#1-11
「最高だった」
外は夕日が照らしオレンジ色に燃え上がる。
「凄いね。かなり楽しんでるよね」
「む? そうか? 僕はそんなに楽しんでいたか?」
「過去形じゃなくて現在進行形で楽しんでるよ」
あれからマサトはとにかく楽しんだ。
それを証拠にこのテーマパークのキャラクターのカチューシャをつけ、いつの間にかシャツもこのテーマパーク限定の物になっている。
「しかしあれだな。金が凄い勢いでなくなるな」
「そうだよ。ここにいると金銭感覚が狂う魔法にかかるの」
「確かに。言われてみれば魔法にかかったように物の判断が出来なくなっていたような」
「でしょ。このテーマパーク最大の謎なんだよ」
今二人がいる場所はテーマパークを出た広場的な場所。様々な人たちが行き交い日本で一番幸せに満ち溢れている心が穏やかになれる場所。
ゆっくりと歩きここから離れることを惜しむかのように。二人の時間を少しでも長くするかのように二人の歩調はゆっくりと前へ進む。
「今日は楽しすぎた」
「そうだね。私も久しぶりに心から楽しめた気がする」
笑いあうマサトとアキ。
しかしどこか寂しそうなそんな笑顔。
「あ、マサト」
「うむ? なんだ?」
「流石に電車に乗るときはそのカチューシャはずしてね」
「…そう言えばつけていたな。馴染みすぎて忘れていた」
そう言ってマサトはカチューシャを惜しむように外す。きっとアキに言われなければずっとつけていた事だろう。
「それある意味凄いね」
そんなマサトにさすがのアキも若干だが引き気味だ。
電車に揺られながら隣にはテーマパークのマスコットのカチューシャをつけた男。周りから見れば立派なカップルに見えるに違いない。そうなってくると余計にカチューシャを外させなければ他の乗客の目線からアキが耐えられなくなる。
「それほど今日が楽しかったと言うことだな」
「…そうかもね。でも楽しみすぎるのも良くないけど」
「節度を持って楽しむのか。中々に難しいな」
「そんなもんだよ。羽目を外すのもいいけど外し過ぎると最悪になっちゃうから」
アキが若干説教じみたことをマサトに言うがこれもきっと今後あるであろうマサトとどこか行くときにちゃんと最初から最後まで楽しみたいがためである。
それをマサトもわかっているようでしっかりとアキの言うことを聞く。
「お、駅に着いたようだな。しかしまぁ、こう見てみれば駅もあれなのだな。テーマパーク色に染まっているのだな」
「そうだね。何故かここにもグッズがあるしね」
「冷静に見てみれば金儲けが上手いと言うか強欲と言うか。とにかく金に対する意欲が尋常ではないな」
「あはは。魔法とけちゃったか」
「カチューシャをとったら魔法からとけたのだ」
「…もうちょっとかかってほしかったかな」
「ん? 何言ったか」
「ううん。何も言ってないよ」
「そうか。なら電車がもうすぐ来るからホームに行こう」
「そうだね」
マサトとアキ。
二人はその後は何かをばれないように互いが庇い合う様に電車に乗っても電車から降りた帰り道でも間を開けないように話し続けた。
一秒でも間を開けてしまったらもう互いが話し出せないと知っているから。
「おー、お帰り」
二人は賀上家に着くとユンがダルッとした部屋着で何故か腕をガクブルいわせながら満足感あふれる笑顔を浮かべている四つん這いのユンの上に寝っころがっていた。
「…さっきまでのを返して」
アキが心の丈からぼそっと言った。
「え? 何を」
当然のことながらユンにはソレはまったくもってわからない。
なにせソレは形のある物ではないから。
「いいから返してよー!」
「だから何を!?」
「同じ女子ならそれぐらいわかってよー」
「んな、理不尽な」
ユンの両肩をがっしとつかみグワングワンと激しく揺らすアキ。
その下ではユンが揺れるたびに「アッ」となぜか頬を高揚させ幸福感の限りを尽くしたように笑顔で言うユウが居る。
