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【夢〜DREAM〜】

作者: ケンシン


横浜の超高層住宅最上階の一室、竜巳(タツミ) 誠也(セイヤ)は夢に魘され声を上げた。


「頼む、いかないでくれぇー!」


とても夢とは思えないリアルな感覚に飛び起きてしまった。


「はぁはぁはぁはぁー」


汗をかき息遣いも荒い、身体も震えている。

夢と現実のはざまの中、現実味を帯びた時、誠也は時計に目を遣った。

午前1時39分、いつも決まった時刻だ。


隣で眠る妻も夫の異変に目が覚めたのだった。


マリアがベッドのライトを付け、透かさず誠也に声を掛けた。


「Are you all right?」 (あなた大丈夫?)


「Ah,I'm OK」 (ああ、大丈夫だ)


「Same dream?」 (同じ夢なのね?)


「Same dream」 (同じ夢だ)


「Bad dream?」 (悪い夢なんでしょ?)


「……Bad dream」 (……悪い夢だ)


もうマリアは誠也を包み込むように抱き締めていた。


夢の内容は彼女にはまだ言ってない。もちろん話してほしいと以前訊かれたが、

たいした事ではないと胡麻化していた。


「I'm worried about you」 (あなたの事が心配なの)


「Don't worry about me」 (俺の事は心配しなくていい)


“もう胡麻化しきれない”

と心の中で思っていたにも拘わらず、ひとりでに言葉が出ていた。


「Just dream」 (ただの夢だ)


碧い瞳が'You tell a lie' (あなたは嘘を言ってるわ)と投げ掛けている。


心の不安を打ち消すように誠也は、マリアの彫りの深い顔を指先で感じながら、ゆっくりと口付けをした。

二人の愛し合う姿はベッドの薄明かるいライトによって、壁に大きな影となり投影されていた。

その後も誠也はずっと寝付けなかった。

堪らずベッドから出て、上半身裸のままリビングへ向かったのである。


洒落たアンティークの食器棚からオールドファッショングラスを取り出す。

氷を入れスコッチを注ぐ。すると氷のカチッと傾く音がリビング内に響いた。

余韻の中で一気に飲み干し喉を潤した。「はっ〜」と吐息をもらす。

二杯目も同じように注いだ。今度は少しだけ口にしてからベランダへと出たのだった。


逆三角形の引き締まった身体が強風に当たっていた。

午前3時10分、真っ暗な海の中に薄らと光る横浜ベイブリッジが見える。

時が静かに刻む、誠也は五感を研ぎ澄ましたのだ。

夜の海は神秘的な世界に包まれていた。

ベイブリッジがまるで彼の世と此の世を繋ぐ掛橋のように映っていたのである。


この情景に思い耽る間も無く、私の背後から仄かな香りが風に乗り漂ってきた。

彼女の気配を感じる。


「起こしてしまったか」


マリアは流暢な日本語で話したのだ。


「……眠れないんでしょ」


「ああ」


「そのカッコウじゃ風邪を引くわよ」


マリアの綺麗な碧眼は夫の逞しい背中を見守るように、そっとバスローブを掛けていた。


「Thanks」 (ありがとう)


彼女が掛けた手に触れ、お互いの指先から一本ずつ絡めてから手を握った。


「今夜はつき合うわよ」


「……スコッチでいいかい」


「Sure」 (もちろん)


「今、作ってくるよ」


綺麗なブロンドへアが風に靡く。

ベイブリッジを眺め入るマリアの後ろ姿はどこか哀愁が漂っていた。


「マリア」


グラスを手渡そうとした時だ、彼女は振り向き仔犬(ラフコリー)を優しく抱き締めていた。


「あっ、ラウル、お前まで起きてきたのか」


ラウルは愛くるしい顔で誠也を見ていた。


「‘ぼくもつき合うよ’って言ってるわよ」


「ああ、そうだな」


二人は光と闇が存在するベイブリッジをバックにベランダの上で乾杯をした。


「マリア、実は……」


夢の内容をすべて私は彼女に打ち明けたのである。

マリアはリアルな夢の話しに戸惑いをみせ驚いていた。でも話し終わると優しく微笑んだのだ。


「Just dream」 (ただの夢なんでしょ)


タイミングを諮ったようにマリアが含羞む。


「わたしも話したいことがあるの。誠也……もう一人家族がふえるわよ」


「そうか……えっ、まさか子供ができたの!?」


「Yes!」 (うん!)


