#2-4
「ねぇ、好きな人っているの」
星空の良く見える窓ガラス。吹き上げる心地よい潮風。夏にしてはそこまで暑くもなく程よく過ごせる夜。ログハウスのようなその別荘はアキが想像していたよりもはるかに大きく、賀上家のマイハウスを軽く追い抜かす程度の大きさだった。
そんな中の一室。ベッドが二つだけ置かれた畳で数えれば十五畳はあるその部屋にアキとユンが二人で寝ながら話していた。
「…そのノリに合わせなきゃダメ?」
「えー、私は隣のクラスの帰国子女って噂の神山君が気になるかなー」
「私、寝たいんだけど」
「あ、わかっちゃう? やっぱ結局さ、みんな田中のこと好きになっちゃうんだよねー」
「それツッコミ待ちなの」
「え? あー、佐藤派だったか。でも、わからなくはない」
「ねぇ、本当に眠い」
「佐藤の魅力ってさ不思議なんだよね。田中ってわかりやすくイケメンじゃん? でも佐藤ってそこまでイケメンでもないし」
「もう、寝るから静かにしてね」
「なるほど。確かに言われてみれば話していると自然と楽しくなるよね。聞き上手で程よく、喋ってくれるし、そりゃモテますわな」
「もうさ、本当に静かにして」
「えー、でも私は不動の田中……って、アンタまさかの伊藤派!?」
「…もう」
「えー、私がいつも伊藤といるって? そりゃ、家が隣だからだよ。腐れ縁ってやつ? え? 恋愛感情なんてあるわけ…ないじゃん」
「……」
「今の間? なに? 何勘違いしてんの? そんなわけ…あるわけないし」
「…御休み―」
「ばっ!? なに急に黙りだしてんの!? これじゃ私が悪いやつみたいじゃん。皆も、ね? ねぇってば!?」
そのユンによる修学旅行から帰ってくるとなぜかアイツだけがはぶられていたのは何故だろう? アイツいつも女子たちの中心にいたくせに。一体なにが? から始まる回想劇ごっこがおこなわれアキはその日、眠れることはなかった。
アキとユンが寝ている部屋のちょうど真下。そこにはマサトとユウが一緒に寝ていた。
「なぁ、マサト」
「なんだ? ユウよ」
「なんで若者は若者で一緒の部屋じゃないんだ? 青春の生涯か何かか?」
「そうだな。高校生のご身分でやることをやってしまいゴムがなくて思わずそのまま出してしまい後日、検査をしたら子供が出来ちゃった。みたいな冗談では聞かないことを避けるためではないか?」
「このメンバーでそんなことになるのはヒビノとお前ぐらいじゃないか?」
「バカを言え。僕はちゃんとだな。そのなんだ」
「おいおい何か言ってみろよー」
マサトはやや面倒くさそうにユウの若干ウザい問いに答える。
「付き合ってもいないのにだな」
「うんうん。突きあってないもんな。だから今回のこの旅行もどきで激しく突きあいをだ」
「…すまん。ユウは一体何を言っているのだ?」
「何って、ナニだよ」
ユウがそう言った瞬間、顔面に相当な衝撃と共に枕が当たる。
「バッキャかお前は!」
「…ったー」
マサトが荒い息づかいをして頬を赤らめながら立っていた。
「まだ、そんなことできる訳がないであろう!」
「そうだ、なっ!」
仕返しにユウが全身全霊を込めて枕をマサトの顔面にヒットさせる。
「…人の話を聞かないかー!」
「おう、そっちがその気ならやってやろうじゃねぇか」
マサトとユウの男のまくら投げは永遠に決着がつくことがなく二人は息を切らしながら汗をかきながら朝を迎えることとなる。
マサトとユウがまくら投げをやっている時、一階の縁側には父親三人が静かに飲んでいた。
「いやはや、青春してるな」
「この音はまくら投げをしている音かな」
「いいですねー。僕なんかは娘しかいないから騒がしい日常ってやつを夢みてましてね」
「おっと、空ですよ。はい、おかわり」
「お、これはこれは。では僕も」
「スミマセンな」
その瓶はもう何本目か。父親三人の後ろにはかなりの数の空き瓶がある。
「それにしても、たまにはこういうのもいいですね。風情がある」
