第十四話 雑談
「やあ、さっきは災難だったね。で、セレナは本当に何も憶えてないわけ?私にはわかってるんだけどね」
私はまた夢の世界の中にいた。
いつも通りの夢の世界。
もう慣れた。
「…憶えてないよ」
「嘘つけ、本当は憶えていたくせに。確かにうろ覚えではあったけどね」
…本当に少しだけだよ。
あのお医者さんが倒れて、私が逃げた。
その時だけ、私が逃げるときに傍にいたのがあの少年。
「セレナは聡い子だよ、常に一緒にいるから知ってる。セレナなら今ならあの場面だけで何があったのかわかるでしょ?」
「でも私にとっては何もなかったんだよ。記憶はないんだし」
記憶はないし、なかったことにしたい。
正直あの子とはなるべく関わりたくない。
「……イグナそこまでセレナに嫌われるようなことしたっけ?」
「そういったわけじゃないんだけれど……」
別に嫌いってわけじゃ……
ただ、ね。
「ああ、セレナは警戒しているのか。オースティンはシアンの話で大丈夫だとわかっているし実際話してみて本質が浅い男だってわかったけどイグナは言葉数も少ないしで、ね」
「……………」
「図星、か。全くセレナは警戒心が強いね、野良猫かっての」
「…野良猫?」
野良猫って何だろ。
コクは時々私にはわからない言葉を発する。
一体何なんだろ。
「ま、例えなんだからいちいち気にしないの。…そうだね、なら気分転換に何か教えてあげるよ。気になっていることがあったら話してみな」
「じゃあ、“魂の真名”って何?」
「他にもあるだろうに……まあいっか、じゃあ説明するよ」
だって他にあ咄嗟に思いつかなかったんだもん。
しょうがないじゃん。
「魂ってのは生まれたり消えて無くなったりするんだよ。古い魂が消え、新しい魂が生まれる。正確には古い魂が新しく変わるんだ。それでその新しい魂が肉体を持ち最初につけられた名前、それがその魂の真名になるんだ」
…結構難しい内容だね。
訊かなきゃよかったかな?
「簡単にいうとその魂の持ち主に最初につけられた名前が魂の真名だよ」
「あ、それならわかる」
最初からそう言ってくれればよかったのに。
コクって最初は難しいこと言ってから簡単に言い直すよね。
最初から簡単に言えば良いのに。
「それで魂の真名はそれが魂の真名だと知って運用すればその魂の本来の力を引き出せる、だけど魔術の心得がある者が他人の魂の真名を知れば……その者を自在に操ることも可能」
「…え?」
「セレナの魂はは基本的に私が防御してるからそんな心配はないけどね、私より力の強い魔導士なんているわけないし。だからセレナは心配しなくてもいい」
ああ、そうなんだ。
ならちょっと安心。
それにコクが言った感じならこれが魂の真名だと知られなければ大丈夫みたいだし。
「大半の魔法使いや魔導士は自分の真名を知っていて、そして人に名乗る偽名も持っているよ」
「コクは私に偽名を名乗れと言いたいの?」
「それもあるけれどさ、私が言いたいのは魔術を使いこなすのには真名を知る必要があるってことよ」
なるほど、コクは私が未来視を使いこなすためには真名が必要なんだってこと。
…え?じゃあもう私その条件満たしてない?
「ただ知ってるだけじゃ駄目だんだよ、それを使って力を引き出さなきゃ」
「それって魂からってこと?」
「そう、魔法は常に命を削って使用されているんだよ。だから古い魂を新しい魂に生まれ変わらせなきゃいけないんだ」
…じゃあ私がやってることも命削ってるってこと?
シアンさんも?
私が少し怖くなったのが見て分かったのかコクが安心させるような声になる。
「人間が使える魔法や魔術なら削れる分は殆どないのと同じだよ。さらにシアンもセレナもまだ魂は新しい、気にせず使いまくっても何ともないよ。極め付けには私がいるしね」
コクが私にウインクして見せる。
コクって最初こんな感じだったっけ?
今もコクは変わり続けているのかな?
「まあ私の分野じゃないから微妙か……魂なんかの担当は“スイ”だったからね」
「スイ?人の名前?」
またコクが私が知らない言葉を使った。
もう今度からはどんどん聞いていくことにしよう。
「スイは私の……たぶん二つ下の妹だよ、スイは生命を作りだした始祖精霊だ。属性は水」
たぶんって…憶えてないんだ。
姉弟なのに。
「姉弟って言ったってね、もう人間の数字じゃ表せないぐらい長い間会ってないんだよ。私が他の姉弟に最後に会ったのは確か一億年前か二兆年前かそれぐらい前なんだから」
…なんか桁が飛ぶなぁ。
一億と二兆ってそんなに近い数字じゃないんだけど。
コクが人間じゃないって感じるね、もしくは子供なのかのどっちか。
子供が良く使う単位の一億万とか出て来なくてある意味安心したけど。
「今の私達には関係のないやつだよ、あの子は自分の世界に引きこもった奴の一人だから」
「引きこもり……」
…何か思い出しそうになる。
でも変なノイズがして全く思い出せない。
コクがしまったという顔になる。
「きょ、今日はここまでにしておこうか。明日はまた私やることあるから一人でイグナとは何とかしてね」
「え、ちょ」
「じゃあね」
いつものように私が消える夢の覚めかたではなく、今回はコクがゆっくりと消えていなくなった。
そしてこの世界が薄れていった。
私もそれに合わせて消えていった。




