第十三話 旅人帰宅
「…そろそろかしらね」
「何がですか?」
シアンさんがいきなり何か言い出した。
と思ったらその言葉の次の瞬間いんたーほんが鳴った。
誰が来たのかな?
今日はもうお客さんはいないはずだけど。
「ただいまー、コクはどこだー?あいつ一体何やってるんだよ」
「オースティンお帰りなさい、ご飯出来てますよー」
「おお!ここ五日間何も食ってなかったんだ!ありがたやありがたや」
「拝んでないでさっさと食べなさい!冷めちゃうでしょ!」
……なんかすごい人が来た。
取りあえず騒がしい、とにかく元気な人だ。
がっしりとした体でで顔は無精ひげが目立つ人、野生的っていうのかな?
その男性――オースティンさんは私の方を向くと目を丸くした。
「シアン、この子は誰だ?一見コクによく似ているが中身は全然違うぞ?」
「はいはい、その子についてはご飯の後でねー」
鋭い人だ。
でもシアンさんはそれを簡単にあしらってる。
…何この人達。
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「やっぱりシアンの飯は美味い!色んなところを回ったがシアンのが一番だよ」
「そう言ってもらえると作ったかいがあるってものね」
「あの、シアンさん。この人がオースティンさんですか?」
「ええ、この騒がしいのが私の夫のオースティンよ」
シアンさん一気に冷静になったね。
夫が騒がしい分シアンさんが冷静にならなきゃいけないのかな。
オースティンさんが私の顔を見てくる。
「それでこの子は本当に誰なんだ?」
「コクであり、コクではないの。今はセレナちゃんよ」
シアンさん、その説明は分かりづらい……
でもオースティンさんは理解できた様子。
さすが夫婦。
「なるほど、二重人格って事か。いやぁ、コクは本当に人を飽きさせない奴だな」
「ふざけんな放浪人。この家ごと潰すぞ」
人を変な奴みたいに言いやがって。
本気で私を誰だと思っているんだ。
昔からこいつは私を舐めているんだよな……
思わずセレナを抑え込んで出てきてしまったじゃないか。
「そう怒るなよコク、俺はお前を怒らせる気はなかったんだ」
「…まあいい、それで連れてきた奴は紹介してくれないのか?」
「おお、そうだった。てかどうして知ってんだ?」
知ってるも何も前に一度あったし。
私がこうなるように仕組んだ部分もあるからな。
てかあれをあいつが持っていた時点でわかっていただろう。
私が関わっていたってさ。
オースティンはそれを思い出したようだ。
そして玄関の方へ声を発する。
「おい、入って来ても大丈夫だぞ。それに……まあいいか」
まあいいかじゃないよこのおやじ。
頭ぼりぼり掻いている暇があるなら少しは言うことがあっただろうに。
玄関の方の扉が開き、私が知っている人物が顔を出す。
「やあ、イグナだったけ?」
「君は……!」
「あれ?知り合いなの?」
「やっぱりか、この子は“黒結晶”を持っていたんだ。だからコクの関係者だと思って連れて帰ってきたんだが……何やら険悪な雰囲気だな」
イグナがここにいるってことはあの村は襲われたか。
あいつらか、盗賊か。
どっちでもいいけれど。
イグナは私を睨み付けている。
化け物、そう名乗ったんだから当然か。
「まあ時間がなくて色々説明を端折ってさ、結論だけ伝えて出てきたからね」
「コク、なんて言って出てきたの?」
「私は化け物だ、とだけ」
「そりゃあ勘違いされても仕方ないわよ」
まあ言い方は悪かったと思うわよ。
でもそれは時間もなかったし、むしろ私がただの人間一人にそこまで話してやるってこと自体特例だし。
セレナが多少気になっていたってだけだしね。
「ま、この子は一人荒野を彷徨っていたところを俺が見つけたんだ。たぶん盗賊に町を襲われたんだろう」
「それでうちに引き取ろうと?」
「そうだ、別にいいだろ?シアンも手伝いが一人増えたと思えばさ」
時々ナチュラルにクズいんだよな、オースティン。
普段の言動はこれだが本当はシアンにデレデレで、二人っきりになるとそれはもう大変なことになるのを私は知っている。
さて、そろそろイグナは私を睨み付けるのを止めてもらいたいんだが――
私はイグナの方を向き直す。
「うわああぁぁぁぁぁ」
「やるなら声を出さずにこっそりね。0点」
「うわっ!」
「ちょっとコク!何やってるの!」
何って。
イグナがその辺にあった棒切れもって私に向かってきたからちょいと防壁張って弾き飛ばしてやっただけだけど?