「でしょ。俺、毎年この季節にここで飲むのが好きなんですよ」
「毎年! それは羨ましい」
「なら、日比埜さん。来年もまたここで飲みますか?」
「いいんですか!?」
「ぜひぜひ。一人じゃ寂しいですから」
「では、お言葉に甘えちゃおっかな」
「じゃ、俺もいいかな?」
「当たり前じゃないですか、賀上さん」
「おー、一人だけ仲間はずれされると思っちゃいましたよ」
「そんなことする訳ないじゃないですか。もうこの三人は飲み友ですよ。なんなら親父会みたいな感じ」
「お、今の言い方。若いですな、新谷さん」
「そうですかー。いやー、まいっちゃうなー」
「お、また若い」
「今度は賀上さんにも言われちゃった。あはは、こりゃ本当に俺、イケイケでちょべりぐに若いのかな? なんちて」
「ぎゃはは! ナツい! …夏だけに」
「ウマい! 新谷さんも日比埜さんも」
「いやいや、賀上さんの絶妙な合いの手がなければ」
「そうですよ。賀上さんがいてこそです」
「あ、そう? そんな感じ? まいったなこりゃ!」
「ほらほら、賀上さん。お酒どうぞ」
「お、ありがたい」
そんなユルい会話が続く父親たちの後ろ。バーカウンターのようになっているテーブルにアダルティな雰囲気を醸し出しているシャンデリア。バーカウンターのようなテーブルの中にはマスターなど居なかったが、逆にそれが良い雰囲気を演出していた。それに母親三人のスタイルが良いのでその場の雰囲気に合っている。これが地元の田舎にいるだらしない体型の声がデカいよく物語にでてくる母親だったらこの洗礼されたアダルティックな雰囲気はぶち壊されていたであろう。
「まったくもう。あの人ったら、また飲みすぎちゃって」
「それは私のところも同じですよ。気にしないでください」
「夫も珍しく私の目の前であんなに飲んじゃって」
「あら? 日比埜さんの旦那さんはいつも飲まないの?」
「いえ。飲むことは飲むんですけどね、自身の酒癖の悪さを自分で知っていて、私に迷惑をかけたくないからって普段は私の前では決して飲まないんです」
普段、娘たちと話すようなラフな口調ではなく、場に合った程よく丁寧で大人な口調で話す母親たち。いき過ぎた上品な言葉づかいや行動は時にそれ自体が悪く見られてしまう。自身の身分に驕っているのではないか。いつも私たちを見下しているのではないか。そんな薄汚れた考えを持たれてしまう。なので場に合った程よい丁寧で尚且つ大人でちょっぴり上品が入った口調が一番に場に馴染み相手にも好印象を抱かせるのだ。
「いい旦那さんじゃない。私の旦那なんて、いつもお酒をがぶがぶ飲むのよ」
「賀上さんの旦那さんなんて私の人に比べれば。まだ抑え目な方よ」
「親谷さん家の旦那さんはそんなに飲むの?」
「…えぇ。見ているこっちが酔ってきちゃうほどにね」
「確かに親谷さんの旦那さんに比べれば家のなんて、まだまだね」
赤ワインがそのエロティックな深紅に輝くローズマリーのような妖艶さを演出し母親たちが持っているワイングラスを濡らすような演出をしている。
縁側で飲んでいる父親たちが古き良き日本の姿であるのならば母親たちその大人な姿は明治初期の西洋カブレ。それぞれがそれぞれには持っていなかった魅力に惹かれ愛を育み時代をつくる。そんな感じだろう。
犬と猫。蝶と蛾。そして男と女。似ているようで対極にいるそれらは一度、恋の味を覚えてしまえばもう恋から抜け出すことは決してできはしない。それが真の運命である。
「でも、若い頃はそんなあの人の姿さえ何故だかかこっよく見えちゃったのよね」
「わかる。何をやっても、何をしてくれてもかっこよく見えちゃうのよね」
「私なんかは今でも旦那のことがいつでもかっこよく見えちゃうわ」
「あらら。日比埜さんったらラブラブね」
「そんなこと言えるって、相当旦那さんに浴してもらっているのね」
「そ、そんなことないわよ。ただ私がいつまでも旦那への想いが落ち着かないだけで」
