追尾の末
―
「……」
カチカチカチとプログラム音がして、俺の姿が構築されていく。
SDSの特権なのか、それとも先代のアバターを引き継いだだけなのか、黒のコーディネイト一色の衣装に白いラインの模様。
あんまりこういう格好をした事が無いだけに、違和感はあった。
聞いた話ではオリジナルアバターは全身を自分好みにコーディネイト出来る。
しかしその特権は一般ユーザーには許されていない。
あくまでも仮想空間での戦争システム。個人個人が勝手に自分自身をコーディネイトされたら敵との区別がつきにくくなる。
しかしそこはオンラインの醍醐味。変更できる部分は多少なりともある。
身長や頭髪スタイル、フェイススタイル等。後は学校の制服と似たような感じで使用が許可されている色を使った国別の軍服が着用義務となっている。
とは言ってもそこに興味はない。
他のユーザーは自由性を求めているだろうが……見分けがつかないほど面倒な事はない。
プログラムモニターを表示しながら、現在の状況を確認する。
まだ……何か食べたかったな。
そんな事を考える余裕はまだある。
後は…その気力が維持できる時間がどれくらいあるか。
「事件性を考慮し、アイコンは削除しとくか……」
SDSのメンバーの場合、敵と間違えられない為頭上に「SDS」と表記されたアイコンが常時表示される。
しかし今回問題となっているのは謎のロスト現象。SDSの一人まで殺された。
万が一の可能性があったとして今表示されているSDSのアイコンは調査に障害をきたすかもしれない。
「謎のロスト現象…猟奇性があるユーザーなら特定も早いはず。まずは事件が発生した場所まで移動するか」
今の現在地からそう遠くない。
グリオスからある程度聞いた限りではエラープログラムの可能性も考えられなくないと察し、俺以外の人間が事前にサーバー25への
ログインを制御し、現在残っている戦闘員も速やかにログアウトさせた。
ほぼ、ユーゴからのシステムアナウンスに逆らう者はいない。居たとしても退去命令を出すだけ。
他のSDSも問題のあった別のサーバーに移動しているはず。
たまたまサーバー25と言う俺の担当だった部署でSDSが殺された。だから代役で担当する事になっただけ。
悲嘆的、という程じゃない。ただ食べられないのは考えただけでも苦痛。
しかしグリオスが言うように身の危険を感じる様になったらログアウト出来る。いきなりこんな仕事に俺が順応する訳がない。
「…P―Motherのログによると謎のロスト現象…それもユーザーの国籍が日本のみ…他国が行為に及んだのならばユーゴがその人物をすぐに特定できるはず…それが出来ないと言うと」
P-MotherというのはMotherプログラムの略称で、SDSが自由にコンタクトできる。それ以外は許可されていない。T2W2の中枢だ。
勿論T2W2は実際の死と隣り合わせの戦争オンラインだ。
他国とゲーム上で殺し合っているのが普通。
しかし普通と違うのは瀕死の状況に陥った時大概ログアウトのアナウンスが流れるはず。
それを無視して闘い続けるユーザーもごくまれに居るが、今回の場合アナウンスも無視した状態。
それが結局ロスト状態になり、ゲーム内で死亡が確定した。
幾ら今の若い子が死にたがりの戦地に赴く事を躊躇しないからと言って、死の瀬戸際を無視する程度胸は据わっていないと思う。
そう思いながら現場に向かいつつ、オリジナルアバターの一部である「煙草」を現象化し、一本吸った。
まあプログラムの一部だから味気ないけどな。日常的には普段から吸っている。
落ち着かないんだ、これが無いと。
何かを口に入れられるかとグリオスに聞いた。そして煙草のプログラムを作ってもらった。
何かを口にしている方が気が休まる……その分冷静になれる。
―
「……見た所プログラムの破損とかは関係なさそうなんだが……」
歩ける距離程度の現場に到着し、ロスト状態のユーザーの遺体を確認する。
猟奇的なユーザーとの接触なのか、首がごっそり跳ね飛ばされている。
昔でいう首を跳ねる行為とそう変わらない。確実な急所狙いだ。
それはごく普通。当たり前の事。
殺し合いするんだから当然と言えば当然。
しかし一般ユーザーではなくSDSが殺されたことが問題であって、このロストにはいまいち感情が持てない。
SDSのロストは迅速に他のユーザーに知らされる事なく回収されたらしい。
念の為、SDSのマニュアルにも目を通した。
全てを理解するのに時間はかからない。
技術的な事は一緒だからな……そう思ってマニュアルを固定実装した。
これで突然の状況にも初心者な俺でさえ備える事が出来る……と思ったその時―
―
『エラー確認。cord:ゼロ。臨時体勢を要求する』
「は?いきなり……」
そうも都合よく何かがすぐに起こるとは思っていなかった。
臨時体勢を要求されても……って、実装されているマニュアルが俺の保険になってくれている。
一旦ログアウトするべきか、だがこれが解決しない限り俺は元の部署には戻れない。
―戻れない?
