人魚釣れました
船の上で吸うタバコは、中々美味い。
青空の下、波に揺られてセブンスターの煙で肺を満たすのは、結構な贅沢だと俺は思う。
「もう、ダーリンったらそんなもの吸って! インポになっても知らないんだから!」
隣に、よくわからない怪生物がいなかったらの話だが。
「いい、ダーリン? タバコはね、吸う人だけじゃなく周りの人も不幸にするんだよ? ワタシとの幸せな家庭を気づきたかったら、やめてもらわないと困るんだからね!?」
怪生物が、喫煙者なら何百回と聞かされた文句をべらべらと喋り立てる。
人魚。
初めて見た時は、驚いた。随分大きな魚が一匹連れたなと思ったら、上半身が人間だった。
人間というか、マッチョのオッサンだった。
「ダーリン、子供つくろ♪」
俺は携帯灰皿をつかみ、オッサンに向けてぶん投げる。
「ひどい、DVよ! 家庭裁判所に訴えてやるんだから!?」
俺は、まあこのオッサンの生命の恩人ということになる。だから、こう並々ならぬ好意を抱かれているのはわかるが、それももう三時間前の話。
正直に言おう、俺は迷っていた。
この人魚、村に戻れば確実に金になる。売った金で船を新しくしたっていいし、なにより漁師をやめてもいい。それはまあ、いいのだが問題はこいつが喋れるってことっで。
「ねえダーリン、早く誓いのキスをして?」
確実に、俺の事を言うだろう。そして無いことだらけをテレビの前で吹聴し、俺はこのオッサンと社会的なパートナーに仕立てられる事まちがいなし。金か、命か。その二択に迫られていた。
タバコをもう一本取り出し、火をつける。偉そうな人がよく体に悪いと小うるさいが、まあ喫煙者限定で少し冷静になるぐらいの効能はある。
「なあ、オッサン」
「キャー、はじめて話しかけてくれた! でもいやだぞお? ハニーっていってくれなきゃ♪」
とりあえずその下半身が本物か確かめるべく、手を伸ばす。
――オッサンの下半身に、なんで素手で触らないといけないんだ?
そう思い直した俺は、適当な銛をつかみオッサンの下半身を突く。
「オッフ……密猟プレイとは高難易度……!」
ため息が出る。気がつくタバコはほとんど焼け落ちていたので、灰皿を探す。
だが、手元に無い。そうだ無かったんだっけ。
仕方がないから、海に向かってポイと投げる。
オッサンの目が丸くなる。それから目を伏せてこんなことを言うのだ。
「オッサン、海大事にしない人嫌い……」
そう言い残し、オッサンは海へ飛び込んでいった。
俺は急いで船のエンジンをかけ、速度を全開にする。逃げろ、今がチャンスだ。大事なのは社会的な信用なんだ。逃げるんだ俺、どこまでも。
「おはようございます、今日はなにか釣れましたか?」
港に戻ると、外回り中の漁協の人が俺に話しかけてくれた。
「いいや、今日は何も釣れなかったよ」