「もしかしてまだ青春中?」
「何よそれ。羨ましい」
母親たちのそんな会話は明朝まで続いた。
そしてプチ旅行は二日目を迎える。
「…もう、最悪」
「おは、よう」
その場にいた全員は眠そうにしていた朝九時。
小鳥のさえずりなど聞こえるはずもないその場所には、かわりに海のさざ波の音が耳に心地よく入ってくる。
「ふはぁ。明喜はなぜそんなに眠そうなのだ?」
何にもの人が腰を掛け食事ができる見たこともない大きなテーブル。そこの右端にマサトが一人ポツンと顔を隠すように腕を組みながらダラーっとしていた。普段ときっちりしたマサトからは想像もできない姿だったため少し、キュンとなってしまうアキ。
しかしそんな胸の高鳴りも眠さには負けてしまいすぐに打ち消され、自然とマサトの横の椅子に座るアキ。
「昨日の夜、ユンの一人声芝居が隣で延々とやってて、鬱陶しくて眠れなかった。だって、あの耳に絶妙に入ってこなさそうで入ってくる声でずっとしゃべってるんだもん」
「それは確かに。なら一層のことガッツリ聞こえた方がまだ、イラつ気もしなくて済むな」
「でしょ。…て、そんなマサトも眠そうだけど」
「あー、コレはアレだ。歴戦の勇者の証だ。男なら誰しもが憧れるものだからな。女には到底理解できんだろう」
「……なんかわかっちゃったからいいよ」
「流石は明喜だ」
その一連の流れはまるで長く連れ添ってきた熟練の夫婦の様でたまたま、その場にいた母親と父親たち合わせて六人に大きな衝撃を与えた。
「ねぇ、貴方。あの会話の流れ」
「あぁ。あの流れは」
ニヤニヤしながら話す賀上家夫妻。
「あの二人。本当に出会って二ヶ月ちょっとですか? 下手したら私と旦那を超えてますよ」
「…え? お前、そんな」
いろんな意味で旦那が衝撃を受けた親谷家夫妻。
「これはもう、認めるしかないわね」
「そうだな。流石にあの今の会話を見てしまったらもう認めるしかないよな」
そしてこれまでも相手がマサトならと賛成していたが今のを見てより賛成し完全に認める日比埜家夫妻。
そんな親たちの気も知れずマサトとアキはそれからも十分程度、熟練夫婦のような不気味の悪い程息の合った会話を続ける。
「じゃ、私起こしてくる」
「僕もだ」
そう言って何か合図があるわけでもなく座っていた二人は、まずはアキが立ち上がってその後にマサトが立ち上がり、息の合った行動をとりながらユンとユウを起こしにそれぞれの部屋に行った。
そしてそれから少しの時間が経ち全員がそろったところで軽めの朝食。トーストにシナモンがふりかけられ、少し苦めのコーヒーを後の引く甘さで中和してくれる。
そんな朝食をゆっくりと食べているとそれぞれが今日は何をするかの話で盛り上がっていた。
「今日はそうね。約束通り海でのんびりしましょうか」
「ちょうどいいわね。私少し寝不足なのよ」
「私もです。久々に夜更かししちゃいましたからね」
朝のせいなのか寝不足のせいなのか、落ち着いた口調の母親三人。
「俺たちはどうっすかね」
「銭湯か温泉にでも行きませんか? まったりのんびりとね」
「いいですね。僕もたまには行きたいですからね」
こちらも寝不足か、朝なのかは知らないがゆったり目な口調で話す父親三人。
「私たちも今日はお土産とか見て周りたいな」
「確かにな。明日がるとはいえ、一日かけてゆっくりと見て周るのもいいな」
「俺はなんでもいいや。なんかひどく眠いし」
「じゃあ、今日はお土産めぐりで決定だね」
それぞれがそれぞれの想いを巡らせるこの旅行。
楽しい時間程早く流れていき、もう二日目。この旅行の本番ともいえる日。
夏の太陽が熱くてらし続けるこの日。
運命は激しく動き出し、未来をどんどん書き換えていく。
そしてそれぞれがそれぞれ。一生忘れることはできない素敵で綺麗な運命の日となる。
そうとも知らずこの夏休み旅行は二日目を海のさざ波と照らしつくす太陽と共に始まりを告げるのだった。




