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第十話 昔語り1

 もうこの小説はこの昔語りが終わったら終わりでもいいんじゃないかなって思えてしまう。

 そんなことはしませんが。

「それじゃ、セレナちゃんはそっちをお願いね」

「はい」


 私がシアンさんのところにお世話になってから数か月が経った。

 シアンさんは占い師の仕事の合間に私の未来視の練習を見てくれてる。

 私はその代わりという題目でシアンさんの仕事を手伝ったり家事を手伝ったりしている。


 あ、あの後本当に階段から転げ落ちたよ。

 初めて未来視を使った次の日だった、階段を上ろうとしてうっかり踏み外しちゃったんだ。


 そんな感じで何事もなく毎日が過ぎていっている。

 コクはあの時から出てきていない。

 きっとあの人たちがまた来ないようにあまり動かないようにしているんだと思う。

 なんかコクはあの人たち嫌いみたいだったし。


 それで今は私が主体になって活動してる。

 でもこれだけコクがいないとなると何かあるのかな?

 ……取りあえずさっきシアンさんに頼まれたことをやらなきゃ。



 私は部屋の隅に溜まっているゴミを箒で掃く。

 今日は家のお掃除だ。

 シアンさんは一階を、私は二階を掃除している。

 シアンさんは普段は仕事で忙しいのか、家は普段生活するところは掃除されているが基本的に汚れているから掃除が大変だ。


「げほっげほっ」


 ほこりっぽい、すごくほこりっぽい。

 何これ、息すら出来ないじゃん!

 物置とは言えこのほこりの量はおかしいって。


「げほっ……ん?」


 ほこりだらけの中に一つだけ、本当に一つだけほこりが被っていないものがあった。

 ……本、かな?

 ここじゃちょっと読めない、一回廊下にでよう。




「えーと、タイトルは……書いてないか。ちょっと中を見てみよう」


 私はその本の表紙をめくる。

 …次のページをめくる。

 ……さらに次のページをめくる。

 ………その次のページをめくる。

 …………パラパラとどんどんページをめくってみる。

 ……………。


「何も書いてない!?」


 そう、この本は白紙のページしかなかった。

 え?ほこりが被ってなかったってことは最近使われたってことだよね?

 何も書いてない本を?

 え?


「それはコクが私にくれた本なのよ」

「わっ!シアンさんいつからそこに……」


 ちょっと本に集中しすぎたみたい。

 いつの間にかにシアンさんが私の後ろにいた。

 丁度いいしちょっとこの本について説明してもらおう。


「この本はどういったものなんですか?」

「これは……なんて言ったかな。コクは“魔道書”とか言っていたと思うけれど……」

「はぁ」


 魔道書、ね。

 なんかとても怪しい名前だけれど……

 何よりもコクが持っていたって時点で危ない物の予感がぷんぷんだね。


「確か使い方は………」

「あっ……」


 シアンさんが私の手の中から本を奪い取る。

 そしてくるくる回したりパラパラ無造作にページをめくったり色々試してる。

 …この本爆発とかしないよね?


「あ、そうだそうだ。思い出したわ」


 そう言ってシアンさんは本の裏表紙の一点に指をあてる。

 すると本が光り出し、今まで白紙だったページに文字や図が浮かび始めた。

 こんな仕掛けが……本当にコクって何者?


 そしてシアンさんが中身を読み始めた。

 …何が書いてあるんだろう。

 シアンさんの顔色がどんどん悪くなっていく。


「顔色悪いですけど大丈夫ですか?」

「……これはちょっとセレナちゃんにはきついかもしれないけれど……読んでみる?」


 シアンさんが本を私に向けてくる。

 ちょっと怖いけれど好奇心には勝てないね。

 私はその本を手に取って開いてみる。

 ……!?


「……………」

「セレナちゃん?大丈夫?いきなり真顔になっちゃって」

「……………」

「おーい、返事をしてくれないかなー?」


 私はシアンさんの呼びかけも聞こえないくらい本の内容に引き込まれた。

 この本に書いてあったのはたぶん今までコクが見てきた人間の汚いところ、そんなものがたくさん書いてあった。

 そして幾つかよくわからない文章が……


「セレナちゃーん?起きてるー?目を開けたまま寝てない?」

「…………」


 たぶん周りの文章はこれを隠すための物だ。

 普通ならそっちで読むのを止めちゃうから。

 でもこの文章は一体何?


「セーレーナーちゃん本当に起きてる?本の中に魂入ってたりしない?」

「……………」

「セレナは気が付いたみたいだけど、その本をこれ以上開きっぱなしにしておくのは駄目。今すぐ閉じな」

「「え!?」」


 いきなり本が閉じた。

 いや、閉じられた。

 私は勿論そんなことしていないし、シアンさんは私の後ろにいる。

 じゃあ一体誰が……

 てかコクの声がしたような気が、久しぶりに出てきたのかな?

 

 私は顔を上げる。



「その本は緊急用と言ってシアンに渡したはずだけど……まさか念のためにと思って手を加えた直後に開かれるとは思わなかったよ」


 私は自分の目をこすって目の前の光景を確認する。

 …うん、やっぱり目の錯覚じゃないよね。


「本当に暴発防止の刻字を施しておいてよかったよ、じゃなかったらここら一体吹き飛んでるよ?」

「え、と。コクだよね?」

「今さら何を」


 私の目の前には私、じゃなくてコクがいた。

 …まったく私と同じ姿、声で。


「正確には同じなのはセレナの方だね、そっちの体は私が試験的に作り出したものだから」

「え?――うわっ!」


 私の体がコクの方に引っ張られて、吸収された。

 …え?