そしてそんな状況でただ一人取り残され目の前で起こっている何ともカオスな状況についクスッと笑ってしまうマサト。
「返してよー」
「だから何を!?」
「アッ」
「ククッ」
それから時間は経ちアキは自分の家へと帰る時間となった。
「もう帰るのかぁ」
「また来るって」
「その時はちゃんとマサトと既成事実を創って帰るんだぞ」
「……あ、マサトも。また、泊まりに来てもいい?」
「勿論だ。しかし両親が了承するかだが」
「そっか。ま、その時はその時で」
「うむ。無論冗談だ。その時なんて来ることはないであろうからいつでも泊まりに来るといい」
「ごめん。マサトの冗談は冗談に聞こえないから」
「そうか。なら、冗談を言うのは控えよう」
今、離れるのが惜しい。
できるだけこの時間を長くしていたい。そうすれば一秒でも長く一緒にいられるから。
しかし外はすでに暗く月が神秘的に夜道を照らす程度。後は人工的な街灯のみ。
「そうだ。マサト送ってあげれば」
「そうだな。女子が一人夜道を歩くのはかなり危険だからな」
「え、良いって。そんな。一人でも大丈夫だから」
「ま、遠慮をするな」
「…じゃ、じゃあ。お願いしよっかな」
「うむ。お願いされた」
星たちがきらびやかに夜空を彩り最高に神秘的な空間をつくっている。
「なんか。久しぶりに心の底から笑った気がする」
「そうか」
「私、楽しかったよ」
「そうか」
「それに改めて気づいたこともある」
「そうか」
「ありがとね。マサト」
「こちらこそだ。明喜」
特に会話なんてない。
ただただ二人の足音だけが耳に入ってくる夜道はとても静かでロマンチックで不自然なほどに心があったかくなってしまう。
そんな時に限って時間は早く進むものである。しかし、それもまたただの勘違い。
「あ、家についた」
「…ここが明喜の家か」
そこは賀上家からほんの少し距離の離れた住宅地の中にあるいたって一般的な一戸建て。
「なんかアレだな。こんなことを言っては失礼だが」
「あ、それ以上は言わなくてもわかるよ。でもね、一つだけ言うとこれが日本で当たり前の大きさの家だから」
「よくわかったな」
「まぁ、なんとなく」
家の前で時間を忘れるかのように話し込む二人。すると日比埜家の玄関ドアから母親らしき人が出てきた。
「話し声が聞こえると思ったら」
「あ、お母さん」
「…あ、どうも」
日比埜家の母は見た目がかなり若く見える。実際の年齢はきっと四十前半なのだろうがしわ一つなく肌も見ただけでわかるきめ細やかさ。そして極めつけはその神秘的ともいえる綺麗な黒髪をポニーテールにしている。
「あら。もしかして彼方が正徒君ね。アキからはいつも聞いてるわよ」
右手で口を隠し目の前で起きている娘の青春イベントを心底喜ぶのと同時に親特有のからかいたくなる癖が出てしまっているのがよくわかる。
「もしかしてだけどおばさん邪魔だったかしら。あらやだもう。おばさんはとっととお家に入るわね」
そのあまりにも早口についていけずに流れに身を任せるマサトとアキ。
すると今度は家からアキの父らしき人物が顔をのぞかせる。
「おい。一体何をそんな」
「あ、カー君」
日比埜家父はどうやら日比埜家母にカー君と呼ばれているらしい。
「あそこのメガネ君。アキの彼氏よ」
「……ゆみりん。冗談がちょっとすぎないかい」
日比埜家母は日比埜家父からゆみりんと呼ばれている…らしい。
「なぁ、明喜よ」
「なに?」
「明喜の両親は互いを愛称で呼ぶのだな。それと父親の方に変なデジャヴを感じるのだが」
「デジャヴについてはわからないけど。お母さんとお父さんがあーやって呼び合うものだから学校では色々と苦労したんだ。人を呼ぶときにそうやってあだ名で呼ぶのが当たり前だと思っていたから」
「…それはなんとも」
「あはは」
日比埜家両親がなにやら話している最中、暇になった二人はこそこそと聞こえないように話していた。
「あ。今、娘のことを呼び捨てにしたろ」
