第八話 コクの頼み事
今回はコクとシアンとの会話シーンからです。
「さて、それじゃあここに来た理由とシアンに頼みたいことを話そうか」
「ええ、何でも言ってちょうだい。私が出来ることなら何でもするから」
オーバーだなぁ。
もっと落ち着きを持ってほしいよ、まったく。
こら、その目を輝かせるのを止めなさい。
「うーん、どこから話したものか……じゃあまずはセレナの事から話すよ」
「セレナ?お友達か何か?」
「私の中にいる一人の人間。と言ったらわかりやすいかな?」
今出してもややこしくなりそうだから今は言葉だけで伝える。
「え、と。いつからコクちゃんは二重人格になったの?」
「最近」
「あ、そう」
ちょっと引かれてる。
本当のことを言っているのに、人間って本当にわからない。
信じたり信じなかったり、コロコロ意見を変えたり。
さっきのなんでもって言ったぶんで私の言う事を一々疑うなって言ってやりたい。
「後で代わるからその時に本人と話をして。それで頼みっていうのはその子についてで――」
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「……ん。あれ?コク、もういいの?」
『うん、もういいよ。もうその女性、シアンとは話をつけてあるから』
目の前には優しそうな女性が。
いんたーほんを押した後に出てきたあの人だ、あの時意識が一瞬で飛んでその後のことは憶えてないけれど。
コクが何かやってたみたいだね。
「あなたがセレナちゃん?コクちゃんから話は聞いたわ」
「ど、どうも。初めまして」
「本当にコクちゃんとは違って初心な子なのね」
「え、は、はい」
『緊張しなくても大丈夫だから、ほらリラックスリラックス』
駄目だ、どうしても緊張しちゃう。
うう、情けない。
この目の前の女性…シアンさんはなぜか私を凝視してくるし。
「にしてもコクちゃんの目の色が違ったと思ったらあなたがその体に入ったからなのね」
「えーと、私自分じゃ目の色なんてわからないんですが……」
「ああ、ごめんね。はい、この鏡で見てみて」
私は手鏡を渡されて、それで自分の目の色を確認した。
左目が赤、右目が青色だった。
あ、違う。
鏡だから左右逆になってるんだ、右が赤で左が青だったよ。
左右で違う目の色、私の目の前にいるシアンさんもイグナも左右一緒の目の色だったし。
化け物、その言葉が私の心の中に浮かぶ。
そんな私を見てシアンさんが声を掛けてきた。
「目の色が左右で違うのが気になる?」
「……………」
無言で頷いて肯定の意志を見せる。
シアンさんはさっきから全く同じ表情をして顔色を変える気配はない。
「そんなの気にしないでもいいの、見た目なんて個性の一部でしかないんだから。大事なのは中身でしょ」
「…はい、そうですね」
「……………」
『セレナ、あんまり卑屈になっちゃ駄目だよ。君が落ち込むと私にまで影響が出るんだから』
え?初耳。
同じ体だから影響が出るとか?
でもコクが夢の中で精神や魂は例え同じ体を共有していても別々のものとして扱われるって言っていたような…
だから私がどう思っていてもコクにはわからないって……
『そうだよ、私にはセレナが考えていることなんてわからない。でもこの体だから、ちょっとした感情の変化でその体は崩壊する危険があるんだよ』
「え?な、なんで!?」
『左目を閉じて、右目だけで世界を見てごらん。それで全て理解できるはず』
私はコクが言った通り左目を閉じ、その左目を瞼の上から手で押さえて、右目を開いて世界を見てみた。
そして次の瞬間、私は一切の思考も許されないほどの恐怖を覚えた。
「…きゃぁぁぁぁぁああああ!!!」
「セレナちゃん!?」
シアンさんが私に対して何事かと叫ぶ声も気にならず、私はその目の前の光景に叫ぶしかなかった。
凄まじい量の色が混じり合い、お互いに破壊し合い、そして消えていく。
その光景はまるで世界の本質、世界の終わりを表しているようだった。
その凄まじい色の渦は私が左目を開けると同時に消滅した。
そこで私はようやく自分が椅子から転げ落ちて地面に横たわっていることに気が付いた。
「はぁはぁはぁはぁ」
「大丈夫?セレナちゃん」
シアンさんが心配してくれている、でもそれに答えられる余裕はなかった。
