、明喜よ」
「ん? なに」
マサトはそんなアキを見てつい、声をかけられずにはいられなかった。
「ちょっ!? マサト、な、なんでそんなじーっと私のこと見て」
「…え、あ、す、スマン。ついな」
「つ、ついって」
「そんなことよりもだ。ちょっと耳を貸してくれないか」
「え、うん別にいいけど」
アキはマサトの急な願いも聞き入れマサトに片耳を近づける。
アキが近づけば甘くどこか酸っぱい匂い。それと心臓の音。
全て、手に取るようなマサトにはわかる。
だからこそ、言う。
「この後。二人きりで海辺でも散歩しないか?」
「……うん」
特に驚きもせずにアキは返事をした。
マサトからしたらそれは意外だった。秋のことだから驚きの一つや二つするのだろうと思っていたからだ。
けど、一つだけ。
一瞬だけだけど、アキの心臓の鼓動が飛び跳ねあがるように鼓動した。
それさえ分かればマサトには十分だった。
「マサト」
「…あぁ」
二人の様子を見ていたユウはマサトにニカッと笑い、エールを送った。
頑張ってこい。
笑顔で伝えるたったそれだけのエールは、時にとても心強いものとなる。
「御馳走様でした」
「ごっそさん」
「ごちになりんました」
「御馳走様」
それぞれが食べ終わる。
マサトとアキにとって特別な時間が始まる。
告白はもう目の前まで迫っていた。