「は、はぁ。しましたが」
「しかも下の名前!」
「は、はい」
「お前。娘を下の名前で呼びたかったらな既成事実の一つや二つつくってからにせんかい!」
この時、マサトの中にあったデジャヴの正体がわかった。
「あ、ユン姉に似ている」
「あん? 今、他の女の名前ほざいたやろう」
「ちょっ、お父さん」
「アキはだまっとらんかい」
この面倒くさい絡み方と面倒くさい怒り方。そして面倒くさいほどにおせっかい。この三種の面倒くささがそろっている人間はきっと世界中探しても数えるほどしかいないだろう。それがこんな近くにいようとは。世界は実に狭いものである。
「第一よ。メガネはアレか? アキとデキ婚する勇気とかあんのか?」
日比埜家父の何の前触れもないその質問に日比埜家母とアキはついに言葉を失ってしまう。しかしマサトは即答で答えた。
「はい。あります」
その答えに日比埜家母とアキはまたしても驚きのあまり言葉を失い。日比埜家父はすこしひるむ。
「ほう。因みにメガネは童貞か?」
「はい」
その後も日比埜家父とマサトの意味の解らない質問応答が続きに続き、自然的な流れでマサトは日比埜家に上がり食卓の椅子に座るとまた、日比埜家父と質問応答を始める。
「ねぇ、お母さん。私、こんな見た目だけどさ。男の心がよくわからないよ」
「大丈夫よ、アキ。どんなに見た目がギャルギャルしていようと中身が純情であれば男はぐらっと来ちゃうものよ」
「そうなの?」
「この間やったエロゲがそうだったわ」
「……そっか」
アキは内心思う。
(マサトの家族も独特で個性的だったけど、多分世間から見たら家もそう大差ないんだろうな)
「娘をどうか立派な女にしてやってください」
「うむ」
「そしてどうか孫の姿を」
「任された。明喜の父よ」
「メガネ君」
いつの間にやら話が進んだのか日比埜家父がマサトに頭を下げとんでもないことをお願いしていた。しかもマサトもそんな日比埜家父からのお願いを丁重に承諾しこちらも頭を下げていた。
「そうと決まればメガネ君。まずは既成事実をつくらねばならんのだが」
「明喜の父よ。そのことに関してだがある重大なことを一つ言いそびれてしまっていた」
「なんだ。言ってみろ」
「僕と明喜はまだ付き合ってはいない」
「な、ぬ!?」
その場でただ一人、日比埜家父だけが心の奥底から驚く。
因みにすでに食卓近くのリビングやその近くにも日比埜家母とアキはおらずに今この空間は日比埜家父とマサトだけの空間になっていた。
「待て。付き合っていない?」
「はい。そもそも話し始めたのがつい最近」
「は!? 確かにゆみりんがアキから君の話を聞くようになったのもつい先日のこと」
「だからその。僕はその短い期間で明喜を好きになったのですが。明喜は僕のことを好きでいてくれているのかどうか」
「しまった。そこを問題視していなかった。確かにそこは重要だ」
この二人。付き合いの長い友人曰くバレンタインにチョコをもらってもそれを告白と気付かない程に鈍感。しかし、憎いことにある一定の数からは安定されてモテるのだと言う。
「そこなのだ。一体僕はどうすれば良いのだ」
「メガネ君」
「はい」
「男たるもの恋は自分で成就したらんかい!」
「…あ、明喜の父よ」
そして二人は話が終わり、決意の表れとして固い握手をした。
「では、また」
「あぁ、メガネ君。いつでも連絡を待っているよ」
ちゃっかり二人は連絡先を交換した。そしてそのままアキに知られずにマサトは帰って行ってしまった。とてつもなく満足げな表情で。
「あ、お父さん。マサトは」
「……あ」
その後、日比埜家では日比埜家父に対する日比埜家母とアキによるお説教が延々と始まったらしい。しかし日比埜家父は一貫して後悔無しと言わんばかりにしていた。
「中々に良い父ではないか。明喜の父」
そんなことなど知る由もないマサトは頼もしい味方を見つけた満足感を心に賀上家へと帰って行った。