あの色の渦の中じゃ私なんてちっぽけなもの、あの中じゃ私なんてあっと言う間に混ざって消えてしまうだけのもの。
それがあの一瞬で感じ取れた。
私が呼吸を整えられずにいるとシアンさんが優しく抱きしめてくれた。
そして耳元で優しく、私に語りかける。
「大丈夫、ここにはあなたの敵はいないから。安心して」
「はぁはぁはぁ…はぁ……はぁ」
徐々に私の呼吸が落ち着いて、整っていった。
ゆっくりと、徐々に正常に。
「ねぇセレナちゃん、ちょっとコクちゃんに代わってくれる?」
「はぁ…はぁ…は……い………」
私は自分の意識を手放し、コクに代わった。
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「…私に何の用?シアン」
「あなたねぇ!セレナちゃんに何をしたの!?」
やっぱりそれか。
本当にこういう時は面倒臭いやつだ。
「私が普段見ている世界を見せただけだよ、それだけ」
「あなたがいつも見ている世界って…魔力が見えている世界でしょ!?そんなもの普通の人に見せたらどうなるかぐらい……」
「仮にも私の体を使っているんだ、知っておかないとこの世を滅ぼしかねないよ?」
そう、私の力を一切使わせないようにしてるけれどセレナが使っているのは私の体。
それだけでこの世界を崩壊させるかもしれない、なら使い方を学ばなくちゃ。
「でも順序と言うものが――」
「そんなものやっている時間はないんだ。あいつらがこの世界に来てる」
「そんな!あの時からすっかり姿を見せなかったのに……」
「あいつらは私が残した気で私を追跡する機械を持っていた。たぶんそれの完成を待っていたんでしょ」
言い忘れていたけれどオースティンとシアンは私の嘘が大分混ざっているけれども大体の素性を知っている数少ない人間だ。
精霊とかにはモロバレだけど、人間相手ならよっぽどの魔力を持っている奴じゃない限りは私が言わないと私の正体には気付けない。
だから私の正体を知っている人間は貴重で、たぶん両手の指を使えば数え切れるんじゃないかな、例えそれが嘘にまみれていても。
「だから私は基本的には表に出て来れないし、セレナにはもっと頑張ってもらわないと駄目なんだよ」
「でもいきなり魔力の流れを覚えさせるなんて出来るわけないでしょうが!」
「…だったら早いところセレナに“未来視”だけでも教えてあげてよ、あれがあれば危険の回避が大分楽になる」
「あれはあなたが私に教えてくれたんだから自分で教えればいいじゃない」
「私じゃあ駄目なんだよ、私には直接セレナが魔力を使っているところを見ることは出来ない。外から見なければ教えることは出来ないんだって知っているでしょ?」
何故こんなにも渋る、シアンらしくもない。
普段ならもっと安請け合いするのに…どうしてでしょ。
あと“未来視”っていうのは文字通り、未来を見ることが出来る魔術だ。
私が昔シアンに教えた、シアンはこの魔術で占い師をやっている。
シアンにはあと幾つか魔術を教えていたけれど使っているのはこの未来視だけ、他は何か合わないみたい。
「…ねぇコクちゃん一つだけ聞かせて、コクちゃんにとってセレナちゃんは何なの?」
シアンは明らかに悲しそうな顔をしている。
……全く、気分が悪い。
「私が捕まらないようにするための手段の一つ、それ以外でもそれ以上でもないよ。そもそも私にとっては人間なんてどうでもいいんだから」
「…そうだったわね、それじゃあセレナちゃんに戻ってくれる?」
「わかった、セレナに代わったら私は寝るから何でも話せばいいよ。シアンが言った方がいいと思ったこと、全部」
その言葉を最後にセレナに代わる。
セレナは眠っていた間に気持ちは落ち着いたみたい、これなら普通に会話が出来るでしょうね。
「…ん、話は終わりましたか?」
「ええ、セレナちゃん。それじゃあ始めましょうか」
「…何を?」
始めると言われてもコクは何も言ってないし…
説明が欲しいです。
『あ、セレナ。私は寝るからあとはシアンと二人で頑張ってね』
そしてそのコクにも見放されちゃった。
どうしよう、全く何が何なのか分からない。
セレナちゃんは周りに置いて行かれることが多い気がする。
主にコクのせいだけど。