思わず誠也はマリアをキュッと抱き締めていた。

夢の事は遥か海の彼方へと吹き飛んでいたのだ。


「チョット、危ないコボれるってばぁ、ラウルもいるんだから」


「あっ、ゴメン」


二人は見詰め合った。


「もう一度乾杯だ。新しい命に」


「ええ、わたし達の子供に」


グラスとグラスが当たる高い音が風に乗り一緒に奏でた。

一瞬私達を包み込み祝福してくれているかのようだった。




あれから誠也はもう夢に魘される事は無かった。

暗黒のような天井が目に入る。今日は何故か寝付けなかった。ふと時間を気にする。


午前1時39分 「あっ!」


隣でマリアの眠る姿はもう決して見る事は無かった。



五年前……私達は漸く子宝を授かる事が出来た。


大喜びも束の間、担当主治医からの告知で状況が一変した。


「竜巳さん、大変言い難い話しなのですが、このままですと、御子さんを出産する事はかなり難しい状態になっていきます。

たとえ御子さんを無事に出産しても、母体が無事であるという保障は出来ません」


二人は天国から地獄に突き落とされてしまった。

もともとマリアの身体は弱かったのである。


「マリア、辛いだろうが子供は諦めよう」


「あきらめる? あなたは何を言ってるの。やっと子供ができたのよ」


「そんな事は分かっている。でも君の命と引き替えに子供を産むかもしれないんだぞ」


「………」


「君を失いたくないんだ!」


「……誠也、未来は変えられるって、わたしに言ったわよね」


「あっ、それとこれは……」


「ゴメンなさい。わたしの最後のわがままを聞いて」


揺るぎ無いマリアの瞳は誠也の心の奥底まで届いていた。


「分かった。ひとつだけ言わしてくれ、最後のわがままでは無い、最初のわがままだ」


「Thank you」 (ありがとう)



半年後、何とマリアは女の子を無事に出産したのだ。

母体も無事だった。主治医からは「奇跡だ!」と言われたのである。


その子はセイヤの一文字とマリアの一文字を取り、セリナと名付けた。


だが幸せの日々はそう長く続く事は無かった。

セリナが生まれて三ヶ月後、予期せぬ事態が起きてしまった。

マリアが自宅で急に倒れ緊急入院したのだ。

当初は極度な疲労と診断された。一週間もすれば徐々に回復すると医師は言った。

しかし回復するどころか、どんどん容態が悪化する一方だった。


入院から一ヶ月後、私とまだ幼いセリナの前でマリアは、すべての思いを込めてこう語った。


「I love you」 (愛してる)


