#2-2
「あら、あらららら」
日比埜家アキの部屋。
「…なんか、ごめん」
「ん? 何がだ?」
「いや、その」
アキの部屋は畳8畳より少し広いぐらいのごく一般的な部屋。その部屋の中心に丸い高さが低いテーブルが置かれておりその上にはちょっとシャレたお菓子と紅茶が人数分用意されていた。マサト、ユン、ユウ、アキの4人分だ。
そんなテーブルを囲うように座った4人から少し離れた部屋の入口に異様なオーラを放つ日比埜家両親が覗き見ていた。
「お、気付いてない?」
「…私は、うん」
「あ、俺も」
「はぁ…」
3人があからさまに部屋の入り口に視線をやるがマサトはその視線移動を見ることなどなく目の前にあるお菓子に舌包みを楽しんでいた。
「マサト。それ天然?」
さすがのユウがほとんど呆れた感じに聞く。
「さぁな。天然酵母なのか食べただけではわからん」
「……ユン様。やってしまってくだせぇ」
ユウがなぜかユンのことを様付で呼んだのにマサトとアキは何故かスルー。
「ね、マサト」
「お、ユン姉。どうかしたのか?」
「ふん!」
「ぬぅわぁぁ!?」
ユンが立ち上がりマサトの後ろに立ち止ったと思えばマサトの頭を両手でがっしとつかみユンはマサトの丁度後ろにある入り口にマサトの首をひねれる限界までひねる。
「たいたいたいあたい!」
「ほら、何か見えない」
「たいたいたい、あ、見えた見えた見えた」
「よし」
マサトが一瞬、自分の命の危険性を感じ人知では計り知れないほど視界が活性化され、部屋の入り口にまるでストーカーのようにこちらを見ている日比埜家両親を見つける。
「ばれたかー」
「ばれちゃった」
今までの会話を本当に聞いていたのか、そんな存在感を醸し出しているのにばれないと思ったのかと色々な疑問やツッコミがあるが、ユン、ユウ、アキはいったんそれを置いておき話を円滑化させるべくさっさと進める。
「なんで、覗きなんて人の道を外れた外道のごとき所業をしてたの」
「ねぇ、実の親にそこまで言う」
「そんな子に育てた覚え」
「うん。ないならママとパパの子じゃないのかもね」
アキは両親には非常に厳しいらしく人とは思えないほどの冷徹さで接する。すでにアキの目はもうすでに生きた目のソレではなくなっていた。
「ごめんなざーい! パパが悪かったん」
「私も悪かったからもそんなこと言わないでー」
まるで芸人の大袈裟な芝居を見ているかのように滑稽な日比埜家両親。
アキのズボンを泣きながら両手でつかみ藁にでもすがるような気迫を感じ得ない。
「……それで、なんでパパとママ(仮)は覗きなんてしてたの」
「(仮)じゃないよ。(現)だよ」
「ダメよパパ。それじゃ両親がいずれ変わってしまうことになるわ」
「それじゃまずい! 一体どうすれば」
日比埜家両親はどうやら底ぬけて明るいらしい。それだけはとにかく伝わる素敵な自己紹介劇と思いながらユン、ユウ、マサトはどこか遠い目をしながら見ていた。
「ねぇ、娘の質問にはちゃんと答えるのが両親ってものじゃないの?」
「……そ、そうだな。えっとなぁ」
「パパ。ここはもう正直に言った方がいいわよ」
日比埜家母のその言葉に覚悟を決めたかのようにつばを飲み込む日比埜家父。
「…実はだな」
日比埜家父のその重い一言に緊張を覚えるユウ、ユン、マサトそしてアキ。
「乱〇パーティーでもやってないかなと、期待していました!」
「「「「……は?」」」」
高校生4人の声が見事にそろう。
「…ってのは冗談で、その夏休みプランにパパとママも参加できないかなーって」
「うん。そうなのよ」
「……一回、殴っても」
日比埜家両親は盛大にてへぺろと許してアピールを試みるがそんなのがあのボケの対価には当然の様に見合っているはずもなく高校生4人の意見を総まとめしたアキのその一言が畳8畳程度の部屋に無残に響く。
因みにユン、ユウ、マサト、アキが考えた夏休みプランはこうだ。
初日に軽く遊び、全員の予定がまたあったら今度は少し離れた海まで行きその海周辺の観光地で3泊4日の旅行をしようとプランを練っていた。高校生にしては中々に気合の入ったプランだ。
それを聞いていた日比埜家両親は自分たちも行きたいと名乗り出たのだ。
「まぁ、そう怒るなアキ。今、両親に聞いてみる」