もしかして、もう戻れないのか?
ずっとこの仕事をするのか?
そう考えた、そしたら不安になってきた。
もしかすると、の予測を立てようとしたその時。
ユーザーの気配を察した。
ばかな……ログイン制御かけてるはず。だとしたらグリオスの言っていた……
「不審者……なのか?」
ガサッ
「…」
確実に近づいている。
アバター反応をサーチしても、停止したサーバー25に確かに一人存在する。
軽く検索かけてみても人物を特定できない。ましてやどこの国のユーザーすら判別できない。
元々サポートメンバーは戦闘タイプじゃない。
しかし万が一の事を考慮してパラメーターをいじる事ができる。
一般ユーザーは現実世界における状況に応じた特定のパラメーターしか設定されていないが、勲章を上げたりなど功績に対してある程度の上限突破はできる。
だが、今サーチしているユーザー反応は
まぎれもなく一般ユーザーと異なる。
距離を置きながら、どう対応すべきか考える。
「チッ…めんどくせぇ」
今ここで俺の存在を知られるのはまずいか。と判断し、実装したブースタースキルで一気に距離をあける。
普通に歩くよりも確実にスピードを上げ、一旦は退却することにした。
サーチが次第に反応から遠ざかっていく。半径500メートル以上離れて様子を…と、思ったその瞬間。
「な…何!?」
置き去りにするつもりの反応が俺と、いやそれ以上の速度で追尾している。
確実に俺の存在を感づいた証拠だった。
まっすぐに突き進み、距離が縮まっていく。
しかし万が一捕まって何かされても困る。このサーバーは停止しているんだ。
そこにいるイレギュラーの存在は大概悪意があるか、それとも別の異常をきたしているか。
「チイッ!」
最大限までブーストを上げたが、それでも距離はじわじわ近づいている。
戦闘はやむを得ないか?と覚悟し、スキルをいくつか解除した。
そして反応がある方向へ振り向き、その場で止まって相手を伺った。
鬼が出るか蛇が出るか。
―
だが、そのどちらでもなく。
聞こえたのは―
「ひ…きゃああああああああああああっ!?」
「!?」
ボスン!
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
いきなり眼前に何かが飛び込んできたかと思うと、シールドを張る前に俺の顔にやわらかい何かが思いっきりぶつかってきた。
そしてそのまま押し倒され、息が出来ないとジタバタしてみる。
いや、直感が間違ってなければまずい状況だ。
「い、いきなり止まるから!変態!」
―パシィン!
急に俺が止まった事が、相手の停止に追いつけなかったのかそのまま謎のユーザーは俺の顔に胸を押し当て、弁論もさせてもらえないまま
お互いを確認せず一方的に平手打ちされた。
やばい、別の意味でロストする。
「いでっ!?」
「う~っ!バカバカ!」
いや、バカと言われてもこっちも追いかけられて覚悟決めて止まっただけなのに何の悪気もない俺を一方的に責める。
まあこの距離でようやく分かった女性ユーザーのアバター。しかしそれ以上に俺は彼女を見て話しかけるタイミングを失った。
たまに動作不良でバグが発生し、イレギュラーと化すアバターではなく
ましてやバグそのものでもない。
俺と同じオリジナルアバターで形成されている……女の子のユーザーだった。