二度目の奇跡は起こらなかった。穏やかな笑顔のままマリアは静かに息を引き取ったのである。


AM 1:39


デジタル時計の光る中、

「頼む、いかないでくれぇー!」

と泣き叫ぶ誠也の声が病室内で反響していた。


マリアの病症は結局子供を出産した為による大きな負担が、今になって一気にきたという事だった。

夢が正夢となりマリアは彼の世へと旅立ってしまった。




誠也はベッドの上で暗がりの天井を仰いでいた。

今日はマリアの命日なのだ。


「もう四年になるのか」


マリアの「あきらめる?」という言葉が脳裏から離れないまま、妻の死を悼んでいた時だった……

部屋のドアレバーがゆっくりと動き、ドアがスッーと静かに開いたのだ。


「はっ」


すぐに寝室のライトを付けた。そこには娘と愛犬がいたのだ。


「セリナにラウルまでどうした?」


母親とそっくりな顔立ちをした、ブロンドへアの青いつぶらな瞳のセリナが答えた。


「ダディー、ねむれないのぉ」


「ああ、パパもだ」


「そっちにいってもいい?」


「もちろんだ。セリナ、こっちにおいで」


「うん」


誠也はセリナを抱き抱えてからベッドにと乗けった。

ラウルはそのままベッドの傍に座って主人の指示を仰いだ。


「……今日は特別な日だ。ラウル、こっちにおいで」


ピョーンとラウルがベッドに乗かった。


「ラウル、よかったねぇー」


セリナとラウルは言わば兄妹みたいなものだ。

妻が卒然と逝った後、私や実母が面倒を見れない時は彼が全部見てくれていた。

きっとラウルも大好きなマリアと同じ匂いをセリナにも感じていたのだろう。

確かに人ではない彼が世話するのに限界はあったが、下手なベビーシッターを頼むより全然良かった。

ラウルも大切な家族の一員だ。


セリナはラウルのフサフサな毛並みを触りながら素朴な質問をしてきた。


「ねえ、ダディー、マミーってどんなヒトなのぉ?」


「ん〜、そうだなぁ、ママはとっても優しくて、とっても綺麗な人さ」


「ふ〜ん、マミーってすごいんだねぇ〜」


「ああ、そうだよぉ。セリナもママのような優しい人になってほしい。それがパパの願いだ」


「うん、なるぅー」


誠也はセリナを抱き締めながらいつの間にか眠っていた。

しばらくしてからラウルの吠える声で目が覚めたのだ。


「あっ、セリナ」


傍にセリナは眠っていない。普段ラウルは吠えないのだ。


“何かあったに違いない”


急いでリビングに行くとベランダの窓が開いていた。

窓は二重ロックになっているから、セリナとラウルは開けられない筈だ。


“何故だ!?”


嫌な予感が頭の中を過った。

ベランダの場所で目を疑う光景が広がっていたのだ。

ベランダの手摺の上にセリナが、白いドレスを纏ったマリアと手を繋いで佇んでいる姿であった。


“あっー!”


声が出ない、身体も動かない、金縛りに掛かっていた。

目の前にラウルもいたが母娘をただ傍観しているだけだった。


そんなマリアが私を見て微笑み口を開いた。


SEIYA(セイヤ)SERINA(セリナ)ヲイッショニツレテイクワ」


“マリアやめろ、君はもう此の世の人じゃないんだ”


心の言葉で訴えるしかなかった。


セリナも口を開く。


「ダディー、バイバイ」


“セリナ、駄目だ。一緒にいくんじゃない”


母娘は手を繋いだまま両手を広げた。

天使が羽搏くかのように、誠也を見詰めてニコッと笑ったのである。

そのままベランダから後へと凭れるように飛び降りたのだ。


“やめろぉー!”


バックにベイブリッジが見えた瞬間〜声が出たのだった―




「頼む、いかないでくれぇー!」


とても夢とは思えないリアルな感覚に飛び起きてしまった。


「はぁはぁはぁはぁー」


汗をかき息遣いも荒い、身体も震えている。

夢と現実のはざまの中、現実味を帯びた時、私は時計に目を遣った。

午前1時39分、いつも決まった時刻だ。


隣で眠る妻も夫の異変に目が覚めたのだった。


マリアがベッドのライトを付け、透かさず誠也に声を掛けた。


「Are you all right?」 (あなた大丈夫?)


「Ah,I'm OK」 (ああ、大丈夫だ)


「Same dream?」 (同じ夢なのね?)


「Same dream」 (同じ夢だ)


「Bad dream?」 (悪い夢なんでしょ?)


「……Bad dream」 (……悪い夢だ)



先程見た夢が現実となり走馬灯のように駆け巡っていく〜


〜二人は見詰め合った。


「もう一度乾杯だ。新しい命に」


「ええ、わたし達の子供に」


丁度その時、瞳の中にくっきりとマリアの姿が浮かび上がった。


“どこかで見覚えがある……あっー!”


はっと我に返った瞬間…誠也が慌てて言葉を発した。


「マリア、さっき見た夢が正夢になっているんだ。今この空間で実際に起きているんだよ。

何とかしないと……あっ、未来は変えられる! 必ず良い方法がある筈だ」


「What?」 (えっ?)


マリアは唐突に発言する誠也の言葉に驚いていたが、咄嗟にさっきの夢の話しを思い出すのだ。


「Are you serious?」 (あなた本気なの?)


「I'm being serious」 (俺は本気だ)


一切迷いの無い真実の言葉を誠也が述べた。


「Change the prophetic dream!」 (予言的な夢を変えるんだ!)


その真剣な眼差しと言葉にマリアが答える。


「Yes,We can do it!」 (そうね、私達なら出来るわ!)


誠也は頷きながら良い未来になる事を心底信じたのだ。

二人は軽く口付けを交わし、ラウルも含め家族で抱き合った。

再度グラスとグラスを当てる。高い音が風に乗り一緒に奏でた。

まだ見ぬ我が子と妻への(オモイ)を乗せて、風が家族を一瞬そっと包み込んでくれた。


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