さすがに何か危険を察知したマサトがその流れを止めるべく割って入った。
「…お、もしもし。うむ、マサトだ」
「あ、俺も一応両親に聞いてみる」
そう言ってユウも両親へ電話する。
「んまぁ、心配しなくてもウチの両親はあんな感じだし。それにユウの家の両親もだいたいウチと似たような感じの人たちだから大丈夫だとは思うよ」
「そっか。ならよかった」
そうこうしてマサトとユウがタイミング電話を切る。
「あー、その。なんだ」
「うん。アレだ」
「こっちも行きたいって言っていたぞ」
「俺ん家も以下同文で」
若干、苦笑いな二人。
「え、じゃあ。この企画旅行は親同伴みたいな」
「みたいなではなく、完全にそうだな」
「え、でも。ホテルとかって今からじゃ」
「アキよ。別荘がないと思うか?」
「あ、はい。そうでした」
マサトとその双子の姉であるユンの家はそれはもう大層な金持ちである。先日、アキが泊まりに行ったときにもその金持ちっぷりに驚愕した。
そして話だけではそのマサトとユンの家よりもユウの家は金持ちらしい。
そんな家が別荘を持っていないはずもない。
「じゃ、どこの別荘がいい?」
「…はい?」
「えっとねぇ。北海道と沖縄には確実にあるでしょ。それから熱海にあとは」
「俺の家が持ってる別荘も合わせれば少なくとも国内だけで考えると十はあるでしょ」
「そうだな。夏だからな。あえての沖縄とかは絶対に嫌だな」
「確かにな。マサトわかってんじゃねぇか」
「それはだな」
アキの目の前では見事なまでの絵にかいたような金持ちトークが花咲くがそこに中流階級の参加権すらあるかどうか怪しいアキにとっては理解しようとしても理解しきれなかった。
別荘一つ持つことでさえ困難なこの時代。賀上家と新谷家の持つ別荘を国内限定で考えるとするならば少なくてもだ。最低だ。十はあるらしい。
「私、三人のお勧めするところでいいや。決めといて。…そんでパパとママはいつまでいるの?」
「そうよね」
「そうだな。それじゃ、楽しみにしてるよ」
「「「はーい」」」
日比埜家両親は笑顔のまま下の階へと下りて行った。
この時のアキはもうすでに疲労困憊。まさか夏休みの計画をたてるだけでこんなに疲れるとは思いもしなかった。しかしその疲労感は何故かそう嫌なものではなく心地よいものだった。
「なんか私もメンドーになったからどこでもいいや」
「じゃ、二人で決めるか」
「そうだな」
ユンは唐突に考える気をなくしそのままゴロニャーンと言いながら寝っころがる。
「ごろごろにゃんにゃんにゃん、ごろにゃんにゃん」
「ちょっとユン。散らかさないでよ」
アキの部屋で横になった状態で回転移動をして部屋を若干荒らすユン。
「ごめんごめん。…許してにゃん」
「……」
「…にゃ、ごらっ!?」
アキは一瞬の間を置きイラッといたのかユンの顔面を膝蹴りする。無言で。
「ごめん。なんか衝動に駆られて」
「それって何の衝動!? 私何かした」
「多分」
ユンは持ち前のタフさでアキからの顔面膝蹴りを喰らったにもかかわらず、すぐに復活する。
「なぁ、マサト」
「なんだ?」
「お前は見たいか」
「…ふ」
「…だよな」
ユンとアキがそんなこんなをやっている最中にマサトとユウはしっかりと旅行先を決定していた。それもアイコンタクトで。
二人は旅行先を最終決定すると男の友情のアレかどうかは知らないが思いっきり手を握り合った。
因みに男はこういった状況に関して言えばどんなにそれまで嫌がっていた事であろうとその先の未来に何か一つ希望さえ見いだせれば、態度を豹変させそれに喰いつく。なんともバカ正直な生き物である。
故に彼ら二人はそれを忠実にまっとうした。
「そこの二人。旅行先が決まったぞ」
「あ、もう」
「結構早かったね」
横になりながらじゃれ合っていたユンとアキに呼びかけるマサト。
さっきまでの会話の内容はマサトとユウの耳にも入っていたがなぜアキが横になっテイルのかがさっぱりわからないが、今はそれをさておいて決めた旅行先を発表する。
「今回の旅行先は」
「ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルどぅっ!」
「沖縄だ」
