閑話 小さな出会い
[No Side]
まだそう遅くはない時間帯、いつもなら明るいころでもなぜか今日は薄暗かった
――……雨が近いんだろうか
少し強い風に煽られる茶色の髪を耳にかけ直し
「こりゃ、明日にした方がよかったかしら?」
逃げる日を目の端に留めつつついため息がこぼれる
彼女の視線の先にはまだこぶし大程度の王都がとらえられていた
予定していたよりもほぼ一日分早く終わったためにゆっくりと王都に戻るつもりだったのだ。が、思っていた以上に時間をかけすぎてしまったために王都の門が閉じる間際の今もくぐれてはいないのだった。
夜になると魔物やモンスターから守るために街の出入り口を閉じきり、閉門時間を過ぎると何人たりとも翌朝まで門をくぐることができない規則。
――王都に限らずこの世界で暮らす誰もが知っている常識でもあるが彼女は持ち前の大らかさでくぐり損ねることが間々あった
それでも今日まで生き延びているという事実は彼女の強さを表している
「……ッチ、しゃーないわね、エリン補助お願い」
何時もなら気にはしない閉門時間もなぜか今日は焦りが出る
――胸騒ぎとでもいうのか、急ぎ門をくぐらねばならないと気持ちがあふれるのだ
焦りが舌打ちとなり見えない何かに声をかける
何かは返事の代わりに足元に小さな円状の風が舞い上げる
柔らかな風がふく
その場に残ったのは円を描く風が二つ
その場に立っていた彼女自身は瞬く間に移動したとは思えない距離に進んでいた
先を進む彼女の足が当然止まる。街の方から暗くなる空に紛れてこちらに向かってくる影があったためだ
「……と……この…………っ」
その影からかすかに声が聞こえてきたというのも立ち止まった理由の一つにある
「(いったい、何を言ってるの?)」
首を傾げる彼女の前に少しの間をおいて小さな黒いフクロウが舞い降りてきた
「ねぇ、あなた王都に行くんでしょ?頼みがあるの!」
聞けば、フクロウの契約主がちょっとしたミスで王都まで飛んできたために暗くなる今も塀の中へ入れないらしい
彼女はただ、それだけなら自業自得と流そうとした。彼女にはミスで門を潜れなくなるような愚か者も侵入者も手助けする義理など無いからだ
「まだ、10歳の子を見捨てるっていうの⁉」
フクロウを置き去りにさらに先を進もうと足を踏み出した瞬間に叫ばれた言葉に踏みとどまることになる
――その場に残されたものは何もなかった
〈ゴーン、ゴーン――……〉
「……まぁ、なんとかなるね」
門まであと50mも無い距離についたときに周囲に鐘の音が鳴り響くなか、彼女が呟いた一言
「……そういえばあんたの契約者の名前は?」
「……リーシェよそれしか知らないわ」
門へと歩を進める中交わした言葉
そしてこれから長い付き合いになっていく一人のただの少年を助けに行く
名も知らない幼い少年を
「お嬢ちゃんじゃないっ……」
「…………、今日は「遅くなって済まない」っ何だ……っ!」
こちらまで届く澄んだ声に、ふっと笑みを浮かべ近づいていく
そこには、王都トップレベルのギルドリーダー、ロゼリア・リリーの毅然とする姿があった