オレンジ色は安さの証明
あたしは公休だというのに、このクソ寒い中職場に向かって自転車を漕いでいる。理由はと言うと、今朝、お母さんの実家からカニが届いたからだ。
今度従兄弟のユウちゃんが結婚するんでお祝いをしたら、お多芽代わりに送ってきたんだって。 ま、ホントなら直接持って行ってないんだから要らないはずなんだけどさ、それでも送ってくるとこが、あそこらしいよね……
それはともかく、折角送ってもらったんだから冷凍なんかしないで今日食べようということになり、お母さんはあたしに、
「いつもよりいいポン酢と、昆布買ってきて
あ、豆腐とネギも」
と命令したわけだ。
「あたしがいくの?」
お母さんが行きなよと言うと、お母さんは、
「あんたなら、どこに何があるのか分かってるから一番早いでしょ」
と、コタツから全く動く様子もなくそう返す。確かに、店のレイアウトは分かってるけどさ(分かってなかったらそれはそれで問題だよね)買い物に来てるお客さんだって、それくらいわかってるじゃん。
「あたし今日休みなんだけどな」
あたしがそう言ってコタツに入ろうとすると、
「主婦に休みなんてないのよ。なんならお母さんが買ってきても良いけど、そんときはあんたの分はなしね」
お母さんはそれをブロックしながら、そんな事を言う。はっきし言ってそれ、脅しじゃん! んで、あたしは仕方なく出て来たわけ。
自転車漕ぐこと18分、あたしは自分の職場、プレシャスマート梅本店に到着。オレンジのかごを持って店に入る。まずは、ネギをゲット。それからその反対側にある、絹豆腐を取ってから、大抵の人たちが進む青果→鮮魚→精肉のルートをかっ飛ばして、横道から調味料売場へ。そうそうこれこれ、他のが特売になっても絶対にそうならない、天然の酢橘入りポン酢。あとは鍋用昆布だなっと。
でも、あたしがポン酢をカゴに入れたとき、事件は起こった。調味料売場の一番奥にいたけっこう大柄の男が、その体格同様に大きなコートのポケットに、商品をポスんと入れてしまったのだ。うわっ、万引きだ! リアルタイムで見ちゃったよ。ってか、店の人間がすぐそばにいるってのに、大胆な奴。
男はそれからも、いろんな売場で商品を見ながらカゴに入れてるのより数段高い商品をポケットにナイナイする。その体格に似合わず動きは素早い。たぶん、こいつ常習犯だ、捕まえないと。だからといって、今声をかけちゃいけない。声をかけるのは外に出てからだ。じゃないと、こーいう奴はしれっと、
「ちゃんと金払うつもりだったんだぜ。てめぇは客を泥棒扱いするんか」
と逆にすごんでくるからだ。
にしたって、一人での捕り物は荷が重い。外でのカクホは犯行が確定している代わりに、逃げ道が拡がる。走って逃げなくても、体格差があるから、つきとばされでもしたらそれまでだ。誰かいないかな……いた、オレンジ! あたしは隣の島で発泡酒の品出しをしている菊田さんをみつけた。
ウチのユニホームは黒のジャンパーに黒パンツ、そして仕上げにオレンジのエプロン……オレンジだよ、オレンジ。卒業までになかなか仕事が決まんなくて、制服なんてあんまし気にしないで家から近いとこバンバン履歴書送って採用されたもんの、このエプロンを見たとき正直あり得ないって思ったよ。でも、社長曰く、
『オレンジは安さの証し、良い商品をお安く消費者にお届けする』
のがモットーだから、譲れないんだってさ(ため息)だけど、こういう時は目立つってのも案外悪くないのかなって思った。それに、このエプロンがなければ、黒のジャンバーにネクタイは意外とかっこいいんだよね。ま、エプロン姿も菊田さんはゆるキャラみたいでかわいいけど。
あたしが菊田さんに合図を送ると、一旦、
「いらっしゃいませ、こんにちは」
と菊田さんがこっちに来そうになった。こらっ、制服着てないからって、従業員分かれよ! なので、あたしは口を結んで押し戻すサインをしてから男に見えないように男を指さし、自分のコートのポケットを叩く。
それを見て菊田さんは一瞬きょとんとしたけど、あたしだと分かると左手を下の方で、出口の方へくねくねと動かした。出口まで泳がせろのサインだ。
あたしはそのままさりげなく男について歩くと、男が手に取った物の半分に満たない量をレジで集計しているのを確認して、そっとレジ脇に自分の買い物カゴを置き、先回りして出口に。男が出て来たところで、
「すいません、お会計のお済みじゃない物を持ち出していただくと困るんですが」
と声をかける。すると、案の定男は、
「何言ってやがる、俺ははちゃんとレジに並んだぜ。」
と得意げに買い物袋をあたしの前につきだした。んで、
「お前、店員でもねぇのに妙な言いがかりをつけるな」
ときた。
「私は歴としたここの授業員です」
「従業員ならもっと質が悪いな。無実の罪を着せるつもりか!」
「いいえ、私が言ってるのはこの中の物です」
と言いながら男のポケットめがけて手を出す。途端に
男は焦って、
「何しやがる!」
と逃げだそうとしたが……
菊田さんの方が一歩速かった。菊田さんは、左手で男がポケットを押さえる手ねじり上げると、右手で中の物を取り出し、
「こちらの商品はお会計お済みではありませんよね。
-レシート見せていただけますか」
と言ってにっこりと男に笑いかけ、そのまま店事務所に引っ張っていった。
その後、あたしはまた公休日に万引犯を捕まえることになる。
「ホント、竹川ちゃんって、店員のオーラないのよね。
いっそのこと万引Gメンにでもなる?」
と、パートのおばちゃんたちから一斉にいわれたりしたが、実の所あたしは既に別の意味で菊田さんに捕まっていて、もうすぐ永久就職に転職するのはまだ彼女たちには内緒のはなし。
そう、あたしオーラを隠すの上手いもんね。