『この通り、まだ未完成だからそこまでの時間分離してられないけれどね』

「…セレナちゃん、今セレナちゃんが二人いたような気がしたのだけど気のせいだったのかしら」

「いや、間違いなく気のせいじゃないですよ」


 コクがどうしてこんなことしてたのかなんてわからないけれど、とにかくびっくりした。

 それとこの本が危ないってことがわかった。


『本当にその本は緊急用だからね、下手に触ることはおすすめしないよ。それじゃ、私は今日は寝るから』


 そう言ってコクは一方的に喋って引っ込んだ。

 …まるで嵐みたいだね、一瞬で場を荒らしていった。

 さて、これで、ね。


「シアンさん、訊きたいことがあるんですがいいですか?」

「え?あ、いいわよ。下でお茶しながらにしましょうか」


=================================


 シアンさんがお茶を入れてくれて、一息つく。

 …その前にコクが本当に寝ているか確認する。

 よし、ちゃんと寝ているみたい。


「シアンさん。コクについて教えてくれませんか?シアンさんが知っていること、すべて」

「……………」


 シアンさんがまたお茶を飲む。

 そして一拍おいて話し出す。


「私が知っているのは本当に一部の事よ。私達との関係を見ると信じられないかもしれないけれどコクは人間が大嫌いだし憎んでもいるの」

「……あの本を読めば、何となくはわかります」


 あの一部を隠すためとは言えあれが嘘とは思えなかった。

 文章から、書き方からそれがにじみ出ていた。

 直筆だったし、コクって字綺麗なんだね。


 それはシアンさんも読んでいたし、わかってたと思う。

 証拠に少し顔が真面目になってる。

 いつもはもっと人を安心させる笑みを常に浮かべているのに。


「なら話していきましょう、まずはコクが私たちの前に現れた時の事からにしましょうかね」


 シアンさんにとってはよっぽどの出来事だったんだろう。

 またお茶を飲んでいる。


「最初に私達の目の前に現れた時のコクは、何というか…その………野生の獣のような荒々しさもあったし、まるで作りかけの人形のような空虚な感じだったの。生気と言うものがまるでなかったわ」


 私は黙ってシアンさんの言葉を聞く。

 一言一句、もらさないようにしっかりと。

 私はもっとコクの事を知りたいから。

 同じ体を使っている身として、もっとも近い距離にいるものとして。


「『仕方がない、こうなったら手段を択んではいられない』」


 シアンさんがいきなり口調を変えてそう言った。

 あ、口調だけではなくて声色もね。


「…私たちとコクが初めて会ったときにコクが言った言葉よ、今思うと人間に頼るというのはコクにとって最大の屈辱だったのでしょうね」


 人間に頼るのがコクにとっての屈辱……

 コクにとって人間は一体何なんだろう、コクは何者なんだろう。


「『頼ると言っても貸しを作るわけにはいかない、報酬に私たちが望んでいるいることを叶えてくれる』、とその時のコクは言ったわ。そして今もその“契約”は残ってる、私達とコクとはその契約で結ばれている関係なのよ」


 契約……報酬は願いを叶えること!?

 コクは一体何を頼んだんだろう。

 でも、それなら……


「つまりそれは、もしもシアンさんたちがコクの頼みごとを達成したらそれでコクとの関係は無くなるってことですよね…」

「……ええ、そうよ」


 シアンさんとコクはシアンさんを見る限りとても仲がいいと思う。

 …いや、シアンさんが人当たりがいいからそう見えるだけかもしれないけれど。

 でも……コクもここに来るとき嫌がっているような感じはしなかったし。

 なのに、なのかな。


 シアンさんとても悲しい表情してる。


「それでもそれだからしょうがないのよ、それが私達とコクとの関係なんだから。それだけしかないのだから」

「そう、ですか……」


 こんな話の最中なのに今度はシアンさんは少し明るい顔になった。


「でもね、私はこの関係が嬉しいのよ」

「え?」


 この簡単に切れてしまう関係が?

 私にはちょっと理解できない。


「簡単に切れる関係は、簡単に繋ぎ直すことも出来るのよ。まだちょっとセレナちゃんには早いかもね、理解できなくても無理はないわ」

「……………」

「ま、それでも簡単には繋ぎ直せない場合が多いけれどね」

「ならそうやって繋ぎ直せる確証なんてないのに――」


 駄目だ、どうしても大切なところで声が出なくなる。

 私が口出すことじゃない。

 それはわかっているんだけれど……


 シアンさんはいつもと同じ、いつも以上の笑顔でこう答えてくれた。


「あら、コクならきっと繋がったままでいてくれるわよ。コクは自らとんでもない汚れ役を引き受けられるほど優しいんだもの」

「……え?」


 コクが優しい?

 ちょっと今の私には理解できないかな。

 私と代わるときもいっつも一言言ってくるけれど、私が返事する前に代わるし。

 私に言う言葉もほとんどが他人に対して酷いことだし。


 私がそう思っているのを感じ取ったのかシアンさんは言葉を付け足す。


「コクはとっても優しいわよ、優しくなかったらセレナちゃんを助けてなんていないもの。…もしかしてそこら辺コクから聞いてないの?」

「はい、私は特には……いや、私は魂だけで彷徨っていたところをコクが拾ったと」

「なるほどね。いやいや、コクも本当に変わったね、昔とは大違いよ」


 魂とか聞いてもあっさり受け入れてしまうところが……

 シアンさんが特殊なのかコクの影響なのか。


「じゃあ次はコクが優しい話でもしましょうか」

 この物語の中での大きな出来事は大体コクのせいです。

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