ユウのお手製ドラムの後にその夏休みや冬休みではかなり鉄板の旅行先が発表されて何とも言えない感じの二人。
「…え? でもさっきマサトは沖縄はいやだって」
「その一瞬の間が気になるが。気分が変わったのだ。沖縄に行きたいと僕の中のパッションがそう叫んでおるのだよ」
「あ、俺も以下同文でー」
この二人。ついにやったのだ。欲望の指し示す希望をつかみ取らんがために旅行先を沖縄にしたのだ。そう今の彼らにとっては希望=性欲。性欲=女子の水着。女子の水着=まだ子供だけど少し背伸びして何とか頑張って買って着てみた水着。この公式が成り立っているのだ。少なくとも彼ら二人は今この瞬間だけは全男子の代弁者だろう。
「まぁ、私はどこでもいいよー」
「私もアキと同じで」
女子二人からの許可も出て心の中で何かの競技の日本代表が優勝した瞬間並に舞い上がる。
「じゃー、アキって明後日って暇っだったりする?」
「うん。この夏休みは少なくとも暇だよ」
「んじゃ、水着でも買いにいこっか」
「明後日ね」
女子二人がきゃっきゃうふふと話している横で男子二人はありとあらゆる策を練っていた。
「そうだ! マサトとシンタニも一緒に行こうよ」
急にアキが欲望に忠実な策を練っている男子二人に提案する。
流石の二人もビクッとなってしまう。なのでこの時の正しいやり方は母親が思春期の息子に気遣って部屋をノックしてから入るように「おーい」と呼びつつ肩を軽く二回ポンポンと叩いてそのまま男子が振り向いた瞬間に人差し指を男子のほっぺに当てながら「えへへ」と笑うのが理想であったりもする。
「そ、そうだな」
「お、俺もそれめっちゃ賛成だわ」
マサトとユウは慌てながらもどうにか怪しまれないように返答する。
「んじゃさ、明日どうせアキとマサトのキャッキャイチャラヴィなドゥエートだべ。そんな時に水着買えばいいじゃん。んで、ユウと私は別で買いに行くからさ。どう?」
「僕は別にかまわんが」
「俺も」
「私もそれで」
「じゃ、明日水着買ってそれぞれの両親の都合がついたらまた日取りとか決め合おう」
何故かいつの間にか途中離脱したはずのユンが話し合いを進めて終わらせていた。
「では、また明日だな」
「そうだね。また明日」
「じゃーねー」
「また日取り決めるときに」
そしてユン、マサト、ユウは家へと帰って行った。
「…よし。まずは部屋を片付けよう」
八月後半
「あ、アーキー」
「ぬわぁ。元気だね」
「そう? 普通じゃない」
「普通ではない」
夏も本格的に中盤を迎えた八月後半。
「今回はお世話になります」
「構わないって。息子が世話になっている礼さ」
「あ、もしかして明喜ちゃんのご両親ですか。いつも息子と娘がお世話になってます」
「いやいや、私の娘こそお世話になっています」
「であは、外はお熱いでしょうから中へお入りになって」
そこには見たことのある日比埜家と賀上家の両親。
そして初めて見る新谷家両親。父はアロハシャツを着てグラサンをでこにのせているユーモアあふれる人。母は長い黒髪を後ろで一本にまとめ、スタイルは凹凸は少ないもののすらっとしたモデル体型でその全身から気品と上品さがあふれ出ている金持ちになるために生まれてきたようなふつくしい人。
そんな両親たちとの旅行。アキは最初自家用ジェット的な何かを想像していたが普通に旅客機で行くらしい。
しかしあからさまにクラスが違っていた。
「なにこの飛行機」
アキは完全に戸惑う。
広々とした自分の部屋よりも広いその空間。何故かバーテンダーが居たり個人個人に専属のCAが居たりと世間離れしている光景が目の前に広がっていた。
「ただの旅客機だよ。本当は自家用があったんだけどね。出すのがめんどくさかったらしくてさ」
ユウが笑いながら困惑しているアキに説明する。そしてアキはその説明を聞いてなぜか腑に落ちてしまった。
(あ、自家用ジェットは持っているんだね)
「自家用ジェットはさすがにユウの家だけだよ」
「家はさすがにヨットだけだな」
「後はボートだっけ?」
アキからの視線に気づいたのかユンとマサトがそう言うってくれるがそれは決して苦笑いをし長りう言葉ではない気がすると思いつつアキは今回のこの旅行に少しの不安を抱かせ始めていた。