正当防衛でしょ、本当ににただの防壁だから無害だし。
「ま、コクに向かっていく度胸だけは一人前だな」
「オースティン、こいつ殺してもいいかな?」
「やめろ、今のお前がやるとこの家どころかこの町を一緒に潰すだろ」
冗談だよ。
私が言うと真実味が嫌と言うほどあるけれど。
自覚はしてるよ。
「ねぇコク、セレナちゃんに話をさせてみたらどう?」
「セレナに?ややこしくなるだけだと思うけどな…」
「物は試しよ、セレナちゃんもこの子程度には負けないし」
「そうだね、じゃあセレナに代わるよ。ただしちょっとでも危害を加えられそうだったら速攻で潰す」
潰すのは精神面をね。
夢の中でぐちゃぐちゃにしてやんよ。
それはもうあの変態医師の心臓なんか目じゃないくらいにね。
大丈夫、夢の中はあくまでも精神世界。
その中でぐちゃぐちゃになっても死にはしないから。
死には、ね。
さて、セレナに代わろう。
「…セレナちゃんになった?もうコクじゃない?」
「はい、シアンさん。どうしたんですか?」
また突然コクが代わったと思ったら戻されて。
そろそろコクは代わるときに私に合図をすることを憶えてほしい。
切実に。
「なら改めてね。ほら、こっちの子に見覚えある?」
「…誰?」
「ぶっ、あはっはっはっはっはっは!!!」
シアンさんが指さした方にいた子に私は見覚えがない。
どこかであったけな?
私は憶えてないけれど。
オースティンさんはいきなり笑い出すし。
シアンさんは苦笑いしてるし、
目の前の子は凄い驚いた顔になってるし。
もう何なの?
「私は知らないんですけど?一体誰なんですか?」
「えーと、たぶんコクのせいね。後で問いただして見ましょう」
「そうだな、まあ関係が一回振りだしに戻っただけだと思え、少年」
「はああぁぁぁぁぁ」
「シアンさん、この状況が私にはちょっとわからないんですけど……」
「うん、わかったわ。よーくわかったからすまないけれどコクにまた戻ってもらえる?」
本当に何なの?
いきなりコクに変わられたと思ったらまたコクに戻れと。
…ま、いっか。
私はコクを起こしてまたコクに代わった。
「何なんだよシアン。私に対してこう何回も」
「いや、ちょっと聞きたいんだけど。コクちゃん自身はこの子の事を憶えているのよね?」
「さっき名前を言ったでしょ?この子はイグナ、セレナの魂を拾った後の村にいたセレナに好意を抱いていた子供だ」
イグナの顔が赤くなる。
まあ何と分かりやすい事。
でもシアンはどうしてそんなことを?
「いや、セレナちゃんがイグナちゃんの事を憶えてなかったのよ。それでコクがセレナちゃんの記憶を弄ったんじゃないかなって」
「私がどうしてそんなことしなきゃならないのさ。意味もないでしょ」
本当にね。
セレナの記憶は前世の物以外は弄ってないよ。
前世の奴はちょっと残しておいたらセレナが壊れかねないぐらい悲惨だったから仕様がなくだよ。
ただでさえ首飾りがないというのに記憶を弄るなんて繊細な作業本当にやらなきゃじゃないとやりたくはないよ。
「じゃあセレナちゃんが記憶を失った理由って何だろう……」
「心あたりがないわけじゃないけれどね」
「本当?それは一体何?」
「トランス状態、それの影響かもしれない」
多分あれでしょ。
平坂とかいう医者の治療。
私はそっち方面には詳しくないからわからないけれど。
てかあの平坂っていうのはあいつらの一味だと思うから、明らかに異世界の住人だし。
こんな辺境世界に異世界の住人が紛れ込むなんてそれこそ稀も稀。
偶然ではないっしょ。
「ま、憶えてなくても別に何かあるってわけじゃないし。別にいいでしょ」
「そうね、別に新しく増えた家族とは新しく関係を作ればいいだけだもの」
「それが出来ればいいがな」
「セレナめっちゃ警戒してたし、不可能かもね」
「え!?」
イグナが驚きの声を上げる。
まあセレナにとっては初対面なのに知り合い面している奴がいたらねぇ?
近づきがたいよね。
「まあ続きは明日にしようよ、私眠い」
「え?まだ昼だよ?」
「私の時間は夜なんだよ、今日はもうセレナも出たがらないだろうし」
あんなことあったばっかだし。
セレナ気分悪くしてたからね。
ま、寝よっか。
オースティンやシアンの静止の声も聞かずに私は自分の部屋へと戻って、寝た。




